第65話:黒鉄の礼装と嵐の予感
親善試合を完膚なきまでの敗北で終えたグロリアス帝国側は、学園長をはじめとする上層部の静寂に包まれていた。
「……これが結果か。今のままでは、我が帝国の学生は誰一人として彼らに届かん。この圧倒的な差が、あと二年続くというのか」
帝国の学園長は、深い溜息とともに記録魔石に映る凄惨な敗北の光景を眺めて嘆いた。
帝国上層部もまた、当初は王国の貴族主義から「どうせ権力を使った、実力不足の王女や令嬢が来たのだろう」と高を括っていた自分たちの過ちを猛省していた。
何より彼らを戦慄させたのは、帝国学園の象徴であり最強であるはずのセルフィリア皇女を、文字通り叩き潰した平民の少年の存在だった。
「学園長、あの平民――グランという少年をこちらに取り込むことはできんのか。彼一人いれば、帝国の安泰は約束されたも同然だが」
「調べさせたが、それは不可能だ。彼は既に裏で王家と四侯爵家の厳重な庇護下にあり、強引に手を出せば即座に外交問題に発展する」
上層部の一人が悔しげに報告すると、学園長も苦い顔で首を振った。
「外交問題はまずいな……。ならば短期の交換留学という形ではどうだ?」
「それすら難しいでしょうな。あれほどの『至宝』を、今の王国が手放すとは思えん。……しばらくは成り行きを見守るしかなかろう」
場面は変わり、王国選抜の控え室。
そこでは相変わらずグランから離れないセルフィリア皇女と、それを引き剥がそうとする王女オリヴィア、四聖華たちによる激しいキャットファイトが繰り広げられていた。
「ちょっと! どさくさに紛れてグランの体を堪能するのはやめなさいよ、エル!」
「ふふ、バレちゃいました? でも、グラン君の方が私に引き寄せられている気がしますわ」
グランは「おい、話もできないから一旦離れてくれ……」と微妙な表情で彼女たちをいなしていた。
しぶしぶ離れたセルフィリアは、オリヴィアに向き直ると、改めて表情を和らげる。
「……久しぶりね、オリヴィア。正直、あの時の苦しみようを見ていたから、もう会えないかと思っていたわ。無事で何よりよ」
「ええ、久しぶりね。……セルフィリア、心配してくれていたこと、素直に感謝するわ」
再会を喜ぶ二人の様子を見て、グランが「二人は元々知り合いだったのか?」と尋ねた。
「ええ。唯一私と対等に渡り合える強さだと認めていたのがオリヴィアだったのよ」
「私もよ。立場も同じ王族だったし、気が合ったから自然と仲良くなったの」
『片や魔法バカ、片や戦闘バカ。確かに話は合いそうですね』
(アンサートーカー、お前……心の中でも口が悪いぞ。やめろ)
グランが呆れていると、四聖華たちも「強さを求める姿勢には共感できますわね」と、どこかセルフィリアに親近感を抱き始めていた。
そこへ王国の学園長が足早に入ってくる。
「お前たち、そろそろ交流パーティーの時間だ。各自用意された部屋で着替えを済ませろ!」
皆が返事をして散っていく中、グランも一人、用意された部屋で例の礼服に着替えようとしていた。
すると突然、頭の中に女神アリスティアの悪戯っぽい声が響く。
「グラン! ちゃんとセルフィリアとお似合いになる服を用意しておいたわよ!」
(おい、勝手な真似はやめろ! そんな目立つ格好をしたら、オリヴィアたちがブチ切れるだろ!)
「大丈夫、今回は全身黒だから目立たないわ。……さあ、着替えなさい!」
アリスティアが空間を歪めてグランの手元の礼服を没収し、代わりに置いたのは、吸い込まれるような深みを持った漆黒の礼服だった。
(……アンサートーカー、これ大丈夫か?)
『……デザイン自体は非常に洗練されています。黒一色ですが、魔力の流れに反応して微かに銀の輝きを放つようですね。着るしかありません、マスター』
グランが女神に毒突きながら着替えを終えると、そこには鏡に映る漆黒の騎士のような姿があった。
ため息をつきながら集合場所へ向かうと、待ち構えていたルヴィリスたちが絶句した。
「……な、何よその格好。……反則的に格好良すぎるじゃない」
「グラン様、エスコートはぜひ私に!」
一瞬で見惚れた彼女たちは、すぐさまグランの隣を巡る取り合いに発展した。
「さすがに一人決めるのは無理だ、みんなで入ろう」とグランが宥めるが、今度は隣を歩く権利の争奪戦が始まる。
結局、公正な勝負の結果、右にエルスメリア、左にディアドラという布陣が決まった。
不満げなルヴィリス、ソフィア、オリヴィアに対し、グランは苦笑しながら囁く。
「今は我慢してくれ。あとでちゃんと埋め合わせをするからさ」
その一言で、三人の不機嫌だった顔は一瞬で花の咲いたような笑顔に変わった。
パーティー会場に入場すると、王国の学園長が上機嫌でグランの耳元で囁いた。
「例年は負け越して肩身が狭かったが、今年は気分がいい! 見ろ、帝国の連中のあの悔しそうな顔を!」
会場では学生たちが交流を深めつつも、話題はもっぱらリンク・ウェポンの出所について集中していた。
帝国の学園長も探りを入れてきたが、四聖華たちは示し合わせたように笑顔で質問をかわす。
すると突然、入り口付近が騒がしくなった。
「な……!? 皇女殿下が……ドレスを着てパーティーに!?」
「初めてだ! セルフィリア様がこういう公の交流の場に姿を見せるなんて!」
帝国の学生たちが驚愕の声を上げる中、豪華な黒のドレスに身を包んだセルフィリアが、一直線にグランの元へ歩み寄る。
彼女は優雅に、そして挑発的にグランへ向けて手を差し出した。
「グラン殿、私と一曲踊ってくださるかしら?」
グランが戸惑っていると、オリヴィアたちが意外にも冷静に彼の背中を押した。
「グラン、行きなさい。……さすがに他国の皇女に恥をかかせるわけにはいかないわ。エスコートしてあげて」
帝国の学生たちは、初めて見る皇女のダンスパートナーが他国の平民であることに、激しい嫉妬と憎悪の視線を向ける。
しかし、グランとセルフィリアはそんな雑音など意に介さなかった。
グランの鮮やかなリードに、セルフィリアは瞳を輝かせ、結局二曲続けて踊りきった。
パーティーの終盤、締めの挨拶のためにオリヴィアが壇上に立つ。
「以前に宣言した通り、今年の王国は違います。それをお見せできたことを誇りに思い、来年も楽しみにしていますわ」
対する帝国側も負けてはいない。
「歴史上、ここまで無様に負けたことはない! この屈辱を糧に、我ら帝国生は全員が必死に鍛錬することをここに誓う!」
帝国の学生たちの気合の入った叫びが会場を揺らす中、最後にセルフィリアが壇上に上がった。
「今回の戦いは、私の人生で一番の衝撃だった。世界は広い。所詮、私は帝国内で天狗になっていただけだと痛感したわ。だから決めたわ。私、セルフィリア・グロリアスは、来年度から王国へ留学します!」
「「「な、何だってーー!?」」」
勝手に決められた宣言に帝国の学園長が詰め寄るが、セルフィリアは涼しい顔で一枚の書状を突きつけた。
「もうお父様には許可を取ったわ。……ほら、皇帝の直筆と印よ」
学園長が唖然と固まる中、セルフィリアは壇上から降りるなりグランの元へ駆け寄り腕を絡ませる。
「来年からは毎日一緒ね、あなた♡」
「あ……あなたじゃないでしょ! グランは私たちのものよ!」
再びオリヴィアたちが参戦し、グランから引き剝がそうとキャットファイトが再開される。
『……マスター。あと一人増やせば、一週間を日替わりで付き合えますね。ちょうど七人です』
(勘弁してくれ……)
グランはアンサートーカーの皮肉を聞きながら、止まらない嵐の予感に天を仰いだ。




