第63話:崩れ去る帝国の矜持
中堅戦、ソフィア・ヴァレンシア 対 平民出身の格闘家。
「お嬢様、その長い武器じゃ俺に懐に潜り込まれたら終わりだぜ!」
試合開始直後、超高速で距離を詰めてきた格闘家に対し、ソフィアは『氷華』のハルバードを瞬時に双戟へと分離させて相手の猛攻を軽々と捌き切る。
「……これで懐に入ったつもり?グラン様のために貯めた魔力、少しだけ見せてあげる」
ソフィアが冷たく微笑み、サファイアに貯蔵した魔力バーストを解放すると、一瞬にして闘技場ごと相手が氷漬けになり勝負は決した。
副将戦、ディアドラ・ヴァスティール 対 騎士団長の次男。
「女だてらに剣士とはな。帝国の騎士の誇りにかけて、俺が引導を渡してやる!」
大剣を構えて突進してくる相手に対し、ディアドラは『白閃』を長剣のまま、次期剣聖として相手に対峙する。
「誇りか……。ならば私は、次期剣聖の誇りをかけ、この剣で応えよう」
ディアドラの神速の剣技により、騎士団長の次男は剣を振るう隙すら与えられず、防戦一方の末に膝から崩れ落ちた。
そして大将戦、ルヴィリス・ヴァレンタイン 対 公爵家の長子。
「得体の知れない玩具の武器で粋がるな。私が本物の魔法というものを見せてやる」
大火力の魔法を詠唱しようとする帝国側のリーダーに対し、ルヴィリスは不快そうに目を細めた。
「お黙りなさい。これは私のためだけに作ってくださった『愛の証』。あなたのような無礼な方に、その真価は測れませんわ」
ルヴィリスは『紅蓮』による遠距離からの弓の狙撃と、接近しての長剣による斬撃を瞬時に切り替え、相手の魔法構築と間合いを完全に手玉に取って優雅に沈めてみせた。
すべての試合において、王国側が圧倒的な実力差を見せつけての全勝。
徹底した実力主義を掲げる帝国において、ここまで完膚なきまでに敗北した歴史は過去に一度も存在しなかった。
「馬鹿な……。彼らはまだ一年生だぞ。これでは最低でもあと二年、我が帝国は一度も王国に勝つことができないということではないか……!」
帝国学園の上層部たちは頭を抱え、この事実が他国に広まれば「帝国こそが最強」という絶対の立場が揺らいでしまうと深い焦燥に駆られていた。
一方、同行していた王国学園の学園長も、まさかここまで一方的な蹂躙になるとは思っておらず、改めて王女と四聖華、そして彼女たちをこれほどまでに鍛え上げたグランという存在に戦慄していた。
「……くそっ! あれは武器の性能だ! あの異常な魔導兵装のせいで俺たちは負けたんだ!」
惨敗を喫した帝国選抜の代表たちが口々に言い訳を叫ぶと、帝国学園長は冷酷な眼差しで彼らを一喝した。
「見苦しい! あれほど複雑な魔導兵装、極めて精密な魔力操作と膨大な魔力がなければ使うことすら不可能だ! あれがなくても貴様らは負けていた!」
叱責と共に、学園長は背筋に冷たい汗が流れるのを感じていた。
オリヴィア王女と、この理不尽なまでに強力な魔導兵装を操る四人。その彼女たちが王国の魔導大会で「手も足も出ずに敗北した」という、王国選抜の『予備枠』の男の存在を思い出したからだ。
演習場が葬式のように静まり返る中、帝国側のベンチから、フードを深く被った予備枠の女子学生が突如として舞台へと飛び降りた。
彼女がバサリとフードを脱ぎ捨てると、艶やかな黒髪と覇気に満ちた鋭い瞳があらわになる。
その姿を見た瞬間、数千の観客と帝国生たちが息を呑み、どよめきが爆発した。
彼女こそ、帝国学園最強と謳われる帝国の第二皇女、セルフィリア・グロリアスその人であった。
「王国学園の皆さん、見事な戦いでした。そして帝国の皆……貴様らの慢心が招いた当然の結果だ。我々は帝国が最強であることに胡坐をかき、闘争への必死さを失っていた」
セルフィリアの凛とした声が、広大な演習場に響き渡る。
「私は、皇族の教育上の体裁としてこの学園に通っているだけだ。本当は外の世界に出て、本物の強者と命を懸けて戦いたいと常に願っていた」
彼女は敗北の屈辱ではなく、獰猛な歓喜の笑みを浮かべて観客席の一角を見つめた。
「今回の完全敗北で、外の世界にはまだまだ強者がいると知って歓喜している。……今日、王国選抜には、あの四人を下した本物の『最強』が予備枠として控えていると聞いている。頼む、どうか私と純粋に戦ってほしい!」
皇女の熱烈な指名と観客の視線が一斉に突き刺さる中、観客席のグランは深くため息を吐いていた。
『マスター。結局、戦うことになりましたね』
(やめろやめろ、なんで俺が出なきゃならないんだ。絶対に出たくないぞ……)
『出ないと場が収まらないでしょう。王女や四聖華の皆様も、マスターの出陣を期待しているようですし』
視線を向けると、オリヴィアや四聖華たちが「あなたの番です」と言わんばかりのキラキラとした瞳でこちらを見つめていた。
(……はぁ。あそこまで言われて逃げるのは、武人としても男としても格好がつかないからな)
グランは半ば諦めたように立ち上がり、手すりを蹴って闘技場の舞台へと静かに舞い降りた。
『気をつけてください。あの皇女、王女や四聖華と遜色ない強さを持っていますよ』
(ああ、分かってる。場合によってはオリジナル魔法を使わざるを得ないだろうな)
『帝国にマスターの存在と規格外の力が知れ渡ることになりますが?』
(今さらだろ。ここまで来たら、腹を括るしかないさ)
舞台に降り立ったグランを見たセルフィリアは、彼が自分と同じ黒髪であることにわずかに目を見開いた。
「お前、その黒髪……まさか皇族の血を引いているのか?」
「いいや、ただの王国の田舎出身だ。血縁なんて一切ないよ」
グランが平坦な声で否定すると、セルフィリアは探るように彼の実力を測ろうと目を細めた。
だが、彼女の研ぎ澄まされた直感は、目の前の男から一切の強者の気配を感じ取れないことに激しく警鐘を鳴らす。
(なんだ、この男は……。凡人にしか見えないのに、謎の悪寒が止まらない。あの瞳はまるで、底知れぬ深淵そのものだ……!)
背筋を伝う冷や汗を拭いもせず、セルフィリアは未知なる恐怖と、それ以上の闘争心に震えながら口角を上げた。
「ふふっ……素晴らしい。これほどの得体の知れない者と対峙できるとはな。構えろ、王国の最強!」
セルフィリアが空間から引き抜いたのは、禍々しい魔力を放つ漆黒の魔剣だった。
(……あれは、魔王の黒剣によく似ているな)
『魔王の剣ほどではありませんが、相応の性能を持つ一振りです。マスター、油断なきよう』
アンサートーカーの警告を脳内で聞きながら、グランは静かに構えた。
貴賓席では、皇女の出陣に帝国学園長が血走った目で立ち上がっていた。
「我々は負けたが、帝国がこんなものではないと証明してやる! 皇女殿下、強さの象徴たる貴女の力で、帝国の意地を見せてやりなさい!」
吠える帝国学園長に対し、王立の学園長は哀れむような視線を向け、含むように静かに告げた。
「……おやめなさい。あそこにいる彼は、王国学園の象徴などという可愛らしいものではありませんよ」
「なんだと?」
「あれは、触れてはならない『魔導の深淵』です。……貴女の皇女が、壊されてしまわなければ良いのですが」
その不気味な忠告に帝国学園長が息を呑んだ瞬間、演習場に試合開始の鋭い合図が鳴り響いた。
最強の皇女と、魔導の深淵が、遂に正面から激突する。




