第62話:グロリアス帝国皇立魔導学院
バレンタインの甘い騒動から数日が過ぎ、グランたちは親善試合の舞台となる「グロリアス帝国皇立魔導学院」へと到着していた。
漆黒の魔導装甲を纏った重厚な建物と、軍隊を思わせる機能的な設備が並ぶ光景は、王国の学園とは対照的な威圧感を放っている。
学院の広場に降り立った俺たちを待ち受けていたのは、帝国のエリート学生たちの鋭い眼光と、隠しようのない蔑みの視線だった。
帝国は徹底した実力主義の国であり、彼らにとって血筋を重視する王国の伝統は、理解しがたい旧時代の遺物でしかなかった。
「……見ろよ、王国の選抜は王女と四侯爵家の令嬢で固めたらしいぜ」「実力じゃなくて権力で枠を奪ったか。結局、王国はどこまでいっても貴族の遊び場だな」
すれ違う帝国生たちが漏らす冷ややかな嘲笑を、オリヴィアたちは表情を変えずに聞き流し、グランはその背後を静かに歩いていく。
すると、隣を歩いていたエルスメリアが、ふと足を止めて帝国の学生たちを静かに見つめた。
彼女の瞳に淡い光が宿り、発動した「鑑定の魔眼」が、周囲から蔑みを向けてくる彼らのステータスを瞬時に読み取っていく。
「……確かに、王国の一般的な学生より全体のステータス値は高いですが、今の私たちには遠く及びませんね。すべてはグラン君の教えのおかげです」
エルスメリアが相手を貶めることなく冷静に事実だけをグランに伝えると、並んで歩いていたディアドラたちも、決して驕ることなく静かに頷いた。
王国の一行を賓客として案内した後、帝国学院の学園長は自校の選抜メンバーだけを別室に呼び出した。
そこには公爵家の長子、騎士団長の次男、魔導師団長の令嬢、教会の聖女候補、平民出身の格闘家、そしてフードで顔を隠した予備枠の少女が揃っている。
「貴様ら、王国を貴族主義の弱者と侮っているようだが、今すぐその慢心を捨てろ。死にたくなければな」
楽勝ムードが漂う生徒たちに対し、学園長が軍の教官を思わせる冷徹な叱咤を飛ばすと、リーダー格の公爵息子の眉がぴくりと動いた。
「しかし学園長、相手は全員一年生です。上級生すら選ばれないような学園の実力など、たかが知れているのでは?」
「……無能か。王国がわざわざ上級生を外して、最強世代と謳われる一年生だけで構成した意味を考えろ。あれは、上級生が誰一人として、この最強の一年生たちの足元にも及ばなかったという証拠だ。敵の異常性を理解できん腑抜けは、今すぐこの場から去れ」
学園長の峻烈な言葉に、それまで余裕を見せていた帝国生たちの表情が、初めて戦慄と共に引き締まった。
全体集合の場となる学院大講堂。
壇上に上がった帝国のリーダー、公爵家の息子は、無駄のない所作で挨拶を述べた。
「グロリアス帝国皇立魔導学院の生徒を代表し、皆さんの来訪を歓迎します。我が校は実力こそがすべて。家柄ではなく、力によってお互いの価値を証明しましょう。死力を尽くすことを期待します」
実力主義を掲げる帝国らしい、暗に王国を試すような言葉に会場が沸く中、王国側を代表してオリヴィアが前へ出た。
かつて帝国へ留学していた王女の登壇に、会場内の帝国生たちの間には「病弱と噂の王女が代表か」と訝しむ声が広がる。
オリヴィアは凛とした佇まいで、確固たる意志の宿った声で口を開いた。
「グロリアス帝国の皆さん、お久しぶりです。以前、私はこの国で皆さんと共に学び、帝国の揺るぎない強さをこの身で理解しました。ですが、今日はファリス王国の代表としてここに立っています。今の私たちは、皆さんが知るかつての王国とは違います。王国史上最強世代として、今日この場所で、私たちの真実の姿を、その目に焼き付けて差し上げましょう」
挑発ではなく、絶対の自信に裏打ちされたその宣言に帝国生たちが息を呑んで静まり返る中、グランは頼もしく成長した王女の背中を静かに見守っていた。
二日後、親善試合の当日。
会場となる帝国学院の広大な演習場は、数千人の観客と学生たちの熱気で震えていた。
いよいよ第一試合、先鋒戦の開始が告げられる。
「先鋒戦、エルスメリア・ヴァーミリオン対、フェリシア・ローゼ・ハルトマン!」
舞台に上がったエルスメリアは、対峙する帝国の聖女候補フェリシアに対し、凛とした声で一礼した。
「よろしくお願いします。実は私、将来は聖女を目指している身なんです。お手合わせ、楽しみにしていました」
「今日は敵同士ですが、将来はお互い民を救う立場として頑張りましょう。……ですが、勝利は譲りませんよ」
フェリシアが杖を構えるのと同時に、エルスメリアはリンク・ウェポン『翠嵐』を展開した。
首元のデバイスから溢れ出した魔力が、巨大な二枚の装甲を噛み合わせた独特な形状の盾と、純白のメイスを形成する。
その神々しい魔力圧を見た帝国学園長は、貴賓席から身を乗り出して驚愕の声を上げた。
「メルティアス学園長! あの武具は何だ!? 帝国が総力を挙げても作れんぞ、あんな高密度の魔導兵装は! どこで手に入れた、吐け!」
怒号に近い口調で詰め寄る帝国学園長に対し、王国の学園長は余裕の笑みで「私からは言えませんし、知っていたとしても教えられませんよ」とかわし、帝国側を悔しがらせる。
試合開始直後、フェリシアの放つ光の魔法に対し、エルスメリアが念じると、巨大な盾が左右に分離し、彼女の周囲を自由に動き回る浮遊盾へと姿を変えた。
「何なのあの盾!? 意思を持っているかのようなあの軌道、一体どれほどの魔力操作精度だというの……!」
フェリシアが驚愕する間も無く、エルスメリアは風を纏ったメイスを結界の脆弱な一点に叩き込み、障壁を紙細工のように粉砕していく。
最後は魔力が尽き、逃げ場を失ったフェリシアの鼻先数センチでメイスを寸止めし、勝負は決した。
「……参りました。完璧な負けです。……でも、あなたのような聖女がいたら、敵対者にとっては怖いわね」
フェリシアが苦笑いしながら負けを認めると、会場には困惑と衝撃の混じった沈黙が広がった。
続く第二試合。
オリヴィア王女対、帝国の魔導師団長の令嬢エミリア。
エミリアは帝国留学時代からオリヴィアを妬んでおり、舞台に上がるなり激しい挑発を投げかける。
「病弱で帝国から逃げ帰ったと思っていたけれど、王家の威光で選抜に潜り込むなんて見下げ果てたわ。その嘘塗れの実力、私が剥ぎ取ってあげる!」
「帝国での学びも楽しかったです。ですが、今は王国での生活が最高に充実しています。何故なら、王国にいるほうが魔導の最高峰に、一番近いと確信できるからです」
オリヴィアは観客席のグランをチラリと見てそう告げると、令嬢は「何を馬鹿なことを!」と鼻で笑い、術式を展開した。
しかし、オリヴィアはその場から一歩も動かず、空中に二十を超える巨大な魔方陣を一瞬で多重展開してみせる。
「全属性・同時多重起動――『九界の崩落』」
放たれたのは、全属性が互いを補完し合い、威力を極限まで高めた極彩色の魔力奔流の連射。
エミリアの放とうとした術式は構築すら許されず、そのまま彼女の身体は虹色の光に飲み込まれ、そのまま白目を剥いて気絶した。
あまりにも一方的な決着に、数千の観客がいた演習場は、水を打ったような静寂に包まれる。
「……馬鹿な。あり得ん。オリヴィア王女は、魔力核欠乏症でもうじき死ぬという噂だったはずだ。それがこれか。報告を上げた諜報員を絞り上げる必要があるな」
帝国学園長は戦慄しながら資料を握りつぶし、本国への報告を根底から修正する必要があると確信していた。
沈黙を破ったのは、王国選抜の四聖華たちの歓声だった。
オリヴィアは誇らしげに胸を張り、観客席のグランに向けて小さく頷いた。
グランは観客席に座ったまま、その光景を満足げに見守り、アンサートーカーと淡々と対話を続けていた。
『王女の魔力核は完全に治っています。出力にロスはなく、理論上の最大効率を維持しています』
「これでもう何の心配もないな。……あとは、みんながこのまま勝ち越してくれれば俺の出番はないな」
グランは「予備枠」としての気楽な立場を存分に享受し、自分の出番など来るはずもないと信じ込みながら、学園選抜の応援をしながら試合の続きを眺めていた。




