第60話:ダイヤモンドの輝き
背後から迫る殺意。元婚約者候補の男が放った鋭い一撃がグランの背を捉えるかと思われた、まさにその瞬間だった。
キィン!
「――そこまでだ! 私の愛する人を傷つけるやつは、誰であろうと私が斬る!」
鋭い金属音と共に、ディアドラが腰の剣を電光石火の速さで抜き放ち、グランを庇うように男の一撃を正面から受け止めた。
「なっ……ディアドラ! なぜ邪魔をする! 私は君のために、この不浄な平民を排除しようとしているのだぞ!」
男は信じられないといった表情で叫ぶが、ディアドラの瞳には冷徹なまでの決意が宿っていた。
「理由? 自分の愛するものを守るのに理由などいらない。今のあなたは、私の大切な人を傷つけようとした。つまり、あなたは私の敵」
男の剣を防ぎながら、ディアドラは言葉を続ける。
「私はこの地の厳しさも、貴族として領地や領民のために身を捧げなければならない責務も理解している。だから、我慢して、あなたとの婚約を受け入れなければいけないと思っていた……。でも、もう限界だ。私は自分に嘘をつけない」
ディアドラは剣を構えたまま、背後に座す両親――ヴァスティール侯爵夫妻を毅然とした眼差しで見据えた。
「お父様、お母様。私は貴族の家に生まれましたが、心のままに生きることを選んでしまいました。貴族としての責務を守れない私は、もはやヴァスティールを名乗る資格はありません。どうか、私を侯爵家から追放してください」
会場が騒然とする中、ヴァスティール侯爵夫人が優雅に立ち上がり、扇で口元を隠しながら微笑んだ。
「あら、その必要はないわ、ディアドラ。……衛兵。この見苦しい男を取り押さえなさい。我が家の神聖なパーティーで剣を抜いた罪、重いわよ」
夫人の冷徹な号令と共に、周囲を囲んでいた精鋭の衛兵たちが一斉に男に組み付いた。
「離せ! 俺は将来のヴァスティール家の重鎮だぞ!汚い手で触るな!」
男は言葉を吐き散らしながら、引きずられるようにして会場から連れ去られていった。
静まり返った会場に、ヴァスティール侯爵の豪快な声が響き渡った。
「来客の諸君、今の不手際は我が家が用意した余興だ! 少々刺激が強すぎたようだが、余興はもう終わりだ。さあ、引き続きパーティーを楽しんでくれ!」
侯爵の機転の利いた一言で、会場には再び音楽と談笑が戻り、先ほどの殺伐とした空気は魔法のように霧散した。
「……ディア。改めて、このリンク・ウェポン『白閃』の説明をさせてくれ。まず、この剣を手に取って。そして、ゆっくりと自分の魔力を流し込んでみてくれ」
もはや恒例となった説明に四聖華の三人も集まり、ディアドラが緊張した面持ちで剣を握り魔力を流すと、グランは即座に蒼白銀の魔法陣を展開した。
魔法陣から溢れ出した魔力が収束し、用意されていた最高純度のダイヤモンドが、剣の柄と付属のチョーカーの穴に吸い込まれるように収まった。
「ディア、次はチョーカーを着けてくれ。これが剣とのリンクを安定させる鍵だ」
グランが手渡そうとすると、ディアドラは少し頬を染め、上目遣いでグランを見つめた。
「グラン殿……。他の四聖華のみんなには、あなたが着けてあげていた。 私には……その、着けてくれないのか?」
「えっ……。ああ、俺が着けてもいいなら、もちろん喜んで」
ここまで言われて断るわけにもいかず、意を決してディアドラの正面に立った。
至近距離で向き合うと、彼女の白金色の髪から漂う甘い香りと、期待に満ちた熱い視線に気圧されそうになる。
グランは手でチョーカーを持ち、彼女の細く白い首筋に、前から手を回すようにして丁寧にチョーカーを当てた。
顔と顔が触れ合いそうなほどの距離に、グランの心臓は今にも弾けそうなほど激しく鐘を打つ。
ディアドラもまた、グランの吐息が首元にかかるたびに肩を震わせ、頬を林檎のように赤く染めていた。
グランは細心の注意を払いながら、彼女の髪を巻き込まないように後ろで金具を留めた。
チョーカーを着け終えた瞬間、ディアドラが泣き出したため、グランはオロオロしてしまう。
「ちょ、ちょっとディア!? すまない、どこか痛かったか? ごめん、金具が引っかかったか!?」
「違う……悲しいのではない。……ただ、あまりにも嬉しくて。あなたが私のためにここまでしてくれたことが、夢みたいで……。ありがとう、グラン殿。本当に、本当に嬉しい」
ディアドラはすぐに涙を拭うと、再び真剣な表情で説明を受ける姿勢を見せた。
「この剣は出し入れはもちろん、二刀流に分離することができる。さらに分離機構を入れたことで『ソードビット』という、魔力操作の要領で遠距離に自在に飛ばせる攻撃ができるんだ。」
ディアドラはさっそく剣を二刀流にして構え、さらに魔力を操作してソードビットを展開した。
ディアドラの周りに6つの剣先が浮遊し、その珍しい光景に侯爵夫妻も「なんと……」と驚愕の声を上げた。
「これで、あなたの魔導無双剣に少し近づけたかな。……ありがとう、グラン殿」
ディアドラは感極まった様子でグランの手を握りしめ、その後のダンスの時間では侯爵と踊った後、真っ直ぐにグランの元へと来た。
「グラン殿、私と踊ってくれないか。……いえ、踊ってください。お願いします」
グランは完璧なリードで彼女の手を取り、三曲を踊りきった後、ディアドラは幸せそうに微笑んだ。
「いろいろあったけれど、予定通りあなたが来てくれて、憧れのチョーカーを着けてもらい……リンク・ウェポンも貰えた。今日は人生で最高の誕生日だ。王女様、ルヴィ、エル、ソフィ、みんなも助けてくれてありがとう」
グランも周囲にいた仲間たち、転じて改めて侯爵夫妻に向けて、深く感謝の礼を述べた。
パーティーが終わり、夜も更けた頃。グランは侯爵夫妻に応接室へと呼び出された。
「グラン。改めて事情を話しておこう。あの男の家はこの地に多額の援助をしていたのだ。本来、家督は長男が継ぐから、ディアドラはその男と結婚させるつもりだった。領地や領民の安寧のためなら、望まぬ結婚も貴族としての責務だ。だが今回でその援助もなくなるだろう。……しかし、お前は何も気にしないでほしい。あのような男に頼るほどヴァスティール家は落ちぶれてはおらん。ここは厳しい環境だ、だが、これからは我々自身で道を切り開く。それに……お前なら、何かあっても何とかしてくれそうな気もするからな!」
侯爵は豪快に笑い、夫人も「ディアドラのこと、よろしくお願いね。あの子はね一途なのよ」と微笑み、その場は解散となった。
グランは与えられた豪華な客室に戻り、着替えてベッドに潜り込んだが、そこに柔らかな感触があった。
「……ん? あれ、湯たんぽにしては柔らかいような……」
驚きのあまり意図せず彼女の上に覆いかぶさる形になり、中から出てきた寝間着姿のディアドラに問い詰められる。
「……グラン殿。他のみんなとは、誕生日パーティーの夜に一緒に寝て、キスまでしたのだろう? 私とは、してくれないのか? 私には、そんなに魅力がないのか……」
「な、何を言ってるんだディア! 寝たのは……その、本当だけど、キスなんて……!」
『マスター。残念ながら否定は不可能です。このシチュエーションにおいて、あなたは寝ている間に全員からキスを奪われていますよ』
脳内のアンサートーカーが非情な真実を告げ、グランは(なんで黙ってたんだよ!いつの間にファーストキスが……俺の純潔が……)と頭を抱えた。
だが眼の前のディアドラを、このままにしておくわけにはいかない。
「……そんなこと、あるわけないだろ。ディアは、世界で一番魅力的な剣士だよ」
グランは意を決して彼女を抱きしめ、その柔らかな唇に、確かな熱を持ってキスをした。
ディアドラは真っ赤になって恥ずかしがったが、「こんなに幸せなことはない」と喜び、そのまま一緒に眠ることになった。
翌朝、先に目を覚ましたディアドラは昨夜のキスを思い出し、恍惚とした表情でグランを見つめていた。
目を覚ましたグランも気恥ずかしさに包まれたが、ディアドラに今後のアドバイスを伝える。
「ディア、『白閃』のダイヤモンドは魔石化している。魔力操作の応用で魔力を溜めておけば、ソードビットの魔力消費を抑えられるし、いつか魔導無双剣を再現できるかもしれない」
ディアドラはその言葉に従い魔力操作を始めるが、慣れない高密度の循環にすぐに魔力が尽きかけ、再びとろんとした目で二度寝を始めた。
「……うん……もう、限界……おやすみなさい、グラン殿……」
「無理するな。外は今日も吹雪だし、学園に帰るのは無理そうだな。今日はゆっくりしよう」
部屋のドアの方を見ると、ニコニコしている夫人と、額に青筋を浮かべて剣を抜こうとしている侯爵の姿があった。
「貴様ぁぁぁ!認めたとはいえ手が早すぎるぞ!我が愛娘を傷物にしよって! グラン・グラニアス、覚悟ぉぉ!」
「ちょっと、あなた! この子がそんなに早く手を出すわけないでしょ。他の夫人たちからも聞いたけど、この子、驚くほど手を出さないらしいわよ」
それを聞いた侯爵は「……なんだと!? うちの娘に魅力がないと言うのか! 別の意味で許せん!」と斜め上のキレ方をして侯爵夫人に襟首を掴まれ引きずられ連れて行かれた。
お昼過ぎまでぐっすり眠ったグランとディアドラは、起きた瞬間に「こんなに長く、誰にも邪魔されずに一緒にいたのは初めてだ」とグランに甘え始めた。
「ああ、そうだな。……ディア外を見て。晴れてきた。今日には出発できそうだ。そろそろ準備をしようか」
「……ええ。学園選抜ももうすぐだし、今日中には出発したい。私も支度をしてくる」
ディアドラが名残惜しそうに部屋を出ると、アンサートーカーが「手を出さなくて正解でしたね。あの侯爵なら本気でマスターを斬り伏せ、ダルマにされてたでしょう」とおちょくってきた。
昼食を済ませ、ディアドラと同じ馬車で出発しようとしたその時、衛兵の目を盗んであの男が再び現れた。
「平民のゴミめ! 貴様に決闘を申し込む! 私が勝てばディアドラから手を引け! 彼女と結婚するのはこの私だ!」
騒ぎを聞きつけてやってきた侯爵夫妻はその男に言い放つ。
「それでは賭けにならん。グランが勝てば、貴様は二度とディアドラと関わるな、そしてこのヴァスティール領に足を踏み入れるな。……構わんな?」
侯爵が条件を突きつけ、修練場にて多数の観客が見守る中、男は禍々しいオーラを放つ「魔剣」を取り出した。
「あれは魔剣⋯⋯だが、魔剣を使おうと、グラン殿の前では鎧袖一触。⋯⋯だって私たち最強世代の、真の頂点なのだから」
ディアドラの予言通り、斬りかかってきた男の魔剣にグランは冷静にソードブレイクを発動。
振り下ろされた魔剣を両手で挟み込み、そのまま真っ二つに粉砕した。
「次は、ディアドラが大切にしていた招待状を破った分の落とし前だ。覚悟しろよ」
呆然とする男の顔面に、グランは間髪入れず強烈な正拳突きを叩き込み、一撃で気絶させた。
「……おい。さっさとそいつを担いで、この領地から出て行け。二度とその面を見せるな」
グランは男を連れてきた門番に冷たく言い放ち、気絶している男を連れ出させた後、侯爵夫妻に別れを告げた。
「見事だったわ、グラン殿。ディアドラ、学園選抜、頑張りなさい。吉報を待っているわよ」
馬車が走り出すと、車内では緊張の糸が切れたグランとディアドラが手を繋ぎながら、安らかな眠りについていた。




