第58話:学園選抜
「……ふぅ。こうして石畳を歩いていると、入学したのがつい昨日のことみたいに思えるな」
冬休みが明け、活気を取り戻した学園内を歩きながら、グランは隣を歩くアンサートーカー(脳内)に語りかけた。
『マスター。よくよく考えれば、入学から現在まで、魔導大会、夏合宿、対抗戦など戦ってばかりですね。体感時間が歪むのも無理はありません』
「そうだな……三学期くらいは平和に過ごしたいもんだ」
始業式の会場である大講堂は、久しぶりに顔を合わせた生徒たちの熱気に包まれていたが、学園長が壇上に立つとその空気は一変した。
「静粛に。さて、二月末に行われる『帝国学園との親善試合』の選抜メンバーを発表する。選ばれた者は王国学園の誇りを持って戦ってくれたまえ」
学園長が鋭い眼光で会場を見渡すと、生徒たちは固唾を呑んで次の言葉を待った。
「オリヴィア・ファリス、ルヴィリス・ヴァレンタイン、エルスメリア・ヴァーミリオン、ソフィア・ヴァレンシア、ディアドラ・ヴァスティール。以上五名だ」
その名が読み上げられた瞬間、会場は静まり返り、直後に「獅子の盾」や「白光の杖」の上級生たちから怒号のような抗議が上がった。
「学園長! いくらなんでも一年生だけで固めるのは横暴です! 我ら上級生の面目はどうなるのですか!」
「そうだ! 伝統ある選抜枠を、入学して一年に満たないものたちに独占させるなど納得できん!」
騒然とする場内を鎮めたのは、壇上に上がった獅子の盾と白光の杖の主将たちだった。
「黙れ! 恥を晒すな! 彼女たちは先の対抗戦で、我々を実力でねじ伏せたのだ。文句があるなら、彼女たち以上の成果を見せてから言え!」
主将は客席のグランを一度だけ真っ直ぐに見据え、それから四聖華たちに向かって深々と頷いた。
「……異議はない。自分たちの分まで、王国学園の強さを帝国に刻みつけてきてくれ。期待しているぞ」
グランは胸を撫で下ろし、「よし……。ひとまず、俺の名前が呼ばれなくて本当に助かったよ」と安堵の溜息を漏らした。
放課後、蒼白銀の翼の演習場。案の定、集まった面々は不満を爆発させていた。
「納得いきませんわ! どうしてグランが選ばれないのです? 学園最強は間違いなく貴方なのに!」
ルヴィリスが燃えるような赤髪を揺らして詰め寄ると、隣でエルスメリアも美しい緑髪を指先で弄りながら、静かながらも鋭い眼差しを向けた。
「ええ、私も同意見よ。グランくんがいない選抜なんて、画竜点睛を欠くというものだわ。学園は何を考えているのかしら」
「まあまあ二人とも、落ち着いてくれ。俺は平民だし、今回は王女様と四大侯爵家の四聖華っていう『王国の看板』が必要だったんだろ? 身分的なバランスだよ」
グランが苦笑いして宥めるが、帝国留学の経験がある王女オリヴィアは、苦々しい表情で首を振った。
「グラン、それは大きな間違いですわ。帝国は徹底した実力主義。平民だろうが強ければ選抜に出るのが当たり前の国なのです。王国に蔓延るこの貴族主義……本当に嘆かわしいことですわ」
「王女様そう仰らずに。俺は影から応援してます。みんな、俺の分まで頑張ってきてくれよ。聞いた話だと、今の帝国には負け越してるんだろ?」
オリヴィアは真剣な眼差しで語り継いだ。
「ええ。帝国は皇帝一族が圧倒的な力を持ち、同時に平民にも平等にチャンスがある強国。正直、今の王国より活気があります。評価されれば『交換留学』の道も開けますのに」
「交換留学か……。向こうの魔法技術を直接見られるなら、少しだけ興味はあるかな」
そんな話をしながら帰る準備をしていたグランだったが、突然職員から「学園長が至急呼んでいる」と告げられ、学園長室へ足を運ぶことになった。
部屋に入ると、そこには学園長と、鋭い眼光を持つ女性が座っていた。
「失礼します。学園長、お呼びでしょうか?」
「おお、来たか。グラン、こちらの方は帝国の学園から視察に来られている先生だ」
その女性は立ち上がり、品定めするようにグランを上から下まで眺めてから、不敵に笑った。
「君がグランか。去年の魔導大会を見ていたが……ふん、やはり面白い。君が選抜に入っていないのは、王国にとっての損失。いや、私にとっても残念だよ」
「自分はただの平民ですから。それに選ばれた五人は魔導大会の時より格段に強くなっています。俺が居なくても、王国学園は安泰ですよ」
「王国学園の貴族部門で平民が優勝する……その異常さを自覚した方がいい。ぜひ一度、帝国の学園に来るといい。君のような『異物』が、我が校の生徒たちにどんな影響を与えるか見てみたいものだ」
「いや、お誘いは嬉しいですが、選抜メンバーでもないのに勝手には行けませんよ。学園長、無理ですよね?」
グランが助けを求めるように学園長を見ると、学園長は悪戯っぽく笑いながら衝撃の発言をした。
「いや、予備メンバーとしてついて行けばいい。たった今、帝国側にも『予備枠』を作るよう、この方と合意したところだ」
「はぁ!? そんな簡単に枠なんて増やせるんですか?そんな権限が――」
グランが言いかけると、その女性は豪快に笑いながら、自らの正体を明かした。
「ああ、名乗り遅れたな。私は帝国の学園長を務めている者だ。これくらいの調整、私が『やる』と言えば一分で終わる」
「……人が悪いですよ、学園長。帝国の学園トップを動かすなんて」
帝国の学園長は「君が来るのを楽しみにしているぞ」と言い残し、風のように部屋を去っていった。
二人きりになると、学園長は真面目な顔に戻り、今回の選抜に隠された「政治的意図」を静かに語り始めた。
「……帝国はオリヴィア王女が急に帰国した理由を掴めておらず、帝国で目撃された発作が、彼女が『魔力核欠乏症』に陥ったのではないかと疑っているのだ」
「なるほど。慌てて本国へ帰還したのも、病気だと思われているわけですか」
「その通りだ。だからこそ、彼女を選抜として表舞台に立たせ、健在ぶりを誇示する必要がある。四聖華を揃えたのも、王国の盤石さを示すためだ」
「そうなると、俺をメンバーに入れると四聖華の誰か一人が外れなきゃいけなくなる、と。……配慮してくれたんですね」
「左様。だが、わしとしても君を置いていく気は毛頭ない。だから予備枠という案を帝国の学園長に飲ませたのだよ。……あやつは信頼できるライバルでな」
学園長は机を叩き、熱のこもった声で檄を飛ばした。
「グラン、帝国で思いっきり暴れてこい! 煮え湯を飲まされ続けてきた王国学園に、王国歴代最強世代と言われる君たちという一石を投じてほしいのだ!」
「学園長、若返ってから本当に血の気が多いですね……。……わかりました、行きますよ。予備メンバーとしてね」
「わっはっは! わしはいつも通りだ! 期待しているぞ、グラン!」
学園長の豪快な笑い声を背に、グランは自室へと戻り、脳内のアンサートーカーにアクセスした。
「アンサートーカー、帝国の選抜ってやっぱり王国より強いのか?」
『マスター。帝国の実力主義は合理的であり、学生全体のレベルが底上げされています。王国が負け越している通り、非常に手強い相手となるでしょう』
「……上等だよ。新しい強者たちと戦えるなら、予備メンバーってのも悪くないな」
『また戦うのですか?この大陸の人たち、戦闘民族なのでは?』
未知の強国、そして見知らぬ強敵たち。グランは微かな興奮を覚えながら、深い眠りについた。




