第57話:初詣
ヴァレンシア領から学生寮に帰還して数日が過ぎ、いよいよ正月まであと三日に迫ったある日のことだった。
グランはふと思いつき、脳内のアンサートーカーにこの国の年末年始の過ごし方について尋ねてみた。
「なぁアンサートーカー、この国って大晦日や初詣みたいな風習はないのか?」
『マスター。この国にはそういった風習は存在しません。強いて言えば、三月の終わりにある一週間かけた王国建国祭が最大の祝祭です』
「それじゃあ一年の区切りがつかなくて寂しすぎるな。よし、聖域に神社を作って、自分たちで初詣をしよう」
『一人でやるのですか? 寂しすぎますね。どうせなら、今学園に残っている知り合いを誘ってみてはいかがですか?』
アンサートーカーの提案に頷くが、聖域なんかに連れていけるのは蒼白銀の翼のメンバーくらいだ。
それにマルクたちは、年末は実家に帰るということを事前に聞いていた。
「やっぱりみんな実家に帰っているよな……。少し外を散歩するか」
気分転換に学園内を散策していると、以前レインと出会った思い出の庭園の前で、見覚えのある後ろ姿を見つけた。
「レイン? 冬休みなのに帰省しないのか?」
声をかけると、庭園の花の手入れをしていたレインは驚いたように振り返り、花の世話をしていた手を休めて微笑んだ。
「グラン様。いえ、今日は花の様子を見に来まして。グラン様こそ、聖域へは戻られないのですか?」
レインは、グランが四聖華を助けた事実を知ってからか、グランをまた様付けて呼ぶようになった。
様付けはやめてくれといったが、レインが自分に対して恩義以上の感情をもっており決して譲らないので、もうあきらめた。
その関係で聖域の出身であることを知っており、グランは自分の故郷の年末年始の風習を話し、誘ってみることにした。
「俺の故郷には年末年始を特別な儀式で過ごす風習があるんだ。もし暇なら、レインも聖域に来ないか?」
「えっ……私を、誘ってくださるのですか? 嬉しいです……! ぜひ、お供させてください! すぐにヴァーミリオン家へ戻り、準備を整えて参ります!」
レインは顔を輝かせて喜びを露わにし、足早に準備のために一度屋敷へと戻っていった。
翌日、約束の時間に学園の校門前で待っていると、ヴァーミリオン家の紋章が刻まれた豪華な馬車が止まった。
中から降りてきたのは、準備を整えたレイン……だけでなく、不敵な笑みを浮かべるエルスメリアだった。
「申し訳ありません、グラン様。……お嬢様にバレてしまいました」
「グランくん、レインだけを誘うなんてずるいわ。他のみんなも来るから、ここで待っていてね?」
「……エル、別にレインだけ誘うつもりだったわけじゃないんだ。みんな実家に帰っていると思って……」
「夏と違って冬は休みが短いですから、それに雪も降りますし、実家に戻って学園が始まる前に戻れなくなったらいけないので、私たちは王都の侯爵邸に戻っていたのですわ」
「そうだったのか……じゃあ他のみんなってことは、四聖華全員来るのか?」
エルスメリアの言葉に、グランが問い返すと、彼女はさらに驚くべきことを口にした。
「ええ。それに四侯爵夫妻も全員いらっしゃいますわ。各侯爵家は自分たちが居なくても回るようにできているから、安心していいわ」
待つこと一時間、学園前には各侯爵家の馬車が続々と集結し、想像以上の大所帯となっていた。
ヴァレンタイン侯爵が真っ先に歩み寄り、「お前の故郷の珍しい風習を聖域ですると聞いてな。見逃すわけにはいかないだろう」と豪快に笑いながら声をかけてきた。
他の侯爵たちも異口同音に賛成し、侯爵夫人たちは「聖域でエステをするのが何よりの楽しみなのよ」と上機嫌な様子だった。
「……まあ、賑やかな方がいいか。それじゃあ、皆さんを聖域へ案内します。転移ゲートを構築します」
グランは聖域第三層「凪の里」へと繋がるゲートを開き、一行を引き連れていった。
到着した凪の里の安定した気候に、ルヴィリスは「ここは年中快適で素晴らしい場所ですわね!」と感心した声を上げた。
各侯爵たちも夏に宿泊した施設に足を運び、「年末年始は毎年ここで過ごしてもいいくらいだ」と冗談交じりに語り合っていた。
夫人たちは到着するなり「さっそく温泉とエステよ!」と専用施設へ向かい、四聖華たちも夏と同じ部屋へと入っていった。
「レイン、君の部屋も用意しないとな。今から拡張するから、ここでは『お客さん』としてくつろいでくれ」
「個室まで頂けるなんて……ありがとうございます、グラン様。ですが、メイドとしての性が染み付いていて、つい体が動いてしまいますね」
レインの言葉に苦笑しつつ、グランは神社をイメージした建造物の設営に取り掛かった。
手を清める手水舎、おみくじ、絵馬の掛け所など、前世の記憶を頼りに細部まで忠実に再現していく。
さらに、参加者全員分の晴れ着や袴を魔法で仕立て上げ、正月の準備を完璧に整えた。
その夜の食事時、グランは「明日の夜は年越しそばを食べる風習がある」と一同に説明した。
すると、ヴァレンシア侯爵夫妻が「そばが食べられるのか!」と意外な反応を見せた。
「以前、冒険者として東方の大陸へ遠征した時に食べたことがあるんだ。あの独特の食感と風味は忘れられないな」
『マスター。東方には転生者の影響で日本に似た文化を持つ国があります。ただし、現在は厳しい鎖国状態で入国は困難です』
「日本みたいなところがあるならいつか行ってみたいけど、歴史まで再現しなくていいのに……」とグランは心の中で毒づいた。
大晦日の夜、グランは事前に調べておいたそば打ちを皆の前で披露し、打ち立てのそばを一人ずつ振る舞っていった。
揚げたての天ぷらを乗せた年越しそばに、ヴァレンシア侯爵夫妻は慣れた手つきで箸を使い、その味を絶賛した。
他の侯爵たちも初めは箸に苦戦していたが、さすがは実力者、すぐに完璧な箸使いをマスターして「不思議だがうまい」と舌鼓を打った。
「本当なら、明日の早朝に『初日の出』を拝むという風習もあるんですが……あいにくここ、凪の里の地形からは日の出が綺麗に見えないんですよね」
グランが少し残念そうに呟くと、ヴァスティール侯爵が面白そうに身を乗り出してきた。
「グランよ。それなら以前、お前が我々に見せてくれたあの『ヴィジョン』の魔法を使えばいいのでは。あれならどこでも映し出せるだろ?」
「なるほど、その手がありました。……ですが、どこか日の出が綺麗に見える場所の心当たりがなくて」
グランが思案していると、ヴァーミリオン侯爵が穏やかに、しかし自信たっぷりに提案を差し挟んだ。
「それなら、私の領地にうってつけの場所がある。海岸線から昇る朝日は、王国でも随一の絶景として知られているんだ。そこを指定してヴィジョンを展開したまえ」
「ヴァーミリオン侯爵の領地ですか! それは期待できそうですね。ありがとうございます、さっそく準備します!」
グランは教えられた座標をもとに巨大なヴィジョンを構築し、さらに除夜の鐘についても「諸説ありますが、年末から年始にかけて百八回鳴らす習慣です」と説明して自動人形で鐘を突くように設定した。
「明日は早いので起きられた人で日の出を見ましょう」と告げ、一行はその夜、静かに眠りについた。
翌朝、グランが外へ出ると、ヴィジョンの前にはすでに四聖華をはじめとする全員が集まって待っていた。
「グラン様! 遅いです! せっかく誘ってくださったんだから、みんなで見ましょうって話をしていたんです!」
いつもは、常に魔力操作を行って眠そうにしているソフィアも、必ず起きたかったのか、魔力操作はそこそこにして早く寝たらしい。
レインが全員に温かい飲み物を配る中、ヴィジョンの中に鮮やかな初日の出の光が差し込み、凪の里を黄金色に染め上げていく。
「こうして一年の始まりを静かに見守るのは、初めての経験ですわ……」とルヴィリスが感嘆の声を漏らした。
「あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。これが俺の故郷での一年の始まりの挨拶です。今年も、皆と一緒に頑張っていけたらと思っています」
四聖華たちもその言葉に心を動かされたようで、それぞれが去年以上の飛躍を誓い、決意を新たにしていた。
そしていよいよ初詣本番、グランは用意した晴れ着を皆に手渡し、レインに着付けを教えた。
神社に集まった面々は、初めて目にする和装の華やかさにテンションを爆上げさせていた。
袴姿に興味津々の侯爵たちの中でも、ヴァスティール侯爵は腰の模造刀を大層気に入り、「これを個人的に譲ってくれないか」と食いついていた。
「各自、俺が用意した小銭をこの『賽銭』入れて、二礼二拍手一礼の作法で心の中で願い事を言ってください。一年の無病息災を神にお願いする儀式です」
各侯爵は自領の安寧と発展を、夫人たちは領民や子供たちの平和を、そして四聖華は自分たちの飛躍と「グランと結ばれること」を熱心に祈った。
続いておみくじを引き、グランが大吉などの説明をした後、いざ全員で一斉に開封した。
「わたくしたちは全員『大吉』ですわ! 書いてある内容も文句なし、さすが侯爵家ですわね!」
四聖華も全員が「中吉」で、特に恋愛の欄に「願い叶う」と書かれていたため、彼女たちは隠しきれない喜びを溢れさせていた。
「私も『中吉』でした。去年はお嬢様も治り、無事に過ごせましたから……これ以上の幸せはありません」とレインも穏やかに微笑んだ。
しかし、肝心のグランが引いたくじは、なぜか印刷ミスの「白紙」という前代未聞の結果だった。
「はっはっは! 白紙とは! さすがグラン、お前の運気は測り知れないな!」
ヴァレンタイン侯爵が豪快に笑い飛ばし、他の侯爵たちも肩を震わせて笑う中、ヴァスティール侯爵が少し真面目な顔で言葉を添えた。
「白紙か。まあ、お前のことだ。このくじの通り、お前は自分自身で未来を描いていくんだろうな。……ただ、このタイミングでそれを引くお前のヒキには笑わざるを得ないがな!」
『マスター。流石はエンターテイナーですね。誰も予想できない結果を出すとは』
(アンサートーカー、うるせえよ!)と毒づくグランを余所に、正月遊びの「羽根つき」が始まった。
最初は和気あいあいとした侯爵夫人たちと娘たちの親子対決だったが、次第にヒートアップした彼女たちは魔法を織り交ぜ始め、戦場さながらの激しい戦いへと変貌していった。
一方、侯爵たちは、グランがアンサートーカーと聖域ネットと自身の魔力を駆使して再現した日本酒で酒盛りを始め、侯爵たちはその味に心底惚れ込んで「土産に三本ほどくれ」と予約を入れていた。
夜が更けると、一同は男女に分かれて温泉に浸かり、新年の疲れを癒やした。
「グラン殿、こんなに楽しい年の過ごし方は初めてだよ。感謝する。……ところで、娘をよろしく頼んだぞ?」
「……えっ? い、いや、あの……!」と、侯爵たちからの突然の爆弾発言にグランが顔を赤くして狼狽する。
一方、女性陣の露天風呂では、侯爵夫人たちが四聖華を相手に「グランとの進展」を根掘り葉掘り聞き始めていた。
「……実は、この前一緒に寝ましたわ」「私は寝ているグラン様にキスをしましたの……」と誕生日パーティーにあった、二人だけの秘密を真っ赤になりながら白状する少女たち。
甘酸っぱい恋の話に夫人とレインのテンションも上がる中、ディアドラだけが「私はまだ誕生日が来ていないから、一歩遅れている……」と嘆いていた。
「ディア、一番最後だからこそ印象に残りやすいのよ。自信を持ちなさい」
ヴァスティール侯爵夫人に励まされたディアドラは、「必ずグラン殿とキスをします!」と決意を固めた。
その頃、男湯のグランが「……ぶぇっくしょん!誰か俺の噂でもしてるのか? 湯冷めしたかな」と首を傾げていた。
一月三日まで各自だらだらと正月を過ごし、いよいよ帰る日を迎えると、グランは皆をゲートの前で見送った。
「今年はみんなと年末年始を過ごせて本当に楽しかったです。ありがとうございました」
「初めての経験ばかりで、最高に楽しい思い出になりましたわ!」
「リフレッシュできたわ、お土産の晴れ着と日本酒、大事にするわね」
四侯爵夫妻と四聖華、そしてレインは笑顔で王都に戻っていき、グランも静かになった学生寮の自室へと戻った。
「もうすぐ三学期が始まるな。気を引き締めていこう」
窓の外に広がる冬の空を見上げながら、グランは新しい一年への決意を新たにした。




