第55話:蒼白銀の翼は高く舞う
運命の最終日、冬の柔らかな日差しが王立魔法学園の遠征地を照らす中、「蒼白銀の翼」の拠点ではルヴィリスが最後の大勝負に出るための作戦を伝えていた。
「皆様、泣いても笑っても今日が最終日ですわ。守り切って引き分けに持ち込む気は、私には毛頭ありません。全軍、攻勢に転じますわよ!」
彼女が打ち出したのは、防衛を最小限まで削り、敵の本陣を電撃的に陥落させるという、大胆不敵な「三段構え」の奇襲作戦だった。
拠点の守護には鉄壁の結界を張れるエルスメリアと、戦況を見極める指揮官のルヴィリスが残り、残りの戦力を二つの攻撃部隊に分ける。
ソフィア率いるベアトリクスと平民組が派手な立ち振る舞いで敵の主力を正面から引きつけ、その裏で真の目的を果たす別働隊を動かす。
高速隠密移動が可能なディアドラ、王女オリヴィア、そしてグランの三名が、敵の包囲網を縫って本拠地へ一気に飛び込み、フラグを奪取するというものだ。
「ルヴィリス様の作戦なら、俺たちは信じて暴れるだけだ。死ぬ気で敵をこっちに釘付けにしてやるぜ!」
マルクが自信に満ちた表情で拳を突き出し、全員が力強く頷いた。
正午。
対抗戦の終了時刻が刻一刻と迫る中、静まり返った演習場に、戦局を動かす開戦の咆哮が轟いた。
ソフィアが魔力を注ぎ込んで放った氷結魔法が、連合軍拠点の直近に着弾し、大地を凍てつかせる白銀の爆炎を巻き上げる。
「敵の襲撃だ! 総員、迎撃せよ! 蒼白銀の翼を引き摺り出し、数で叩き潰せ!」
連合軍側も、5日目の夜の消耗から完全には回復していなかったが、背水の陣で迎撃態勢を整える。
ソフィアとベアトリクスが正面から「派手に」暴れ回り、平民組が敵の前線を撹乱することで、連合軍の注意は完全に彼らへと向けられた。
「……今ですわ! 私たちの誇り、見せていらっしゃい!」
温存していた遠視と透視の魔眼を使い、戦況を見ていたルヴィリスの鋭い合図と共に、グラン、オリヴィア、ディアドラの三影が、風を裂く速度で敵陣へと潜入した。
敵本陣のフラグ安置室。
待ち構えていた最後の守備隊、そして白光の杖の主将と副主将をグランとオリヴィアが圧倒的な魔圧で引きつけ、室内は魔法が交錯する混沌と化した。
「グラン殿! オリヴィア様! フラグは私が引き受けましたわ!」
ディアドラが瞬身の速度で守備網の僅かな隙間をすり抜け、台座に輝く連合軍の旗を鮮やかに奪い取った。
作戦は完璧に成功した。
だが、フラグを奪って自拠点に戻ろうと敵拠点から脱出した瞬間、退路を断つように『獅子の盾』の主将ガウルが立ち塞がった。
「見事だ、蒼白銀の翼。……認めざるを得んな。たった11人の寄せ集めと思っていたが、君たちは本物の魔法騎士団だ」
ガウルは、敗北を悟ったような、しかし戦士としての誇りを失わない清々しい笑みを浮かべてグランを直視した。
「このままでは我々の負けだろう。だが、武人としてこのまま終わるわけにはいかん。……グラン・グラニアス、最後に私と一騎打ちを願えないか」
グランがどう応えるか一瞬逡巡したその時、隣にいたディアドラがグランにフラグを渡し、静かに、だが鋼のような意志を込めて前に出た。
「グラン殿、私にやらせていただけませんか? 同じ剣の高みを目指す者として、彼と全力で語り合いたいのです」
「……次期剣聖と名高いディアドラ嬢か。相手に不足はない、むしろ光栄だ」
ガウルも彼女の気迫に圧倒され、一人の騎士として礼を尽して了承した。
最上級生であり近衛騎士への就職も内定しているガウルは、この学園でも屈指の実力者である。
ディアドラにとっても、これほどの強敵と真剣勝負ができる機会は滅多にない。
ディアドラはあえて自身の異能「未来視」を封印し、純粋な剣技と魔力操作だけで、ガウルの大剣と真正面から激突した。
魔法と剣戟が火花を散らし、激しい衝撃波が周囲の建物を震わせる光景に、周囲の生徒たちはいつしか戦うことを忘れ、各陣営の代表である二人に熱い声援を送り始めた。
試合の熱気が最高潮に高まったその時、乱戦の喧騒を突き抜けて、グランの声が響き渡った。
「――頑張れ、ディア!!」
その瞬間、ディアドラの全身に熱い力が湧き上がり、極限の集中力によって周囲の動きが緩やかに感じられるほどの感覚に包まれた。
ガウルの放った渾身の横薙ぎを紙一重の演武のような動きで躱すと、彼女の剣がその隙を逃さず、鮮やかな袈裟斬りで主将を切り伏せた。
勝負が決した数秒後、対抗戦終了を告げる合図の魔法が冬の空高くに打ち上がり、白昼の空に大輪の火花を咲かせた。
「勝った……。私たちが、本当にあの軍勢に勝ったのですわね……!」
拠点で待っていたルヴィリスは、司令官としての重責から解放され、その場に力なく座り込んだ。
エルスメリアはルヴィリスのそばで涙を浮かべながら司令官という重責を担った彼女を労った。
自拠点に戻ったメンバーたちは、身分も性別も超えて互いに抱き合い、泥にまみれた顔で勝利を分かち合った。
グランは全員を集め、一人一人の顔を見つめながら静かに、だが熱く語りかけた。
「これは全員が死力を尽くして勝ち取った勝利だ。誰一人欠けても届かなかった。……この経験は、みんなにとって一生の宝物になる。俺もみんなと一緒に戦えたことを誇りに思う」
その頃、貴族主義の理事たちが集まる会議室では、重苦しい沈黙と焦燥が渦巻いていた。
「馬鹿な……。あの連合軍を破るなど、あってはならないことだ。これにより、あの平民に圧力をかける口実をすべて失ったぞ!」
「まだ方法はある! 暗殺でも、濡れ衣でも、権力を使えばいくらでも……」
リーダー格の理事が狂ったように叫ぼうとした、その時だった。
「――そこまでにしておきなさい。これ以上の不作法は許しませんよ」
扉が勢いよく開き、現れたのは、十年ほど若返ったかのような瑞々しい魔力を纏った学園長だった。
彼が放つ、全盛期を彷彿とさせる圧倒的な覇気と魔力に、理事たちは声も出せずにその場に平伏し、震えることしかできなかった。
「あの子たちが無事に卒業するまで、今後、手出しは一切、私がさせませんよ」
元気になってしまった学園長の宣言に、理事たちは完全に意気消沈し、学園を長年覆っていた古い貴族主義の雲が、冬の晴天へと消えていく。
対抗戦の激闘から二日が過ぎ、学園にはようやく穏やかな冬の日常が戻りつつあった。
「蒼白銀の翼」の面々は、歴史的な勝利を祝うため、学園長の粋な計らいで貸し切りとなった食堂に集まっていた。
テーブルの上には、王女オリヴィアが手配した最高級のお茶菓子や、食堂のおばちゃんが腕を振るった豪華な料理が所狭しと並んでいる。
「いやあ、あの時のソフィア様の氷結魔法、マジでしびれましたよ! 敵がパニックになって逃げ惑う姿、一生忘れませんわ!」
マルクが大きな口でケーキを頬張りながら、昨日のことのように熱く語り、周囲のメンバーも笑いながらそれぞれの戦局を振り返っていた。
王女や四聖華たちも、今日ばかりは身分の垣根を忘れ、一人の生徒として戦友たちとの語らいを心から楽しんでいた。
そんな和やかな空気の中、不意にマルクがグランの方を向き、とんでもない爆弾発言を口にした。
「そういえばさ、グラン。お前ってこんだけモテるのに、彼女とか作らないのか? これだけの美人に囲まれてて、浮いた話の一つもねえもんな」
その瞬間、楽しげだった皆の会話が一斉に止まり、食堂に心臓の鼓動が聞こえそうなほどの静寂が訪れた。
四聖華の面々と王女の視線が、まるで獲物を狙う鷹のように鋭くグラン一点に集中する。
「なっ……! いきなり何を言い出すんだマルク! お前、空気ってものを考えろ!」
グランは背中に冷や汗が流れるのを感じ、居心地が悪そうに身をよじった。
あまりの圧迫感に耐えかねたグランは、話を逸らそうと逆質問をぶつける。
「……お前こそどうなんだよ! 偉そうに人に聞ける立場か?」
するとマルクは、何を当たり前のことを、と言いたげな顔で肩をすくめて答えた。
「俺か? 俺はレキシと学園入学前から付き合ってるぞ。地元じゃ公認の仲なんだよ」
「はあああ!? そうだったのか!? レキシ、本当なのか!?」
グランが驚愕して隣のレキシを見ると、彼女は顔を赤くしながらも小さく頷いた。
「……マルクはデリカシーがないから、あまり言いふらすことじゃないと思ってただけよ」
マルクはニカッと笑い、「お前、ずっと一緒にいたんだから知ってると思ってたぜ」と、グランの驚きぶりを面白がっている。
絶句するグランだったが、視線をカロンの方へ向けると、彼もまたどこか気まずそうに視線を逸らした。
「……まさか、カロン、お前まで隠し事なんてしてないよな?」
カロンは隣に座るニーナと視線を交わすと、観念したようにボソリと白状した。
「……実は、この1ヶ月前からニーナと付き合っているんだ」
「この……このリア充どもめ! 平民組の友情はどうしたんだよ!」
グランは天を仰ぎ、叫ばずにはいられなかった。
そんなグランの嘆きを見て、ベアトリクスがクスクスと笑いながら身を乗り出してきた。
「ふふっ、グラン、そんなに彼女が欲しいの?」
「……まあ、欲しいか欲しくないかと言われたら、そりゃあ男だし、欲しいと思う時もあるけどさ」
しまった、とグランが思った時には既に遅かった。
失言を逃さなかったベアトリクスが、小悪魔のような笑みを浮かべて軽く言い放つ。
「じゃあ、私が立候補しちゃおうかな? 私と付き合っちゃう?」
その冗談めかした言葉が終わるか終わらないかのうちに、食堂の気温が氷点下まで下がったかのような凄まじいプレッシャーが放たれた。
「ベアトリクスさん……? 今、聞き捨てならない言葉が聞こえましたわね?」
ルヴィリスの瞳が怪しく光り、その背後にはエルスメリアとソフィアとディアドラも控えている。
「あら、ベアトリクス。抜け駆けは王族として見過ごせませんわよ?」
王女オリヴィアまでが、慈愛の微笑みを浮かべつつも一切笑っていない目で迫る。
四聖華と王女、五人分のすさまじい圧力を正面から浴びたベアトリクスは、さすがに顔を引きつらせて両手を上げた。
「じょ、冗談だってば! 冗談! ほら、グランってば本当にすごく愛されてるんだから! 軽口も叩けないよ、もう!」
グランはベアトリクスの肩を掴み、小声で問い詰める。
「お前、絶対わざとだろ! 死ぬかと思ったぞ!」
「あはは! たまには焦ったグランの顔も見てみたかったんだもん! それに実は私、平民時代からずっと付き合ってる人がいるんだよね」
ベアトリクスはそう言うと、いつになく優しい表情で、将来はその男性と結婚するつもりだという話を始めた。
その告白をきっかけに、話題はベアトリクスの恋バナへと移り、王女や四聖華を含む女性陣が「どんな人なの!?」と一斉に食いついた。
恋に恋する年頃の少女に戻った彼女たちは、平民・貴族の垣根を越えて、キャッキャと盛り上がり始める。
完全に会話の輪から取り残された男三人――グラン、マルク、カロンは、遠巻きにその様子を眺めることしかできなかった。
「……グラン。あれだけの高位貴族の女性たちに、本気で好意を持たれてるんだ。この先の人生、相当大変だろうな」
カロンが憐れみの混じった目でグランの肩を叩く。
「……頼む、カロン。俺と変わってくれないか? 俺には荷が重すぎるんだ」
グランの切実な頼みに、カロンは静かに首を振った。
「断る。俺は自分に相応しい、手の届く範囲の幸せで十分だ」
マルクも頷きながら、どこか達観したような顔でグランを見た。
「お前はそれだけの器ってことだろう。諦めて全員受け入れちまえよ」
グランが苦悩しながら脳内のアンサートーカーに助言を求めると、『彼女が欲しいなら、今この場で適当に選んで告白すれば確実に成就します』と無機質な回答が返ってきた。
(馬鹿言え! そんな不純な気持ちで一人を選んだら、残りの五人にその場で物理的に消されるだろ!)
グランは心の中でそう突っ込み、再び天を仰いだ。
蒼白銀の翼の宴は、夕闇が学園を包み、下校時間を告げる鐘が鳴り響くまで賑やかに続いた。
「それじゃあ、また明日。私たちはこれからもずっと最高の仲間ですわ!」
ルヴィリスの言葉に全員が応え、それぞれの帰路につく。
グランは一人、冷たい冬の夜道を歩きながら、もうすぐ今年が終わろうとしていることに思いを馳せた。
様々な事件があり、多くの仲間ができ、そして最高の勝利を掴んだ一年。
「……しばらくは、平和であってほしいもんだな」
グランは窓の外に広がる星空を見上げ、押し寄せるモテ期の恐怖と、それでも変わらない日常への感謝を感じながら、自室のベッドで深い眠りについた。




