第54話:牙を剥く連合軍
対抗戦2日目の朝、遠征地を包む空気は前日の激突が嘘のように、不気味な静寂を孕んでいた。
だが、その静寂は長くは続かなかった。
「敵影確認! 数は5人、北側の森から接近中!」
哨戒に当たっていたカロンの鋭い叫び声が、朝霧の残る拠点に響き渡った。
連合軍は昨日とは打って変わって、5名から10名程度の少人数部隊を次々と投入してきた。
彼らは拠点まで辿り着くとある程度の戦闘を行い、こちらの反撃が本格化する前に示し合わせたように撤退を繰り返す。
「また逃げやがった! 追いかけますか、ルヴィリス様!」
血気盛んなマルクが拳を握りしめるが、指揮官であるルヴィリスはそれを手で制した。
「待ちなさい、マルク! 深追いは禁物ですわ。敵の狙いは、拠点から私たちを引き摺り出すことですわ」
ルヴィリスの懸念は的中していた。
連合軍は、100人という圧倒的な兵数を細かく分割し、24時間絶え間なく小規模な襲撃を仕掛ける「消耗戦」に切り替えていたのだ。
始めこそマルクたち平民組が余裕を持って対処していたが、敵の部隊には時折、各修練会の精鋭が紛れ込んでいる。
「……くそっ、今度のは手強いな。上位貴族の術士が3人もいやがった」
数時間を経たずして再び現れる敵を退け、カロンが肩で激しく息をしながら呟く。
間髪入れずに次の部隊が投入され、拠点周囲では断続的な魔法の爆発音が鳴り止まない。
一度、痺れを切らした四聖華が前に出て敵部隊を壊滅させたこともあったが、連合軍の攻勢が止むことはなかった。
それどころか夜になると、敵は昼の倍近い戦力で四方八方から嫌がらせの夜襲を仕掛けてくる。
「……一睡もさせてくれないつもりか。嫌な戦い方をするようになったな」
グランが拠点の防壁の上で、闇に消えていく敵の背影を冷めた目で見送りながら呟いた。
「蒼白銀の翼」のメンバーは常に気を張り詰め、反撃の機会を伺いながら守備に回ることで、精神を摩耗させ、疲れを蓄積させていく。
3日目、4日目と時間が経過するにつれ、メンバーの顔には隠しきれない色濃い疲労と隈が浮かび始めていた。
「ルヴィ、このままでは不味いですわ。皆、集中力が限界に近づいています」
王女オリヴィアが、地図を凝視したまま微動だにしないルヴィリスに、静かだが切迫した声をかける。
「わかっていますわ、オリヴィア様。ですが、ここで私たちが攻勢に出たところで、まだ日数は残っています」
ルヴィリスは、唇を噛み締めながら軍師として苦渋の決断を迫られていた。
「もし今、無理に打って出てフラグを奪ったとしても、最終日までこの嫌がらせが続くでしょう。そうなれば、最後の総力戦で体力の尽きた私たちが負ける可能性がありますわ」
「膠着状態……。あちらの指揮官は、なかなかに粘り強いようですわね」
オリヴィアの言葉に、ルヴィリスは小さく頷き、敵陣営の底知れぬ悪意に目を細めた。
一方、連合軍の作戦本部では、『獅子の盾』主将ガウルと『白光の杖』主将アルフォンスが地図を囲んでいた。
「順調だな。あいつらの顔からは余裕が消え失せている」
ガウルが、屈辱を晴らすかのような不敵な笑みを浮かべる。
「ああ。5日目の夜に、こちらの戦闘不能になった連中がほぼ復帰する。そいつら大部隊を囮として正面から投入する」
アルフォンスが冷徹に指を指したのは、拠点の死角となる裏路地だった。
「その陰で、俺たち主将と副主将を含めた隠密部隊が潜入し、一気にフラグを奪い去る。ここで勝負を決めるぞ」
彼らは5日目の夜まで、徹底して少数部隊による嫌がらせの奇襲を繰り返し、「蒼白銀の翼」を磨り潰すことを再確認した。
対する「蒼白銀の翼」の拠点でも、ルヴィリスが敵の冷酷な意図を読み解こうとしていた。
「……散発的な夜襲は、こちらの精神をすり減らすつもり。おそらく、本命の仕掛けは相手の全戦力が整う5日目の夜ですわ」
ルヴィリスはメンバー全員を広間に集め、指揮官として驚くべき提案を口にする。
「4日目の夜は、あえて警備を最低限まで薄くします。主戦力のオリヴィア様、四聖華の三人、それとグランとベアトリクス。あなたたちはこの夜、英気を養うためにぐっすり眠りなさい」
「なっ!? そんなことをしたら、もし敵が本気で攻めてきたらどうするんだ!」
ディアドラが驚愕の声を上げるが、それを制したのは、泥にまみれながらも瞳を輝かせるマルクだった。
「いや、ルヴィリス様も休んでくれ。ここは俺たち平民組に任せてくれ」
マルク、レキシ、カロン、ニーナの4人が、覚悟を決めた表情で力強く一歩前に出る。
「俺たちが夜通し警備を続ける。あんたたちが倒れたら、このチームは終わりだ。一日くらい、俺たちの意地を見せてやるよ」
「……マルク。あなたたち……」
ルヴィリスは少し目尻を熱くしながらも、戦友たちの信頼に応えるため、その言葉に甘えることにした。
「わかったわ。……お願いね、みんな。明日の夜、すべてが決まるわ」
グランたち主戦力は、仲間たちの献身を信じ、久々の深い眠りについて最終決戦に向けた英気を養った。
そして迎えた運命の5日目。
相変わらず散発的な攻撃を仕掛けてくる連合軍に対し、「蒼白銀の翼」は適度にいなしながら決戦の夜を待った。
5日目の夜更け。
突然、拠点正門で巨大な爆発魔法の音が轟き、夜の帳を引き裂いた。
「来ましたわ! 3つの部隊が同時に接近! 数は……50を超えますわ!」
ルヴィリスの指揮の下、メンバーは拠点内に籠もり、次々と雪崩れ込んでくる敵を一人ずつ着実に迎撃していく。
だが、激しい魔法の応酬が繰り広げられる最中、不自然な空気の揺らぎが拠点の最深部、フラグの間へと向かっていた。
「……隠密魔法。気づかせないつもりだったのでしょうけれど」
部屋の隅で静かに待機していたソフィアの魔眼が、魔法を使う一瞬の魔力消費を見逃さなかった。
フラグが置かれた中央の部屋の直前、ソフィアの氷結魔法が虚空を射抜いた。
「がぁっ!?」
氷の礫が、姿を隠していた敵の主力の一人を壁に叩きつけ、一瞬で氷漬けにする。
「ちっ、見破られたか! 構わん、強行突破だ!」
隠密を解き、姿を現したのは連合軍主将のガウルとアルフォンス、そしてその副主将たちだった。
「ここを通すわけにはいきませんわ!」
部屋の前で待ち構えていた四聖華たちが、一斉に高密度の魔法を叩きつける。
「これほどの消耗を強いておいて、まだこれだけの魔力を残しているのか……! 怪物め!」
ガウルが怒鳴りながら大剣を振るい、ディアドラの放つ剣と激しく火花を散らす。
アルフォンスや副主将たちも上位魔法を乱射するが、英気を養ったソフィアとルヴィリスの連携、エルスメリアの鉄壁に阻まれ、一歩も前に進めない。
数十分にも及ぶ、息の詰まるような死闘。
その時、囮部隊方面に鋭い魔法が襲いかかる。
オリヴィア王女が幾多の魔法陣を展開し、囮部隊の後詰の迎撃にあたる。
「クソッ、囮部隊が減り始めている!? 背後からの伏兵を警戒しろ、退却だ!」
アルフォンスが戦況の悪化を悟り、断腸の思いで退却を命じた。
「引くぞ! このままではこちらの戦力を無意味に消耗する!」
朝日が昇る頃、連合軍は多くの傷兵を抱え、這々の体で退却していった。
静まり返った拠点の司令部で、ルヴィリスは深く椅子に腰掛けた。
「……撃退しましたが、こちらの消耗も想定以上ですわね。今日一日は、全員で交代しながら休まないと、最終日まで持ちませんわ」
「ああ、決戦は最終日だ。全員、今は回復を優先しろ。よくやったな、みんな」
グランの労いの言葉に、メンバーたちは順番通りに休息を取り、傷ついた体と心を癒し始めた。
一方、連合軍の拠点では、葬儀のような重苦しい空気が漂っていた。
作戦失敗の報に、士気は目に見えて底まで下がっている。
「……平民が混じっているあんな小集団に、我ら主将二人がかりで届かないとは」
幹部たちは、自分たちがどこかで「蒼白銀の翼」を侮っていたことにようやく気づき、底知れぬ焦燥に身を焼かれていた。
ガウルは悔しげに拳を机に叩きつけ、それでも冷徹に次なる指示を出す。
「……最終日まで今あるすべての戦力を温存し、総攻撃をかける。6日は最低限の部隊で嫌がらせを継続しろ。各自、最終決戦に備えて休憩を取れ」
かつてないほど疲弊し、しかし牙を研ぎ続ける両軍。
学園史上、最も過酷で熱い対抗戦は、ついに最終日の決戦へと向かって加速していく。




