第50話:身に振る火の粉
10月初旬に入り、王立学園を包む空気は少しずつ秋の気配を帯び始めていた。
だが、学園の一角にある演習場だけは、夏の盛りをも凌ぐような熱気に包まれていた。
『蒼白銀の翼』のメンバーたちは、グランの指導の下で、日に日にその実力を底上げしていたのである。
特に目覚ましい成長を見せていたのは、ベアトリクスと、グランのクラスメイトである平民出身の4人――マルク、レキシ、カロン、ニーナだった。
彼らはグランから伝授された魔力操作の徹底的な練磨に励んでいた。
元々、身体強化と格闘家としての基礎があったベアトリクスは、夏の大会時とは比較にならないほど鋭い魔力密度を身に着けていた。
一方で、平民メンバーの4人は、それこそ数ヶ月前までは想像もできなかったほど見違えるように、魔法の練度が上がって強くなっていた。
今や平民の彼らは、並の貴族子女であれば数人がかりでも容易にねじ伏せられるほどの、確固たる実力と自信を手にしていたのである。
「自分の内側を流れる魔力を感じろ。それを指先一つ、毛穴一つから自在に制御できるようになれば、魔法の威力も効率も劇的に変わる」
グランの声が響く中、4人は額に汗を浮かべながらも、一瞬たりとも集中を切らさずに魔力を循環させ続けていた。
自分たちのような平民がここまで強くなれたのは、ひとえにグランが惜しみなく技術を授けてくれたおかげだと、彼らは骨の髄まで理解していた。
「いいか、今の君たちは『技術』では勝っているが、基礎訓練を怠れば実戦で足元をすくわれる。おごらずに鍛錬を続けろ」
グランの言葉は厳しかったが、4人は「ああ、わかった、グラン!」と活気ある返事を返し、忠実に基礎訓練と魔力操作を繰り返していた。
そんなある日の夕暮れ時、演習場での厳しい修練を終えた平民メンバーの4人は、心地よい疲労感と共に学生寮への帰路についていた。
だが、人気のない廊下の曲がり角で、彼らの行く手を遮るように数人の生徒が立ちはだかった。
彼らの胸元に光るのは、『白光の杖』の下位メンバーであることを示すバッジだった。
「おいおい、最近調子に乗っている平民様たちが、こんなところをご帰宅か?」
リーダー格の貴族生徒が、卑屈な笑みを浮かべながら魔法杖を弄んでいる。
「『蒼白銀の翼』とかいう身の程知らずな集団に属していると、自分が偉くなったと勘違いするらしいな。少しばかり教育が必要だ」
彼らは、グラン本人ではなく、彼が目をかけている平民たちを痛めつけることで、グランの鼻を明かそうと考えていたのである。
数人の貴族生徒たちが一斉に攻撃魔法を放とうとしたが、マルクたちは驚くほど冷静だった。
「……グランの言う通りだ。動きが丸見えだよ」
マルクが静かに呟くと同時に、4人は最小限の動きで魔法を回避し、一気に間合いを詰めた。
魔力操作を極めた彼らにとって、予備動作の大きい下級貴族の魔法など、止まって見えるに等しかったのである。
数分後、そこには地面に這いつくばり、苦悶の表情を浮かべる貴族生徒たちの姿があった。
マルクたちは無傷のまま服の埃を払い、「火の粉を払ったまでだ」と静かにその場を立ち去った。
翌日、この事件は「平民が貴族を返り討ちにした」という衝撃的なニュースとして学園中に知れ渡った。
事態を重く見た学園側により、『白光の杖』主将と、『蒼白銀の翼』の主将であるグランが呼び出されることとなった。
呼び出された応接室で、グランは事前に平民メンバーから聞き取っていた事実を淡々と述べた。
「非があるのは、先に手を出したあちらの生徒たちだ。俺の仲間は、身に降りかかる火の粉を払ったに過ぎない」
それを聞いた『白光の杖』の主将は、事実関係を確認していたのか、深々と頭を下げて謝罪した。
「申し訳ない。我がクラブの者が不徳な振る舞いをしたことは事実だ。私からも厳重に注意しておく」
グランは、この主将の誠実な対応に少し意外な表情を浮かべた。
「主将殿。あなたは非常に話がわかる方のようだ。……だが、なぜ下位メンバーはあんなに統制が取れていないんだ?」
グランの問いに、主将は苦渋に満ちた表情を浮かべ、溜息を吐いた。
「……私が主将という肩書きを持ってはいるが、実態は公爵家のヴィクトール様がほとんど実権を握っているのだ」
主将の話によれば、ヴィクトールはグランが開発した『リンク・ウェポン』の技術を公爵家で独占しようと、裏で嫌がらせを煽っているのだという。
「私はそれを止めたいと思っている。だが、身分を笠にきる彼に強く出れば、私の実家にどのような圧力がかかるかわからない……不甲斐なくてすまない」
肩を落として謝る主将の姿を見て、グランは少し同情を禁じ得なかった。
貴族社会のしがらみに縛られ、板挟みになっているこの男は、本質的には善人なのだろう。
グランはそんな主将に、ある提案を持ちかけることにした。
「主将殿。一つ、提案があります。ヴィクトールとその取り巻きがいる場所へ、俺を案内してくれませんか?」
「案内してどうするつもりだ?」と問う主将に、グランは不敵な笑みを浮かべた。
「以前、王女殿下の元側近に地獄を見せた時と同じ方法で、彼らにも地獄を見せてやろうと思いまして」
主将は目を見開いて「正気か? 公爵家を敵に回せば、タダでは済まないぞ」と警告した。
だがグランは動じず、「こっちにはオリヴィア王女がついている。身分の壁なら、彼女がなんとかしてくれます」と答えた。
とは言え、一応の筋を通すために、グランはオリヴィアのもとへ相談に向かった。
話を聞いたオリヴィアは、苦笑しながら首を横に振った。
「さすがに公爵家の者を正面から叩くのは時期尚早です。今は耐えて、対抗戦で堂々と雌雄を決するべきかと」
オリヴィアは、グランが公爵家の者だろうが自分たちを守るため、あの時の凄惨の場面を平気で再現するだろうと思った。
自分たちのために無茶をしてしまうグランを、なんとか止めたいのか賢明に説得し、グランも「確かに、ガキ相手に少しムキになりすぎたな」と反省し、その場は引き下がることにした。
だが、ヴィクトール側の挑発は止まらなかった。
その翌日、ヴィクトールの子飼いである生徒が、鼻につく態度でグランに近寄ってきた。
「おい、グラン・グラニアス。ヴィクトール様がお呼びだ。黙ってついて来い」
しかし、グランはその声を完全に無視し、あたかもそこに誰もいないかのように通り過ぎ、別の場所へと歩き出した。
子飼いの生徒は、グランが自分の後をついて来ていると思い込み、一人で延々と高説を垂れ流しながら歩き続けた。
数分後、ようやく背後に誰もいないことに気づいた彼は、顔を真っ赤にして地団駄を踏み、激しい怒りを覚えた。
さらにその次の日、今度は子飼いの生徒が3人で現れ、グランを逃がさないように囲い込んだ。
「次こそ逃がさんぞ。大人しくヴィクトール様のもとへ来い」
グランは面倒くさそうに肩をすくめ、彼らの案内についていくことにした。
案内された部屋の奥には、ヴィクトール・グレイシアがふんぞり返って椅子に腰掛けていた。
「ようやく来たか、平民。いいか、これ以上の嫌がらせが嫌なら、リンク・ウェポンの技術を今すぐ我が公爵家と『白光の杖』に提供し、ルヴィリス嬢から手を引け!」
ヴィクトールは高圧的に脅してきたが、グランは無表情のまま彼を見下ろした。
「残念だが、俺にはあんたの脅しは何一つ通じない」
その答えを予想していたのか、ヴィクトールは冷酷な笑みを浮かべた。
「ほう。なら、お前の仲間である平民クラスの連中ならどうだ? 彼らが不慮の事故に遭わない保証はないぞ」
その言葉が出た瞬間、部屋の空気が凍りついた。
グランの瞳から感情が消え、彼は静かに、すぐ横にある厚い石造りの壁に体を向けた。
そして、何の予備動作もなく、素手で壁をぶん殴った。
ドォォォォォン! という、雷が落ちたような衝撃音が部屋中に響き渡った。
ヴィクトールの目の前で、頑丈なはずの壁が素手で木っ端微塵に粉砕され、大きな穴が開き、外が丸見えになった。
「……こうなりたくなかったら、対抗戦まで大人しくしてろ。これは警告だ」
グランの冷徹な声に、ヴィクトールは蛇に睨まれた蛙のように硬直した。
「な……貴様!無礼者め!」と子飼いの一人が叫んでグランに飛びかかってきた。
だがグランは、その動きをあしらうように捕まえると、そのまま破壊した壁の穴から外へと放り投げた。
続いて、向かってきた残りの2人も、同じように一人ずつ壁の穴から放り投げた。
幸いにして階層はそう高くなく、彼らは下の植え込みに落ちてかすり傷で済んだが、グランの容赦のない行動に精神的なショックは計り知れなかった。
「俺が『白光の杖』なら足元すら見せんぞ」
グランにそう告げられた子飼いたちは、恐怖に震え、完全に心を折られた。
ヴィクトールも内心では激しく動揺し、脂汗を流していたが、公爵家の威厳を保とうと虚勢を張った。
「な、なら対抗戦だ……! もし我らが勝てば、蒼白銀の翼を解散し、メンバー全員は『白光の杖』に入れ!そしてリンク・ウェポンを公爵家に提供しろ!」
「俺たちに何のメリットもない。断る」
即答するグランに、ヴィクトールは必死に食い下がった。
「お、お前たちが勝てば、何でも要望を聞いてやろう!」
「そんな守るかどうかも分からない約束、意味がない。それより今から、この前王女の元側近にやった、永遠に殴られる恐怖と苦しみを味合わせてやろうか?」と脅し始めた。
ヴィクトールは、その凄惨な噂を聞いていたのか、真っ青になって「それだけは断る!」と叫んだ。
「自分の身を切る覚悟もないなら、二度とくだらない脅しをするな!」
グランは冷たく言い放つと、破壊した壁のすぐ横をさらにもう一度ぶん殴り、もう一つ巨大な穴を開けて部屋を後にした。
数日後、『白光の杖』の主将が、少し晴れやかな表情でグランのもとを訪れた。
「ヴィクトールとその取り巻きが、目に見えて大人しくなった。……一体、彼らに何をしたんだ?」
不思議そうに問う主将に、グランは事もなげに答えた。
「できもしないことを偉そうに言うから、少し壁を殴って見せただけですよ」
主将はその言葉を聞いて、破壊された部屋の惨状を思い浮かべたのか、苦笑いを浮かべた。
「……はは、君らしいな。何にせよ、これで修練会内の空気が少しは良くなる。ありがとう、助かったよ」
主将はそう言って頭を下げ、去り際に振り返った。
「だが、対抗戦は別だ。私は主将として、正々堂々君たちを倒しに行く。負けないぞ」
「ああ。あなたなら、少しは骨のある戦いができるかもしれない」
グランはそう返し、初めてこの主将に対して、戦士としての敬意を覚えた。
だがその後、グランのもとに一枚の書面が届けられた。
それは学園長からの、壁の修理代に関する高額な請求書だった。
グランは学園長の室を訪ね、「学園長。これ、俺の魔法で直したらタダになりますよね?」と尋ねた。
学園長は呆れ顔をしながらも、どう直すのかすこし興味があったのでそれを認め、彼の立ち会いの下、グランは魔法で壁を元通りに修復した。
『マスター。魔力と時間の無駄遣いですよ』
脳内でアンサートーカーが、呆れ果てたような声を出す。
「……ああ、全くその通りだ。次はもっと効率よく脅す方法を考えるとしよう」
『違います。そうではありません』
グランは肩をすくめながら、また明日からの鍛錬に思いを馳せるのだった。
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明日、6月9日に「小説家になろう」にてAI関係の仕様変更に伴うメンテナンスが予定されております。
そのため、明日の更新につきましては設定変更後【20:00に3話まとめて投稿】とさせていただきます。
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