第49話:次なる波紋
ヴァレンタイン侯爵領での誕生日会から数日。
学園に戻ったグランを待っていたのは、平穏とは程遠い熱狂だった。
事の端端は、誕生日会に参加した貴族たちの口から漏れ出した。
「平民の分際で王女や四聖華に囲まれていた」
「見たこともない魔法陣で武器を錬成した」
「令嬢の首に自らチョーカーをかけた」
尾ひれがついた噂は、瞬く間に学園中を駆け巡った。
だが、何より全生徒の目を釘付けにしたのは、登校してきたルヴィリスの姿だった。
「見て……あのルヴィリス様が、あんなに幸せそうに微笑んでいらっしゃるなんて」
「首元に光るあのルビーのチョーカー、噂の『愛の証』じゃないかしら?」
といった声が囁かれる。
当のルヴィリスは、周囲の視線などどこ吹く風。
気づけばチョーカーに触れ、どこか潤んだ瞳でグランの姿を追っている。
その様子は、鈍感な男子生徒ですら「完全に落ちている」と察するほどに隠せていなかった。
放課後の演習場。
ルヴィリスは、詰めかけた野次馬や教師陣の前で、グランから贈られた武器の性能試験を行っていた。
「……行きますわよ、グラン」
彼女が左手に魔力を流す。
刹那、空間から深紅の光が溢れ、彼女の左手に弓が現れた。
「なっ……空間収納魔法か!?」
「いや、あんな発動速度、見たことがないぞ!」
と驚愕の声が上がる中、ルヴィリスは矢を番える。
聖域の素材で打たれた弓は、彼女の膨大な魔力を一切のロスなく収束させ、放たれた一撃は演習用の分厚い標的を木っ端微塵に粉砕した。
さらに、標的の破片が彼女を襲おうとした瞬間、ルヴィリスが念じると弓が消え、右手には既に長剣が握られていた。
一閃。
魔法の余波を斬り裂き、彼女は静かに剣を収めた。
「これが……リンク・ウェポン『紅蓮』。私の魔力と、完全に一つになっている……」
と惚け気味に呟くルヴィリスに対し、観戦していた教師陣は顔色を変えていた。
収納と具現化のタイムラグが皆無。
弓使いの致命的な弱点である近接戦闘を、このシステム一つで完全に克服している事実に、学園中に激震が走った。
演習場からの帰り道、グランは案の定、残りの四聖華たちに退路を断たれていた。
「グラン君、さっき見ましたわ。あんなに素敵なもの、ルヴィだけなんて不公平です」
エルスメリアが珍しく頬を膨らませてグランの袖を引く。
「……12月。約束。忘れたら、承知しない」
ソフィアも、その瞳に静かな情熱を宿して訴えかける。
「私も、あんな風にグラン殿にチョーカーを……いえ、何でもありません!」
ディアドラは顔を真っ赤にしながらも、詰め寄る勢いは二人を凌いでいた。
「わかってるよ。みんなの適性に合わせて、順次作っていくから」
グランは苦笑いしながら、約束をさせられるのだった。
ようやく解放され、寮へと戻ろうとするグランの前に、一人の男子生徒が立ちはだかった。
その男は、純白の制服を完璧に着こなし、胸元には太陽のような意匠のバッジ――『白光の杖』の幹部であることを示す証を光らせていた。
「君がグラン・グラニアスか。平民ながら、少々目立ちすぎているようだな」
声をかけてきたのは、公爵家の血を引くエリート、ヴィクトール・グレイシアだった。
ルヴィリスの誕生日の時に騒いでいた公爵家の血縁者であった。
「その『リンク・ウェポン』なる技術を、我が公爵家と『白光の杖』に献上したまえ。さすれば、君のルヴィリス嬢に対する不遜な振る舞いを不問に付し、平民としては破格の地位を約束しよう」
彼は傲慢な態度で告げる。
「あれはヴァレンタイン嬢のために作った一点物だ。命令されて渡すようなものじゃない」
グランは短く切り捨てた。
ヴィクトールの瞳に鋭い光が宿る。
「……分別のない答えだ。平民が『蒼白銀の翼』などという不遜な名を掲げ、王女殿下と王国の至宝と言われた四聖華を囲うことが何を意味するか。近いうちに身をもって知ることになるだろう。我ら公爵家と『白光の杖』の光は、影を許さないのだから」
宣戦布告を残し、彼は去っていった。
独り残されたグランの脳内に、呆れたようなアンサートーカーの声が響く。
『マスター。せっかくの誕生日会の余韻が台無しですね。どうやら、本格的に睨まれたようです』
「……最初から分かってたことだろ。公爵家と『白光の杖』か。まぶしくて目が眩みそうだ。それに、あの態度、多分ルヴィの誕生日会でルヴィが俺と先に踊ったことに嫉妬した公爵家の次男が関係しているんだろう。」
グランは肩をすくめ、沈みゆく夕日に目を細めた。
学園を二分する二大クラブの一つが、明確に敵意を表し、リンク・ウェポンという未知の力を火種に、いよいよ火蓋を切ろうとしていた。




