第47話:蒼白銀の工房
九月。王都を吹き抜ける風が、夏の終わりの湿り気を帯びた熱をさらっていく。
学園内は、ある一つの巨大な行事に向けて、見えない熱狂に浮かされていた。
四侯爵が一つ、ヴァレンタイン家の至宝であるルヴィリス・ヴァレンタインの誕生日会。
そして、彼女が貴族社会の一員として正式に認められる「デビュタント」の日が刻一刻と近づいていたからである。
放課後の演習場。
【蒼白銀の翼】のメンバーで行われていた訓練が一段落した頃、ルヴィリスはいつになく落ち着かない様子でグランを呼び止めた。
他のメンバーたちが視線を送るなか、彼女の視線は真っ直ぐにグラン一点へと注がれている。
ルヴィリスの指先には、最高級の羊皮紙に銀の封蝋、そして彼女の髪と同じ紅のリボンで丁寧に包装された、一通の封筒があった。
「グラン、これ……」
差し出されたそれは、単なる事務的な案内ではなかった。
「私が……私の手で直接渡す、たった一枚の招待状ですわ。他の方々にはすべて、家から送らせました。ですが、これだけは……貴方にだけは、私が渡したかったのです。ぜひ、来てくださるかしら?」
ルヴィリスの頬は、夕焼けよりも赤く染まっている。名門貴族の令嬢が、自ら手渡す招待状。
それがどれほどの特別扱いか、【蒼白銀の翼】の仲間たちの間に心地よい冷やかしと、わずかな緊張が走った。
「ルヴィから直接か。光栄だよ。……せっかく誘ってくれたんだ、必ず行くよ」
「……っ! 嬉しいですわ! 現地までの馬車などはすべてこちらで手配させます。当日、最高の私を見せますから楽しみにしていなさい! 私は明日から自領に戻って準備をします。……それでは、ヴァレンタイン領で!」
満面の笑みを浮かべて去っていく彼女の後ろ姿を見送り、グランはふっと息を吐いた。
その夜、グランは自室で一人、誕生会のことを考えていた。
『マスター。ルヴィリス嬢へのプレゼントは何にするおつもりですか?』
脳内でアンサートーカーが冷静に問いかける。
(一般的には、身分に相応しい高価な宝石や美術品なんだろうな。だが、俺がルヴィに渡したいのはそんなものじゃない)
グランは机の上の白紙に、ある「設計図」を描き始めた。
それは既存の概念にはない、グラン独自の構想によるものだった。
彼はその図面を脳内で共有し、アンサートーカーに実現可能かどうかを相談した。
『……肯定。なるほど。マスター、ただ……前世の一般的な女性であれば、誕生日にそんなものを渡されたらそのまま貴方をぶん殴っていそうな内容ですね』
(おい、物騒なこと言うなよ。……彼女には、これが最適解だろ?)
『否定はしません。高みを目指す彼女には、至上の宝となるでしょう。……マスターの鍛冶と錬金術と装飾魔法、そして私の演算があれば製作は可能です。問題は、どこで作業を行うかですね』
聖域は遠すぎる。グランはふと思い出した。
(以前、国王陛下から賜った王都内の空き地があったはずだ。あそこに、俺の自宅兼鍛冶場と錬金所を建てよう。表向きはただの『会員制クラブ』にでも見せかけておけば、詮索好きの貴族も王家の所有物に見えるから近寄ってこないだろ)
翌日の放課後。演習場でオリヴィア王女に声をかけ、王への顔つなぎを依頼した。
「お父様に? ええ、構いませんが……何をするつもりです?」
「工房を建てたくてね。許可をいただきたいんだ」
「工房? 面白そうですわね。私もついていきますわ!」
案の定、好奇心旺盛な王女を振り切ることはできず、その日の夜、グランはオリヴィア同行のもとで国王との接見に臨んだ。
国王はグランの建設計画と、それが「会員制クラブ」を装った秘匿工房であることを聞き、面白そうに髭を撫でた。
「お前が自ら何かを作りたいというのなら、止める理由はない。許可しよう。……して、どうやって建てるつもりだ? 工期はどのくらいかかる?」
「土魔法などを駆使して、俺一人で作ります。すぐに終わりますよ」
その言葉に、オリヴィアの目が輝いた。
「見学させてくださいますか!グランが魔法で建物を作るなんて、そんなの絶対に見逃せませんわ!」
翌日の放課後。
アズールシルバーの修練を終えたグランがオリヴィアと二人で出かけようとすると、ルヴィリス不在のなか、他の四聖華たちが立ちはだかった。
「あら、グラン君。オリヴィア様と二人きりでお出かけ?王女様、抜け駆けは許しませんわよ」
不満げな彼女たちに、グランは真剣な眼差しで答える。
「これは君たちにとっても将来必ず必要になることなんだ。……今回だけは許してくれ」
その言葉の重みに、彼女たちはしぶしぶながらも道を譲った。
王都郊外の指定された空き地に到着すると、グランはまず四方に目隠し用の柱を立て、布を巡らせて外からの視線を完全に遮断した。
「始めるぞ、アンサートーカー。構造データを流し込み、構築を開始しろ」
「了解。構築シークエンスを開始します」
グランの身体から蒼白銀の魔力が溢れ出し、地表が波打つ。
収納魔法から土と石が飛び出し、意思を持っているかのように組み上がり、わずか数十分。
そこには、質素ながらも洗練された、自宅兼鍛冶場・錬金所が一体となった二階建ての工房が姿を現した。
そして最後に不可視の結界を施して、隠蔽、防音などの対策をする。
「……信じられません。これほどの建築を、瞬きする間に」
オリヴィアは感嘆し、質問攻めを繰り返した末、満足げに帰っていった。
翌日から、グランの学園と工房の往復生活が始まった。
炉の火を見つめ、金属を叩く音が、深夜の工房に響き続ける。
アンサートーカーの精密な演算と、グランの妥協なき技術、そして秘めた想いが合わさり、かつてない「贈り物」が形作られていった。
そして出発の前日。
作業台の上には、鈍い光を放つ漆黒の箱が置かれていた。
「……よし。完成だ。あとはルヴィと直接会って、最終調整をすればすべて終わる」
心地よい疲労感のなか、アンサートーカーの『お疲れ様です』という声を聞きながら、グランは泥のように深い眠りに落ちた。




