第46話:蒼白銀の翼
二学期が始まって数日。
授業の合間の休憩時間、グランは平民クラスの友人であるマルクから話を切り出された。
「そういえばグラン、お前どこの『修練会』に所属するか決めたのか? そろそろ決めないとまずいぞ」
「シュウレンカイ? ……前世で言うところの部活動か。放課後に集まって何かやってるアレか」
「ゼンセ? ははっ、またお前の変な冗談か。修練会は、騎士団や魔導師団に入るための大事な経歴になるんだ。俺たち平民はここでの実績が就職に直結したりするんだ」
この学園には、将来の職務経験を兼ねた「修練会」という、いわゆるクラブ活動が存在していた。
生徒たちはそれぞれが目指す道に近い修練会に所属し、技術を磨く。そして11月に行われる集団模擬戦「修練会対抗戦」は、その成果を披露する最大の舞台なのだという。
「対抗戦で優秀な成績を収めれば、年明けにある帝国との交流試合『学園選抜』にも優先的に選ばれる。まさにエリートへの登竜門ってわけだ」
(……めっちゃ戦う学園じゃん。この世界の学生は、卒業するまでに何回実戦をさせられるんだ)
マルクの話によれば、学園には伝統ある二大修練会が君臨している。
一つは、騎士職を目指す者が集う、肉体強化魔法と剣術の武闘派集団
【獅子の盾】。
もう一つは、魔導師団を目指す者が集う、高度な魔法行使をメインとする
【白光の杖】。
例年、この二つが交互に優勝をさらっており、一部の事情がある者を除けば、半数以上の生徒がどちらかの門を叩くのが通例となっていた。
「今年は王国史上『最強世代』の四聖華と王女様がいるからな。熾烈な引き抜き合戦になるはずだぜ」
「それにグラン、お前はその世代の魔導大会優勝者だ。そろそろ勧誘に来るだろうから、覚悟しとけよ」
友人の言葉通り、その日の食堂で食事をしていたグランの前に、威圧感を放つ四人の上級生が現れた。
どちらも二大修練会の主将と副主将。将来を約束された、学園内でも指折りのエリートたちだった。
「グラン・グラニアス。君を【獅子の盾】に勧誘しに来た。君の武技と肉体操作は騎士にこそふさわしい。将来の副主将の席を用意しよう」
「いや、彼の魔力制御は【白光の杖】でこそ開花する。グラン君、我々と来ないか? 最高の環境を約束しよう」
「……俺は平民ですよ。それに、俺は貴族の方々と揉めることが多いので、ご迷惑をおかけしますよ」
「ははっ。大会優勝者を平民だからと蔑むほど、我々は愚かではないよ。……今は返事を急かさないが、どちらを選ぶかは君に任せるよ」
彼らは余裕の笑みを浮かべて去り際、四聖華や王女にも声をかけることを話していた。
(……アンサートーカー。これ、もし彼女らがどちらかの修練会に固まったら、学園のパワーバランスが崩壊するよな?)
『肯定。彼女たちが一箇所に集まれば、実質的にその修練会の優勝が確定します。かといって、彼女たちが別々に所属する可能性も低いでしょう』
放課後の演習場。訓練を終えた四聖華とオリヴィアは、やはり同じように勧誘を受けたことを明かした。
「正直、どこに入っても、高位貴族と繋がりを持とうとするのと戦力として利用されるのが透けて見えて、あまり気が進みませんわ」
「私も、グラン様と離れて別のところに入るなんて、絶対に嫌です。バラバラになるのも寂しいですし」
その日の夜、グランは自室でアンサートーカーと解決策を練っていた。
(……これ、俺がどこかに所属してしまったら四聖華と王女様はそのままついてくるだろうな。)
『肯定。卒業までの三年間は対抗戦の優勝は決まったものになるでしょう、それに来年は所属した修練会に王女と四聖華目当てで、新入生が殺到します。学園のバランスは崩壊まっしぐらです』
ふと、前世の記憶が脳裏をよぎる。
「……既成の枠組みに問題があるなら、新しい枠を自分で作ればいいんだ。なければ作れ、は基本だろ。明日、学園の規則を調べるぞ」
翌日、バルトス教官に聞き、学園の資料室で規約を調べ上げたグランは、「一定の部員数と、顧問の教官がいれば新設が可能」という項目を見つけ出した。
そのままバルトス教官に打診したが、「私はすでに【白光の杖】の請負人の一人でな……。やりたかったが、規則で掛け持ちはできん」と悔しそうに断られてしまう。
万策尽きたかと思われたが、グランはダメ元で学園長の部屋の扉を叩いた。
「面白い。私が顧問を引き受けよう。……君という人間を、もう少し特等席から観察したくなったのでね」
「よろしいのですか? 学園長自ら顧問なんて、依怙贔屓だと言われませんか?」
「この学園で一番偉いのは私だ。誰に文句を言わせるものか。それに、そろそろ君の秘密についても少しずつ見せてもらいたいしね」
学園長の快諾を得て、掲示板には一枚の真新しい案内が貼り出された。
新設修練会【蒼白銀の翼】。部員募集中。
「グラン、お前正気か!? 平民が新しく立ち上げた修練会なんて、昔は既存の会に嫌がらせされて潰されたんだぞ!」
平民クラスの友人たちが心配する中、案の定、二大修練会の幹部たちが嘲笑を浮かべてやってきた。
「身の程知らずな平民め。主将たちの勧誘を断ってこれか。……いいだろう、対抗戦で完膚なきまでに叩き潰してやるよ」
「……入らなくて正解でした。貴族主義の先輩方がいることが分かって助かりました」
グランは冷ややかな目で宣戦布告を受け流し、演習場へと向かった。
放課後。演習場に現れた四聖華とオリヴィアは、申し合わせたように各自一枚の紙をグランに突きつけた。
「【蒼白銀の翼】への加入申請書ですわ。当然、私たちも入れてもらいますわよ?」
「いいのか? 将来のことを考えれば、伝統ある二大修練会に入った方が有利だろうに」
「私たちはすでに高位貴族ですもの、将来なんて自分で作れますわ。それに、あんなところでチヤホヤされるのは反吐が出ますわ」
「グラン様の作る場所なら、やることは変わらないのでしょう? ……それなら、私たちがいない理由がありません」
彼女たちの揺るぎない信頼に、グランは苦笑しながら頷いた。
「ああ、やることは変わらない。なんなら、『聖域』での合宿も考えてる」
「……聖域……あそこは凶悪な魔物の巣窟のはず?そこで合宿?ちょっとグラン、私だけ知らない話があるのは許しませんわ! 」
グランはオリヴィアに夏休みは四公爵夫妻と四聖華で合宿をしたことを話した。
するとオリヴィアは心底悔しがり、来年は必ず連れていくことを約束させられた。
翌日。噂を聞きつけたベアトリクス・ランスターが、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて食堂に現れた。
「ねぇ、グラン、私も【蒼白銀の翼】入れてよ。本当は獅子の盾に入ろうと思ったけど、あそこは爵位持ちの騎士家が多いからか、貴族主義の傾向が強いのよ。私のような成り上がりの男爵令嬢には居心地が悪いの!ぶん殴ってわからせようと思ってたけど、グランが新設するならこっちのほうが断然いいね!これからよろしく!」
ベアトリクスの加入申請書を受け取り、教室へ戻ると、マルクを筆頭に特に仲の良い友人たちが加入申請書をもって近づいてきた。
「グラン!2大修練会に体験で行ったんだけどよ、新入生の平民はあまり相手にしてくれないんだ。これなら稽古をつけてくれたお前について行くほうが、よっぽど身になると思ったんだ!【蒼白銀の翼】に入れてくれ、頼む!」
「……四聖華や王女様がいるけど大丈夫なのか?」
「まじかよ!メンバーが豪華すぎるだろ、さすがだな!大丈夫、ある意味恐ろしすぎて、お近づきになりたいとか思わないから。それにお前の邪魔はしないぜ!」
グランを含む総勢11名のメンバーが集まった。団体戦の最低人数を確保したグランは、初日に全員を演習場へ集めた。
「今日から顔合わせを兼ねて、一人ずつ模擬訓練を行う。……今のままじゃ、2大修練会には勝てないからな」
グランは平民の生徒には手加減をしながら的確な指導を行い、ベアトリクスには格闘戦の動きを叩き込んだ。
そして四聖華やオリヴィアとは、他とは一線を画す、演習場が震えるほどの高次元な攻防を繰り広げる。
終わった後、唖然とする平民たちとベアトリクスに、そしてオリヴィア王女にグランは「魔力操作の極意」の基礎を伝授した。
「これは、俺の修練会に入ってくれたことへの感謝だ。今日からこれを生活の一部にして鍛錬しろ」
グランの圧倒的な強さと、惜しみない指導。ベアトリクスたちは感動に震え、その日から必死に魔力操作の鍛錬に励み始めた。
「対抗戦は十一月。それまでに、あの貴族主義の先輩たちを泣かせるレベルまで全員を引き上げる」
演習場の隅でその様子を見守っていた学園長は、満足げに微笑んだ。
「……学園に変革の時が来たようだ。実に革新的だ。楽しみだよ、グラン君」
一方で、遠巻きに模擬戦闘の余波を見ていた二大修練会の重鎮たちは、拭いきれない焦燥感を感じ始めていた。




