第43話:新学期と最強の王女
数日間の「泥のような睡眠」を経て、ついに魔導学園の二学期が幕を開けた。
学園の門をくぐると、夏休み前よりも一段と騒がしい熱気が肌を刺す。
グランが自身の籍を置く平民クラスの教室に入ると、そこは既に再会を喜ぶ生徒たちの声で溢れていた。
「よお、グラン! 久しぶりだな! ……ってお前、その髪の色どうしたんだ?」
クラスメイトの一人が、グランの頭を見て驚きの声を上げる。
「ああ、これか。もともとこの髪の色だったんだ。王国では珍しいから染めてたんだけど、めんどくさくなったからやめたんだよ」
グランは合宿中に変装用の術を解き、本来の「黒髪」に戻していた。
四聖華やその親たちから「そのままでいた方が格好いい」と太鼓判を押されたこともあり、もう隠す必要もないと感じたのだ。
「確かに黒は珍しいな。でも、別におかしくないじゃん。むしろ精悍に見えるぞ、そのままでいろよ」
クラスメイトとそんな会話を交わしていると、別の生徒がひそひそと話しかけてきた。
「おいグラン、聞いた話だが、夏休み中にお前が四聖華と一緒にどこかに行ったって、貴族たちの間で噂になってるぞ。本当かよ?」
クラスメイトたちの冷やかしに苦笑いで応えながら、グランは窓際の一席に腰を下ろす。
貴族クラスにいる四聖華の面々とは校舎が分かれているため、彼女たちの姿はここにはない。
だが、あの過酷な合宿を共に乗り越えたことで、目に見えない強い絆が繋がっているような奇妙な感覚があった。
そんな平穏な空気も束の間、始業式のために全校生徒が講堂へと集められた。
式が進む中、学園長が厳かな表情で壇上に立ち、マイクの前に進み出る。
「――静粛に。本日から、我が学園に新たな学友が加わることとなった。帝国への留学から帰還された、第一王女オリヴィア・ファリス様だ」
その名が呼ばれた瞬間、講堂を揺るがすほどの歓声と拍手が沸き起こった。
「オリヴィア様! ついに帰ってこられたのか!」「あの、最強世代の真の筆頭が……!」
オリヴィア王女は、民衆を愛し、民からも絶大な支持を受ける、文字通りの「王国の希望」である。
グランは隣の生徒に、彼女がなぜこれほどまでに熱狂的に受け入れられているのかを尋ねた。
「おいおい、知らないのか? 最強世代は四聖華ばかり注目されるが、本来の筆頭はオリヴィア様だ。魔法の才能は元より、その人格も高潔で、多くの騎士や魔導師が彼女を慕っているんだ」
壇上に現れたのは、プラチナブロンド――光を反射して白銀に輝く、透き通るような白金色の髪をなびかせた、神々しいまでの美貌を持つ少女だった。
彼女は傲慢さなど微塵も感じさせない、優雅で慈愛に満ちた礼を一つし、凛とした声で挨拶を述べる。
「皆さま、ただいま。帝国で学んだ知識を、この国の未来のために役立てたいと思っています。共に励みましょう」
その謙虚かつ力強い言葉に、生徒たちは再び熱狂する。しかし、挨拶の終わり際、オリヴィアの鋭い視線が客席の後方にいるグランを捉えた。
「――最後に。個人的な事ですが、どうしてもこの場を借りて伝えたい事があります。今年の一年の覇者、グラン・グラニアス、前へ出てください」
突然のフルネームでの指名に、場内が騒然となる。最前列の貴族席にいた四聖華の面々も、驚愕に目を見開いて振り返った。
グランは厄介な予感に警戒しつつも、促されるまま壇上へと歩み寄る。
至近距離で向き合ったオリヴィアの瞳には、先ほどまでの「王女としての仮面」ではなく、一人の魔法探求者としての熱い眼差しが宿っていた。
オリヴィアにとってグランは、自身の『魔力核欠乏症』という絶望的な難病を救ってくれた大恩人だ。
それ以上に、魔法の真理に対して自分よりも遥か先を歩む、尊敬すべき師にも等しい存在だったのである。
「グラン。貴方の魔導大会での活躍、とても素晴らしかったわ」
オリヴィアは慈しむように微笑むと、グランの手を優しく取り、全ての生徒に聞こえるような声で宣言した。
「これより、グランを私の公式な訓練相手として指名します。また、彼はファリス王家の厚い庇護下にあることを、ここに明示します」
それは、彼を王宮に閉じ込めるためではない。
不当に彼を利用しようとする有象無象の貴族から彼を守り、共に魔法の深淵を歩みたいという、彼女なりの深い慕情と敬意の表れだった。
しかし、それを見せつけられた貴族席の四聖華は黙っていなかった。
「……公式なパートナー? 随分な抜け駆けをしてくれますわね」
ルヴィリスが拳を握りしめ、静かに、しかし烈火のような闘志を燃やす。
「王女様があんなにグランを慕っているなんて……。私たちの合宿での絆、負けていられませんね」
エルスメリア、ディアドラ、ソフィアの三人もしっかりとオリヴィアを見据え、新たな「最強のライバル」の登場に、二学期早々から臨戦態勢に入るのだった。
壇上で微笑む白金の王女と、客席から突き刺さるような四人の視線。
グランは、二学期の学園生活が夏休み以上の「戦場」になることを確信し、密かに深い溜息を吐いた。




