第42話:合宿の集大成
地獄の夏合宿も、ついに最終日を迎えた。
凪の里の広大な演習場には、並々ならぬ緊張感が漂っている。
その中心に立つのは、この夏休みで劇的な進化を遂げた四聖華――ルヴィリス、エルスメリア、ディアドラ、ソフィアの四人。
そして彼女たちの前には、各侯爵家の当主、そして夫人たちが巨大な壁のように立ちはだかっていた。
「さて、合宿の仕上げだ。お前たちがどれほど成長したか、我ら親が直接この身で確かめてやろう」
ヴァレンタイン侯爵の声が響くと同時に、周囲の空気が熱を帯びて膨れ上がる。
まずは、四聖華対四侯爵当主による模擬戦闘が幕を開けた。
先陣を切ったのは、「爆炎獅子」の異名を持つヴァレンタイン侯爵だった。
「行くぞ! 獅子の咆哮を聞け!」
彼が放つのは、ただの火炎魔法ではない。圧縮された魔力が爆発的な推進力を生み出し、演習場を一瞬にして紅蓮の海へと変える。
対するルヴィリスは、グランから学んだ精密な魔力操作で火力を一点に集中させ、父の爆炎を切り裂くように突き進む。
「……ほう、以前のお前ならこの熱量だけで意識を刈り取られていたものを!」
娘の成長に目を細める侯爵。しかし、その背後から「風の貴公子」ヴァーミリオン侯爵が、目にも止まらぬ速さの真空の刃を放つ。
エルスメリアが瞬時に盾を構え、自身の属性である風の防壁を幾重にも展開するが、真空の刃はそれらを紙のように切り裂いていく。
「エル、守るだけでは風は防げんよ! 風とは受け流し、自らも風となることだ!」
一方、ディアドラの前には、元剣聖にして土の魔法使い、ヴァスティール侯爵が立ちふさがる。
剣聖の剣技に魔力を乗せ、大地の重圧を纏わせたその一振りは、まさに山が崩れるような圧倒的な圧迫感だった。
ディアドラは必死にその重い剣を受け流すが、一撃ごとに足元の岩盤が砕け、身体が沈み込んでいく。
そして、ソフィアを相手にするのは、水の魔法使いヴァレンシア侯爵。
彼は水を物理的な凶器としてだけでなく、変幻自在の霧や蔦として操り、ソフィアの死角を徹底的に突いていく。
四聖華は、グランから学んだ「極小の魔力で最大の出力を出す」効率的な戦い方で、当主たちを驚愕させた。
四人は阿吽の呼吸で連携を組み、時にはルヴィリスの炎をエルスメリアの風で増幅させ、ディアドラの剣に氷を纏わせる。
若者らしい柔軟な発想で、熟練の当主たちに食らいつく姿は、まさに新時代の到来を感じさせた。
だが、長年戦場と政争を生き抜いてきた当主たちの経験値は伊達ではなかった。
「……ここまでだな。よく粘った」
ヴァスティール侯爵の一喝と共に地盤が激しく揺れ、逃げ場を失った四人の頭上に水の牢獄と爆炎の包囲網が完成する。
「参りました……完敗ですわ」
地面に膝をついた四聖華だったが、その表情は出し切ったという充実感に満ちていた。
「驚いたぞ。まさか私の魔力の四割を削られるとはな……。グランの指導、恐るべしだ」
ヴァレンタイン侯爵が汗を拭いながら笑う。彼らにとって、娘たちはもはや一方的に守られるだけの存在ではなかった。
短い休憩を挟み、次は夫人たちとの模擬戦闘が始まった。
当主たちが「剛」の力だとするならば、夫人たちの戦いは「柔」と「業」の極みであった。
「お母様、手加減なしで行きますわよ!」
ルヴィリスが果敢に踏み込むが、ヴァレンタイン侯爵夫人は優雅に鉄扇を広げ、不敵に微笑んだ。
「ええ、いいわよ。私の鉄扇に焼かれないよう、気をつけなさい」
夫人が鉄扇を一振りすれば、極細に絞られた超高温の炎がガスバーナーのように音を立て、ルヴィリスの髪を掠めていく。
近接戦闘をも完璧にこなす夫人の流麗な動きに、ルヴィリスは弓の射程を開けられず、防戦一方となる。
その隣では、ヴァーミリオン侯爵夫人が涼しい顔で「教会の要職」たる真の実力を見せつけていた。
エルスメリアの放ついかなる攻撃魔法も物理攻撃も、夫人が展開する多層結界を突破できず、逆に神聖魔法による拘束を受けそうになる。
「エル、癒やしと防護は表裏一体。私の結界を抜くには、まだ魔力の純度が足りないわね」
一方、ディアドラは戦慄していた。ヴァスティール侯爵夫人の光魔法による速度は、彼女の反射神経と未来視の魔眼さえも凌駕していたのだ。
「ディア! 魔眼に頼りすぎてはダメ。もっと五感を研ぎ澄ませて、空間の気配を感じるのよ!」
元剣聖の伴侶らしく、夫人の放つ光速に近い刺突は、ディアドラの防御の隙を的確に突いていく。
そして最も激しい魔力の衝突を見せていたのは、ヴァレンシア侯爵夫人とソフィアだった。
「ふふ、ソフィア。私に勝てば平民出身の星、Sランク冒険者の座を譲ってあげるわよ?」
「……母様、その余裕を必ず削ってみせます!」
元Sランク冒険者である夫人の氷魔法は、もはや絶対零度の冷気そのものだった。
演習場全体が凍りつき、ソフィアはそれに対抗して氷魔法の魔力を自分の魔力で相殺し、場の主導権を奪い合おうと必死に抗う。
結局、夫人たちの洗練された技術と圧倒的な魔力量の差により、再び四聖華は敗北を喫した。
しかし、ヴァーミリオン侯爵夫人が優しくエルスメリアの頭を撫でながら、誇らしげに告げる。
「素晴らしい成長だわ。これなら、どんな困難も乗り越えられるわね」
親たちは、自分たちが愛する娘たちが、いつの間にか頼もしい魔法使いになっていたことを確信し、満足げに微笑んだ。
熾烈な戦いの後、グランが用意したのは、聖域で仕留めた最高級の魔物の肉を使った超特大のバーベキューだった。
「くぅ、うまい! この肉、半端ではないな!」
ヴァレンタイン侯爵が豪快に肉を頬張り、夫人たちもグランの料理に心からの賛辞を送りながら舌鼓を打っていた。
和やかな空気の中、ヴァスティール侯爵が真剣な表情で娘を見つめた。
「ディアよ、明日は一度聖域を出て、自領に戻るぞ。夏休みも終わりだ。一度は自領民に顔を見せ、状況を確認するのが貴族の役目だ」
「うむ。ルヴィも自領に戻るぞ。それに、もうすぐ誕生日だ。お前の社交界への正式なデビューもある。その準備も進めねばならん」
「そうだな、奇しくも我らの娘たちは同年代。エルが病から癒えてくれたこと、本当に感謝している。誕生パーティーは盛大にしよう」
「ソフィ、あなたも我が家の一人娘です。たまには民にその凛々しい姿を見せなさい」
娘たちは名残惜しそうにグランを見つめたが、一人の貴族として、力強く頷いた。
「もちろんです、お父様。……グラン殿、また学園で会いましょう。約束よ」
ディアドラの真っ直ぐな言葉に、他の三人もそれぞれの想いを瞳に宿して頷いた。
一晩明け、凪の里に別れの時が来た。グランは転送門を起動し、一行を聖域の入り口まで送り届けると、そこから王都の転移門へと繋げた。
別れ際、ヴァレンタイン侯爵がグランの肩を強く叩いた。
「グランよ、この夏休みで娘たちは本当の意味で成長した。……だが、『娘をよろしく』という言葉には別の意味も含まれているからな?」
「……え?」
「うちの娘を泣かせるようなことがあれば、四侯爵家すべてを敵に回すと思え。覚悟しておくことだ」
夫人たちもまた、「また美味しいケーキを作ってね」「エステ、とても良かったわ。またお願いね」「あなたが息子なら退屈しないわね」「いつでも遊びに来なさい」と、それぞれ強烈な言葉を投げかけて去っていった。
「……ふぅ。やっと、静かになったな」
一人残されたグランは、広大な凪の里を眺めながら、深く息を吐いた。
夏休み中続いた喧騒が消え、耳に残るのは心地よい風の音だけ。
グランは学園寮の自室に戻ると、二学期の始業式までの数日間、泥のように眠り、久々の穏やかな時間を過ごした。
しかし、彼と四聖華はまだ知らなかった。
平穏な日常が、始業式当日に現れる「最強のライバル」によって、再び激動へと変わることを。




