第37話:忘却の番人
第2層の最奥、うっすらと発光する苔に覆われた巨大な広場。その中央に、山のような巨躯が鎮座していた。
かつてグランが「忘却の森」で対峙したあの熊――。だが、聖域の魔力によって再構築されたその姿は、体表が鋼のような毛並みに覆われ、瞳には理知的な殺意が宿っている。
「……来ましたわね。今までの魔獣とは、放っているプレッシャーの桁が違いますわ」
エルスメリアがメイスを握り直し、盾を構えて一歩前に出る。その背中には、かつての恐怖に震える少女の面影はない。
「ええ。ですが、今の私たちなら決して勝てない相手ではありません。各自、役割を忠実に! 全力でいくわよ!」
ルヴィリスの鋭い号令と共に、四人が同時に動き出した。
「ガアアアアッ!」
熊が地響きを立てて突進してくる。その巨体からは想像もつかない速さだ。
「逃がしませんわ! こちらを向きなさい! 『ゲイルシュート』!」
エルスメリアが盾から風の砲弾を数発ぶつけ、自身に熊のヘイトを一点に集める。
真正面から振り下ろされた熊の剛腕。エルスメリアはそれを避けるのではなく、盾に魔力を集中させ、絶妙な角度で受け流す(パリィ)。
「今ですわ!」
「外さない。……『ダイヤモンドダスト』!」
ソフィアの氷魔法が、熊の顔面に炸裂する。視界を奪われ、激昂した熊がさらに暴れるが、それこそが彼女たちの狙いだった。
「急所を断つ……。一撃!」
ディアドラが光魔法の高速移動で死角へと潜り込み、熊の両足の腱を正確に斬り裂いた。
巨体がたまらず膝をつく。立ち上がろうとする熊だが、ソフィアが足元を瞬時に凍らせ、その自由を完全に奪った。
「ルヴィ、最大火力をお願いします!」
「わかってるわ! 焼き尽くせ、紅蓮の炎! 『フレアシュート』!」
ルヴィリスが極限まで引き絞った弓から、紅蓮の炎を纏った極大の矢が放たれる。
矢は熊の強固な毛皮を容易く貫通し、その内側から魔力を爆発させた。
「トドメですわ! 嵐よ、我が一撃に宿りなさい!」
空中に跳躍したエルスメリアが、魔導大会で使った一撃をより強力にした猛烈な旋風をメイスに纏わせる。
「『ゲイルスマッシュ』!!」
渾身の一撃が熊の脳頂を直撃し、衝撃波が広場全体を揺らした。
やがて、巨体は光の粒子となって霧散し、静寂が戻った広場の中央に、眩い光を放つ第3層へのゲートが現れる。
「……やった。私たち、本当に勝ったのね……」
ソフィアがハルバードを支えにその場に座り込み、安堵から大きな涙をこぼした。
十歳のあの日、この階層で感じた絶望。それを自分たちの力で塗り替えたのだ。
「ええ。グランの言葉通り、手を取り合えば私たちはどこまでも行ける。……さあ、行きましょう。彼が待つ場所へ」
ルヴィリスが三人に手を差し伸べる。四人は互いの手を固く握りしめ、覚悟を決めて光のゲートへと足を踏み入れた。
視界が白く染まり、次元を越える浮遊感が全身を包む。
その先に、自分たちの運命を変えたあの少年が待っていると信じて。




