第34話:女神ミッション達成
結局、ダンスの順番を巡る押し問答はらちが明かず、最終的な裁定は主役であるグランに委ねられることになった。
グランは四聖華と王女という、この国でも発言力の強い女性陣に囲まれ、冷や汗を拭いながら一つの結論を出す。
「……順番は、公平に『俺と戦った順番』にさせてください。それが一番角が立たない」
その決定に、最初に手合わせをしたルヴィリスは勝利を確信して歓喜の声を上げた。
しかし、他の三人とオリヴィア王女からは即座に猛烈な抗議が飛ぶ。
グランは一歩も引かず、毅然とした態度で、しかしどこか優しさを孕んだ声で彼女たちを説得しにかかった。
「この順番で納得してもらえないなら、俺は今夜、誰とも踊りません。俺にとって順番は些細なことです。それよりも、一人ひとりと丁寧に、大切に踊りたいと思っています」
その「大切にしたい」という言葉の殺傷能力は凄まじく、殺気立っていた女性陣は一瞬で毒気を抜かれた。
彼女たちは一様に頬を染め、反省の色を見せながら、グランの決定に従うことを承諾した。
会場に優雅なワルツの旋律が響き始めると、ルヴィリスが緊張した面持ちのグランの手を取った。
「それでは、約束通り参りましょう。グラン、私をしっかり見ていてくださいね」
ホールの中心へと導かれたグランは、彼女の耳元で消え入りそうな小声で打ち明ける。
「ルヴィ……実は俺、ダンスなんて一度もやったことがないんだ。恥をかかせたら申し訳ない」
ルヴィリスは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに獲物を狙う目をし、笑みを浮かべてグランの肩に手を添えた。
「あら、意外ですわね。でも安心なさい、私が完璧にリードしてあげますわ。戦っていると思って、私に合わせて。あなたの初めて、私がもらうわね」
彼女の言葉通り、ルヴィリスのステップは精緻で、初心者のグランを自然と正しい位置へと導いていく。
二曲を踊り終える頃には、グランの硬かった体も少しずつ音楽に馴染み、周囲からは感嘆の溜息が漏れていた。
次に交代したのは、流れるような緑のドレスを纏ったエルスメリアだった。
「ルヴィと踊っている姿、とても格好良かったですわ。本当に初めてだなんて信じられません」
「正直に言うよ。あれは彼女が凄かったんだ。俺はただ、恥をかかないように必死についていっただけだから」
エルスメリアはクスクスと上品に笑い、グランを再びダンスの渦中へと誘う。
「これから貴方は、嫌でもこういう場に出ることが増えるでしょう。今のうちに、私のリードで場慣れしておきましょうね」
彼女のリードは魔法の理をなぞるような滑らかさで、グランは心地よい浮遊感の中でステップを刻んだ。
さらに二曲が過ぎ、次に待ち構えていたのは純白のドレスに身を包んだディアドラだった。
彼女は手を取るなり、グランの目を見つめて確信に満ちた声で囁いた。
「二人の踊りを見ていて気づいた。グラン殿……さては、かなり無理をしているね?」
「……隠せていなかったか。初めての経験で、君たちのような高貴な女性に恥をかかせるわけにはいかないから」
ディアドラは微笑を浮かべ、少し慣れてきたグランに提案を持ちかける。
「もう四曲も踊ったのだ、少しは慣れたのでは? 一度、私をリードしてみないか?」
教えられた通りに腰を支え、自らの意思で一歩を踏み出すと、驚くほどそつなく彼女をエスコートすることができた。
「……よかった。なんとか踊れているみたいだ」
「ああ、完璧だ。……憧れの人にリードされて踊るのは、これほどまでに心が満たされるものなのだな」
さて、次に控えていたのは、待ち時間が長すぎて完全に不機嫌モードに入っていたソフィアである。
「……随分と待たされました。グラン様、覚悟はできていますか?」
しかし、グランがその手を取った瞬間、彼女の不機嫌は春の雪のように溶け、代わりに情熱的な魔力が溢れ出した。
ソフィアは他の三人とは比較にならないほど、その柔らかな体をグランに密着させて踊り始める。
「ちょっとソフィ、いくらなんでも近すぎないか? 周りの目もあるし……」
「今さら何を。私たちはもう、あんなに大勢の前で抱き合っていたではありませんか。舞台上での『既成事実』は私にあります。」
ソフィアはまるで動物が自分の所有物と示すために匂いつけをするがごとく、体を擦りつける
「これからこの学園で……いっぱい思い出を作りましょうね。逃がさないから、覚悟してください」
身の危機を感じながらも二曲を踊りきり、ついに最後、オリヴィア王女とのダンスが始まった。
王女がフロアの中央に立った瞬間、潮が引くように周囲の貴族たちが場所を空け、二人は広大な空間に取り残された。
「……王女殿下、これはいったい? 皆、なぜ踊るのをやめてしまったんですか?」
「ふふ、驚かせてしまいましたね。王族が踊る際は、基本、邪魔にならぬよう眺めるのがこの国の暗黙の了解なのです」
「そんな風習、聞いたことがありませんよ。これじゃ見せ物じゃないですか」
オリヴィア王女は、グランの困り顔を楽しそうに見つめる。
「私は別に、皆で賑やかに踊っても構わないと思っているのですが」
踊り始めたころ、グランは王女に問いかける。
「お身体の調子は……」
オリヴィアはその言葉を聞き、嬉しそうに答える。
「どこも悪いところはありません、あなたと出会えた奇跡に感謝を」
しばらく優雅に踊っていた二人だがふいにオリヴィアがグランに問いかける。
「⋯⋯あなたの目にはこの国はどう映っていますか? この魔導大会でいろいろ思ったはずです。貴族と平民の身分差と埋めることのできない意識の違いを……」
「……率直に申し上げて貴族主義が蔓延し、平民にとっては生きづらいと思います」
オリヴィアは少し悲しそうな顔をしてグランを見つめる。
「ただ、王女様は違います。あの時にも思いましたが、あなたは不屈の黄金の意志を持つ気高き人です。王族として申し分ない。あなたが王になれば今の状況は改善されると思います」
グランの言葉を聞き、オリヴィアは申し訳なさそうにつぶやいた。
「……わたくしは、魔力核欠乏症を患った際、王位継承権を返上したのです。ですから、もう王にはなれません」
グランは失言を深く謝罪したが、王女は首を振ってそれを否定し、感謝の言葉を口にした。
「謝らないでください。貴方が病を治してくれたおかげで、死の淵からよみがえり、わたくしは自由になれたのです。王位継承権はありませんが、あなたに救ってもらったこの命、この国の民の為、わたくしのできることはすべてやり遂げるつもりです」
ダンスが終わるころ、最後にオリヴィアはグランに密着しささやく。
「地位に縛られず、自分の足で歩ける喜びを教えてくれたのは貴方なのですよ、グラン様」
ようやく五人とのダンスを終え、限界まで空腹になったグランは、会場の端のテーブル席へ逃げ込んだ。
「やっと終わった……お腹空いた……」
皿に盛った肉を口に運ぼうとした時、不意に横から声をかけられた。
「あー! いたいた! グラン、あなたを探していたのよ!」
そこに立っていたのは、魔導大会で激戦を繰り広げたベアトリクス・ランスターだった。
彼女は煌びやかなドレスに身を包んでいるものの、その表情には焦燥感が漂っている。
「ベアトリクスか。その……ドレス、似合ってるな」
「ありがと! でも、そんなお世辞いいから助けてよぉ! 私、こういう社交界的なのって、ほんっとにダメなの!」
彼女は周囲にバレないよう小声で、切実な平民口調で捲し立てた。
「平民から貴族令嬢になったばっかりでしょ?ダンスの作法もマナーも、詰め込み教育で頭パンパンなの。でも、これから嫌でもこういう場に出なきゃいけないから……この大会で戦って知己の仲になった君なら、ちょっとぐらい足踏んでも笑って許してくれるかなって。ね、一曲だけでいいから、私と踊って!」
その必死な姿に、グランは思わず肉を切り分ける手を止めた。
「……俺もダンスは今日が初めてで、さっきまで彼女たちに特訓されてた身だけど。それでもいいなら」
「やったぁ! 君は、やっぱりいい人ね!」
ベアトリクスはパッと表情を明るくさせ、強引にグランの手を取ってフロアへ引きずり出した。
流れる音楽に合わせ、ぎこちなくステップを踏む二人。
ベアトリクスは洗練こそされていないが、どこか力強くて迷いがない。
「うわっ、ごめん! 今、足踏んだ!?」
「大丈夫だ、気にしないで自由にしてくれ」
「あはは! 君が相手だと、遠慮しなくていいから楽だわぁ。……でも、マジで助かった。ありがとね、グラン」
不器用な二人のダンスは、華やかなホールの中で唯一、どこか人間臭い温かさを放っていた。
踊り終えた彼女は、爽やかな笑顔を残して、再び社交場という戦場へと戻っていった。
「……ふぅ。これでようやく飯が食えるか?」
さすがに踊りすぎ、限界まで空腹になったグランは、ようやくテーブルに並んだ料理を皿に盛り、隅の席でステーキを頬張り始めた。
『マスター。お疲れ様でした。……ですが、一つ問題が。四聖華の皆様が、ベアトリクス様とのダンスを見て「私たちとの時より楽しそうだったのはなぜか」という議題で会議を始めています』
アンサートーカーの言葉の通り、四聖華たちはしばらく話した後、当然のように彼の席を包囲し、甲斐甲斐しく食事の世話を焼き始めた。
「グラン、お口を開けて? このお肉、とっても美味しいですわよ」
「こちらのお野菜も食べないとバランスが悪いですわ。はい、あーん」
四人の美女に囲まれ、食べさせてもらっているグランの姿を、周囲の貴族子女たちは恨みがましく、また羨望の眼差しで凝視していた。
(これからの学生生活……間違いなく、ハードになるな……)
グランが重い溜息と共にステーキを飲み込むと、アンサートーカーの無慈悲な声が脳内に響き渡る。
『マスター。おめでとうございます。名実ともに、王立魔導学園ハーレムルートの幕開けですね』
「……無事に終わってくれ、俺の学園生活」
グランの切実な嘆きは、豪華なホールの祝祭の喧騒にかき消され、誰に届くこともなかった。




