第33話:玉の世代
会場を揺らすほどの大歓声が鳴り止まぬ中、観客席で戦況を見守っていた四聖華の三人が、一斉に舞台上へと駆け寄った。
気を失っているソフィアの元へ集まり、口々に心配の声をかける。
グランもまた、ソフィアの容態を確認するために歩み寄った。
「……空破はやりすぎた。今、回復魔法を――」
グランが手を差し伸べようとしたその時、ソフィアが自力でゆっくりと瞼を開けた。
「……やっぱり、グラン様には敵わない」
ソフィアは清々しささえ感じさせる微笑みを浮かべ、グランを見つめた。
「グラン様。この夏休み、私に稽古をつけていただけませんか?」
「ああ、構わない。ソフィが望むなら」
グランが了承した瞬間、周囲にいた残りの四聖華たちが身を乗り出した。
「ちょっとソフィ、自分だけずるいですわ! 私にも稽古をつけてくださいませ!」
「私も! 凪の君の直接指導なんて、受けない理由がないわ!」
「……私も、お願いしたい」
三人に詰め寄られ、グランは苦笑しながらも、しぶしぶといった様子で頷いた。
「わかった、わかった。だが、その前に条件だ」
「夏休みに、自力で聖域の第3層まで来ること。それができたら、凪の里で稽古をつけるよ」
その言葉に、四人は互いに顔を見合わせ、決意を新たにした表情で力強く頷いた。
そんな彼らを囲むように、今度は平民クラスの友人たちが舞台になだれ込んできた。
「おいグラン! やったな、マジで優勝しちまうなんてよ!」
「平民の星だぜ、お前は!」
興奮したクラスメイトたちに担ぎ上げられ、グランの体は何度も宙を舞った。
まんざらでもない表情でそれを受け入れながら、グランは心地よい疲れを感じていた。
少しの時間が経過し、静まり返った会場で厳かに表彰式が執り行われた。
優勝者として壇上に上がったグランに対し、学園長が誇らしげに言葉をかける。
「グラン・グラニアス。君の戦い、実に見事だった。この学園の、いや王国の歴史に刻まれる快挙だ」
表彰状を授与した後、学園長はマイクを通じ、会場全体へ向けて高らかに告げた。
「今夜、王立魔導学園内の大礼堂にて交流パーティーが開催される! 諸君、心ゆくまで楽しんでくれ!」
それを聞いた瞬間、グランは女神との「約束」を思い出し、一気に顔を曇らせた。
表彰式が終わり、演習場から自宅に帰ろうとしたグランは、ふとつぶやいた。
「パーティーか……」
そこへ、ドレスアップのため一度王都の屋敷に戻る準備をしている四聖華の面々が近寄ってくる。
「グラン、まさか不参加にするつもり? 歴代の習わしで、優勝者は絶対参加ですわよ」
「特に、平民が貴族部門で優勝するなんて前代未聞。今夜の主役は間違いなくあなたよ」
「いろいろな誘惑や、面倒な貴族の勧誘があるでしょうけれど……安心して」
「私たちがずっとそばについていてあげるから」
微笑む彼女たちの姿に、グランは逃げ場のなさを悟った。
四聖華が去った後、グランは立ち尽くした。
『マスター。完全に外堀を埋められましたね』
(わかってるよ……。アンサートーカー、これじゃ監視されてるのと変わらないだろ)
さらに追い打ちをかけるように、アンサートーカーが無機質な声で告げる。
『先ほど、くそ女神アリスティアより通信が入りました。「社交ダンス用の礼服が決まったから、後で学園寮の自室に送っておくわね。期待してるわよ、主人公様」とのことです』
「……はぁ」
グランは本日一番の深い溜息を吐き、これからの激動の夜を想って、ただただげんなりとするのだった。
学園寮の自室に戻ったグランを待っていたのは、ベッドの上に鎮座する豪華な木箱だった。
蓋を開けると、そこには夜の闇を溶かし込んだような深い紺色の礼服が収められていた。
生地には極細の魔銀糸が編み込まれており、光の加減で星空のように瞬いている。
「……これ、目立ちすぎだろ。あのくそ女神、絶対自分が笑うために用意したな」
ひとりごちながらも、グランはアンサートーカーの指示に従って着替えを済ませる。
鏡の中に映っていたのは、普段の平民らしい素朴さを脱ぎ捨て、どこかの貴族かと見紛うような気品を纏った自分の姿だった。
完全に馬子にも衣装である。
『マスター。外見の補正は完璧です。これならば、どのような上位貴族の前に出ても見劣りしません』
(見劣りしないのはいいけど、絡まれるのが目に見えてるんだよな……)
意を決して寮を出たグランが、会場となる大礼堂「グランドホール」に足を踏み入れる。
そこは、魔法によって浮遊する無数のシャンデリアが黄金の光を放つ、別世界のような空間だった。
入口でグランの名が読み上げられた瞬間、喧騒に包まれていたホールが一気に静まり返る。
「……あれが、優勝者のグラン・グラニアスか?」
「信じられん、平民だと聞いていたが……あの佇まいは何だ?」
貴族子女の学生と、その保護者である貴族家の者が驚愕と好奇の視線が突き刺さる中、グランは壁際でひっそりしようと歩みを進める。
しかし、それを許さない者たちが、ホールの中心から堂々と歩み寄ってきた。 ドレスアップした四聖華の四人である。
真紅のドレスで情熱的に着飾ったルヴィリス。
深い緑のシルクがその豊満な体を強調させ際立たせるエルスメリア。
雪のように純白で、気高さと儚さを両立させたドレスのディアドラ。
そして、透き通るような薄青色のドレスを纏い、氷の妖精のように澄んだ美しさを放つソフィア。
「待ってましたわよ、グラン。……あら、その服、予想以上に似合っていますわね」
ルヴィリスが頬を染めて見惚れる横で、ソフィアが自然な動作でグランの左腕を確保した。
「……グラン様、今夜の最初のダンス、私にいただけますか?」
「ちょっとソフィ! 抜け駆けは禁止って言ったはずですわよ!」
「……早い者勝ち、です」
早くも火花を散らす少女たちに囲まれ、グランの「平穏な夜」への希望は音を立てて崩れ去った。
『マスター。前方より王族の気配を感知。……逃亡は不可能です』
アンサートーカーの無慈悲な警告通り、人混みが割れ、現国王アーサーとオリヴィア王女がこちらへと近づいてくるのが見えた。
現国王アーサーと第一王女オリヴィアが、ゆったりとした足取りでグランの前へと進み出た。
オリヴィア王女は、グランの纏う紺色の礼服を細部まで観察し、感嘆の息を漏らす。
「素晴らしい仕立てですこと。生地に織り込まれた魔銀糸の密度……。グラン様、その服はどちらで手に入れられましたの?」
「……企業秘密です。少し、特殊な縁がありまして」
グランは苦笑いではぐらかしたが、その質の高さは王族の目すら欺けないほどに際立っていた。
アーサー王がさらに踏み込もうとしたが、王女はそれを手で制し、艶やかな笑みを浮かべる。
「野暮な詮索はやめておきましょう、お父様。……それよりグラン様、今夜の最初のダンス、私と踊ってくれますか?」
会場が静まり返る。
王女の誘いは事実上の命令であり、いかなる貴族も、ましてや平民が断るなど許されない。
「光栄ですが……王女殿下。王家が平民と最初に踊るなど、外聞に障るのではないですか?」
グランが精一杯の抵抗を試みた瞬間、背後から鋭い声が重なった。
「お言葉ですが王女殿下、最初に踊るのは私ですわ! 一番最初に彼と戦い、その実力を知ったのはこの私ですから!」
ルヴィリスが真っ赤になって割り込むと、エルスメリアも冷静ながらも熱を帯びた瞳で続く。
「いいえ、私です。二度も彼に命を救われ、四聖華の誰よりも深い愛を抱いた自負がありますもの」
「……ふふ、お二人とも。精神世界でグラン殿の『本当の姿』を唯一見ている私こそが、最初に相応しいと思わないか?」
ディアドラが不敵な笑みで爆弾を投げ込むと、最後にソフィアがグランの腕をさらに強く抱きしめた。
「舞台上での『既成事実』は私にあります。理屈抜きで、最初は私です」
真っ向から火花を散らす少女たちの主張を聞き、王と王女は怪訝そうに眉を寄せた。
「……ほう? 『本当の姿』とはどういう意味だ、グラン・グラニアス」
「……目立ちたくないので、少し見た目を変えているだけです。大したことではありません」
グランが小声で答えると、オリヴィア王女は宝石のような瞳を輝かせた。
「あら、それは興味深いですわね。ぜひ、その真の姿を拝見したいものです」
「勘弁してください。これ以上目立ったら、明日から学園に通えなくなります」
逃げ場を失ったグランの背後に、いつの間にか気配を殺して近づいていた学園長とバルトス教官が音もなく立った。
「グランよ。我々もそろそろ、君の『すべて』を話してもらいたいと思っていたところだ」
「……逃がさんぞ。これだけの騒ぎを起こして、隠し通せると思うな」
四聖華、王族、そして学園の重鎮たちに包囲され、グランは天を仰いだ。
「……わかりました。話はダンスの後に。……ですが、順番は公平に何かで決めさせてください」
『マスター。無駄な足掻きです。勝負になれば、彼女たちは即座に「魔眼」を投入し、全力で勝ちに来るでしょう、永遠に揉めるだけです』
(……まじかよ。アンサートーカー、これ、詰んでないか?)
華やかな旋律が流れるホールの中で、グランの冷や汗は止まることを知らなかった。




