第30話:蒼白銀の導き
勝負は決した。
誰もがそう確信した、その時だった。
「……あ、……ぁ、あがっ……!!」
突如、ディアドラがその場にうずくまり、激しく身悶え始めた。
ただの打撃によるダメージではない。
彼女の両目――魔眼『未来視』が、不気味な赤い光を放ち、激しく明滅している。
(……アンサートーカー、何が起きている!?)
『警告。個体名:ディアドラの魔力回路に深刻な逆流を確認。原因は魔眼の過剰使用、および許容量を超えた未来情報の処理による「因果律の暴走」です』
普段の対人戦では数秒の魔眼の使用で勝負が決していたが、今回グランとの試合で予想以上に魔眼を酷使し、魔眼は彼女の限界を超えていた。
その結果、演算処理が脳の許容負荷を大幅に突破したと推測される。
「いや……見たく、ない……! やめて……やめてぇっ!!」
脳内に濁流のような「あり得たはずの絶望」が流れ込む。
友の死、世界の終焉。
数万通りの悲劇が彼女の意識を焼き切ろうとしていた。
「やめてぇぇぇぇぇっ!!」
悲鳴が響き渡り、魔眼を中心に赤黒い負のエネルギーが渦を巻く。
(アンサートーカー、どうすれば抑えられる?)
『かつてマスターが行った魔力操作の鍛錬と同様、対象に直接魔力を流し込み、暴走する流れを鎮静化させれば収まります。……しかし、魔眼の暴走により魔力が逆流し、マスターの脳内にも絶望の未来が流れ込む恐れがあります。精神汚染を受ける可能性があり、率直に言って危険です』
(ほかに方法は?)
『対象の魔力が尽きるまで放置すれば収まります。……ただし、彼女の精神は間違いなく崩壊し、廃人となるでしょう』
(……放置する選択は、ありえないな)
『……了解。マスターならそう言うと思いました。精神汚染の処理は、私にお任せください』
グランは躊躇なく、ディアドラのそばへ近づいた。
白手袋越しにディアドラの震える両手を握りしめ、自身の蒼白銀の魔力を流し込んだ。
――その瞬間、グランの視界が反転した。
気がつくと、グランは光の届かない暗い部屋に立っていた。
部屋の隅、一人の少女が膝を抱え、ガタガタと震えながら俯いて座り込んでいる。
ディアドラだ。
「……もう、嫌。どうせ、全部壊れる……どんなに頑張っても、無駄なのよ……」
絶望に塗りつぶされた彼女の精神世界。
グランはそっと近づき、自身の魔力でその空間を蒼白銀の光で包み込んだ。
そして、震える肩にそっと手を置く。
「……もう大丈夫だ」
「……触らないで!あなたに何がわかるの!?この眼で見える未来は、いつだって最悪な結末へ向かっているのに!」
「確かに、それも一つの可能性だろう。だがな、ディアドラ。幸福な未来だって同じ数だけある。それを選び、掴み取るのはお前自身だ」
グランは優しく、幼子をあやすように彼女の頭を撫でた。
「お前には、まだやりたいことが沢山あるだろう?」
温かな言葉に、ディアドラがおずおずと顔を上げた。
涙に濡れた瞳が、目の前の男を映す。
……だが、そこにいたのは学生のグランではなく、彼女がかつて心に焼き付けた、黒髪の少年の姿だった。
「……あ、……凪の……君……?」
「……は?」
グランが固まる。
咄嗟にアンサートーカーに問いかけた。
(おい!なんでこの姿になってる!?)
『精神世界は魂の形が反映されます。隠し通すのは不可能です、マスター』
(……もっと早く言えよ!)
もはや誤魔化しようがない。
グランは仕方なしに、溜息混じりに小さく頷いた。
「……現実に戻ったら、ちゃんとお礼を言いたい。……聞いてほしいことが、たくさん……」
消え入りそうな声で、ディアドラが縋るように呟く。
「……ああ、わかった。さあ、みんなが待っている、戻ろう」
グランが彼女の手を引きゲートを開くと、精神世界が砂のように崩れ、意識が現実へと引き戻された。
演習場。
崩れ落ちたディアドラは安らかな寝息を立てて気絶しており、すぐに駆け寄った医療班によって担架で運ばれていった。
その傍らには、心配そうに付き添うルヴィリス、エルスメリア、ソフィアの姿がある。
ふと、去り際の彼女たちと目が合った。
(……っ!?)
ルヴィリスとエルスメリアの瞳が、これまでの心配そうなものとは一変していた。
それはもはや「憧れ」や「好意」を通り越し、愛を超えた執念――あるいは、底知れぬ狂気さえ孕んだ熱量。
(な、なんだ今の目は……。まさかエルスメリアに続きディアドラまでぶん殴ってしまったから、致命的な恨みでも買ったのか……?)
かつての戦場で浴びたどんな殺気よりも冷たいものを感じ、グランは思わず身震いした。
「……学園ハーレムどころか、血で血を洗う殺し合いでも始まりそうだな」
自分の正体がディアドラに(しかも精神世界で)バレたことによる火種と、残りの四聖華たちの「重すぎる視線」に恐怖を覚えながら、グランは重い足取りで控室へと向かった。
控室に戻ると、そこには意外な顔ぶれ――学園長とバルトス教官が待っていた。
「グランよ、朗報だ。ヴァーミリオン侯爵と王家が迅速に手を回してくれたおかげで、ステータス開示の要求は退けられた。明日の決勝も予定通りだ」
学園長の言葉に、グランは内心で安堵の息をつく。
「ただし、明日の審判は貴族主義の理事たちが選んだ息のかかった者だ。もしかしたら、お前に不利なジャッジを下すかもしれん。だが――」
そこでバルトス教官が力強くグランの肩を叩いた。
「今日の試合を見て確信した。お前なら必ず勝つ。だから、余計なことは気にせず思いきりいけ。……まあ、すべてが終わったら、いろいろと説明してもらうがな」
そう言って、二人は嵐のように控室を去っていった。
入れ替わるように、今度はクラスメイトたちが雪崩れ込んできた。
「グラン! お前、すごすぎるぞ!」
「四聖華を三人抜きなんて伝説だろ!本当はどこかの貴族の隠し子か何かなんじゃないか?」
「そんなわけあるか!」
グランは苦笑しながら彼らをいなす。
「真面目に努力すれば誰だってなれる」
「本当かよ!? じゃあ、大会が終わったら俺たちにも稽古つけてくれよ!」
熱狂するクラスメイトたちとようやく別れ、グランは一人、夕闇の中を寮へと歩いた。
明日はついに決勝。
相手は最後の四聖華、ソフィア・ヴァレンシア。
『氷華の眠り姫』という異名を持つ彼女だが、十歳の時のあの日、四聖華で一番最初に強くなりたいと自分に師事を求めたんだ、どう考えても一筋縄ではいかない。
(ここまで来たなら、覚悟を決めるしかないな)
『了解しました。全力でサポートします、マスター』
(ああ、頼むぞ。……これでようやく、この騒がしい大会も終わりだ)
アンサートーカーと勝利を誓い合った。しかし、次の瞬間。
『……ところでマスター、大会が終われば交流パーティが控えています。四聖華全員とのダンスは避けられないでしょうね』
アンサートーカーの無機質な指摘に、グランは盛大に顔をしかめた。
「……聖域に、帰りたい……」
この物語の主人公の独り言は、夜の風に虚しく消えていった。




