第26話:私だけの秘密
ルヴィリスとの激闘を終え、演習場の通路を歩くグランは、アンサートーカーと反省会(?)を繰り広げていた。
(……ルヴィリスのやつ、最後に『凪の君』なんて呼びやがったぞ。由来は予想できるが、心臓に悪いし、あとちょっと恥ずかしい)
『自業自得です。鋭い彼女ならカマくらいかけてくるでしょう。まあ、今は泳がせておくのが得策かと』
「今はそうするしかないか……。次はエルスメリアか。この前少し見たけど、もう完全に回復しているな。しかもレインから聞いたが、俺が渡したトレーニングメニューを何倍もこなしているらしいぞ」
(すさまじい執念ですね)
(クラスメイトが教えてくれたが、エルスメリアの戦い方は盾とメイスの防御特化型だ。……頑丈な防御にあの魔力量と鍛え上げられた筋力。こちらの近接攻撃を盾でパリィされて、そのままメイスで殴られたら、ザクロみたいに砕け散るぞ)
(四聖華相手には出し惜しみしないほうがよさそうですね)
一方、ルヴィリスの控室。
治療を受けたルヴィリスの周りを、三人の少女が囲んでいた。まさかの敗退に皆が意気消沈していたが、ディアドラが口を開いた。
「ルヴィ、本当に大丈夫なの? まさか貴女が負けるなんて……」
「ええ、少し魔力を使いすぎただけよ。……それより、次はエルの出番ね。彼には気をつけて。あれは、ただの平民ではないわ」
「あなたとの戦いを見て思ったわ。平民だと思って侮るつもりは毛頭ないわ」
ルヴィリスはあえて、確信した「正体」を口にしなかった。
(あの方は、私たちの『凪の君』……。なぜか茶髪になっているけど、黒髪のほうが素敵だったわ。なにか事情で変装しているのかしら? それならそれで好都合。ここで教えてしまえば、みんなが一斉に群がってしまうわ。……ふふ、まずは私だけが彼との距離を詰めさせてもらうわよ)
内面の独占欲を「冷静な助言」で隠し、ルヴィリスは密かに微笑む。
翌日、魔導大会の準々決勝。仕組まれた組み合わせで、グランは連日強敵と戦うことになっている。
舞台は再び演習場へ。対峙するのは、エルスメリア・ヴァーミリオン。おっとりとして包容力があり、十五歳にはとても見えない大人顔負けのグラマラスなボディの持ち主だ。その手には高価な魔導盾と魔導メイスが握られている。
エルスメリアは、ヴァーミリオン家の期待の星だった。持って生まれた膨大な魔力量に、王国上位の貴族で優秀な魔導士でもある父と、教会の要職を務める母から魔法の英才教育を受け、将来を嘱望されていた。
父親譲りの風の魔法、母親譲りの結界と回復魔法を受け継ぎ、将来は魔導界を牽引する存在になる予定だった。
そして十歳の時、聖域で圧倒的な強さを持った「凪の君」に助けてもらい、魔力操作の鍛錬を教えてもらった結果、さらに強くなっていった。
四聖華と呼ばれ将来は敵なしとまで言われていたが、驕ることなく鍛錬を積み重ね、ついには「翠嵐の盾姫」の異名を呼ばれるまでに至った。
だが、一年前――。
彼女の体内で「魔力核欠乏症」が突如として発症した。その「引き金」は、十歳の夏、聖域でみんなを守るため限界を超えた結界を張り続けた結果の代償だった。
(……魔力核欠乏症、発症した時は本当に絶望しかなかったわ……)
完治不能の難病、魔導士としては致命的。将来を期待した父母は、日に日に弱っていく娘に、侯爵家のすべてをなげうってでも治療法を探し求めた。
だが、そう簡単に見つかるはずもなく、自分は何もできないまま弱っていくだけ。死ぬのはもちろん嫌だが、一番の絶望は四聖華の約束「凪の誓い」を守れなくなることだった。
だが、奇跡は起きた。旅の治療師が治してくれたのだ。
父と側仕えのレインに、奇跡を起こした治療師の詳細を幾度となく聞いたが、どちらも「旅の治療師」としか教えてくれなかった。
あの時、意識は朦朧としていて姿はちゃんと見ていない。ただ、私もバカじゃない。父とレインが何かを隠していることはわかる。おそらく、その治療師が口止めをしたはずだ。
それはそうだ。魔力核欠乏症は不治の病。延命はできるが、それは強力な回復魔法をかけ続けなければならない。そんなことは無限の財力があっても、相応の回復術師がいなければ不可能だ。延命措置しかできない、ただ死を待つしかない不治の病を治したのだ。もし治療師の詳細を公表すれば、この国、いや大陸中の権力者たちが血眼になって探しだすだろう。
その奇跡に私は助けてもらった。まさに神の思し召し。なら、私がやることは一つ。
神に助けてもらったなら、今度は神に恩を返す番。私は父と母に、将来は教会で民を分け隔てなく助ける「聖女」を目指したいと相談した。
母は喜び、将来の自分を超える跡取りとして、卒業したら鍛えてあげるとその時を楽しみにしている。父も「せっかく治ったんだ、好きにしなさい」と応援してくれた。
今思えば聖域で出会ったあの圧倒的な強さを持った「凪の君」も、おそらく神の遣いなのだろう。私は神に二度も助けられた。なら、神を祀る聖女になるのは当然だ。
聖女は伴侶になれないという慣習があるが、私は簡単にあきらめるつもりはない。
聖女になって「凪の君」に会い、思いを伝えて伴侶となり文字通り身も心も捧げる。聖女は純潔を神に捧げるというが、実体のない相手に捧げるくらいなら、神の使いの「凪の君」に捧げる、何も問題ないはずだ。
私は完璧な人生設計を胸に、夏休みの聖域での腕試しをある意味で楽しみにしており、もし「凪の君」に再会した時はみんなを出し抜いて距離を縮める。
幸い、私には他の四聖華にはない、母譲りのこの豊満な体がある。
成長するにつれ自分の体を性的な目で見てくる男性の視線には辟易して、一時は母を恨んでしまったが、今はとても感謝している。この恵まれた身体を使い、私なしではいられないように「凪の君」を堕とす。
その先の妄想を膨らませていると、舞台の入り口に到着した。
試合前に集中力を乱してはいけない。エルスメリアは思考を切り替え、舞台に上がった。
今は目の前の、四聖華のリーダー的存在であるルヴィを破った平民を倒すこと。
そして全快した私の実力と、四聖華ここにありと皆に改めて知らしめる。
試合開始前、お互いの健闘を祈るため握手をする。
目の前の彼は、新しい白手袋で私の手を握る。
「ルヴィとの試合見ていました。あなたはただの平民ではありません。全力で行かせていただきます」
「……お手柔らかにお願いします」
試合のゴングが鳴るのを待つ。 思いを胸に盾を構え、メイスを握りなおす。
「準々決勝、第1試合――開始!」




