第21話:推薦枠
「……呼び出し?」
魔導大会を一週間後に控えた日の放課後。
グランは周囲が大会の話題で浮き立つ中、早々に身支度を整えていた。余計な騒ぎに巻き込まれる前に寮へ戻り、自室で静かに過ごす――それが彼にとっての普段のルーティーンだった。
しかし、その計画は魔導教官バルトスからの呼び出しという、一枚の通達によって脆くも崩れ去った。
(嫌な予感しかしない。こういう時の呼び出しは、大抵ろくな話じゃないんだ)
教官室の扉を叩くと、そこには厳しい表情のバルトスと、なぜか窓辺で優雅に茶を啜る学園長の姿があった。
「来たか、グラン・グラニアス。急ですまないな」
バルトスは真っ直ぐにグランを見据えた。その瞳には、教育者としての義務感を超えた、ある種の色気にも似た「期待」が宿っている。
「単刀直入に言おう。……お前を、魔導大会の『貴族部門』に、私の推薦枠で出場させることにした」
「……は?」
グランは思わず、間の抜けた声を漏らした。
この学園の魔導大会は、出自によって部門が分かれている。
貴族と平民だと魔法の習熟度がそもそも違う。
それに平民が魔導学園に小等部から入学したとしても、抗えない身分の差による基礎能力がどうしても足を引っ張る。
魔法の才能を持つものは貴族に取り込まれるからだ。
混合したところで勝負にもならない。だが平民でも成績優秀者で有望なものなら、将来貴族との顔つなぎを含めた、いわゆる顔見せとして推薦枠が設けられている。
魔導大会の存在を知った時、平民部門で適当に初戦負けを演じ、あとは観客席の隅でやり過ごす――それが当初グランが描いていた完璧なシナリオだった。
しかし、アリスティアのせいで「優勝」のノルマこそ課せられたが、平民枠なら多少目立っても「少し腕のいい平民」としてうやむやにできると考えていたからだ。(四聖華とのダンスはどうにかなると思ってた)
「先生、私は特に成績優秀者でもない平民です。規定上、場違いではありませんか」
「推薦枠は教官の裁量に委ねられている。私はな、お前が初日の実技で見せたあの精密な魔力制御が、明らかに不自然であると最終的に判断した。はっきり言おう。お前は実力を隠している。学園長が抑えている事情はどうあれ、私はお前の実力を見たい。完全な私情だ。だがそれでもやらなければいけないと思い、私のクビをかけて推薦状を書いた。平民同士の小競り合いで埋もれるのは耐えられんのだ」
バルトスは、自らの地位を賭けてでも、この底の知れない少年の仮面を剥ぎ取ろうとしていた。
この推薦枠の提出にあたり、学園長に問い詰められた際、二人はお互いの利害が一致して協力し合うことで結束したようだ。
隣で学園長が「そろそろ、私も君の『真実』には興味があってね。推薦を認めよう」と、愉しげに追従する。
「……拒否権は?」
「既に受理され、掲示の準備も終わっている。決定事項だ」
(最悪だ。自分の勘を信じた教師と、好奇心に負けた最高権力者に、逃げ道を塞がれた。無理やり表舞台に引きずり出されるなんて、御免被りたいのに……)
その日の夜。学生寮の自室に戻ったグランは、ベッドに倒れ込みながら脳内の通信回線を叩きつけた。
(おい、アリスティア! いい加減にしろ。人の意志をいじってまで、俺を面倒事に巻き込むなとあれほど……!)
当然、この「クソ女神」の差し金だと思い、怒りをぶつける。
だが、返ってきたのは心底意外そうな、呆れを含んだ声だった。
『……あら、ひどい言いがかりね。私は何もしてないわよ?』
(嘘をつけ。こんな都合のいいタイミングがあるか)
『本当です、マスター。くそ女神様はここ数時間、優勝後のパーティーで貴方に着せる礼装のカタログを眺めて悦に浸っていただけです。教官たちの意識に干渉した形跡はありません』
アンサートーカーの冷徹な肯定に、グランは言葉を失った。
『むしろ、私としては願ってもない幸運だわ! どうやって貴方を無理やり引っ張り出そうか考えていたところだもの。……自業自得よ、グラン。あんたが幼少期に四聖華を助けたのを皮切りに、エルスメリアや王女まで助けちゃうから、こんなことになったのよ。別に不自然じゃないでしょ?』
アリスティアの声には、隠しきれない愉悦が混じっている。
『あんた、本当に飽きさせないわね。……いい? 逃げようなんて思わないこと。優勝して、四聖華全員と踊る。見せ場をいっぱい作って、私の物語に色とりどりな花を添えて、精一杯楽しませなさい!』
一方的に通信を切られ、静寂が戻った部屋でグランは深く、深く溜息をついた。
(……助けなきゃよかった、とは言わない。助けられるのに助けない方が後悔する……。だが、あの時のことが、全部自分に返ってくるとはな。身から出た錆か……)
翌日。
学園の掲示板には、魔導大会の推薦枠リストが貼り出された。
煌びやかな家名が並ぶ「貴族部門」の末尾に、ポツンと記された「平民:グラン・グラニアス」の名。
「おい、グラン! 無茶だろ!」
「貴族なんて、平民をいたぶるのを誇りに思ってるような連中ばかりだぞ。棄権した方がいい!」
クラスメイトたちが次々と同情の声をかけてくる。
中には「平民の意地を見せてくれ」と期待を寄せる者もいたが、そのどれもが、今のグランにはひたすら重苦しいだけだった。
(いたぶられる、か……。むしろ、牙を剥いてくる連中をどうやって「傷つけずに」手早く場外へ放り出すか。考えなきゃならないのは、その最短手順だけだ)
魔導大会当日。
降り注ぐ太陽の光を忌々しげに見上げながら、グランは会場となる演習場へと足を進めた。
「……腹を括るか……」
「聖域」で自由に修羅道を楽しんでいた少年の、不本意極まりない「嵐の数日間」が、今幕を開けようとしていた。




