第204話:主の正体
シルヴィアが浴場から出て二階のエントランスに向かうと、グランも汗を流したいと言い、シルヴィアはそのまま浴場に案内する。
グランは湯船につかりながらも、これからバーベキューの準備をしなければいけないので、頭の中で段取りを組んでいた。
しかしそこでアンサートーカーはまたおちょくりだす。
『マスター、シルヴィア様をベッドまでエスコートして事に及ぶ段取りが抜けてますよ』
グランはあきれて念話で返す。
(お前は俺がそんなことしないとわかってて言ってるだろ)
『こうやって言い続ければ、マスターも少しくらいいいかと思って行動を起こすかもしれないでしょう』
(それは絶対ないから心配するな)
『わかりませんよ。この旅行でマスターをずっと見てて思いましたが、今まで出会った中で見た目はシルヴィア様が一番タイプですよね?』
グランはそれを言われて少し焦る。
(な、なにを言っているんだ。出会い方が最悪だろ。そんな気分になれない)
しかしアンサートーカーは追及してくる。
『いやいや、完全にそうでしょ。やっぱりボインの年上好きじゃないですか。そういえばアルメイダ様にも頼れるお姉さんとか言ってましたね。これは確定ですね、虹保留くらい確定ですね。」
なんでこいつはたまに前世のパチンコ、パチスロの演出を例えに出してくるんだろと思っていると、アンサートーカーは言葉を続ける。
「いいじゃないですか、シルヴィア様なら成人していますし、既成事実を作ったとしても魔法契約があるから、口止めすれば誰にもバレませんよ。まあ私は録画してみなさんにバラまきますけど』
グランはそれを聞いて慌てて返す。
(バカ!もしバレたら全員に殺されるだろ!それに俺は絶対しないし、仮に学園を卒業して実際事に及んでも、録画は絶対やめろ!)
アンサートーカーは話す。
『私がしなくても女神アリスティア様は絶対録画しますね』
(……他人の情事を録画するなんて、あの女神の頭の中は白濁した液でもたまっているのか?)
グランは女神アリスティアを心底軽蔑しながらも、ここも温泉なのかとても気持ちよく、風呂を堪能していた。
浴場から出ると、シルヴィアがキッチンで野菜を切っていた。
貴族、それも皇族という最上位の身分だが、包丁の扱いは手慣れているのか器用に食材を切っていた。
グランは少し感心する。
「シルヴィアは料理は手慣れているのか?」
グランがそう聞くと、シルヴィアは手元に視線を向けながら話す。
「はい。昨日はあまりバーベキューなどはしないと言っていましたが、料理自体はアジトでも自分でしていました。なのでこれくらいならできます」
グランはなかなか頼もしいなと思い、自分は火おこしをすると言う。
「では、食材は後程お持ちいたします」
シルヴィアはそう答えた。
グランは言われた倉庫に入ると、中はきれいに整理されて埃一つ落ちていなかった。
恐らく昨日掃除をして片づけたのだろう、肝心の道具も出しやすいようにきれいに束ねられていた。
至れり尽くせりだなと思いつつ、前世を思い出しながら火を起こす。
前世と違い魔法で簡単に火を出せるのは楽でいいなと思いながら、炭に火魔法をバーナーのように当てていると、食材を持ってきたシルヴィアが隣に近づいてきた。
そして火がつき始めると、グランはそのままコンロに炭を乗せて組んでいく。
シルヴィアは話す。
「さすがですね、慣れていらっしゃるようで、とても段取りがいいです」
「シルヴィアもきれいに切っているな。貴族は料理なんかしないと思ってたけど、考えを改めないといけないな」
グランはそう返す。
そして野菜を串でさし、ばらけないようにして焼き始める。
「肉はあるか?」
「はい、こちらをどうぞ」
「結構いい肉だな、いいのか?」
「もちろんです」
そして肉を焼き始めてふと思いだす。
「そういえば肉なら俺も持ってる分があるから、俺も出すよ」
そう言って、グランはあの聖域の魔物の肉を取り出して焼き始めた。
シルヴィアの持ってきた最高級の肉と聖域の魔物の肉を焼く匂いが辺りに充満し、その匂いを嗅ぐと、朝飯以降山頂まで何も食べていなかった、グランとシルヴィアの食欲を刺激し、とてもお腹がすいてきていた。
そしていい焼き加減になったので、シルヴィアの皿に盛り付ける。
「主様、わたくしより先にお召し上がりください」
シルヴィアは言うが、グランは返す。
「どうせ俺も今から食べるんだから先に食べて」
シルヴィアはそれを聞いて、恐る恐るグランが持ってきた肉を一口食べると、目を見開く。
そしてグランに話す。
「あ、主様、このお肉はいったい何のお肉でしょうか?」
「聖域の魔物の肉だ。どうだ、うまいだろ?」
「せ、聖域……どおりで今まで食べたこともない、とても美味しい肉だと思いました」
「いっぱいあるから遠慮せずに食べるんだ。いっぱい食べて育つんだぞ」
そう冗談を言ってグランは大皿に山盛りの焼肉を載せ始める。
それを聞いたシルヴィアは自身の胸を揉み微笑みながら話す。
「主様、私をこれ以上大きくしてどうするおつもりですか?」
そう言われたグランは自身がふざけて言った言葉を少し後悔した。
そして焼き野菜も載せていき、グランも食事にありつく。
「この肉もとてもうまいな。それにキャンプで食べるときは大体一人だったけど、こうやって美人と話しながら食べるのもいいな」
「主様、美人だなんて……それはお誘いしているということですか?とてもうれしいです」
そう言ってシルヴィアはなぜか服を脱ごうとする。
「バカ!火を使っているんだから服を脱いだら火傷するだろ!」
「たしかにそうですね。主様には美しいままの私を見ていただきたいです」
『もう少しでノー〇ンしゃぶしゃぶもとい、ノー〇ン焼き肉ができるところでしたのに』
(お前はいい加減にしろ!)
そう言って落ち着いたところで、しばらく雑談していると、グランはヴェルシュタット公爵のことを思いだしシルヴィアと話す。
「ヴェルシュタット公爵領はあの後どうなったのだ?」
「はい、主様が撤退した後、混乱を収めるために私の命令で皇帝直属の兵士を向かわせました。そこで税収を偽造していた書類をわざと見つかるようにおいて回収させました」
「なら、公爵家は立場がなくなるな」
「帝国では脱税は重罪です。たとえ公爵家でもなかったことにはできません。それに使い道も皇位の簒奪のために使っていたと書類を偽造しています。ただ皇帝陛下は、私の手が加えられていることに気づいていましたが、もともと反旗を翻せば叩き潰すつもりだったので知らぬふりをしたと思います」
「さすが皇帝陛下だな。ちなみに俺のことはバレてそうか?」
「何とも言えませんが、おそらくバレています。ただ心配はございません。むしろ問題解決に協力してくれたと思っているでしょう」
「どこかのタイミングで話をしたほうがいいな」
「そこはわたくしにお任せを。主様のことは善意の協力者としてお話いたします」
「それなら助かる。ならあとのことは任せていいのか?」
「はい、わたくしにお任せください。旧ヴェルシュタット公爵領は主様の領地にいたします」
それを聞いたグランは慌てて止める。
「俺は領地とか要らない。シルヴィアは逆に要らないのか?」
「私も領地は必要ありません。それならばこれからの流れですが、おそらく公爵家は取り潰し、他の貴族の爵位を調整し、皇帝陛下が誰か適任を選んで新しく治めさせると思いますが、すぐにはできないでしょう。しばらくは皇帝陛下の直轄地として治めると思います」
ヴェルシュタット公爵領の話も終わり、グランとシルヴィアは食事を楽しみながら話をする。
「そういえば主様は、先ほどこの肉が聖域の魔物の肉とおっしゃっていましたが、どうやって手に入れられたのですか?」
グランは少し考えた。
シルヴィアに自分の正体を言っていいのか。
アンサートーカーが言う。
『たとえシルヴィア様に話したところで、魔法契約があります。ほかにバレることもありません。ここで話してもいいのでは?それに皇帝陛下も皇后様も、そしてセルフィリア様も転生者ということは知っています。問題ありません』
(確かにそうだな。よし、話すか)
グランは皿を置いて、シルヴィアをまっすぐ見て話し始めようとすると、シルヴィアも真剣な雰囲気をすぐに感じ取ったのか同じく皿を置き、姿勢を正して言葉を待つ。
「シルヴィア、今から言うことは他言無用で頼む」
グランの気配に少し気圧されたシルヴィアは、無言でうなずく。
「俺は転生者だ。皇族のおとぎ話で伝わっている転生者と同じ、異世界から来た」
シルヴィアはそれを聞いてすべてがつながり、そして深く納得した。
「やはり、そうでしたか」
「……気づいていたのか?」
「確信していたわけではございませんが、主様の圧倒的な強さと転移魔法、そして蘇生魔法を見たことでそうなのではと思っていました。ただ、これは皇族におとぎ話として転生者が伝わっていたからこそ、そう思いつきました」
『皇族ならではの気づきですね』
(そういうことだな)
グランはアンサートーカーとそう短く脳内で会話して言葉を続ける。
「そして女神の使いとして、いずれ訪れる世界を破滅へと導く災厄に対抗するために聖域で修業をしていた。この肉はその時の戦利品だ」
シルヴィアはそれを聞いて、目の前の主がまさにとんでもない存在だということに気づかされる。
絶対にケンカを売ってはいけない相手だった。
知っていれば、絶対関らないようにしていた。
それこそ今こうやって話していただけるくらい、自分に信頼を置いてくれていることに心底安堵した。
そしてグランは言う。
「ちなみに俺は肉体年齢は今年で十八歳だが中身、精神は四十歳近くのおっさんだ。だからといって別に敬えとかないから、そのままでいいぞ」
アンサートーカーは慌てて話す。
『マスター!なぜそこまで言うのです!』
(先に言っておけば、あとからバレるよりも生理的に気持ち悪がって、もう恋愛対象としてみないだろ)
『なんてことをしてくれたのですか!ああ、せっかくの姉食いが……』
こいつはどれだけ言葉がひどいんだと思いながらも、シルヴィアを改めて見てみると、かすかに震えていた。
(ちょっと無言が怖い)
『自分で蒔いた種です。今から極寒の雰囲気で食事でしょう』
シルヴィアはそれ以上話すこともなく食事を続け、グランは少し気まずい状態だったが、シルヴィアは後片付けなどは積極的に手伝ってくれて洗い物までしてくれていた。
しかしグランとはあまり話さなくなっていた。
そしてシルヴィアは「煙を浴びたのでもう一度浴場に行きます」と言い、「主様もあとでお使いください」と言って別れた。
グランはテラスでしばらく時間をつぶしていた。
そしてアンサートーカーと話す。
『完全に失敗でしたね。シルヴィア様は恐らくドン引きしていると思いますね』
(そりゃあな、好意を抱いていた年下の男の子が、実は親世代位のおっさんだったと言われたらは引くわな。Sクラスのクラスメイト達が特殊なだけであって普通はこういう反応だろ)
『まあ、人生の反省点ですね。私はシルヴィア様と既成事実に及ぶことができなくなったことに絶望しています』
(なんでお前が絶望するんだよ)
『マスターの一番好みのタイプでしょ。荒れ狂うマスターの欲情をとことんぶつけてほしかったですね』
(お前は何を言っているんだ)
脳内でくだらない会話をしていると、シルヴィアが浴場から出たのかグランに声をかける。
「主様、先にお風呂をいただきました。いつでもお入りください」
しかし、そのトーンはいつもと少し違い事務的な声だった。
グランは短く返事をし、風呂に入る。
そして何事もなく風呂から上がり、浴場から出るとシルヴィアが話す。
「夜に二階のテラスで星を見ましょう」
「シルヴィア、そのさっきの話なんだが……」
そうグランが切り出すと、シルヴィアは話す。
「はい、ご心配に及びません。主様の正体は決して誰にも話しません」
そう言って切り上げると、グランと別れ寝室に戻っていった。
『これ、ちょっとやばくないですか?』
(うん、ちょっと怖くなってきた)
『大丈夫です。魔法契約をしているので、今すぐ全裸になって跨がれと言えばしてくれますよ』
(バカ!余計嫌われるだろ!)
『多少強引にして手籠めにしたほうが、これからもやりやすくなりますよ』
(何をだよ!)
豹変したシルヴィアの態度にグランは胃が痛くなる感じがして、テンションが駄々下がりだ。
グランは流星群を見終わったらシルヴィアと一緒に転移でアジトに戻り、そこで別れようと決心する。
とりあえず夜を待つことにしようと思い、テラスのソファで少し眠りについた。




