第203話:山頂でのひと時
シルヴィアは目を覚ます。
自分の姿を確認すると、主様であるグランを抱き枕のようにして寝ていることに気づき、少し焦った。
そして昨日のことを思い出す。
主様から魔力操作の極意を教えてもらい、その鍛錬をしていたらすさまじい眠気に襲われ動けなくなり、最後の力を振り絞って、セルフィリアがグランが一番好きだと言っていた勝負下着になるため急いで服を脱ぎベッドにもぐりこんだ。
主様のことだから、どれだけ誘惑しても襲ってこないことはわかっていたが、今この状況はとてつもなくおいしい状況だとシルヴィアは判断した。
シルヴィアはグランを起こさないように体をそっと離し、そして仰向けにグランを寝かせて、グランに覆いかぶさって抱きしめた。
グランは重苦しくなったことで目を覚ます。
「……シルヴィア」
「おはようございます。主様」
「おはよう、起きるから降りてくれないか」
「……少しお待ちを」
そう言ってシルヴィアは体を起こし、両手で自身の髪をかきあげ、見せつけるように胸を張る。
グランはすぐに目をそらし、シルヴィアに言う。
「目のやり場に困るからすぐに服を着ろ」
そう言われると魔法契約の関係か、シルヴィアは残念そうにして服を着る。
「主様、もっと見てくださってもよろしいのに」
「これ以上みてると理性が持たない」
「ええ、もちろん構いませんよ」
「俺はまだ誰ともそういう関係にはならないようにしている」
「私は、いつでもお待ちしております」
そう言うとシルヴィアはベッドから降り、グランに礼をする。
「一度部屋に戻ります。朝食は少しした後にメイドが呼びに伺います」
「わかった。じゃあまたあとで」
シルヴィアは部屋を出ると、グランはアンサートーカーと話す。
(なあ、あの下着着るってことは、シルヴィアもそのつもりだったよな?)
『そうですね。初めてはシルヴィア様でもいいと思いますね。敵だった者を手籠めにして自分の女にする。とてもそそる設定です』
アンサートーカーはそう言って煽ってくる。
(だから、そういうことはまだしないといってるだろ)
『マスターは普通なら流されてしてもいいところを、頑なに拒みますね。ここまでとなると、何かトラウマでもあったのですか?』
グランはそれを言われて言葉を詰まらせる。
(……昔一度あったんだよ。ここでは語ることはないけど)
『マスターの前世の記憶は見ることはできますけど、そういうことならあえてしませんが』
グランはいつもおちょくってくるアンサートーカーを少し意外に思った。
(お前のことなら記憶をたどっておちょくってくると思ったがな)
『人のトラウマをほじくり返しておちょくるのは少し違いますね。あえて今の状況をおちょくって楽しむのがいいのです』
グランは、それならもうちょっとおとなしくしてくれと思ったが、相棒の意外な配慮もあり、口には出さなかった。
しばらくアンサートーカーと脳内で雑談をしていると扉がノックされる。
メイドが朝食の準備ができたので案内するとのことだった。
そしてメイドに連れられて歩いていると食堂に着き、昨日座った席でシルヴィアと一緒に朝食を食べる。
パンとサラダとハムエッグのシンプルな朝食だった。
グランはそれを食べると、パンがすごくうまかったのかメイドに尋ねた。
「おかわりはありますか?」
メイドが厨房に取りに行きすっとグランの前に置くと、シルヴィアはそれを見て聞く。
「お気に召しましたか?」
「このパン、すごくおいしいな」
「ここの厨房の者が作ったものですよ」
「じゃあおいしかったと後で伝えてくれ」
シルヴィアは微笑みながらそばにいたメイドに言葉を伝える。
そして朝食を終えシルヴィアと談笑していると、執事がシルヴィアに耳打ちをする。
シルヴィアはそれを聞くと少し考え始める。
グランはその様子を見ていたが、自分がでしゃばることもないと思い静かにお茶を飲み待っていた。
そしてシルヴィアはグランを見て話し始める。
「主様はいつまでご滞在可能なのでしょうか?」
「明日の早朝に王国に戻る馬車に乗らないといけないから、それまでに戻れたらいい」
グランがそう言うと、シルヴィアはかしこまりましたと言い話し続ける。
「今日は少し遠くに行きますが大丈夫でしょうか」
「いざとなったら転移を使うから大丈夫だ」
グランがそう答えると、シルヴィアはありがとうございますと言い、話を続ける。
「では、支度をしたら、お部屋に使いを送ります」
グランはそれを聞いてわかったと答え部屋に戻り、出かける準備をして待っていると、メイドが呼びに来て屋敷の玄関まで行くと、シルヴィアがすでに待っていた。
昨日とは違い、すこし露出を抑えた服装だったが、靴は昨日見たあの山道用の靴を履いていた。
「それでは参りましょう」
そう言ってシルヴィアはグランと腕を組み屋敷を出る。
シルヴィアとグランは一緒に山道を歩きながら雑談をする。
「そういえばどこに行くんだ?」
「山頂です。今日は夜の天気がすごくいいとのことなので、星を見たいと思います」
グランはそれを聞いて、昨日星を見るのが好きだと言ったことを覚えていたんだなと思いシルヴィアと話す。
「昨日のこと覚えていたんだな。わざわざありがとう」
そう言われるとシルヴィアは嬉しそうに話す。
「私も星を見るのが好きなのでちょうどよかったです。今日は流星群が見えるとのことです」
グランはそれを聞いて少し興奮する。
「流星群がみられるのか、すごいな」
シルヴィアはそれを聞いて話す。
「はい、本当にタイミングが良かったです。主様と見れるなんてこの上ない幸せです。実は山頂にも私の別荘があります。少し狭いですが二人で過ごすなら何ら問題はございません」
「そうか、まあいざとなれば転移で戻れるし、今日は星を好きなだけ見よう」
そう言うとシルヴィアは顔を赤くする。
「主様と好きなだけ居られるなんて、これは期待してしまいます」
グランはそれは違うからと言ってシルヴィアをいさめるが、シルヴィアは妄想をしているのか話を全く聞いていない。
山道を歩いている途中で、昨日見たクレイス滝やエディウスの神樹をまた見たりして、山道を休憩しながらも山頂を目指す。
シルヴィアは嬉しそうにグランに密着して、山道を歩いていた。
そして山頂までは5時間くらい歩いたのだろうか、別荘に到着する。
シルヴィアもさすがに疲れたのか、そばにあった椅子に座り込んで汗をぬぐいすこし息を切らしていた。
グランは大丈夫かと声をかける。
「さすがに疲れました。主様、わたくしは少し休んでから中に入ろうと思います」
グランはそれを聞くと、こんなところで座り込んでも休めないだろうと言い、シルヴィアを抱きかかえて別荘内に入る。
シルヴィアはびっくりしてグランを見るが、今の状況がとてもうれしいのか首に手をまわし体を預けるように抱き着いていた。
別荘内に入ったグランは、抱えていたシルヴィアを降ろして話す。
「ここには使用人がいないのか?」
シルヴィアはグランから名残惜しそうに降りるとそれに答える。
「ここはあまり来ないところなので月に一度、下の別荘の者が様子を見に来て掃除をいたします。執事が昨日掃除をしたと、朝食の際に言っていましたので、今日はここで過ごそうと思っています」
グランはそれを聞くとシルヴィアと話す。
「そうか、使用人がいないなら食事とかはどうするんだ?」
シルヴィアはそれを聞いて答える。
「食材などは持ってきています」
そして食堂と厨房がある部屋に行き、収納魔法から食材を取り出しテーブルに置いていく。
「バーベキューセットだな。調理器具とかはあるのか?」
グランはそれを見て話すと、シルヴィアはそれに答える。
「はい、外の倉庫に一通りの調理器具がございます。今日はバーベキューですね」
「なら火おこしとか焼く係は俺がするから、時間が来たら食材は切ってくれ」
「かしこまりました」
そしてシルヴィアが汗を流すため浴場に行くと言うので、グランはどこにいればいいか尋ねた。
「二階にテラスがございますので、そちらでおくつろぎください」
そう言われ、グランは二階に上がる。
二階のテラスは広々として山頂からの景色を一望でき、ここでバーベキューをしてもいいなと思っているとアンサートーカーが話す。
『ここだと厨房から離れるので、取り回しを考えれば別荘の外のほうがいいと思います』
(確かに後片付けを考えたら少し手間だな。ロケーションは最高なんだけどな)
グランはしばらく山頂からの景色を楽しみながら、これまでの帝国での生活を思い返していた。
セルフィリアが特待クラスの残りの生徒を保護する目的で、帝国に留学を提案して来たが、あっという間に時間が経った。
帝国の生徒たちとほぼ毎日模擬戦をしたり、まさか皇族と一緒に晩餐をして秘密を知ったり、転生者の自分に何かあれば協力するという約束をしてくれたこと。
そして、特待クラスの保護のため、公爵家と領地を一つつぶしてしまったこと。
(ヴェルシュタット公爵領のことはあとでシルヴィアと相談しよう)
『公爵家に関しては許すことはできませんが、領民は混乱しますね。シルヴィア様に相談すれば何かしら解決をしてくれるかと思います』
(そうだな。シルヴィアが戻ってきたら食事をしながら話そう)
グランは山頂からの景色を見て、明日でこの国を去るんだなと思うと、しみじみしていた。
一方、シルヴィアは浴場で考え込んでいた。
グランはどうやっても自分に手を出してくれない。
以前グランに言われた通り、初めの出会い方は最悪だった。
あの時の衝撃はいまだに鮮明に覚えている。
本当に殺されるかと思ったが、今はこうやって生きている。
そして魔法契約があって逆らえないとはいえ、ここまで異性、しかも自分を殺そうとした人間に好意を抱くとは思わなかった。
グランは幼少期のトラウマや凄惨な体験をしたせいで、心の闇が昇華したことによる高依存の精神疾患だと言っていたが、それもあると思う。
この帝国で表立ってはいないが、裏で言われた数々の屈辱や嘲笑により、性格が歪んでしまったのは自分でも理解している。
現にそれまでは、いつかこの帝国を自分の思い通りにしようと幻零を使い、謀略や誅殺をしてきた。
しかし、グランに出会い完膚なきまでに叩きのめされたことで、驕り高ぶった野望は潰えた。
抗う気すら起きなくなるくらい別次元の強さを持つ文字通り最強の男、その者と契約を結んだことにより、ある意味庇護下に入ったことで、自身の野望が馬鹿らしくなったのだ。
それにたとえグランをあの時調べなかったとしても、いつかセルフィリアに危害を加えてしまっていたら、その時は間違いなく殺されていただろう。
逆に今のタイミングで出会ったことで、生き長らえたとシルヴィアは判断していた。
あの時は取り返しのつかないことをしたと思っていたが、現に今の状況を見ると、あの時が一番良かったタイミングだと思い始めていた。
ヴェルシュタット公爵に対しては、皇帝の座を巡り雌雄を決するしかないと思っていたが、あの研究が絡んでいたことで、グランがあっさり滅ぼしてしまったのだ。
それも含めて、これからもグランにずっとついて行くほうがいいと思った。
そして兄を支えるとグランには言ったが、優先順位はもちろんグランだ。
そのグランが、次期皇帝の兄を支えて、弱者も過ごしやすい国を作ろうとしていることを否定せず応援してくれた。
シルヴィアにとって、その言葉が何よりもうれしかった。
過去の出来事は消えないし、一度汚した手は一生汚れたままだ。
それでも、これから尽くしていけば歴史は自分をどう判断するかはわからないが、グランは評価するかもと言ってくれた。
グランと接していて分かったが、彼は結構ストレートに物事を話す。
そのグランがそう言ったということは、少なくても評価されるということだ。
そう思うと俄然やる気が出てきた。
今はあの放浪癖の兄が早く帰ってきて、皇帝になってくれと思っている。
以前であれば皇帝になるためには、兄は絶対殺さなければいけなかったのに、今は早く帰ってきて皇帝になってくれと思っている自分に対し、素直に笑いがこみ上げる。
こうやって考えをまとめていくと、ここまで自分の思いと価値観を根こそぎぶっ壊したグランに対して、無意識に惹かれてしまい、好意を感じることになったということだ。
シルヴィアはそう結論付けると、今日の夜に必ず勝負をつけようと思い作戦を考えていくのであった。




