第199話:帝国の歌姫と愛の歌
みんなの無茶ぶりに渋々答えたグランは壇上に上がり、会場の皆に聞こえるよう、堂々と話し始める。
「帝国学園の皆様、本日は素晴らしい催しをしていただき大変感動いたしました。そこで、私たち王国学園からも何かお返しをということで、私が代表して歌を歌うことになりました」
それを聞いた帝国の生徒たちは、待ってましたとばかりに歓声を上げて盛り上がる。
グランは歓声が収まるのを待ってから、ゆっくりと話を続けた。
「先ほどメリルさんが素晴らしい歌声で歌われました。それに比べれば私は上手ではありませんが、一生懸命歌いますのでよろしくお願いします」
そして一つ小さく息を吐き、言葉を繋ぐ。
「今から歌う曲は、私の故郷で流行った歌です。愛の歌ともいうのでしょうか、お耳汚しになるかもしれませんが歌わせていただきます」
グランは魔法を使い、壇上の横に設置されていたピアノを演奏し始めた。
ただ、グランが演奏しているように見えるが、実際はアンサートーカーがグランの体を使い、遠隔で演奏していた。
そして、静かに歌い始める。
グランは緊張しすぎて声に張りはないが、それでも静かなバラードのメロディとグランの声が、広い会場に響き渡る。
その曲は、離れ離れになってしまう男が別れ際に女へ生涯の愛を誓い、必ず迎えに行くと約束する内容の歌詞だった。
アンサートーカーの凄まじい演算による完璧なピアノ技術が、グランの歌声に合わせて美しい旋律を奏でていく。
グランも次第に緊張が解けてきたのか、少しずつ感情を込めて歌い上げていった。
そして一節を歌い終わった時、不意に壇上へ一人の生徒が上がってきた。
グランがそちらへ視線を向けると、なんと先ほど歌を披露したメリルだった。
彼女は曲のメロディを完全に把握したのか、グランの歌声とメロディに沿ってスキャットを入れ一緒に歌い始めたのだ。
グランは即座に魔法のヴィジョンを展開して彼女に歌詞を見せ、今どこを歌っているのか指を差して教える。
するとメリルはそれに合わせ、すぐに見事なハーモニーを重ねてきた。
突然のデュエットの始まりに会場は一瞬ざわめいたが、二人の歌声が響き渡るにつれて、その雰囲気は歌と重なるように静かに熱を帯びていく。
やがて最後のサビに入り、二人の見事な歌声が重なり合ったまま曲は終わりを迎えた。
会場は水を打ったように静まり返る。
グランがやらかしたかと頭を抱えそうになった瞬間、隣のメリルがこちらを見て優しく微笑んだ。
その直後、会場から凄まじいほどの歓声と拍手が巻き起こった。
帝国の女生徒たちは、その歌詞と歌声に感動してほとんどが涙を流している。
王国の留学生たちも、グランの歌った歌詞に自分たちを重ね合わせたのか、同じように涙を流して感動していた。
さらに驚くべきことに、マルクやカロン、それに帝国の男子生徒たちもボロボロと男泣きをしている。
グランはふうと安堵の息を吐き、隣のメリルに声をかけた。
「ありがとう、君が合わせてくれたおかげだよ」
メリルは興奮冷めやらぬ様子で言葉を返す。
「とても素晴らしい歌でした。大陸にはこれまでになかった曲調と、深い思いの乗った歌で、とても感動いたしました」
大役を終えたグランが壇上から降りて自分の席に戻ると、待っていた仲間たちが一斉に彼へと話しかけてきた。
「お前!すげえ上手いじゃないか!この野郎、今まで隠してやがったな!」
マルクはそう言って、照れ隠しのようにグランの肩を叩いて茶化した。
カロンも深く頷きながら感嘆の声を漏らす。
「聞いたことのない曲調だったが、歌詞がやけに心に染み渡った。本当に素晴らしい歌だったよ」
レキシやニーナも目元を拭いながら、グランの歌がいかに良かったかを語り称賛している。
四聖華や王女と皇女そしてベアトリクスに至っては、歌に自身とグランを重ねていたのか、あまりの感動に涙が止まらず、ずっと泣き続けていた。
やがて、熱気に包まれた会場の壇上に帝国学園の学園長が歩み出る。
普段は鬼軍曹のように厳格な彼女であったが、その目元は少し赤く染まっており、密かに涙ぐんでいたことが窺えた。
「王国の生徒よ、魂を揺さぶる素晴らしい歌をありがとう。さあ、ここからはダンスの時間だ!諸君、今宵は気の向くままに踊り明かすがよい!」
学園長のその高らかな宣言を合図に、待機していたオーケストラが一斉に華やかなダンス曲を奏で始めた。
オーケストラの華やかな音楽が鳴り響くと、生徒たちは皆一斉にパートナーの手を取り踊り始めた。
グランたち王国学園のグループからは、マルクとレキシ、そしてカロンとニーナが揃ってフロアへと進み出る。
彼らは王国では平民だからか、これまでこういった公の場では踊る姿を見せなかったが、実は普通にダンスを踊ることができる。
四聖華や王女と皇女が、彼らが卒業後に社会に出た時、間違いなく出世するだろうと見越し、自習時間を利用して彼らへ貴族の教養やダンスのレッスンを施していたのだ。
高位貴族たちの直接指導を受けていたマルクたちは、思い思いのステップを踏みながらもなかなか様になっており、その優雅な身のこなしはとても平民だとは思えないほどだった。
そして、グランは最初のパートナーとしてセルフィリアと踊り始める。
さすがに帝国の皇族である彼女を差し置いて、他の者が最初に踊るのはよくないと全員が判断し、最初のパートナーはセルフィリアに譲ったのだ。
その心遣いにセルフィリアは深く感謝しており、自身はこの一曲だけで他の皆と交代しようと心に決めていた。
二人が優雅に踊る姿を見た帝国の生徒たちは、一年生の時の親善試合の時とは打って変わり、まるでお似合いのカップルだと言わんばかりに周囲を空けてその光景を温かく見つめている。
やがて一曲が終わる頃、セルフィリアはグランを見つめて静かに口を開いた。
「今日は一番初めのダンスをもらったから、私はこれで満足よ。他のみんなとも楽しく踊って頂戴ね」
「そうか、色々と気を使わせて悪かったな」
グランがそう返すと、セルフィリアは嬉しそうに微笑んだ。
「あの問題も無事に解決したし、私はもう何も言うことはないわ。グラン、これからもよろしくね!」
そう言い残し、セルフィリアは未練を見せることなくグランから離れていった。
そこからは、オリヴィア、ソフィア、エルスメリア、ディアドラ、ルヴィリス、ベアトリクスの順番で、立て続けにパートナーを変えながら一曲ずつ踊っていく。
彼女たちは本当なら二曲ずつ踊るつもりだったらしいが、先ほどの愛の歌の影響からか、今は少しグランの顔を直視できないと、それぞれが頬を染めながら語った。
それに、周囲の帝国の生徒たちも、グランと踊りたそうにしている様子を見て気を使い始めたらしく、当初予定していた時と打って変わって早めに順番を譲ったのだ。
ベアトリクスと踊り終わった後、グランが少し壁際で休んでいると、リーゼロッテが近づいてきた。
「グラン様、皆様とはもう終わられたのですか?」
「ああ、みんな気を使って一曲ずつで終わってくれたんだ」
グランがそう答えると、リーゼロッテは少し微笑みながら話しかけてきた。
「では、お約束通り一曲お願いしてもよろしいでしょうか」
彼女はそう言って、優雅に手を差し出す。
グランはその手を取り、会場の中央へと進み出ると、曲に合わせて踊り始めた。
すると、周囲にいた帝国の生徒たちが少しざわめき始める。
グランは踊りながら、リーゼロッテに小声で尋ねた。
「なんか、みんなちょっとざわついてるんだけど?」
リーゼロッテはすました顔のまま答える。
「そうですね、私が積極的に殿方と踊っているからではないでしょうか?」
グランはそれを聞いて、さらに質問を重ねる。
「もしかして、セルフィリアと一緒で、今までこういう場で踊ってこなかったのか?」
リーゼロッテは静かに首を横に振った。
「いえ、私は公爵家の者ですので、帝国の公式の場では踊っていましたよ。ただ誘われるがままに、ですけどね。それに、公爵令嬢である私に気後れしてか、あまり踊ってくださる殿方もいませんでしたから」
それを聞いた瞬間、グランは完全に嵌められたと悟った。
高位貴族である公爵令嬢のリーゼロッテが、自ら異性にダンスのパートナーをお願いするという行為は、周囲に対してこの人に気があると公に知らしめているようなものだったからだ。
そっと王国の席にいる仲間たちの顔を見ると、皆一様にニコニコと微笑んでいた。
しかし、グランには彼女たちの頭上に、前世の漫画でよく見た怒りマークが浮かび上がるような錯覚を覚えた。
グランはリーゼロッテの策士ぶりに呆れながらも、最後までしっかりと彼女をリードし、一曲を踊り切った。
そして曲が終わり、お互いが向かい合って一礼をすると、リーゼロッテはグランに近づき囁いた。
「やはり、あなたはとてもいいわ。あなたを知ってしまったら、もう他の異性には興味が持てなくなりますわ」
彼女はそう熱っぽい言葉を告げた。
「素敵な思い出をありがとうございます」
そして満足げに微笑むと、リーゼロッテはグランから静かに離れていった。
リーゼロッテが離れるや否や、待っていましたとばかりに帝国の生徒たちがグランのもとへ殺到した。
グランは一人ずつ丁寧に相手をし、彼女たちと一緒に踊り続けた。
ふと周りを見てみると、グランだけではなく他の王国の生徒たちも帝国の生徒たちと踊っている。
もうすぐ別れてしまうということに、王国の生徒たちも思うところがあったのか、ダンスを申し込まれるがままに代わる代わるステップを踏んでいた。
四聖華や王女、マルクたちやベアトリクスもそれぞれ帝国の生徒たちと踊っており、この時間を純粋に楽しんでいるようだった。
セルフィリアも、今までこういう場には参加していなかったこと、そして帝国の生徒たちも今まで皇族で圧倒的に強い彼女に対し、恐れ多くて誘おうとしなかったが、一人の帝国生徒が玉砕覚悟で申し込んだ結果、セルフィリアもその心意気に感心し、一曲踊りきった。
セルフィリアが踊り終わると、それまで周りで様子を見ていた帝国の生徒たちは、今しかないと一斉にセルフィリアに近づき、ダンスを申し込んでいた。
そして演奏が終わりを告げ、それとともにダンスの時間も終了した。
まだグランたちと踊れていない帝国の生徒たちは、名残惜しそうにしながらも、それぞれの席へと戻っていく。
そして、帝国学園の学園長が静かに前に進み出て口を開いた。
「今宵の歓送会は、この帝国学園でも永く語り継がれることだろう。王国の生徒たちよ、我々帝国学園も君たちに追いつけるよう、これからも精進を重ねていく所存だ。だからこそ、君たちはこれからも我々の目標であり続けてほしい」
学園長は、誇り高き帝国らしからぬ謙虚で真っ直ぐな言葉を紡いだ。
続いて、王国学園を代表してオリヴィアが前へと歩み出る。
「本日は我々のために、このような素晴らしい催しを開いていただき、誠にありがとうございました。我々王国の生徒も、今日この日の出来事を生涯忘れることはないでしょう。そして学園長がおっしゃった通り、我々も引き続き精進し、皆様の良き目標であり続けることをここに誓います」
彼女は凛とした表情で、力強くそう宣言した。
その瞬間、会場には割れんばかりの歓声と拍手が鳴り響いた。
こうして、両国の絆を深めた感動的な歓送会は大盛況のうちに幕を閉じた。




