第198話:歓送会と無茶ぶり
会場に入ると一斉に歓声が沸き、帝国の生徒たちは留学生たちを大きな拍手で迎え入れた。
その凄まじい熱量は、王国学園の生徒たちを圧倒するほどだった。
オリヴィアとセルフィリアが先頭に立ち、その後に四聖華、ベアトリクス、マルクたちが続き、最後にグランという順番で中へと進んでいく。
そして案内された席に、皆一斉に腰を下ろした。
やがて壇上に帝国の学園長が立ち、一学期の間に王国の留学生たちが与えてくれた刺激のおかげで、帝国の生徒たちが己を見つめ直し、さらに強くなったことへの感謝を述べた。
「今日は長い夜になるゆえ、どうか思い思いに交流を楽しんでくれ」
学園長がそう挨拶を締めくくると、帝国の生徒たちも素直な感謝の気持ちを伝えるかのように歓声を上げながら拍手を送った。
それを受けたグランたちは少し照れながらも、運ばれてきた豪勢な料理に舌鼓を打ち、和やかに談笑を始めた。
そして自由な交流の時間となり、グランたちが席を立つと、帝国の生徒たちが一斉に群がってきた。
マルクとレキシ、カロンとニーナは、お互いが自身のパートナーだとアピールする意味も込めて一緒に行動していた。
彼らはそれぞれに言い寄ろうとする帝国の生徒たちを牽制しつつも、終始和やかに言葉を交わしている。
一方、ルヴィリス、エルスメリア、ディアドラ、ソフィア、オリヴィア、ベアトリクスの六人は、帝国の生徒たちの中でも高位の貴族たちに囲まれていた。
彼女たちに婚約者がいないという情報を聞きつけ、彼らはぜひ自分をと熱心に売り込んできたのだ。
しかし彼女たちは笑顔でそのアピールを躱しつつ、卒業後の領地経営など将来に向けた見解を語り合い、相手との相互理解を深めるに留めていた。
その頃、グランはセルフィリアと一緒に行動していた。
歓送会が始まる前に、オリヴィアやルヴィリスたちから着席以外はセルフィリアと一緒にいるよう厳命されていたからだ。
なぜかと尋ねるグランに対し、皆は呆れ果てた様子で口々に理由を説明した。
「グランを一人にしたら、帝国の生徒たちが殺到するでしょう!」
ルヴィリスはそう言って大きなため息をついた。
「グラン君、いくらなんでも鈍感すぎです」
エルスメリアも呆れたように同意する。
「グラン様にはもうすでに私たちがいます。これ以上増やさないでください!」
ソフィアは少し頬を膨らませて怒っていた。
「グラン殿はすでにリーゼロッテ様に好意を伝えられているからな。セルフィリア様が一緒でなければ、皆が一斉に群がって好意を伝えに来るぞ」
ディアドラが冷静に状況を分析して告げる。
「グランはね、その優しさがいいのだけど、万遍なく優しくしちゃうと、みんなが勘違いするの。だからもう私たちだけにしてほしいな」
ベアトリクスも甘えるように、しかし真剣な眼差しでそう懇願した。
「だから今日は私が一緒ね。私がグランの隣にいれば、誰もそんなこと言ってこないわ」
セルフィリアがそう言って微笑み、この配置が決まったのである。
グランは内心でみんなの結束を恐ろしいと思いながらも、確かに余計なトラブルは起きないだろうと納得し、その案を受け入れていた。
しかし、脳内ではアンサートーカーが盛大に舌打ちをしていた。
『ぐぬぬ……マスターがこの歓送会で、帝国の生徒たちを食い散らかすところを見たかったのに、まさか正妻たちが協力し合うとは誤算でした』
(俺がそんなことしないとわかっているだろう、お前は何を言っているんだ)
グランが呆れながら念話でツッコミを入れると、アンサートーカーは悪びれずに返す。
『旅の恥は掻き捨てと言うではありませんか』
(お前は俺にいったい何を求めているんだ……)
『目指せ、一年間日替わり嫁です』
(一年間日替わりって、いったい何人必要だと思っているんだよ)
『だからこそ、ここで種を撒き散らしてほしいのですよ。そして認知して養育費を払い続けるマスターの姿を見たいんです』
地獄のような未来を平然と語る相棒に、グランは本気で戦慄した。
そして現在、グランはセルフィリアと腕を組み、静かに飲み物を飲みながら会場の中央付近に立って帝国の生徒たちと話をしている。
セルフィリアもグランにぴたりと寄り添い、終始笑顔で彼と共に生徒たちと和やかな雑談を交わしていた。
グランに言い寄ろうとした女生徒たちは明らかに残念そうにしながらも、二人と一緒に楽しそうに話をして思い出を作っていた。
しばらくすると、帝国学園側から催しがあるとのアナウンスが入り、皆はそれぞれ自分の席へと戻った。
やがて壇上に一人の女生徒が姿を現す。
彼女の後ろには、様々な楽器を持った生徒たちが続いていた。
楽器隊が音楽を奏で始めると、その女生徒は静かに歌い始めた。
前世で言うところのオペラのような美しく力強い歌声が、瞬く間に会場の人々を魅了していく。
グランもまた、その圧倒的な歌声に静かに聴き入っていた。
(すげえ上手いな。前世でもトップレベルだろ)
『スキャン完了。どうやら彼女は帝国でも歌姫として名を馳せているようですよ。名はメリル・ヒースロー。帝国のヒースロー子爵家に養子として迎えられたご令嬢で、もとは平民の出身です』
(なるほど、その才能を見出されて貴族の養子になったというわけか)
『そのようです。それに、彼女の声には魔力が乗っていますね。どうやら音属性という珍しい属性をお持ちのようです』
(まるで前世でいう、セイレーンのようだな)
『そうですね。音属性はその名の通り、音を聞かせることで相手を攻撃する魔法です。精神異常を付与する能力に特化していますね』
(おい、まさか今のこの歌にもそんな厄介な効果が付与されているとかないだろうな?)
『いえ、魔力は乗っていますが、今は純粋に歌を歌っているだけです』
(世の中にはいろんな魔法があるんだな)
『理外の魔法を行使するマスターが、それを言いますか』
脳内で相棒と軽口を叩きながらも、静かに歌を聴き続ける。
そしてメリルが歌い終わると、その歌声に感動したグランは真っ先に席を立ち、盛大な拍手を送った。
それにつられるようにして周りの皆も次々と立ち上がり、会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれる。
メリルは、突然の割れんばかりの拍手と総立ちの反応に少し驚いたが、すぐに満面の笑顔を見せて手を振り、その声援に応えた。
そして、グランの方をちらっと見つめると、静かに壇上から降りていった。
その後も帝国の学生たちが用意した催しが次々と披露され、皆は心からその余興を楽しんでいた。
帝国らしく力強くも芸術性に富んだ舞踊や、洗練された剣舞なども披露されていく。
やがて前世で言うところのマジックショーが始まったが、この世界には本物の魔法があるため、本当に種も仕掛けも存在しないという豪快なものだった。
そして、帝国の生徒が目隠しをして、頭上のリンゴにナイフを投げて突き刺すという演目になった際、なんとゲストとしてグランが前に連れ出されてしまう。
グランの頭の上にポンとリンゴが置かれた瞬間、それを見ていたマルクたちは腹を抱えて爆笑していた。
(この野郎……)
グランは内心で悪態をつきながらも、まあ外すことはないだろうと信じてそのまま直立不動を貫いた。
もちろん帝国の生徒が的を外すことはなく、ナイフは見事にグランの頭上にあるリンゴへ命中し、会場からは歓声が上がる。
だが、いざナイフが自分に向かって飛んできた瞬間、グランは実は少しだけビビっていた。
すかさず脳内でアンサートーカーがツッコミを入れる。
『マスター、聖域の階層ボス相手には全くビビらないのに、こういうものにはビビるのですね』
(いや、これとそれとはまた違うだろ……)
そして無事に大役を終えて席に戻ったグランだったが、今度は仲間たちからもアンサートーカーと同じようなことを指摘されてしまう。
普段の圧倒的な強さとのギャップをからかわれ、グランは少しだけ顔を赤くして恥ずかしがっていた。
しかし、ここでオリヴィアが唐突にグランへ、とんでもないことを言い出した。
「ここまで素晴らしい催しをしてくださったのですから、我々も何かお返しをしないといけませんね」
グランはそれを聞くも否定する。
「いや、何も準備していないし、そもそもそういう出し物みたいなことは何もできないぞ」
しかし、ルヴィリスは面白がるように口を開いた。
「グランなら何でもできそうだけど?」
「おい!なんで俺一人で何かする前提になっているんだよ!」
マルクもニヤニヤしながら同調してくる。
「まあ、ここでそんな無茶振りに応えられるのはお前くらいだしな」
エルスメリアも期待に満ちた目を向けてきた。
「何かできることはないのですか?」
するとソフィアが、ふと思いついたように手を打った。
「そういえば、グラン様はたまに鼻歌を歌っていますが、あの曲は王国でも帝国でも聞いたことがありませんね」
(あれは前世の歌だし、それにジャンルはメタルだぞ!)
ディアドラも興味深そうに頷く。
「そういえば、グラン殿の歌声をちゃんと聞いたことはないよな」
(あれは人前で歌えるような代物じゃないんだよ!)
マルクたち男子陣も不思議そうに首を傾げる。
「そういえば歌うところを一度も見たことないよな。まさか音痴なのか?」
レキシが少し心配そうに気遣いを見せた。
「それなら無理して前に出るのはよくないね」
「いや、だからなんで俺が何かやる前提のまま話が進んでいるんだよ!」
カロンが肩をすくめてもっともらしい理由を告げる。
「まあ、やっぱ俺たちの代表で、帝国の生徒の憧れともなったお前が適任だしな」
ニーナが優しくフォローを入れる。
「グラン君、無理ならやめてもいいよ。こういうのは自分から出たいと思って出るのがいいしね」
ベアトリクスもそれに同意して微笑みかける。
「そうだよ。グランが前に出ても出なくても、私たちの感謝はきっと伝わるはずだしね」
しかし、最後に隣にいたセルフィリアがとどめの一撃を放った。
「でも私、グランの歌を一度でいいから聞いてみたいな」
その純粋なお願いに、グランは深く頭を抱え込んだ。
(メタルなんか歌えるわけないだろ……)
しかし、ここでアンサートーカーがグランに提案する。
『マスター、ここで前世で流行った愛の歌を歌えば、全女子生徒は濡れてマスターにメロメロですよ』
(歌うわけないだろ!あといい加減そこから離れろ!)
『それにここで期待に応えないと、男としてかっこ悪いですよ』
(無茶振りに応えるほうがどうかしてるだろ!)
『王国学園の代表学生として頑張って歌ってくださいよ』
(だからなんで歌うこと前提なんだよ!)
『他に何かできるんですか?』
(さっきの魔法とか使って、マジックとか……)
『マスターの規格外の魔法なんか使ったら、大騒ぎになってしまいますよ』
グランはそれを聞いて少し考え込んだ。
パッと視線を戻すと、テーブルについている王国学園の仲間たちが、皆一様に期待の眼差しでグランを見つめている。
(嘘だろ、おい……)
グランは、もうこれは出ないと場が収まらないと思い、渋々ながらも覚悟を決めた。
「じゃあ俺が出て歌うけど、俺のせいでお前たちが恥をかいても知らないからな」
するとルヴィリスが明るく笑って応える。
「大丈夫よ、たとえ下手でも私たちが歓声を上げて盛り上げるわ!」
エルスメリアが興味津々といった様子で尋ねてきた。
「グラン君、どんな歌を歌うの?」
「俺の故郷でとても人気だった、愛の歌を歌おうと思う」
それを聞いたソフィアが両手を組んで微笑む。
「グラン様の愛の歌……とても楽しみです」
ディアドラも少し身を乗り出して言う。
「これは、聞く方も緊張してきたぞ」
ベアトリクスも笑顔で背中を押した。
「グラン、楽しみにしてるね!」
オリヴィアは微笑みながらも、さらにとんでもないことを言い出す。
「これは後で録画した映像をいただかないといけませんね」
「いや、恥ずかしいから本当にやめてくれ」
セルフィリアがグランの目を見つめて告げる。
「グラン、私たちのことを思って歌ってね」
マルクが少し心配そうに声をかけてきた。
「おい、お前本当に大丈夫か?なんなら俺たちも前に出るぞ?」
「いや、俺だけが歌うんだ。お前たちが一緒に出たほうが逆に浮くだろ」
レキシも心配そうにグランを見つめる。
「グラン君、無理しないでね」
カロンもそれに続いて力強く頷く。
「もしやばそうになったら、途中で終わってもいいからな」
ニーナも優しくフォローを入れる。
「そうね、もし白けてしまっても大丈夫なように、私たちが温かく迎え入れるわ」
皆の気遣いを受けつつも、グランはこれまでで一番の緊張を抱えながら壇上へと上がった。




