第196話:ひと夏の思い出
禁忌の研究の痕跡を跡形もなく消したグランは、残りの帝国学園の生活を満喫していた。
七月に入り季節はもう夏だ。一学期ももうすぐ終わる。
この一学期の期間で、Sクラスのメンバーは帝国学園全員と模擬戦を終わらせていた。
そして授業もほとんどなく自習扱いだった。
なのでグラン達は学園長の許可を取って、帝国の皇都や観光地などを楽しんでいた。
そこには、帝国の生徒で構成される生徒会が案内としてついてきていた。
王国学園にも生徒会はあり、二年生になったときに生徒会から、四聖華や王女は全員勧誘されていたが、鍛錬の時間が無くなると言って断ったのだ。
本当は、グランと会う時間が少なくなるから、という理由だがそれはさすがに言えない。
生徒会がそれを聞いたらグランを生徒会に勧誘すると思っていた。
それにグランは勧誘されても、絶対断るとわかっていたからだ。
しかし生徒会側も、伝統で代々高位貴族が生徒会を務めていると食い下がったが、オリヴィアが生徒会に一言モノ申したのだ。
「今年から実力主義です。身分の垣根を超えて能力があるものに相応の地位を与えるべきでは?」
「それならば、王女様や四聖華様がより適任であります!」
「私たちは受けるつもりはありません。他の者たちにチャンスを与えてください」
それを聞いた生徒会の人たちは、みなものすごく落胆していたが、無理強いはできない。
しぶしぶそれを了承して、他のものに頼んだそうだ。
もし生徒会に入っていれば留学もなかっただろう。
グランはそう思いながら横を見ると、皆は帝国の壮大な景色が広がる平原を見ていた。
そう、ここはかつて勇者と魔王の決戦があったあのグラズ平原だ。
帝国の生徒たちが案内をしながら解説する。
皆はその解説を聞きながらも、以前、聖域第七層でグランの正体を知る時にヴィジョンで見た、本当の歴史を知っているからか、映像を思い出しながら、平原を歩いていた。
そして中央部の大きなクレーターの跡に着くと、皆は立ち止まりしばらくそこを見ていた。
帝国の生徒が解説する。
「このクレーターは、勇者が魔王を仕留めた時についた跡だと言われております。その凄まじい破壊力は想像を絶する威力だったと言われております。これならたとえ魔王でも耐えられなかったでしょう」
しかし、皆はグランを一斉に見る。
そう、本当は空中にいた勇者と魔王に拳骨を浴びせ、下に叩き落とした時にできた跡だ。
皆はそれを知っているため、あえてグランを見ていた。
その視線を受けたグランは居心地が悪く感じた。
しかし、帝国の生徒は事情を知らないからか、皆が一斉にグランを見ていることを不思議に思うも、特に気にはしなかった。
そしてその日は近くのホテルに泊まる。
なんと王国の留学生のために、皇帝と皇后がわざわざ手配してくれたのだ。
その為、ホテルの支配人が直々に出迎え、まるで国賓級のもてなしをしてくれていた。
皆もその手厚い歓迎に少し緊張していたが、おいしい料理などが運ばれると徐々に緊張が解かれ、帝国の生徒会の者と一緒に晩餐を楽しんだ。
そして各自に一人部屋が与えられる。
グランが自室でゆっくり休んでいると、扉がノックされる。
Sクラスの誰かと思い扉を開けると、帝国の生徒会長だった。
名はリーゼロッテ・ヴェルフェリア。
美しい金髪を縦ロールにした、帝国のヴェルフェリア公爵家のご令嬢だ。
グランとは模擬戦で戦った。公爵家らしく帝国学園でもトップクラスの実力だ。そして生徒会長を任せられるほどの人格も備えている。
「夜分遅くに失礼いたします。今は何かご予定などはございますか?」
グランは話す。
「いえ、特に予定はございません。それに私に対して敬語は不要です」
そう言うとリーゼロッテは話す。
「では、そうしましょう。あなたも敬語は不要ですよ」
グランはそう言われても、相手は公爵令嬢だ。
それにそこまで知己の仲じゃない。
それを伝えるとリーゼロッテははにかむ。
「まだ、あなたとは距離があるということですね。今はそれでもよろしいでしょう」
そう言うや否や、リーゼロッテは部屋に入ってきた。
グランは慌てて話す。
「ちょっと!公爵家の令嬢が男の部屋に二人きりになるのはまずいんじゃ」
「ここは王国と違って帝国ですよ。実力があればそんなものは些細なことです」
グランは頭を抱えた。王国とは違い、ここは帝国だ。帝国民は力がある者が何をしようとそれが正義だという節がたまにある。
シルヴィアの言っていた歪んだ実力主義というのも少し頷ける。
グランはリーゼロッテに尋ねる。
「とりあえず、用件は何だ?」
「今から少し外で散歩でもしませんか?」
「まあ、それくらいならいいよ」
「ふふっ、ありがとうございます。ではご案内いたしましょう」
グランはリーゼロッテと一緒に部屋を出て、ホテルから抜け出した。
しばらく歩いていると、前世で言うライトアップがされたグラズ平原が見えた。
グランがその美しい景色に少し目を奪われていると、リーゼロッテが話す。
「ここは夜に観光客向けで、光り輝く幻想的な景色が見られるように、魔道具を使っているのですよ」
「すごい綺麗だな。それにこれほどの数の魔道具をそろえて同時に光らせている。帝国は本当にすごいところだ」
それを聞いたリーゼロッテはグランに話す。
「下に降りることもできます。では私と一緒に参りましょう」
そう言い、グランの腕を取り絡めてくる。
グランは突然の行動にびっくりして話す。
「これはちょっとまずいんじゃないか?」
「誰も見ていなければいいのです」
リーゼロッテはそう言うと、グランを引っ張るようにグラズ平原へと降りて行った。
脳内でアンサートーカーと話す。
『マスター、また嫁を一人増やしたのですか?節操がなさすぎますね』
グランは脳内で返す。
(いや、リーゼロッテとは模擬戦をしたくらいで、普段はそんなに会話もしていなかったぞ)
アンサートーカーは話す。
『恋に落ちるのは一瞬です。それにリーゼロッテ様はセルフィリア様を除けば、実力は帝国学園で恐らくトップですよ』
グランも、彼女が確かに生徒会長らしく学園のトップとして実力も人格も申し分ないことは認めている。
だからこそ、自分にこうしてくる理由が分からない。
『大丈夫です。誰がどう見てもマスターに惚れているでしょう。このままそこの茂みに入り、愛を囁いて既成事実を作りましょう』
色ボケした相棒を無視して、グランは気になったことを尋ねる。
「そういえば、それほどの実力があるのに、親善試合には出なかったよな?」
リーゼロッテは答える。
「私は学園代表を辞退しましたので」
グランがそれは何故かと聞くと、彼女は少し考えるように口を閉ざすが、やがて決心したかのように話す。
「あなたが学園代表に選ばれないという事実を知ったからです」
グランはそれを聞いて尋ねる。
「なぜ俺が出ないということが、代表を辞退することになるんだ?」
「あなたに会えないのなら、意味がないと思ったので」
それを聞いたグランも、流石にそこまで鈍くはない。
明確に好意を持たれていると思ったからだ。
ただ、勘違いならとても恥ずかしい。
グランは恐る恐るリーゼロッテに質問する。
「えっと、俺の勘違いならいいんだけど……俺に好意を持っているの?」
「ええ、お慕いしていますよ。セルフィリア様の漆黒の魔剣を折ったあの衝撃的な日から、異性はあなたしか見えていません」
グランはその真っ直ぐな想いに少し面食らう。
「ちなみになんで?」
「単純に強いということもありますが、あの時の交流会でも驕らず謙虚にしていました。そしてセルフィリア様と踊った時も素晴らしかった。王国の平民がここまでできるなんて、と衝撃を受けましたね」
アンサートーカーが脳内で言う。
『確かにあの時は嫉妬と憎悪、羨望の視線が多かったですが、一部マスターに対して好意を持った異性も何人かいましたね』
今更ながらの報告だった。
グランはリーゼロッテの気持ちを純粋に嬉しく思うが、もうすぐ自分たちは王国に帰る。
なら今ここでちゃんと断って、この子には先に進んでほしいと思いリーゼロッテに話した。
「気持ちはとても嬉しい。帝国の由緒ある公爵令嬢からの好意だ。だが俺は王国の平民だ。それに、大切だと思っている人たちが何人もいる」
「ええ、存じております」
リーゼロッテはグランの次の言葉を待つ。
「だから、君の気持ちには応えられない。すまない」
「ええ、わかっていました。でも今は私だけを見てください」
そう言うとリーゼロッテは腕に力を入れ、グランに体を寄せて幻想的にライトアップされた平原を歩き出す。
まるで今しかないこの瞬間を噛み締めるような足取りだった。
ゆっくりと終わりを引き延ばすような足取りで歩きながらも、彼女はグランに体をくっつけている。
グランもそれ以上は拒絶せず、そのまま静かに歩いていた。
しばらく歩いていると、不意に声を掛けられた。
なんとマルクとレキシ、カロンとニーナだった。
それに帝国の生徒会役員も何人か同行している。
彼らはグランとリーゼロッテの姿を見て驚愕した。
マルクたちはグランを呆れるような視線で見つめ、帝国の生徒会役員たちはみなリーゼロッテを凝視して信じられないような顔をしていた。
そして帝国の生徒会副会長がリーゼロッテに話しかける。
「生徒会長。これをセルフィリア様に見られたら、大変なことが起こるのではないでしょうか?」
しかしリーゼロッテは堂々と答える。
「私が誰と逢瀬を楽しもうと、そこは皇族の方には関係ないはずです」
グランは少し離れてマルクたちと話をしていた。
「グラン!お前何考えているんだ!」
「そうよグラン君。こんなところ見られたら、四聖華様や王女様、それに皇女様にだって何を言われるかわからないわよ」
「おいおいグラン。モテるのは構わないが節操はちゃんとしないと」
「グラン君、もうすぐ私たちは王国に帰っちゃうのよ?それなのにそういうことしちゃったら、リーゼロッテ様にも悪いでしょ」
グランはそれを聞いて慌てて弁解する。
「い、いや初めはそんなつもりじゃなかったんだ。ちょっと流れで……」
マルクたちはグランのその言葉を聞いて呆れ果てる。
しかし、そこへリーゼロッテが割って入った。
「王国の皆さま。グラン様は何も悪くありません。先ほどもお断りの返事をいただいております。だからこの平原から出るまでは楽しんでいるだけです」
その言葉を聞いた4人もグランを見て話す。
「まあリーゼロッテ様がここまでおっしゃっているならもう何も言わないけど。だからといってお前は女性に責任を負わすようなこともしないだろ?」
「……そうだな」
「じゃあ、殴られるくらいは覚悟しておかないとな!」
「それは、まあできればやめてほしいかな……」
「グラン君。それはちょっと都合がよすぎるわね」
「痛いのは嫌なんだよ!」
「何を言ってるんだ?別に痛くないだろ」
「そういうわけじゃなくてだな……」
「グラン君、諦めて受け入れなさい」
そう会話してしばらくすると、彼らは一緒に回ることとなった。
皆幻想的な景色の中、それぞれが逢瀬を楽しんでいた。
そうしてグラズ平原のライトアップのコースを一回りし、終わりも近づいた頃だった。
平原のコースの出入口付近で突如として叫び声が上がった。
「「「ああああああああ!」」」
声の主は四聖華、王女、皇女、そしてベアトリクスだった。
グランとリーゼロッテが仲睦まじく腕を組んで歩いている姿を確認した七人は、一斉にグランたちへと向かってくる。
グランはそれを見てまずいと思いながらも、リーゼロッテを守るように前に立って手をかざした。
そしてグランは必死に訴えかける。
「殴るなら俺を殴れ。だが、リーゼロッテには手を出すな」
それを聞いた七人はさらに怒髪天を衝く勢いになる。
「グラン!浮気なんて最低ね!いいわ、顔の形が変わるくらい殴ってあげる!」
セルフィリアを筆頭に指をボキボキと鳴らし始めた七人が、グランに一斉に飛びかかろうとしたその時、リーゼロッテがグランを守るように前に出た。
「皆様方、少し落ち着きなさいませ。私は確かにグラン様に好意を持っています。しかし先ほど、私は明確にお断りの返事をいただきました。だからせめて、この平原だけでも逢瀬を楽しませてくださいと私からお願いしたのです。心優しいグラン様ならそうするのも頷けますよね?」
そう言われると、七人は確かにグランならそうするだろうと納得せざるを得なかった。
そしてリーゼロッテは言葉を続ける。
「そこに付け込んだのは私です。ですので、殴るなら私を殴ってください」
グランはそこでさらに前に出て話す。
「いや、俺がちゃんと断ってホテルに帰ることもできたんだ。そこは君だけのせいじゃない」
そう言ってリーゼロッテを制し、グランは七人の前に出た。
「さあ、場所を変えよう」
そう言われると、七人は少し頭が冷えたのか遠慮がちになる。
セルフィリアが腕を組んで話す。
「そうね、まああなたはモテるから仕方がないわね。実力主義の帝国なら尚更ね」
そしてリーゼロッテを見て、静かに話す。
「私の恋仲とわかってて唾つけるなんて、いい度胸しているわね。今回はその度胸と、そして断られたということに免じて、私からは何もしないわ」
そう言われてリーゼロッテが深々と頭を下げる。
「ご理解いただき感謝いたします」
そう言ってリーゼロッテはグランに向き直ると、抱きついて不意に彼の口へとキスをした。
その光景に七人は、先ほどとは比べ物にならないくらい絶叫する。
「「「あああああああああああああ!」」」
グランは突然キスをされたことに固まってしまう。
「……ひと夏の思い出が出来ました」
リーゼロッテはそう言うと、今までの毅然とした態度とは打って変わり、顔を真っ赤にして惚気ながらホテルへと走って帰って行った。
全員がしばらく呆気にとられていたが、我に返った七人はすぐさまグランに詰め寄る。
そしてルヴィリスがグランの腕を取り絡ませて話す。
「とりあえず場所を変えましょうか」
そう凄まれ、グランは七人に囲まれながら再びグラズ平原へと連行されて行った。
マルクたちや帝国の生徒会役員たちはその一部始終を見て唖然としていたが、やがて気を取り直して各自で語り合った。
「とても幻想的でいい景色でした。留学して大変素敵な思い出となりました」
「それならばよかった。あなたたちにはかなりお世話になりましたので、これくらいでは足りないと思っています」
「また素敵な場所に案内してくださいね」
「ええ、こちらこそよろしくお願いいたします」
そう言ってマルクたちと、帝国の生徒会はまるで何も見ていないかのような態度でホテルへと足を運んで行った。
グランが平原から帰ってきたのは早朝だった。
殴られたような跡はなく、顔も腫れていなかったが、なぜかボロボロになり、かなり疲れたようすだった。
対照的に四聖華や王女と皇女、ベアトリクスは活力がみなぎっているのか、とても肌がつやつやしていた。
何が起こったかは八人だけが知るのみ。
『皆さん、もう少しで既成事実が作れますね』
「勘弁してくれ……」




