第192話:尊き血を引くもの
ヴェルシュタット公爵家に生まれた俺は、物心がついた時にはすでに他人とは違う感覚を持っていた。
何かに触れられるような感覚があり、いつしかそれがはっきりと感じられるようになったのだ。
それがアカシックレコードだと知った時は、帝国学園の高等部にいたころだった。
俺は公爵家の血筋もあり、勉強と戦闘もそれなりにできていた。
そしてそのまま帝国学園の初等部に入学する。
実力主義のこの国では、公爵家出身だろうが弱ければ意味がない。
幸い、俺は公爵家の人間としてそれなりに強かったため、他の下位貴族や取り巻きたちは俺に従っていた。
しかし、中等部に入ってしばらくすると、父から公爵家の秘密を聞くことになる。
ヴェルシュタット公爵家は皇帝の血も引いているが、実は旧聖王国の王であったアレクシアの血も引いているというのだ。
「アレクシアの血族はみな死んだはずでは?」
俺は驚いて父に尋ねた。
この大陸の歴史上、それが当たり前だと伝えられているからだ。
しかし父は、今から言うことは代々の公爵家当主のみが知る事実だと告げた。
俺はその言葉に息をのみ、父の言葉を待つ。
「聖王アレクシアには子供が何人かいた。そのうちの一人が難を逃れ、身を隠していたのだ。そして我が先祖が哀れに思い秘密裏に保護し、その者の血を引くものと結ばれたのだ」
俺はその話を聞いたことを激しく後悔した。
聖王アレクシアとは、今でいう暗愚の極みとまで言われた最悪の王だからだ。
そんな奴の血を引いているというのか。
これがバレれば、今の俺のこの地位は根元から崩れ去ってしまう。
そう思った俺は、そこから皆の視線に敏感になってしまった。
いつこの秘密がバレるのかと、常にひやひやしていたのだ。
後になって気づいたが、俺が言わない限りバレることはないのだが、あの時はまだ中等部で多感な時期だった。
そういう考えに至るまでには時間がかかった。
転機が訪れたのは学園高等部の時、王国の第一王子、後の王太子が留学してきたときだった。
王国は貴族至上主義だと聞いていたため、初めは身分だけが高い実力のない奴だと思っていたが、そいつは王族らしく、そこそこ出来る奴だった。
そして何度か話していると、どうもこいつは俺と気が合うような感じがした。
そしてある日、不意にこう言われたのだ。
「君は星の記録を見られるようだね」
何だこいつはと思ったが、話を続けていると、俺が感じていたあれは、アカシックレコードだという。
様々な事象や未来を知ることができるというのだ。
それを聞いた俺は歓喜した。
言い換えるならまさに未来予知、それができるなら、この先の事柄に先手を打って巨万の富を得ることも、絶対的な権力も手にすることができる。
まさに神から授かった、自分だけの権能だ。
これなら、たとえアレクシアの血を引いていることがバレても、何も怖くない。
第一王子は話を続ける。
その力は選ばれた者にしか現れない。
彼は俺のことを、女神から選ばれた存在だと言い、これはアレクシアと同じだと言うのだ。
アレクシアの名前が出た時、俺は警戒した。
しかし第一王子が発した言葉に、俺は耳を疑った。
「聖王アレクシア様は、それはそれは素晴らしい賢王だった。あの方はまさに王の中の王だ」
こいつはいかれているのかと思った。
事実、アレクシアが裏でした悪事は聖王国が滅びた時に、すべて明るみに出たからだ。
まさに自分以外の人間を人と思っていない傲慢な王であり、弱者を切り捨て、強者を自身の権能を笠に着て意のままに操る暴君。
そして勇者たちの力を大陸完全制覇という私利私欲に利用するため、神の権能を使ったことは、この大陸のすべての人間が知っていることだ。
俺は、この馬鹿な発言をした第一王子に向かって真剣に話した。
「アリウス・ファリス第一王子よ、そなた、その発言の重みを知らぬわけではなかろう」
アリウスは話す。
「聖王アレクシア様の評価か? あれは後世の歴史家が脚色しただけだ。それに権能で勇者ライキスを指名し、見事魔王と魔族を討ち果たしたのだ。功績は勇者とその仲間になっているが、そもそも権能を使い勇者たちを導いたのはアレクシア様だぞ。それを勘違いして反旗を翻し、聖王国を滅ぼしたのだ」
それを聞いた俺は、なぜかその言葉に強く引き寄せられた。
「よく考えてみたまえ。魔王や魔族は我々人間を滅ぼそうとしていたのだぞ。しかも言い伝えでは、魔族は凄まじい強さだったと聞く。歴代の勇者たちが何百年も戦って敵わなかった魔王を、アレクシア様がライキスの素質を見抜き勇者に抜擢したのだ。その先見の明は計り知れない」
そう言われると、なぜか妙な納得感が湧き始めた。
俺がしばらく黙り込んで考えていると、アリウスはさらに言葉を続ける。
「それに話は変わるが、私は王国の者だからわかるが、ここの帝国の実力主義は確かに素晴らしい。だが、一介の平民が力が強いだけで頭角を現し、教養や高潔な思想もないまま貴族にまでなってしまうなど嘆かわしい。平民と貴族には、血筋の尊さも含めて超えられない一線があるのだ。勇者とはいえ、平民は弁えて大人しく貴族に仕え、せいぜい国家のために役に立てばいい」
それを聞いた俺は、王国の貴族至上主義を堂々と語るアリウスに、少し共感を抱いていた。
確かに強さですべてが決まるなら、貴族などいらない。
それに、正しいことを言っても、力で押さえつけられてしまえば何も言い返せない。
あの皇后が最もたる例だ。
王国も帝国も形が違うだけで、結局は強者が弱者を押さえつけているのが現状だ。
俺は、こいつの言うことが分かってきたような気がした。
それからというもの、俺は第一王子と一緒につるむようになった。
他国の王族と公爵家の者が一緒にいることは、何の不自然もなかった。
むしろ身分相応の付き合いだと言える。
アリウスの話は、アレクシアの血を引く俺にとってすごく耳心地のいい話だった。
そうしているうちに、俺はアリウスに信頼を寄せるようになり、自身の秘密を打ち明けた。
そう、自分がアレクシアの血を引いているということだ。
それを聞いた第一王子は、なんと俺に片膝をつき敬意を表したのだ。
「尊き血を受け継ぐ者に出会えて、私は光栄です」
他国の王族が俺に膝をついた。
この何とも言えない高揚感が俺を奮い立たせた。
(そうだ、俺は選ばれた権能を持つ神の遣いだ。この大陸で一番尊き存在なのだ)
そう思った俺は、目の前で膝をついている第一王子に対して不遜な態度で話す。
「よい。今はこのような身分の立場だから、お互いの為にも今まで通りにしてくれ」
そう言うと、第一王子はにこりと微笑んで手を差し出した。
俺はその手を握り、これからも友誼を結ぶことを固く約束し合った。
そして高等部を卒業したころ、俺は感じていたアカシックレコードに直接触れられるような感覚を覚えた。
そして慎重にそれに触れようとすると、一つの事象が目に飛び込んできた。
そこには、公爵領に住むある領民の一人の運命が書き記されていたのだ。
俺は人を使って、その領民のことを調べさせた。
すると、アカシックレコードに記されていた通りの人生を歩んでいることがはっきりと確認できた。
俺は、他人の人生の記録をこの目で見ることができるようになっていたのだ。
それに味を占めた俺は、次々といろいろな人間の人生を見るようになった。
ただ、好きに見れるような便利なものではなく、例えるなら何の順番もなく無造作に束ねられた、何万ページもある本をめくっていくような感覚だった。
しかし、俺はついに父の人生の記録を見ることができた。
すると、そこに一つ気になる記述があった。
『禁忌の研究により、女神の遣いに殺される』
それを見た時、俺は衝撃を受けた。
女神の遣い……それは俺のことだ。俺が父を殺すというのか。
その運命を知った日は、あまりの衝撃で夜も眠ることができなかった。
父に関しては、もともとそれほど尊敬はしていなかった。
あの父は自分が帝国の正統な後継者だと、常日頃から口にしていたからだ。
皇后のような力だけの馬鹿は、帝国の上位にはふさわしくないとまで言っていた。
俺はその言葉を最初に聞いたとき、皇后の逆鱗に触れて領地を滅ぼされるのではないかと危惧していた。
だが、結局皇后は特に何もしなかった。
しかし、帝国の正統な後継者という言葉の意味は確かにわかる。
そう、それは皇族の遠縁で、聖王アレクシアの血を色濃く引く俺のことだ。
この権能に目覚めた俺なら、帝国をより発展させることも可能だ。
そうか、やっとわかった。
俺が父を殺して公爵になった後、今の皇族を滅ぼして俺自身が皇帝になるという運命なのだ。
すべてが一本の線で繋がった。
なら、やることは簡単だ。
来るべき時に備え、自身の力を高める。
そこで、俺はこの父の『禁忌の研究』というものを利用しようと考えた。
だが、調べようにも父のガードは凄まじく、全く隙を見せなかった。
アカシックレコードにも『禁忌の研究』としか見ることができなかった。
それが余計に俺の関心を強く惹きつけた。
そしてある日、父の身近な部下のアカシックレコードを見ると、そいつが近々事故死することが分かった。
俺はそいつに助言をしてやった。
そいつは初め俺を疑っていたが、言われた通りに帰り道を変えて帰宅した。
すると数日後、そいつは真っ先に俺のところへ来てひざまずき、深く感謝を述べてきた。
曰く、いつも通っている道で馬車同士の事故が起こり、多数のけが人や死人が出たという。
その事故の話は、俺も昨日の夜に聞いたばかりだった。
そいつは自分がいつも通る時間帯であった事故なので、もし普段通りに帰っていれば、確実に巻き込まれていたと言った。
俺が「そうか、よかったな」とねぎらうと、奴は身を震わせて言った。
「私はあなたに命を助けられました。これからはあなた様にも忠誠を誓います」
これは思った以上の収穫だと思い、俺はその言葉を鷹揚に受け入れた。
そしてそいつは父にもともと冷遇されていたのか、少し金を渡すとすぐに俺の手駒となり、父の研究の詳細を少しずつ教えてくれるようになったのだ。
そいつが言うには、人間に魔物の因子と魔素を注入し、凄まじい力を持った改造兵士として作り変え、それを制御する研究をしているとのことだった。
口頭でしか聞いていないが、強さで言えばこの国でもトップクラスになるくらいの実力らしい。
しかも、それが意のままに操れるというのだ。
俺はすぐに自分も同じように研究をしようと思い立ち、父には内緒で領地の一角を使って研究を始めた。
父とは違い、研究費などはアカシックレコードを見ればいくらでも稼げた。
もちろん、派手には稼がず細心の注意を払い、研究も完璧に隠し通した。
一度、俺の金回りの良さに父が気づき、俺を突こうとしてきたことがあった。
だが、俺が父の偽造報告の箇所を正確に言い当てると、父はそれ以上何も言ってこなくなった。
なぜ知っているのかというと、父が度重なる増税を領民に課し、それを偽造して国に報告していることを、俺はアカシックレコードですでに知っていたからだ。
それは、俺がいつでも皇帝に告訴できるという事実を突きつけたからだ。
それから父は俺に対して色々と思うところがあったようだが、何も手出しはできなかった。
その間にも俺はアカシックレコードを使って、屋敷の人間の弱みや欲を見抜き、それを利した結果、すでに大半の人心を掌握していたからだ。
ヴェルシュタット公爵家は実質的に俺のものとなるのも時間の問題だった。




