第191話:理外の者たち
息を殺し、グランは薄暗い地下への階段を慎重に下りていく。
アンサートーカーも今までとは違い、常にスキャンをフル稼働させ警戒を高めていた。
すると、不意にアンサートーカーから警告が発せられた。
『マスター、下から誰か上がってくるようです』
(ちっ! 隠れられる場所がない!)
一本道の階段に、身を潜める場所はない。
『マスター、速やかに処分しましょう』
(相手は人間か?)
『はい、研究者の一人です。どうやら帰るところのようです』
(なら、あれを使う)
グランは極限まで気配を殺した。
足元の階段に視線を落としながら上ってくる研究員は、こちらに全く気づいていない。
間合いに入った瞬間、グランは神速で踏み込んだ。
(『魔導無音殺』)
一切音を立てず相手の急所を打ち抜く、暗殺特化のオリジナル技だ。
今後こういう場面が増えると見越し、グランが密かに開発していたものである。
研究員は声一つ上げることなく、音もなく崩れ落ちた。
グランはすぐに『ヴィジョン』で研究員の記憶を読み取る。
『詳細確認。マスター、先ほどスキャンを弾いた存在は公爵家の嫡男のようです』
(そうか。ひとまず情報は得たな。だが引き続き警戒を緩めるな)
グランは階段を降り切り、地下施設の奥へと歩みを進める。
道中で遭遇した研究員は一人残らず処分し、その都度ヴィジョンで記憶を確認して内部情報を蓄積していった。
その結果、特待クラスの生徒たちが別室に隔離されていることが判明する。
(先に特待クラスを保護したほうがいいか?)
『どうでしょう。あの公爵家嫡男という不確定要素がまだ払拭できていません。仮に一度転移で離脱した場合、再びこの深部へ戻ってこれる確証がありません。……ここまで情報を得られないことが、これほど歯がゆいとは思いませんでした』
いつも冷静なアンサートーカーの珍しい言葉に、グランは事態の異常さを改めて実感した。
(先に場所だけ確認しよう。前と同じように結界と睡眠魔法でおとなしくしてもらう。いざという時はすぐに転移で逃げられるよう、準備だけ整えておいてくれ)
『かしこまりました』
アンサートーカーが即座に転移魔法の術式を待機状態にする。
やがて特待クラスの生徒たちがいる部屋の前に辿り着いた。
(スキャンを頼む)
『スキャン完了。中に監視の類はついていません』
(よし。なら部屋に入った瞬間に睡眠魔法と結界を張る)
グランが音もなく扉を開けると、冷たい床で眠らされている特待クラスの生徒たちの姿があった。
すかさず魔法を発動し、アンサートーカーの確認を経て、全員が完全な睡眠と結界下に入ったことを確信する。
(詳細を教えてくれ)
『女三人です。それぞれ鬼人種、虎人種、兎人種。ステータスは親善試合に出たあの七人よりも遥かに強力です』
(なら、なぜ親善試合に出なかったんだ?)
『力が強すぎて制御ができていなかったようです。……マスター、こうして至近距離でスキャンが通ったことで、以前アカシックレコード上で見つけられなかった理由が判明しました』
(理由はなんだ?)
『この者たちのアカシックレコードの記述が、意図的に隠蔽されています。これはマスターの持つ能力と同等のものです』
グランは驚愕に目を見開いた。
グランとアンサートーカーと同じく、アカシックレコードにアクセスすることができるということだ。
今まで戦ってきた敵とは次元が違う。
自分と同じく、世界の理から外れたものがこの事件に関わっている。
(……本気を出さないと勝てない相手だな)
『同感です』
アンサートーカーも演算能力をフルパワーへと引き上げた。
(残りの亜人の詳細を確認したい。入り口を守っていた四人も、アカシックレコードが隠蔽されていたのか?)
『いえ、あの者たちはごく最近亜人化させられたようです。以前調べた時点ではまだ亜人化していなかったため、引っかからなかっただけです』
(なら残りの亜人は三人だけだな。そいつらも最近亜人化したのか?)
『そのようです。地上にいた者たちと違い狼人種です。上にいた犬人種よりも能力が高いです。現在は最奥の部屋で公爵家嫡男の警護をしています』
(わかった。じゃあ行くぞ)
グランは特待クラスの部屋を後にし、アンサートーカーのナビに従って最深部へと慎重に進む。
道すがら、研究資料や魔道具、装置などはすべて収納魔法へと放り込んでいった。
そしていよいよ重厚な扉に閉ざされた最奥の部屋へと辿り着く。
『スキャン完了。部屋の中に四人。公爵家嫡男と亜人が三人です。どうしますか?』
(部屋に入った瞬間に睡眠魔法と麻痺をぶち込む。亜人はそれで無力化できるだろう。問題はあの嫡男だ。本当に読めない)
するとアンサートーカーから予期せぬ提案があった。
『マスター、可能であれば嫡男に直接触れてください』
(なぜだ?)
『直接触れることで魔力を直に流し込み、解析を使います』
(それで詳細がわかるのか?)
『解析なら恐らくわかります。ただしこれで解析が通らなければ、対象はマスターより高次元の存在ということになります。その場合は即座に撤退してください』
(そうだな。俺が死んでは元も子もない。そうなれば特待クラスの生徒たちは諦めるしかなくなる)
グランはそう覚悟を決め、扉の前に立つ。
(アンサートーカー、準備はいいか?)
『いつでもどうぞ』
グランは魔力を極限まで練り上げ、全身に強烈な身体強化を施す。
そして次の瞬間、重厚な扉を蹴り破り、最奥の部屋へと突入した。
(屠殺の時間だゴルァァァァァ!)
グランの心の叫びと共に、強力な睡眠と麻痺の魔法が一斉に放たれる。
亜人の三人はすぐに昏倒し、その場に崩れ落ちた。
そして残った嫡男にも睡眠と麻痺が効いたのか、そのまま倒れ伏せる。
グランはすぐには近づかず、慎重に歩を進めた。
全員が動かないことを確認してから、公爵嫡男に触れて解析を使う。
(どうだ? アンサートーカー)
『解析完了。この者はこの世界のものですが、魂が輪廻を外れております』
(なんだと、原因はわかるか?)
『少しお待ちを……』
アンサートーカーが演算をフルスピードでこなしている間、グランは絶えず警戒を怠らない。
いつ起きても即座に叩きのめせるよう、常に臨戦態勢を維持していた。
『原因判明。アカシックレコードにアクセスをし過ぎた結果、その負荷に耐えられず魂が輪廻を外れてしまいました。そして、この者は三百年前に滅んだ聖王国ファリオンの聖王アレクシアの血筋の者です』
(そうなのか? なら転生者の血を引いているということか)
『はい、そうです。皇后と同じような隔世遺伝ということですね』
(だが、転生者の血を引くアレクシアの権能は勇者の指名だったはずだぞ)
『推測になりますが、隔世遺伝により権能が変化したのでしょう。アレクシアの権能も元々、勇者として指名すればアカシックレコードに強制的に勇者と書き込めるものでしたので』
(そういうことか。ならこいつの権能は?)
『アカシックレコードを見ることと隠蔽できるだけですね。存在を隠蔽することはできますが、数値そのものをいじったりすることはできないようです』
(なら思ったより脅威ではないな。ただ、アカシックレコードの権能を持つ者は放置できない。今すぐとどめを刺そう)
グランはそう言うと右腕に魔力の刃を纏わせ、公爵嫡男の胸に深々と突き刺した。
『絶命確認。魂も輪廻から外れていたため、そのまま消滅しました』
(よし、念には念を入れてヴィジョンで記憶も調べよう)
ヴィジョンを使いアンサートーカーに調べさせると、意外な情報が浮かび上がった。
『どうやらヴェルシュタット公爵とは仲が悪かったようです。公爵の地位をずっと狙っていたようですね』
(よくある話だな。くだらん家督争いに亜人を使うなど言語道断だ)
『記憶をすべて調べましたが、これで亜人の研究を知る者はシルヴィア様以外いなくなりましたね』
(……そうか)
『シルヴィア様も処分するのですか?』
(それに関しては一度あいつと話し合おう。ここは跡形もなく消し飛ばす。その前に残りの三人を凪の里に連れ出そう)
『他の亜人たちはどうしますか?』
(一旦保護する。……それにしても、亜人化した人間は全員女なのだな。何か理由でもあるのか?)
『どうやら、性的な趣向もあったみたいです』
(……くそ外道どもが!)
グランは怒りを押し殺しながら、眠っている三人の狼人種と別室の特待クラスの三人を入り口付近まで運んだ。
そして入り口を守っていた四人の犬人種を地下施設の中に入れ、重厚な扉を閉める。
再度睡眠魔法を重ねがけして起きないようにすると、グランは施設内をくまなく探し、残っていた研究資料と魔道具、装置をすべて回収した。
そして地下研究施設に時限式の爆破魔法をふんだんに配置していく。
屋敷に残っている人がいるか確認したが、暴動の影響ですでに誰もいなくなっているようだった。
『マスター、準備完了。いつでもいけます』
(よし。時限式の爆破魔法をセット。二分後に爆破する)
『了解。凪の里への転移門を開きます。カウント開始』
ゲートが開くと、グランはすぐに亜人たち十人をゲートへと次々に放り込んでいく。
そして最後に自身もゲートをくぐり、閉じた。
ヴェルシュタット公爵領の屋敷が轟音を上げ爆発し、跡形もなく消え去る。
こうして、ヴェルシュタット公爵家は、親子ともども不相応な野望を抱いたことで、己の手によって自ら滅びた。
グランが凪の里に到着すると、特待クラスの七人が走り寄ってきた。
しかし一緒に連れてきた眠っている亜人たちを見て、七人はぴたりと足を止めて固まる。
グランは、やはり顔は知っているんだなと思っていると、魔人種の金髪の少女が、たどたどしい言葉で口を開いた。
「このこたち、わるいひとたちにいじめられてた」
その言葉を聞いたグランの中に、怒りが静かに湧き上がる。
しかしそれを感じ取った七人は、一斉にビクッと肩を震わせた。
グランは七人に向かって済まないと告げると、七人は揃って首を振った。
(ここまで言葉が分かるようになったのか)
グランが感動していると、アンサートーカーが話しかけてきた。
『マスター、とりあえず首輪を外し、姿かたちを元に戻す魔法をかけましょう』
(そうだな。解析)
『解析完了。構造把握。先ほども解析しましたが、細部は違いますが基本構造は同じです』
(よし、じゃあ首輪を解除しよう)
グランは眠っている十人の首輪を一人ずつ丁寧に外していき、そして異形化した十人に魔法をかけ、強制的に元の姿へと戻していった。
続いて特待クラスの七人が着けているものと同じ、浄化魔法が内蔵されたチョーカーを人数分作り上げる。
グランが一人ずつ取り付けていると、特待クラスの七人がそれに気づいて、チョーカーをつける手伝いをしてくれた。
グランはその姿を見て、ほほえましく思うのだった。




