第186話:皇宮での晩餐
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馬車に揺られた一行は皇宮に到着する。
門番が皇后の姿を確認するや否や、慌てて直立不動で敬礼をした。
皇后は勢いよく馬車から降りると、ご機嫌に鼻歌を歌いながらスキップして先頭を歩いていく。
セルフィリアとシルヴィアもその後ろを早歩きでついて行く。
グランは一番後ろで体を丸めながら、極力目立たぬようにそっとついていった。
しかし、皇宮の中へ入るなりグランは使用人たちに連行され、浴場で身を清められたのち、持ってきた学生服から立派な礼服へと着替えさせられてしまった。
案内された客室で一人待っていると、控えめに扉がノックされる。
グランが返事をすると、美しいドレスを着飾ったセルフィリアが入ってきた。
「グラン、ごめんね。急にこんなことになっちゃって」
グランは苦笑いしながら口を開く。
「これって、完全に外堀を埋められてるのか?」
そう問うと、セルフィリアは少し頬を赤らめながらも首を振った。
「晩餐を提案したのはお姉ちゃんなの。こうなったら、お父様に直接お母様を押し付けるしかないと思ったからなの」
グランはそれを聞いて呆れたように返す。
「押し付けるって……実の親への扱いがちょっとひどくないか?」
そう言われて、セルフィリアは深いため息をつく。
「グランはお母様のことを、何もわかっていないからそう言えるのよ。さっきの馬車でのやり取り、どこか違和感を感じなかった?」
グランはそう言われて、先ほどのやり取りを思い出す。
ただ、皇后の存在自体が、グランの前世の理屈からイレギュラーすぎるので、どれが違和感なのか思いつかなかった。
そうして思い返していると、ある場面でシルヴィアとセルフィリアが慌てていたことを思い出す。
「たしか、平民が皇帝一族と一緒に晩餐なんか取れないって俺が言ったとき、『それは誰が言ったの?』って聞かれた時だよな」
セルフィリアはそれを聞いて重々しく頷く。
「もしあの時、例えば『帝国の貴族がそう言っていた』なんて答えれば、どうなったと思う?」
グランは少し考えて答える。
「皇后の権限で、そんなこと言うなってお触れでも出すんじゃないの?」
セルフィリアは再び深いため息をついた。
「それで終わればいいけど、お母様は『帝国の貴族』って言われたら、本当に帝国全土の貴族の家を一軒一軒訪ねて、『あなたがそんなこと言ったの?』って直接聞きに行くのよ」
グランはそれを聞いて目を丸くする。
「嘘だろ……」
しかし、セルフィリアは冗談ではないとばかりに真剣な顔で話を続ける。
「本当よ。実際、私が生まれる前に一度似たようなことがあったらしいの。『皇后は皇宮でおとなしく社交界でも仕切ればいい』って陰口を聞いて、『誰が言ったの?』って聞き回って……実際に言っていたある高位貴族の名前が出た途端、単身でその領地まで乗り込んでいったわ。」
そしてため息をつきながら話を続ける。
「はじめはその高位貴族も『たかが皇后が』と高をくくってたみたいだけど、お母様が『私を認めて!』と言って、あろうことか相手の屋敷や領地を物理的に破壊し尽くしたの。止めようとした領地の兵士にも甚大な被害が出てそれで最終的に、向こうの高位貴族が泣きながら『発言を取り消します!』って土下座したそうよ」
それを聞いて、グランはたまらず頭を抱えた。
「そのお母様は、ずいぶんと大変純粋な方なのだな……」
「純粋というより、強さに全振りした結果ね。自分が納得して相手が認めるまで、力ずくで駄々をこねるのよ。それが帝国最強の武力を持ってるから始末に負えないの。お母様自身のことは大好きだけど、この性格だけはどうしようもないわ」
そしてセルフィリアは遠い目をしながらつぶやく。
「だから帝国全土の共通認識として、みんなこう言うの。『皇后だけは絶対に怒らせるな』って」
グランはそれを聞いて、さらに深く頭を抱え込んだ。
(ということは、もし俺がセルフィリアを選ばなかったら、俺が皇后に殺されるのが確定ってことか……)
グランの顔色が青ざめていくのを察して、セルフィリアがフォローを入れる。
「お姉ちゃんが私に今日の晩餐で、グランと私の関係を上手く話したほうがいいって。だからあとでお姉ちゃんと打ち合わせするの。さすがにお姉ちゃんも、お母様とグランが本気で殺し合いなんか始めたら、帝国どころか大陸が消し飛ぶと思っているようだから」
グランはそれを聞いて、どうかこの晩餐が無事に終わってくれと心の底から願った。
そして時間が訪れ、グランたちは皇宮の豪奢な饗宴の間へと移動し、運命の食事の席に着くことになる。
席に着くと、目の前には皇帝が鎮座しており、グランを見て口を開いた。
「よく来たな。我がこの国の皇帝、ゲオルグ・グロリアスだ」
グランは先にあいさつされたことに驚きつつも、そのまま膝をつき礼をしようとするが、皇帝に止められる。
「よい、礼など無用だ。さあ、名前を聞かせてくれ」
「ファリス王国立メルティアス魔導学園三年生、グラン・グラニアスと申します」
「うむ。此度は我が皇族の晩餐へようこそ。歓迎するぞ」
グランはそう言われ、メイドに案内されて席に座る。
席順は皇帝を中心に、皇帝の右手に皇后、左手に第一皇女シルヴィア、そして皇后の隣に第二皇女セルフィリア、その隣がグランとなった。
セルフィリアの隣になったのは、シルヴィアが気を利かせたのだろう。
そして豪華な食事が運び込まれ、皆が食事を始める。
グランは不思議に思った。
(毒見とかないのか?)
アンサートーカーが脳内で答える。
『皆さん、相応の毒耐性をお持ちのようです』
(なるほど、さすが帝国の皇族一家だな)
そしてグランが前世のテーブルマナーを駆使して、何とか粗相なく食事をしていると、皇帝がグランを見て感心したように話す。
「王国の平民と聞いていたが、しっかりとした作法が身についているのだな」
それを聞いたセルフィリアがフォローを入れる。
「お父様、グランは王国では、高位貴族の誕生日会などに呼ばれたりするから、マナーを身に着けているの」
皇帝は興味を持ったように頷く。
「ほう、あの貴族至上主義の国で高位貴族と懇意にしているのか」
グランはそれに対して、無難に答える。
「皆様には、何かとお世話になっております」
すると、シルヴィアも口を挟む。
「王国では侯爵令嬢や王女とも懇意にしているようですよ」
それを聞いた皇后が首を傾げた。
「ん? グラン君はセルフィリアちゃんの彼氏じゃないの?」
グランは慌てて答えようとするが、セルフィリアが目配せをして制した。
そしてセルフィリアが自ら答える。
「お母様も戦ったからわかるでしょ? 強いからね、グランはモテるの。もともと私が親善試合で初めて会ったのだけど、その前から王国で仲のいい女の子たちがいて、そこに私が後から入ったのよ」
「そういうことなのね。セルフィリアちゃん、がんばってね!」
シルヴィアはそれを見て、ひそかに安堵の息を漏らす。
これで、仮にグランがセルフィリアを選ばなかったとしても、皇后とグランが戦うという最悪の事態は避けられたと思い、少し肩の力が抜けた。
皇帝もその意図を知ってか知らずか、皇后に向かって優しく諭す。
「娘の恋は静かに見守るのが、親としての役目だからな」
「そうね!」
皇后は元気に返事をして、食事の続きを始めた。
その後は学園生活のことを聞かれ、王国学園での出来事や帝国での留学中の話などをして、晩餐は終始和やかな雰囲気で進んだ。
そして会話の中で、グランは皇帝一家の家族構成を知ることになる。
皇帝と皇后の間には、子供が三人いるらしい。
シルヴィアの上にもう一人、男子がいるようだ。
直系の嫡男だが、今は武者修行ということで各地を放浪し、強者と相まみえて鍛錬しているのだという。
セルフィリアはもともとその兄の影響を受け、卒業すれば自分も各地を放浪して強くなろうとしていたらしい。
皇帝が兄について語る。
「そろそろ戻ってくるはずだ。セルフィリアと違って、あいつは皇族という立場をわかっているからな。帰ってきたら将来の皇帝として、政務もやってもらわねばならん」
それを聞いたシルヴィアが進み出る。
「お父様、兄が戻り次第、私は兄の補佐に就こうと思っております」
皇帝はそれを聞き、少し驚いたように笑みを浮かべた。
「ほう、お前がそう言うか。皇帝になるつもりだと思っていたが、どんな心境の変化だ?」
シルヴィアは胸を張り、はっきりと答える。
「ある方に出会ったことにより、自身の器に不相応で尊大な野望を抱いていたことに気づいたのです。私はこれからは、帝国のために尽くしていこうと思っております」
皇帝もそれを聞いて深く頷く。
「なるほど、お前をそこまで変わらせた者がいるのか。一度、ここに連れてくるがよい」
「恐れ多くも、その方は表舞台に出ることを良しとしておりませんので」
シルヴィアはそう言って丁寧に断る。
ただ、グランを見つめながら内心では『今、目の前にいる主様なのです』と熱く思っていた。
グランを見るシルヴィアの目が完全に熱を帯びており、それに気づいたセルフィリアは『お姉ちゃん!』と心の中で叫びながら姉を睨みつけていた。
晩餐も終わり、「今日は皇宮に泊まるがよい」と皇帝に言われ、学園もしばらく休みの為、グランはその言葉に甘えることにした。
そしてメイドに案内された部屋に行くと、そこはとても豪華な部屋だった。
グランはアンサートーカーと念話で会話する。
(他国の一平民に与える部屋としては、礼が過ぎないか?)
『確かにそうですね。おそらくシルヴィア様が手配したのではないでしょうか?』
(シルヴィアも、ここまでする必要はないのに……)
そしてグランは着替えを済ませ、今日の皇后との戦いの反省会をアンサートーカーとし始めた。
(まず、あの強さは何だ? 明らかにこの世界の人としては異常だろ。それにあの様子だと魔力操作の鍛錬もしてない感じだな)
アンサートーカーも答える。
『たしかにそうですね。おそらく転生者の素質を色濃く受け継いだのでしょう。いわゆる隔世遺伝というやつですかね?』
(なるほど、そういえばセルフィリアが言っていたな。先祖に転生者がいるって)
『その転生者は相当な強さでしたね。マスターとはまた別のベクトルで強かったようですよ』
(……ヴィジョンで見られるか?)
『見られます』
アンサートーカーはそう言うと、その転生者の情報を出し、映像が映りだした。




