第185話:黒嵐の皇后
演習場に無理やり連れて来られたグランは、話を全く聞いてくれない皇后に対し、構えて戦闘態勢に入った。
それを見た皇后は嬉しそうに頷く。
「うんうん! やる気のある男の子は大好きよ! じゃあ行くね!」
そう無邪気に笑った直後、皇后はあっという間に距離を詰め、グランの首を刎ねるように剣を振るった。
(ちょ、マジで殺しに来てるぞ!)
『いえ、これでもまだ手加減していますね』
グランはその凶刃を皮一枚で躱す。
しかしその直後、追撃として放たれた凄まじい蹴りをイージスでガードするも、衝撃で大きく吹き飛ばされてしまった。
「いいね! 今ので終わったかと思ったけど、なかなかやるわね君!」
「皇后陛下、落ち着いてください! なぜ急に私と戦おうとするのです!」
グランは無駄な争いをしたくないため必死に理由を問うが、皇后はきょとんとした顔で首を傾げる。
「あなたは強いでしょ? 私も強い。なら戦うのは当たり前でしょ?」
(ちょっと何言ってるのかわからない)
『マスター、手加減されているとはいえ、本気でやばいと思います』
いつものような軽口を叩く余裕もないのか、アンサートーカーもかなりの危機感を露わにしていた。
「じゃあもっと速くするね!」
そう宣言すると、皇后はさらに猛烈なスピードで剣を振り回し始める。
グランは距離を開けて避けようとするが、すぐに距離を詰められてしまう。
しかもソードブレイクで剣を掴もうと手を出せば、絶妙なフェイントを入れられて掴むことができない。
凄まじい反応速度と戦闘センスだった。
(これは、俺も攻撃をしたほうがいいのか?)
『このままだと、永遠に攻撃を受け続けることになりますね』
覚悟を決めたグランは、オリジナル技を繰り出そうと体勢を低くする。
「やる気になったね! 楽しみ!」
嬉しそうに皇后が剣を構え直した。
グランは一瞬で懐へと飛び込み、神速の魔導瞬天撃を放つ。
しかし、皇后はそれをいとも容易く剣の腹で受け止めてみせた。
(なっ……!)
皇后はそのまま剣を返し、グランの腕を切り落とそうと刃を滑らせる。
グランは間一髪で避けたが、超高速の魔導瞬天撃を初見で防がれたことに驚愕していた。
(魔導瞬天撃を、初見で防ぐか?)
『お互い手加減していますが、皇后の強さは思った以上ですね』
グランは少し本気を出さないといけないと判断し、蒼白銀の魔力を纏って身体強化を施す。
皇后はその美しく燃え上がる魔力の色を見て、さらに目を輝かせた。
「すごくきれいな色ね! さあ、かかってきなさい!」
グランは脳内でアンサートーカーに話しかける。
(どうしよう)
『マスター、今のステータス調整ですと、おそらくこちらも殺すつもりでやらないと逆に殺されます』
グランはそれを聞いて、それでもなお覚悟を決めかねていた。
(セルフィリアのお母さんだろ?それになんかすごく純粋そうな人だから、殺すつもりで攻撃とかできないのだが)
しかし、そんな迷いなどお構いなしに、皇后は再び素早く近づき剣を振るう。
グランはそれを避けようとしたが、鋭い突きが放たれ、刃が浅く体に突き刺さってしまった。
(うっ!見切りをミスったら終わりだ)
確実に手傷を負わされた事実に、グランは一気に冷や汗を流して焦りを見せる。
これはもう四の五の言っていられないと、グランはステータスを調整しているが、殺すつもりで戦う覚悟を決めた。
(覚悟を決める。お前はもしもの時のために、すぐに回復魔法が放てるように準備しておいてくれ)
『かしこまりました』
そしてグランは、皇后に向かってもう一度、魔導瞬天撃を仕掛けた。
「それは一度見たから効かないわ!」
そう言って、皇后はなんと魔導瞬天撃の軌道に自身の剣を合わせ、完璧なカウンターを狙ってくる。
しかしグランはそこでフェイントをかけ、魔導虚空掌を皇后の体に手を添えて放った。
皇后は体内にめぐるその威力に目を大きく見開き、少しバランスを崩すも力強く地面を踏みつけ、衝撃を散らしてみせた。
グランはその光景に驚愕する。
(内部破壊の衝撃を無理やり地面に移しただと?)
『魔力操作で内部ダメージを外に逃がしましたね。あの一瞬でそこまで見切り対策をするとは、すさまじい才能です』
皇后はグランへ剣を振り下ろしながら楽しそうに話しかけてきた。
「なかなか面白い技を使うね! 次はどんな技をみせてくれるの!」
アンサートーカーは皇后の恐るべき戦闘狂ぶりに戦慄したような声を上げる。
『マスター、早く仕留めないとやばいですよ!』
(俺も頑張ってるが、いかんせん強すぎる!)
グランはそのまま剣を躱しつつ、次なる一撃として『魔導翔烈脚』を食らわせる。
皇后はそれを剣で受け止めるも、凄まじい衝撃によって体が空中に打ち上がった。
グランはすかさず『魔導烈衝拳』の態勢に入る。
皇后が落ちてきたところにもう一度強烈な一撃を食らわせ、さらに高く空中へと打ち上げた。
高く上がったことで皇后は空中で姿勢を立て直して剣を構え、グランを串刺しにしようと切っ先を下へ向ける。
グランはそれを見て苦渋の決断を下した。
(これは使いたくなかったんだけど……)
そう心の中で呟くと、両手に膨大な魔力を纏わせる。
そして皇后の落下地点へと入り込み、両腕を上空へと向けた。
皇后は落下速度を利用した神速の突きを繰り出してきたが、グランの両手がわずかに早かった。
グランの放った魔力の刃が、皇后の体を深々と串刺しにする。
「いったーいっ!」
皇后は痛みに悲鳴を上げるが、グランはここで勝負をつけなければならないと思い、少し後ろ髪を引かれながら斬り裂かないように加減して両腕を広げる。
「魔導無双剣!」
皇后は縦に強烈な斬撃を食らい、そのまま地面へと倒れ伏した。
グランはすぐに収納魔法からエリクサーを取り出して皇后に飲ませると、すぐに回復魔法をかけ始めた。
そこへようやく、セルフィリアたちが息を切らして追いついてきた。
グランが皇后に、回復魔法をかけている光景を見て一安心したセルフィリアは、すぐに駆け寄って一緒に回復魔法をかけ始める。
皆の到着を確認し、グランが口を開く。
「ごめん、セルフィリア」
セルフィリアは苦笑いしながら、回復魔法をかけ続けて答えた。
「こちらこそ、お母様がごめんね」
しばらくすると出血も完全に止まり、皇后の呼吸も安定したため、彼女を保健室に運び込んでからグランたちはSクラスの教室へと戻った。
教室で待機していた学園長は、グランたちが無事に戻ってきたことに驚愕の表情を浮かべる。
「まさか、皇后陛下に勝ったのか?」
グランは冷静に嘘をついた。
「いえ、初めから手加減してくれていました。みんなが来たことで戦いも中断しました」
さすがに皇后に勝ったなどという事実が広まれば、帝国中が大騒ぎになるとセルフィリアが判断して口裏を合わせたのだ。
そしてグランたちSクラスはそのまま解散となり、各自が学生寮へと戻っていった。
しばらく寮の自室でベッドに横になって休んでいたグランだったが、不意に扉をノックされる。
扉を開けると、そこにはなんとセルフィリアが立っていた。
「グラン、ごめんね。お母様が連れて来なさいって……」
グランは思わず天を仰ぎ、まさか第二回戦が始まるのではと絶望しかける。
今まで好戦的な人間はたくさん見てきたが、皇后は異常であり、限りなく純粋で強すぎる。
まるで純粋な心に、そのまま絶対的な力を与えた結果生まれた、無垢な化け物のようだった。
セルフィリアと一緒に保健室へと向かうと、皇后がベッドの上でちょこんと座って待っていた。
そしてグランの姿を見るなり、弾かれたように立ち上がる。
グランは焦りながらも皇后の出方を警戒して待っていたが、急に力強く抱き着いてきた。
グランはそのあまりに強烈な抱擁によって、そしてその恵まれたお体で完全に息ができなくなってしまう。
セルフィリアも必死になって二人を引き剥がそうとするが、皇后は腕の力を全く緩めようとしない。
「あなた強いのね! 決めた! 今日から私のものね!」
それを聞いたセルフィリアは、サッと顔面を蒼白にした。
「お母様!」
「セルフィリアちゃん、相変わらずかわいいわね」
セルフィリアの話を全く聞かずそう言うと、皇后はグランと一緒にセルフィリアのことも思いっきり抱きかかえた。
二人とも息ができなくなってジタバタともがくが、グランが寸前のところで強引に皇后の腕から抜け出し、呼吸を荒らげながら訴えかける。
「皇后陛下! そのままだとセルフィリアが窒息します!」
そう言われて、皇后は「あら、それは大変ね」と悪びれずにセルフィリアを解放した。
セルフィリアはゲホゲホと激しく咳き込み、必死に呼吸を整えながら皇后に向かって叫ぶ。
「お母様! グランは私の未来の夫です! たとえお母さまでも、それだけは絶対に譲れません!」
そう言われると、皇后は途端にシュンとしてセルフィリアに謝り始めた。
「ごめんね、セルフィリアちゃん! そうなのね! この子がセルフィリアちゃんの彼氏なのね!」
それを聞いたグランは皇后に話す。
「いえ、仲良くはさせていただいておりますが、まだそうと決まったわけではありません」
そう言うと、皇后はきょとんとした表情を浮かべた。
「セルフィリアちゃん、違うって言ってるわよ」
セルフィリアは慌ててグランに近づき、耳打ちをする。
「ちょっと! グラン! 今は話を合わせて! じゃないと、とてもややこしいことになるわよ!」
そう言われたグランは、仕方なしにこの場をセルフィリアに任せることにした。
「グランはね、王国の平民だから帝国の皇族と付き合ってるってバレたら、私の外聞が悪くなるからって、自分から気を使ってくれているの」
それを聞いた皇后は、感動したかのように目をキラキラさせてグランに近づいてきた。
「君はとてもいい子ね! うんうん! 強いしセルフィリアにもピッタリね! 同じ黒髪だし似合うわ! 帝国には外聞とか関係ないわ!明日結婚式を挙げましょう!」
皇后はそう言うや否や、むんずと二人を掴み両脇に抱え保健室の窓から出ようとする。
「お母様! 少し待って!」
グランも慌てて言葉を紡ぐ。
「皇后陛下! 皇帝陛下にも相談せず、そんな簡単に娘の結婚を決めてもよろしいのですか?」
そう言われると、皇后はピタリと立ち止まった。
「たしかにそうね。じゃあ今からお父様のところに行きましょう」
しかしここで、予想もしていなかった人物が息を切らしながら姿を現した。
「ぜぇ…ぜぇ…お母様。ここは学園です。せめて皇宮で落ち着いて話されるほうがよろしいかと」
皇后はシルヴィアを見て嬉しそうに話しかける。
「あら! シルヴィアちゃん久しぶりね、元気だった?」
「はい、おかげさまで」
シルヴィアは皇后の気配に圧倒されながらも返事をする。
「皇宮にみんなで向かいましょう。馬車を用意しています」
「シルヴィアちゃんは頼りになるね!」
その言葉を聞いた皇后は、今度はシルヴィアに思い切り抱き着いた。
シルヴィアもまた息ができないのか、バタバタともがき始める。
セルフィリアが慌てて割って入り、皇后とシルヴィアを引き離した。
グランは息を乱すシルヴィアを見て声をかける。
「大丈夫か?」
シルヴィアはグランを熱っぽい目で見つめ返した。
「主様、私の心配をしてくれるのですか?」
「そりゃそうだろ。とりあえず助かった」
「主様に褒められた……」
グランがそう言うと、シルヴィアはなぜか顔を赤くする。
「しかしタイミングがいいな。どうしてわかったんだ?」
「今日は皇宮に戻っていました。そこでお父様から、お母様が王国学園の留学生に用があると言って、帝国学園に向かったと聞き、慌てて追いかけてきたのです」
そう言って姿勢を正すとシルヴィアは皆に向かって話す。
「とりあえずこのまま皇宮に向かいましょう」
シルヴィアが気を取り直して促し、四人は用意された馬車に乗って皇宮へと向かうのだった。
馬車に揺られている間、グランは三人を見る。
皇后とセルフィリアは本当に生き写しだ。
シルヴィアは二人と違い、髪の色がすこし茶色がかっている。
それでも皇后の身体的特徴はしっかりと引き継いでおり、誰が見てもこの三人が親娘であると言われても違和感がなかった。
ただ、今目の前で起こっていることについては無言を貫いていた。
グランの隣にはセルフィリアが座っており、正面にはシルヴィア、そしてその隣には皇后が座っていたが、皇后はずっとシルヴィアに抱き着いており、力が強いのかシルヴィアはすごく苦しそうにしていた。
セルフィリアが皇后に話しかける。
「お母様、あまり強く抱きしめるとお姉ちゃんが苦しいわ」
そう言うと、皇后は「そうなのね」と言ってシルヴィアを離した。
シルヴィアは息を乱しつつも、すぐに呼吸を整える。
そしてグランを見て話す。
「今から皇宮で晩餐をします。私たち皇族との晩餐です」
グランはそれを聞いて焦る。
「いやいや! この国の最上位の人たちと、王国の平民が一緒に晩餐なんて取れませんよ!」
そう言うと、皇后がきょとんとして尋ねてきた。
「それは誰が言ったの?」
すると、セルフィリアとシルヴィアがものすごく焦りだす。
セルフィリアが慌てて口を開く。
「お母様! 王国では基本そうなのです! なのでこの国では関係ありません!」
シルヴィアもそれに続く。
「そうです! そのような不届きなことを言う者は、この国にはおりません!」
グランはそれを不思議そうに見るが、ここは黙っておこうと思い、成り行きを見守ることにした。
皇后はそれを聞き、嬉しそうに話す。
「そうなのね、じゃあ大丈夫ね」
すると、二人は口を揃えて「そうです、大丈夫です」と答えた。
そして皇后は落ち着いたのか、グランを見てニコニコしている。
グランは言い知れぬ恐怖を感じながら、それ以上はまるで置物のように大人しくしていた。




