第184話:帝国最強
帝国学園での留学生活も、残り一ヶ月を切っていた。
グランたちSクラスの面々は、この帝国での刺激的な日々がもうすぐ終わることに、少しばかりの寂しさを感じていた。
今日は帝国学園の魔導大会が開催されており、グランたちは観客席からそれを見学している。
本来なら留学生である彼らも参加できるのだが、今回は学園長から出場を見合わせるよう判断が下されていた。
Sクラスの面々が出場すれば、決勝トーナメントが彼らだけで埋め尽くされてしまうのが火を見るより明らかだったからだ。
「やはり、王国の生徒と比べても帝国は一人一人の強さが全然違うな」
観客席から試合を眺めながらグランがそうこぼすと、マルクも深く頷いた。
「ああ、平民ですら王国学園の子爵並みの実力を持っている。実力主義というのも、ここまでくると完全に身分なんて関係ないな」
隣で見ていたオリヴィアも口を開く。
「そうね。ただ力があるから偉いとふんぞり返るわけでもないのが、帝国の特徴ね。身分に関してもある程度の礼節はわきまえているし、総じて国民としての意識が高いわ」
その言葉に、皇女であるセルフィリアが肩をすくめて言う。
「まあね。結局のところ威張り散らしたところで、それ以上の力で来られたら元も子もないしね。お母さまがいることで、みんなそれを嫌というほどわかっているから、強者であってもある程度の謙虚さを持っているのよ。ただ、外の国に関してはそうでもないけどね」
セルフィリアの付け足した言葉に、ルヴィリスが思い出したように呟く。
「たしかに、一年生の時の交流戦で私たちがここへ来たときは、完全になめられていましたわね」
ソフィアも苦笑しながら同意する。
「あの時は、私たちが王族や貴族の権力を使って、学園代表の座をもぎ取ったのだと本気で思われていましたからね」
「それに関しては、今までの王国の貴族至上主義が悪い方向で影響していたとしか言えんな」
ディアドラが腕を組みながら冷静に分析すると、エルスメリアも頷いた。
「そうね。帝国の一般学生と言われる人たちの実力は、王国では強い部類に入りますわ。そういった事実があるからこそ、王国の生徒たちは特に下に見られていたのでしょうね」
そこでグランが真剣な表情で口を挟んだ。
「でも、今は完全に立場が逆転しているな。ただ、俺たちやクローディアたちが卒業すれば、結局はまた元の形に戻ってしまうと思う。できれば卒業する前に、誰もが今よりも強くなれる鍛錬法を編み出して残しておきたいのだがな」
それを聞いたベアトリクスが、グランの顔を覗き込む。
「それって、二年生の三学期が始まるときに言ってたあれのこと?」
「ああ。ある程度の形はできているから、あともう少しなんだ」
カロンが不思議そうに尋ねる。
「でも、その鍛錬方法って王国だけじゃなく、帝国にも伝授するんだろ?」
ニーナも少し心配そうに口を挟んだ。
「王国が力を持ちすぎて暴走しないようにってグラン君は言ってたけど、帝国も同じように鍛えちゃったら、地力の差でやっぱり帝国には勝てないんじゃないかな?」
レキシもそれに同調する。
「私もそう思うわ。同時に教えて同じ鍛錬をするなら、やっぱり元のステータスが高いほうが絶対に有利よ」
グランはそれを聞くと、小さく笑った。
「まあ、確かに理屈の上ではそうなんだがな。結局のところ、最後は努力次第だ」
そう言って、グランはソフィアの方へ視線を向けた。
「グラン様、そんなに見つめられると、照れちゃいます」
ソフィアはグランと目が合うと、顔を赤くしつつもまっすぐ見返す。
ソフィアはかつて落ちこぼれと呼ばれていたが、ひたすら魔力操作の鍛錬を繰り返し、今こうして四聖華として恥じない強さを手に入れている。
「何事も日々の積み重ねと努力で何とかなると俺は思っている。結局、頑張れば頑張るほど強くなれるというのは、ここにいるみんなが一番実感したことだろう?」
グランのその言葉に、ルヴィリスが同意して優しく微笑んだ。
「たしかにそうね」
そうこうしているうちに、全学年の魔導大会の全日程が終了した。
表彰式までを見届けた後、Sクラスの面々は自分たちの教室へと戻る。
全員が席に着き一息つこうとしたその時、突然、学園長が血相を変えて教室に飛び込んできた。
「お前たち、今すぐここから離れろ!」
あまりの剣幕に、グランは目を丸くする。
「急にどうしたのですか? いきなりそんなことを言われても」
学園長は息を切らしながら、早口で答えた。
「皇后陛下が学園に参られた! 王国学園の留学生たちに用があるとおっしゃっている!」
それを聞いたセルフィリアが、顔面を蒼白にして叫んだ。
「お母様が!? やばい、みんなすぐに教室を……っ!」
ドオオオオンッ!!
セルフィリアの警告が終わるよりも早く、教室の頑丈なドアが凄まじい轟音とともに木端微塵に破壊された。
舞い散る粉塵を悠然と払い除け、廊下から入ってきたのは、美しい黒髪を持ち、腰に長剣を携えた一人の淑女だった。
「ここが、王国学園の留学生たちのクラスね」
「お、お母様! なぜここに!?」
セルフィリアは、急襲してきたその女性に向かって、信じられないものを見るような目で叫んだ。
「セルフィリアちゃん、こんにちは。久しぶりに会えてお母さん嬉しいわ」
そう言って皇后はセルフィリアに笑顔で話しかける。
しかし、その和やかな雰囲気には似つかわしくない圧倒的な覇気をまとった皇后に皆は極度の緊張をしていた。
グランは圧倒的な気配に冷や汗を流しながら、脳内でアンサートーカーに話しかける。
(……本当に、セルフィリアにそっくりだな)
『ええ。セルフィリア様がそのまま成長した姿だと言われても、全く違和感がありませんね』
アンサートーカーも即座に同意した。
(皇后をスキャンできるか?)
『スキャン開始。これは……マスター、彼女は今まで出会った人の中で一番強いです。しかも、かなりの圧倒的な強さです』
(四侯爵よりもか?)
『はい、そうです。侯爵たちが束になってかかったとしても、彼女には到底敵わないでしょう』
その報告を聞き、グランは静かに息を呑んだ。
(これが、帝国最強か……)
グランは油断なく身構えながら、目の前に立つ最強の淑女を鋭く見据えた。
皇后は凄まじい覇気を放ちながら教室へと足を踏み入れた。
その圧倒的な覇気に少し慣れてきたSクラスの生徒たちはまだ気圧されながらも、いつでも動けるように各々が警戒の構えをとる。
「うん! なかなか見どころがあるわね」
Sクラスの面々を見てそうご機嫌に呟いた直後、皇后は剣を抜き放ち、凄まじい速度でグランへ斬りかかった。
「嘘だろ、おい!」
グランはすぐさま反応し、ソードブレイクで皇后の剣を素手で掴み取る。
渾身の一撃を掴まれたことに皇后は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「君に決めた!」
そう宣言するや否や、皇后はグランの腕を力強く掴み、そのまま教室の窓ガラスをぶち破って外へと飛び出した。
「ちょ、ここ五階!ぎゃあああああ!」
グランの悲鳴にも似た叫びも虚しく、皇后は彼を引きずったまま演習場へと向かって猛スピードで駆け出していった。
あまりに嵐のような出来事にクラスの全員が唖然としていたが、いち早く我に返ったルヴィリスが叫ぶ。
「ちょっと! グランが連れて行かれたわよ!」
その声でハッと気がついたセルフィリアが、慌てて皆に指示を出す。
「あの方向はおそらく演習場ね! みんなすぐに追いかけましょう!」
そうしてSクラスの面々は一斉に教室を飛び出し、セルフィリアの案内で演習場へと急行した。
誰もいなくなったボロボロの教室で、帝国学園長だけが一人呆然と立ち尽くしている。
「殺されるかと思った……」
セルフィリアたちはすぐに教室を出て演習場へと走って向かう。
しかし、演習場まではかなりの距離がある。
帝国学園は王国学園と比べると倍近い敷地なのだ。
セルフィリアは冷や汗をかきながらもグランの無事を祈って、全速力で演習場に向かうのだった。
一方、皇后に強引に引っ張られ演習場へと連れてこられたグランは、彼女と真正面から対峙していた。
「君が一番強いね! 私と今から戦いましょう!」
「お待ちください! 私のようなものが、皇后陛下のような方に勝てるはずがありません!」
必死に止めようとするグランに対し、皇后は不思議そうな顔を向ける。
「何を言ってるの? あなた今全然本気じゃないでしょ? 久しぶりの強者と戦えるなんて、私はとてもワクワクしているわ!」
(だめだ、全然話を聞いてくれない)
グランが頭を抱えていると、脳内でアンサートーカーが問いかけてきた。
『マスター、どうするんですか?』
(とりあえず満足してくれるまで戦うしかないだろう。ステータスの調整を頼む)
『了解しました』
グランは逃げることを諦め、静かに構えをとり、目の前の大陸最強である帝国の皇后陛下と相まみえることになった。




