第183話:庇護下の日常
帝国学園との親善試合の後、グランに保護された特待クラスの生徒たちは今、『凪の里』で暮らしている。
過酷な実験から解放された七人の生徒たち。
彼女たちに人間らしい生活を取り戻させるため、里では日夜、自動人形たちが付きっきりで生活の基本を教えていた。
ただ、七人はいまだに、同じ大きなベッドに皆で身を寄せ合って寝ている。
自動人形たちは初め、一人ずつ別のベッドで寝るように教えていたのだが、夜中になると結局はみんな集まって寝てしまうのだ。
それを見たグランは、まだそこまで自立できていないのだと判断した。
「そこはおいおいやっていくとして、今は言葉を読み書きできるようになるのが先決だな」
マスターの指示を確認し、自動人形たちはその方針に従って教育を進めていく。
グランも初めのうちは、たまに里へ戻って彼女たちの様子を確認していた。
しかし、あまり頻繁に顔を見せると、生徒たちが自分に依存してしまうという懸念があった。
「あいつらも、いわゆる親離れをさせないといけないからな」
そう考えたグランは、彼女たちの自立を促すため、現在はあえてその姿を見せないようにしている。
しかし、当の特待クラスの七人は、グランが来るのを今か今かと待ち遠しく思っていた。
今日も来なかったと悟ると、七人はそろって露骨に肩を落とす。
まるで犬や猫の尻尾と耳が垂れ下がっているような錯覚に陥るほど、彼女たちにはまだ動物的なしぐさが色濃く残っていた。
そして三ヶ月が経ち、彼女たちはようやく簡単な言葉を理解し話せるようになっていた。
人らしい生活習慣もある程度身についてきたが、それでもまだ初等部くらいのレベルである。
ただ、たった三ヶ月でここまで身についたのなら、あとの成長は早いはずだ。
言葉の壁さえ乗り越えれば、あとは自然と覚えていくだろう。
しかし、特待生たちにとって一番の関心事はそんなことよりも、ただただグランに会いたくてたまらないということだった。
以前、四聖華たちが様子を見に来た際「まるでペットみたいね」と言っていたが、それもあながち間違ってはいない。
彼女たちはグランのことを唯一無二の絶対者として、動物的な本能レベルで完全に主従関係にあると認識しているからだ。
だからこそ、グランと会えない期間が長引けば長引くほど、恋焦がれるような焦燥感に駆られ、七人の情緒はひどく不安定になっていた。
その危うさを感じ取った自動人形たちは、アンサートーカーを通して速やかにグランへと報告を入れる。
ちょうどその頃、帝国の学生寮では、グランが日課の魔力操作を始めようとしていた。
『マスター、自動人形から連絡が来ています』
脳内に響くアンサートーカーの念話に、グランは手を止めた。
「どうした、何かあったのか?」
『どうやら凪の里で保護している特待クラスの生徒たちが、マスターに最近会っていないため情緒不安定になっているようです』
グランはそれを聞いて少し考え込む。
「アンサートーカー、お前の意見を聞きたい。俺はここで頻繁に会ったら親離れできないと思っているんだが」
しかし、アンサートーカーから返ってきた意見は真逆のものだった。
『マスター、自動人形の成果報告をふまえると、まだ親離れをさせるような段階ではないと思われます。初等部レベルの自我が芽生え始めたばかりの今、彼女たちにはまだ親の存在が必要です』
それを聞いたグランは、なるほどと合点がいった。
「わかった。なら今から会いに行くか」
『ええ、たまには顔を見せてあげましょう』
グランは日課である魔力操作の鍛錬を中断すると、ゲートを開いて凪の里へと向かった。
凪の里では、特待クラスの七人が今日も広場に集まっていた。
いつもグランがゲートを開いて姿を現すのが、この場所だからだ。
今日も来ないのかと全員が落胆して肩を落としていると、ふいに周囲の空間が光りだす。
それを見た七人は、弾かれたように顔を上げた。
現れたゲートから、彼女たちが恋焦がれた男が姿を現す。
それを確認するや否や、七人は弾丸のように飛び出し、グランにすがりついた。
「うおっ!?」
あまりの急な出来事にグランはみんなを受け止めきれず、勢い余って地面に倒れ込んでしまう。
「みんな、ごめんごめん。そんなに寂しかったか?」
苦笑しながらグランが言うと、魔人種の金髪の少女が口を開いた。
「ぐらん、あいたかった」
たどたどしいながらもはっきりと紡がれたその言葉を初めて聞き、グランは何とも言えない感動を覚えた。
すると他の子たちも、次々と口を開き始める。
「さびしかった」
「かなしかった」
「どこにもいかないで」
自分の安易な考えで早く独り立ちさせようと思い込んでいたが、これを見るとまだまだ早かったのだとグランは深く反省した。
続いて、龍人種の黒髪の少女がグランの服をぎゅっと掴んで言う。
「いっしょにねる」
それを聞いた他の子たちも「みんなといっしょにねる!」と賛同し、大きなベッドがある簡易宿泊施設へ連れて行こうとグランの腕を引っ張り始めた。
ここまでされて断るわけにはいかないだろう。
「じゃあ、今日は一緒に寝ようか」
グランがそう告げると、みんなはぱあっと花が咲いたような笑顔になり、彼と一緒に簡易宿泊施設へと入っていった。
部屋に入った後、グランがベッドの上で魔力操作の鍛錬を再開すると、皆が不思議そうな顔をしてそれを見つめる。
「お前たちもやってみるか?」
グランの問いかけに、七人はこくこくと揃って頷いた。
『マスター、彼女たちに魔力操作の極意を教えると、亜人の因子も合わさってすさまじい強さになりますよ』
アンサートーカーが忠告を挟むが、グランは気にしなかった。
「この子たちが自分で自分の身を守れる力を持つなら、それでいいさ。それに自動人形たちの教育で、力を正しく振るう心も鍛えられるはずだ。この力を間違った使い方はしないと思う」
『確かに、今この子たちはまだ純粋な心を持っています。道徳や教育でいくらでも正しい方向へ導けますしね』
アンサートーカーも納得したのを確認し、グランはみんなを一人ずつ前に呼んで魔力操作の極意を伝授していく。
「これは、魔法の正しい使い方を覚えるための訓練だ。君たちがいつか独り立ちした時、自分で身を守れるように教える。だから、絶対に悪いことには使っちゃだめだぞ」
「「「は~い!」」」
グランの言葉に、七人は元気よく返事をした。
そしてみんなは大きなベッドの上に集まり、グランを囲むようにして一斉に魔力操作の真似事を始めだした。
少し経つと、不慣れな魔力操作で魔力が枯渇したのか、みんな次々とうとうとし始める。
「先に寝ていいぞ」
グランはそう優しく声をかけ、一人ずつ順番に寝かしつけていった。
こっくりこっくりと舟をこぎ始めた彼女たちに布団をかけ、最後に一番最後まで起きていた魔人種の金髪の少女も、目を擦りながら眠りにつく。
全員の寝息が聞こえ始めたところで、グランは脳内でアンサートーカーに話しかけた。
「やはり、この子が一番ステータス値が高いな」
『そうですね。強さの順に並べるなら、魔人種、龍人種、牛人種、猫人種の二人、猿人種、鼠人種の順になりますね』
「俺も同じ見解だ。だがみんな亜人の特性を持っているから、戦い方次第では勝ち負けが安定しないだろうな」
『マスター。この子たちが例えば自立したとして、将来はどうするおつもりなのです?』
「まだそこまで考えついてないな。この子たちがある程度しっかりした自我を持つようになれば、次は外の世界を見てもらう。そこで、自分たちで決めてもらおうと思っているよ」
『なるほど。では、学園を卒業するまでの一年限り、というわけではないのですね』
「当たり前だ。たった一年で放り出すなんて無理に決まってるだろ」
『それを聞いて安心しました。このまま一年後に放り出すつもりなのかと思っていましたので』
「確かに、その辺の詳しいことは話したことがなかったな」
『自動人形たちも、これでさらに安心して教育に専念できるでしょう』
「そうか。まあ色々と頼りっぱなしになるが、これからも頼んだぞ」
『……自動人形たちが、すべてお任せくださいとのことです』
「頼りになるな」
そう会話をしているうちに、グラン自身も日課の鍛錬で魔力が枯渇し始めたのか、心地よい眠気が襲ってきた。
「よし、今日は俺もここで寝るよ。おやすみ」
『おやすみなさい、マスター』
そうしてグランは、凪の里で特待クラスの生徒たち七人と共に、穏やかな一晩を過ごすのだった。
次の日の朝。
「やだ! いかないで!」
「ずっといっしょにいて!」
「ぐらん!」
帰ろうとしたグランは、特待クラスの生徒たちにぐるりと囲まれていた。
体をつかまれたり服の裾を引っ張られたりして、完全に身動きが取れない状態だ。
『マスター、とても愛されていますね。ここでもハーレムですか?』
アンサートーカーが、からかうような念話を送ってくる。
「バカ言うな。いくら何でも、精神的にまだ幼すぎるだろう」
『そんなことないですよ。女の子なんて、あっという間に大きくなるのですから』
「いや、まあ見た目の年齢はすでに高等部なんだけどな……」
グランは苦笑しながら、涙目になっている魔人種の女の子の頭を優しく撫でた。
「また来るから、いい子にして待っているんだぞ。ちゃんと勉強して、外の世界に出られるようになったら、一緒に出掛けよう」
その言葉を聞いた女の子は、少し寂しそうにしながらも「わかった」と頷き、ゆっくりとグランから離れる。
すると、周りの子たちも彼女に倣うように手を離し、一歩後ろへと下がった。
グランはそれを見て、満足げに微笑む。
「みんないい子だ。また来るからな」
そう言い残し、グランはゲートを開いて帝国学園にある学生寮の自室へと帰っていった。
見送った七人は、しばらくの間、ゲートが消えた空間を名残惜しそうに見つめていた。
やがて自動人形たちに促されると、彼女たちは素直に日々の教育を再開する。
『いい子にしてちゃんと勉強すれば、一緒に外に出る』
グランが残したその約束を信じ、七人はそこから見違えるように勉強に身を入れ、必死に頑張り始めたのだった。
ところ変わって、幻零の隠れ家――。
そこでは、待機命令を受けた幻零のメンバーたちが、隠れ家に併設されているバーで酒を飲みながら話をしていた。
「こうやってゆっくりできるのは、久しぶりだな」
しみじみとそう呟いたのは、かつてグランを監視していた三人組の一人である男だった。
その言葉を聞いて、同席していたもう一人の女が深く頷く。
「本当ね……シルヴィア様がトップの時は、休む間もなくずっと働いていたわ」
それに同調するように、鑑定の能力を持つもう一人の女が口を開いた。
「あの方がトップになってからというもの、あの研究の件に関しては非情だけど、それ以外は特に何も強要されないからね」
「はじめは奴隷のようにこき使われるかと思ったけど、ちょっと拍子抜けだわ」
「それは俺も思った。しかも俺たちは一度、あの方に暴行まで加えている。どんな報復を受けるかと覚悟していたのだがな」
「そうね。今回も任務完了だからって、わざわざ報酬まで用意してくれたんでしょ? なんだかこうやって待遇が良くなっているのは嬉しい反面、裏に何かあるんじゃないかって思ってしまうわ」
ため息をつくようにそう言うと、鑑定持ちの女がくすりと笑って見せた。
「シルヴィア様も、完全にあの方に服従しちゃったわね。むしろ最近は『主様に尽くすことが、我が喜び』なんて仰っていたわ」
「あのシルヴィア様が、そこまで堕ちるとはな……」
男がそうこぼすと、女は慌てて周囲を見回した。
「バカ! めったなこと言うんじゃないわよ!」
「俺たち幻零は、あくまでシルヴィア様の私設隠密部隊だ。主を間違えるな」
男が真面目な顔で釘を刺すが、それを聞いた女は少しにやけながら言葉を返す。
「何言ってんの。あの方に一番感謝してるのは、あなたでしょ?」
「なっ……いったい何を言っているんだ。俺はシルヴィア様しか主として認めない」
図星を突かれたのか少し焦る男に、女は構わず続ける。
「そんなこと言ったって、シルヴィア様の時は命令とはいえ、罪もない子供を殺すのは抵抗があったでしょ」
「あの方は、そういった無益な殺生はやらないようにと明言してくれているからね」
「私はそれを聞いて、あの方は残虐なイメージが強いけど、それはあくまで『敵』に対してだけなんだってわかったわ。なら簡単よ。私はあの方にひたすら尽くすだけ。それが一番安全なんだから」
それを聞いた鑑定持ちの女も、深く頷いて賛同する。
「そうね。私は直に鑑定をしたからわかるけど、あの方には天地がひっくり返っても絶対に勝てないわよ。逆らうなんて、命がいくつあっても足りないわ。それよりも、あの方についていったほうがどれだけ安心で安全か……あの時、私は身をもって知ったもの」
それを聞いた男も、そこは認めざるを得ないのか、ばつが悪そうに視線を逸らした。
「確かに……あの時、俺の毒を食らっても平気な顔をしていた。そればかりか、伝説の蘇生魔法まで使いこなす。あの方はおそらく、普通の人ではない。なにか特別な存在だ。……そこは認めざるを得ないな」
そう言って、男はグラスに残っていた酒を一気にあおる。
そして、グランから報酬でもらったばかりの金貨で気前よく酒代を払い、席を立ってバーを出た。
(さて、待機命令を受けたが……あの方はあの研究の件に関して、かなり必死になっていた。いくら命令とはいえ、このままただ待機するだけというのはどうにも気が引ける。少しばかり情報を集めに行くか)
そう考えながら男が建物の出口から外へ出ると、先ほどまで一緒に飲んでいた二人の女が待ち構えていた。
「やっぱりね。あんたのことだから、独りで情報収集にでも行くと思っていたわ」
「私たちはチームでしょ? 一緒に行きましょう」
呆れたように、けれど楽しげに笑う二人の顔を見て、男の口元にもふっと微笑みが浮かぶ。
「……勝手にしろ」
そうして三人組は、新たな主の思惑を探るため、ヴェルシュタット公爵領へと情報収集に向かうのであった。




