第182話:捉えた影
グランたちSクラスが帝国に留学して、はや二ヶ月が経過した。
皆は帝国の環境にすっかり慣れ、休日は皇都に遊びに出るなど、それぞれ有意義に過ごしている。
この国にも身分制度はあるが、王国のような極端な貴族至上主義は存在しなかった。
実力主義が国是として深く浸透しているためである。
不敬罪などで理不尽に処罰されることもなく、かといって身分の低い者が高位貴族に対して馴れ馴れしくすることもない、程よい秩序が保たれていた。
そんなある休日、グランはシルヴィアに呼び出され、ゲートを開いてあの隠れ家へと向かおうとしていた。
『特待クラスの情報でも掴んだのでしょうか』
「だといいがな」
脳内のアンサートーカーの問いに、グランは短く返す。
そう、二ヶ月が経過しても、残りの特待クラスの生徒の行方は全く分かっていなかった。
当然アンサートーカーが帝国学園をくまなくスキャンしたのだが、特待クラスの教室だった場所には、もともと生徒が存在した形跡すら無かったのだ。
彼らは学園にすら来ていなかったのである。
学園長も「特待クラスの生徒は親善試合の時に初めて見た」と証言しており、彼らがもともと学園に通学していなかったということだ。
帝国学園はまるで名義貸しのように使われていただけで、本来は別の場所で実験が繰り返されていたのだと分かり、捜索は手詰まりとなっていた。
グランとアンサートーカーが強引にアカシックレコードへアクセスすれば見つかるかもしれないが、何の手がかりも無ければ膨大な時間がかかってしまう。
しかも、亜人という条件で検索しても、なぜか彼らを見つけることはできなかった。
『女神アリスティアに確認しましたが、意図的な隠蔽や改ざんはもちろんしていないとのことです。何か別の要因があるのではないでしょうか?』
アンサートーカーも、この異常な事態に少し警戒を強めている。
「俺たちで見つけられなければ、最悪もう死んでしまっているかもしれない」
『いえ、もし死んでいればそのログが出てくるはずです。おそらくまだ生きていると思われますが、隠蔽の強度が凄まじすぎます。知らない者からすれば、まるで最初から存在していなかったかのように見えます』
グランは以前、ヴェルシュタット公爵の記憶をヴィジョンで見た時のことを思い出す。
あの時、確かに特待クラスの生徒数は十人だった。
ならば、残りの三人は必ずどこかにいるはずなのだ。
留学もあと一ヶ月余りで終わってしまうため、それまでには必ず彼らを保護したいとグランは考えていた。
『マスター、今は焦っても仕方がありません。それより、そろそろシルヴィア様とお会いする時間です』
「そうだな。とりあえずシルヴィアに会いに行こう」
グランは学生寮からゲートを開き、幻零の本部であるあの隠れ家へと足を踏み入れた。
グランが建物の前に到着すると、門番に扮していた幻零の構成員が急に直立不動となり、敬礼をして出迎えた。
「お待ちしておりました」
グランは「お疲れさま」と短く返し、そのまま中へと入っていく。
シルヴィアの執務室に向かって廊下を歩いていると、すれ違う幻零の部隊員たちがぎょっとした顔でグランを見て、すぐさま端に寄って深く頭を下げた。
(まるで王様だな)
グランが脳内でそう呟くと、アンサートーカーがすかさずおちょくってくる。
『王は王でも、魔王だと思われてそうですね』
(まあ、最初のはやりすぎたとは思うけど。すれ違うたびにビクビクされたらちょっと気まずいな)
『最初のインパクトが強すぎたのです。あんな残虐なことをされたら誰でも心が折れます。しかも魔法契約の罰も相当厳しいですからね。一度でも罰を体験した者は、もう二度と逆らう気力すら起きないでしょう』
(まあ、逆らわなければ何もしないからな)
そんなやり取りをしているうちにシルヴィアの執務室の前に着くと、扉の前には二人の女性護衛が立っていた。
彼女たちはグランの顔を見るなり、ビクッと肩を震わせる。
「シルヴィアに会いに来た」
グランが告げると、二人は畏まった様子で答えた。
「お待ちしておりました。シルヴィア様、グラン様がお見えです」
扉越しに声をかけると、中からシルヴィアの声が響く。
「お通ししなさい」
二人が恭しく扉を開け、グランはそのまま執務室の中へと足を踏み入れた。
するとシルヴィアはすぐさま席を立ち、小走りでグランに近づいてくると、その場に跪いて深々と頭を下げた。
「お待ちしておりました、主様」
グランは呆れたようにシルヴィアへと言う。
「いくらなんでも礼が過ぎるぞ」
「いえ、私の主様に対しての尊敬と畏怖を表すには、これでも足りないくらいです」
「……具体的にどうするつもりなんだ?」
グランが尋ねると、シルヴィアはおもむろに自身の服に手をかけ、ゆっくりと脱ごうとし始めた。
「バカ! 脱がなくていい!」
グランが慌てて制止すると、シルヴィアはなぜかとても残念そうな表情を浮かべる。
その様子を見たグランは、ジト目を向けて指摘した。
「シルヴィア、お前実はわかっててやってるな?」
「はい。主様が初めて私の体をご覧になった時、決して嫌がってはいませんでした。むしろ少し照れていらしたので、私の体がお好きなのかなと」
グランはそれを聞いて、たまらず天を仰いだ。
「シルヴィア、この際だからはっきり言おう。確かにシルヴィアの体は美しい。だが、俺はそれを求めているわけではない。あれはただの、思春期特有の男子の反応だ」
その言葉を聞いてシルヴィアは安心したのか、妖艶に微笑む。
「いつでもおっしゃっていただければ、ご奉仕いたします」
『自家発電しなくても、シルヴィア様に相手してもらえばいいのでは?』
(バカ野郎! それじゃあまるで性奴隷だろ!)
アンサートーカーのからかいに、グランは脳内で激しくツッコミを入れた。
『何度も言いますが、シルヴィア様と幻零の面々は奴隷以下の契約を結んでいますよ』
(あれは逆らえないようにしているだけだ。そういう目的のために厳しい契約にしたわけじゃない!)
脳内での騒がしい会話を打ち切り、グランは今日呼ばれた理由を聞こうとソファに腰を下ろした。
すると、シルヴィアが当たり前のようにその隣へと密着して座ってくる。
「なんでこっちに座るんだよ」
グランが文句を言うと、シルヴィアはさらに妖艶に体をすり寄せてきた。
「私は身も心も主様のものなのですから」
「お前、絶対わかっててやってるだろ」
「はい。私にはもう、逆らう意思など微塵もありません。主様に尽くす喜びに目覚めました。少しでも主様のお役に立てれば、これほど嬉しいことはありません」
グランはこれ以上彼女のペースに巻き込まれるのを防ぐため、強引に話を変えた。
「……それより、本題を話せ」
グランのその言葉を聞いたシルヴィアは、スッと姿勢を正して報告を始めた。
「まず、主様からいただいた情報による関係者の排除、及び研究資料等の回収はすべて完了いたしました」
グランはそれを聞くと、「そうか、よくやった」と労いの言葉をかける。
シルヴィアはその反応に目を丸くした。
「……時間がかかりすぎだと、お叱りを受けるものと思っておりました」
「帝国は広いし、帝国全土に散らばっているものを処分して回収するんだろ。むしろ早いと思っていたところだぞ」
「そうおっしゃっていただければ、我々も安心いたします」
どうやらシルヴィアは、遅すぎると言われて怒られると覚悟していたらしい。
「サボっていたわけじゃないんだろ? ベストを尽くしているなら、別に何も言わないさ」
「ありがとうございます。帝国の特待クラスの残り三名の生徒についてですが、どうやらヴェルシュタット公爵の屋敷に連れて行かれているようです」
「そうか、わかった。ありがとう」
グランはそれを聞いてシルヴィアに礼を言う。
しかし、脳内ではアンサートーカーと素早く会話を交わしていた。
(どういうことだ? ヴェルシュタット公爵の屋敷はスキャンしたはずだぞ?)
『マスター、おそらく皇都の屋敷ではなく、領地のほうにある屋敷なのかと』
(そういうことか。さすがにそこまではまだ探していなかったな)
グランは改めてシルヴィアに尋ねた。
「それは、ヴェルシュタット公爵の領地にある屋敷ということか?」
「はい、そのようです。まさか自領の屋敷を実験場にしているとは、我々も夢にも思いませんでした」
「確かに、あれほどの危険な実験なら、事故などを考えたら自領の屋敷なんかでするはずがない。その盲点を突いたってことか」
「恐らくそうだと思います。それに、特待クラスのあの強さは、自身の身辺警護に置くには最適ですから」
グランはシルヴィアに先を促す。
「それで、そこからはどうしたのだ?」
「はい、屋敷に忍び込みくまなく探したのですが、それらしいものは発見できませんでした。ただ一箇所、立ち入り禁止の区画がありまして、そこに入ろうとしたのですが警備が非常に厳重で……」
グランは少し驚いた顔をする。
「幻零でも無理なのか?」
「いえ、強行突破なら可能かもしれません。ですが、政治的な影響を考慮し、強行突破は一旦保留にしております。本日は、その許可をいただきに参りました」
グランはシルヴィアに即答する。
「いや、強行突破はなしだ。お前の立場が悪くなるのはまずいからな」
シルヴィアはそれを聞いて、大きく目を見開いた。
その反応を見たグランが首を傾げる。
「ん、何か変なこと言ったか?」
「いえ……主様は以前、私の立場が悪くなろうとも、指示するまで何もするなとおっしゃっていましたので、そのようなご心配をされるとは思いませんでした」
「あれは、勝手に殺したりするなって意味で言っただけだ。別にシルヴィアが失脚して落ちぶれても知らないって意味じゃない」
シルヴィアはそれを聞くと、魔法契約でほぼ奴隷状態であるにもかかわらず、グランに対して熱を持つような思いを抱いてしまった。
すかさずアンサートーカーが脳内で突っ込む。
『マスター、今度は姉妹丼でも始めるつもりですか?』
(お前、今はやめろ!)
『確かに、お二人とも見目麗しいですからね。良いと思いますよ』
(セルフィリアはともかく、シルヴィアは完全に俺に対して嫌悪しているだろ! 契約があるからそうせざるを得ないだけだ)
『今はそういうことにしておきましょう』
グランはアンサートーカーの言うことを無視し、シルヴィアに向き直った。
「じゃあ、ヴェルシュタット公爵の領地に行くか」
グランがそう言うと、シルヴィアが現状を補足する。
「公爵領地は現在、厳戒態勢です。公爵が行方不明とのことで、表向きは重病を患って隠居したことになっておりますが、公爵家は嫡男が今取り仕切っています。おそらく、研究の情報も知っているようです」
「そうか。さすがに幻零が仕留めるわけにはいかんな」
「申し訳ございません」
「いや、研究に携わった関係者を皆殺しにしろとは言ったが、無理して高位貴族までシルヴィアが殺していたら、帝国で内乱が起こっていただろうからな。そうだな……これ以上は研究資料等の発見と回収だけにしよう。直接研究にかかわった関係者はあらかた片付いたようだし、あとは公爵家の嫡男だけだな」
「そのようになります」
「なら、幻零たちはいったん任務完了ということだな」
「はい、次のご命令を」
「しばらくは待機だ。羽を伸ばすなりしろ」
そう言って、グランは収納魔法から取り出した大量の金貨をシルヴィアに差し出した。
「主様、これは?」
「報酬だ。みんなで分けてくれ」
「このようなものは必要ございません」
「シルヴィア、成果にはちゃんと対価を与えねばならない。いくら魔法契約していようが、そこは俺はちゃんとする」
グランがはっきりと言うと、シルヴィアはまたしても驚いた表情を見せた。
「……では、お言葉に甘えていただきます」
配り方はシルヴィアに一任すると告げると、彼女は「かしこまりました」と深く頷いた。
グランはシルヴィアに向き直り、今後の懸念を口にする。
「あとはどうやってヴェルシュタット公爵領へ行くかだな」
シルヴィアはそれを聞いて提案する。
「幻零が使っていた擬装用のアジトがございます。そこを拠点にされればよろしいかと」
「そうか、じゃあ使わせてもらう」
シルヴィアは部下から提出されていた公爵領の鮮明な地図を提示した。
「ここがアジトです。そして、ここが公爵の屋敷となります」
グランはそれを目に焼き付け、脳内のアンサートーカーに記憶させる。
『スキャン完了。記憶しました』
準備が整ったところで、グランはシルヴィアに告げる。
「よし、じゃあ今日はこれで終わりだな」
別れの挨拶をして部屋を出ようとすると、シルヴィアが後ろからついてきた。
「おいおい、見送りとかいらないぞ」
「いえ、見送らせてください」
「……まあいいか」
グランはそれ以上は止めず、そのまま隠れ家の廊下を歩いて外へと出る。
見送りに立ったシルヴィアが、忠告するように言った。
「ヴェルシュタット公爵家は、私が幻零を使っても政治的なこともあり、なかなか攻めあぐねていた相手です。主様には何の問題もないかと存じますが、一応のご警戒を。ご武運を」
「ああ、忠告ありがとう」
シルヴィアの言葉を背に受け、グランはゲートを開いて帝国学園の学生寮の自室へと戻っていった。
グランが去った後、シルヴィアは一人その場に立ち尽くし、静かに思考を巡らせる。
(空間を繋ぐ転移魔法……それに、蘇生魔法すらもお使いになっていたわ……まるで、皇族におとぎ話として伝わる先祖……『転生者』のような規格外の強さ。主様はまさか……)
シルヴィアはそう推測するも、決してその疑問を言葉にすることはなかった。
今はただ、この強固な庇護下で自身の安全を確保するため、主となった規格外の男に尽くすことだけを考えていた。
一方、自室に戻ったグランはアンサートーカーと話し合っていた。
「公爵の嫡男か。確かに、公爵自身が動かしていなければ、いくら記憶を辿っても特待クラスの行方が分からないはずだな」
『ええ。しかし、アカシックレコードにアクセスしても見つからなかった謎がまだ解けていません。それにヴェルシュタット公爵をヴィジョンで見ましたが、嫡男の存在自体出てきませんでした。なにかとんでもないことが起こりそうですね』
「お前がそう言うと、本当に起こりそうだな。『世界を破滅へと導く災厄』……あの時適当に言った言葉だけど、あながち本当になりそうな予感がするぞ」
『マスターが四聖華を助けた時から、本来のアカシックレコードに刻まれていた事象は大きく変化しています。いずれは世界の修正力が働いて、いろいろと面倒なことが起こりそうですね』
「……運命は、自分たちで掴み取るものだと思っているのだがな」
その後、グランとアンサートーカーは一抹の不安を感じながらも、ヴェルシュタット公爵領への潜入に向けた相談を重ねていた。




