第181話:帝国での休日
帝国学園での連日続いた手合わせの日々がようやく落ち着き、今日は待ちに待った休日。
Sクラスの面々は、久しぶりにゆっくりとした時間を過ごしていた。
そんな中、グランは一人、アルメイダのところへ向かおうと学生寮を出る。
しかし、運悪くそこでセルフィリアに見つかってしまった。
「グラン、今からどこに行くの?」
グランは少し考え込んだ。
セルフィリアとアルメイダは顔見知りである。
だが、自分がそのアルメイダと師弟関係を結んでいるなどとは、彼女は夢にも思っていないだろう。
どう説明したものかと少し迷った末に、グランは誤魔化すように言った。
「んー、ちょっとね」
しかし、セルフィリアはそれを聞いて諦めるどころか余計に気になったのか、急にグランに体を密着させてきた。
そればかりか、自身の足をグランの足に絡ませてくる。
「ねぇ、お願い。私も一緒に行きたい」
上目遣いで甘い声を出すセルフィリア。
グランは最近、みんなからこうした過激なスキンシップのせいで、意図せず性欲が溜まっていくのをひそかに感じていた。
これ以上密着されるとマズいと判断したグランは、仕方なしに口を開く。
「……本当は今度みんなと一緒に行こうと思ってて、今日はその下見のつもりだったんだ」
とっさに捻り出した言い訳だったが、セルフィリアは得意げな笑みを浮かべて言った。
「なら、なおさらよ。ここは帝国なんだから、私が一緒にいたほうがいいでしょ?」
その正論と、いまだ離れようとしない彼女の熱い体温に、グランはついに根負けした。
「わかったよ。一緒に行こう」
こうして、グランはセルフィリアを連れて目的地へ向かうことになった。
二人が帝国学園を出て、賑やかな皇都の大通りを歩き始めると、すぐに周囲の様子が一変する。
街を行き交う帝国の人々が第二皇女であるセルフィリアの姿に気づき、次々と大きな声で挨拶を始めたのだ。
「セルフィリア殿下! 本日も麗しゅうございます!」
「殿下、おはようございます! 皇都の散策ですか!」
グランは、市井に出たセルフィリアの姿を見るのはこれが初めてだった。
彼女がどれほど帝国の民から慕われているかを、彼はその熱気から肌で感じ取っていた。
皇族としての圧倒的な強さを持ち、見目も非常に麗しい。
だが、彼女の本当の魅力はその性格にあるのだとグランは思う。
姉御肌で頼りがいがあり、何事に対してもすごく真っ直ぐなのだ。
そして、皇族の象徴でもある美しく長い黒髪が、彼女の魅力をより一層際立たせている。
遠目からでもすぐに彼女だとわかるほどの、絶対的な象徴だ。
そんなことを考えている間にも、セルフィリアは民たちへ向けて元気よく笑顔で挨拶を返している。
しかし、セルフィリアはグランとぴったり腕を組んだままであり、皆はその光景を見て興味津々な様子だった。
やがて、小さな子供たちがワーッとセルフィリアの周りに群がってきた。
子供たちはセルフィリアに元気よく挨拶をすると、不思議そうにグランのことを見上げる。
「お兄さん誰?」
グランが答えようと口を開きかけた瞬間、セルフィリアはしゃがみ、子供たちと目線を合わせ元気よく言葉を被せた。
「私の未来の旦那さん!」
予想外の言葉に、子供たちは大はしゃぎし始めた。
「セルフィリアさまの旦那さん!」
すると、そのやり取りを遠巻きに見ていた帝国の民たちの視線が、いっせいにグランへと集中する。
グランは居心地の悪さにひどく気まずそうな顔をしたが、セルフィリアはさらにグランへと密着し、力強く腕を絡めてきた。
「これからデートなの。またね」
そう言って子供たちを撫で微笑むと、子供たちは再び大騒ぎを始める。
「デートだって!」
子供たちが嵐のように去っていった後も、セルフィリアは帝国の民たちにまるで見せつけるかのように、グランと腕を組んで堂々と歩き出した。
「お前、まだなにも決まってもないのに、なんてこと言うんだ」
グランが抗議すると、セルフィリアは小悪魔的な笑みを浮かべた。
「帝国でこんなチャンス、滅多にないでしょ。外堀を埋めておかないとね」
『これは一本取られましたね』
脳内のアンサートーカーまでもが、どこか楽しげにおちょくってくる。
グランは深くため息をついたが、ふと考え直した。
セルフィリアとこうして二人きりで出歩くのは、王国でデートをした時以来だった。
どうせならきちんとエスコートしようと腹をくくり、グランは彼女にしっかりと腕を組ませた。
それに気づいたセルフィリアは満面の笑みを浮かべ、さらに体を密着させてくる。
二人は帝国の民たちの熱い視線を浴びながら、堂々と皇都の道を歩いていった。
やがて、グランたちは目的の場所であるアルメイダの鍛冶場兼店舗へと到着する。
そこは敷地も広く、非常に大きな造りの建物だった。
セルフィリアはその立派な店構えを見て、少し驚いたようにグランを見上げる。
「グラン、ここの鍛冶屋を知ってたの?」
「まあな」
グランが短く答え、二人が店の中へと足を踏み入れると、そこは多くの客でごった返しており大変な喧騒が広がっていた。
しかし、グランたちが入ってきた途端、店内の人々は時が止まったかのように一斉に静まり返る。
すると奥の方から店員が慌てて現れ、セルフィリアの前で深々と礼をした。
「これはこれは、セルフィリア殿下。本日はどのようなご用件でしょうか?」
セルフィリアはグランを見つめながら、楽しげに答える。
「今日は付き添いよ。用事があるのは私の旦那さん」
「おい! 違うだろ!」
グランがすかさず突っ込むが、店員はその言葉を聞いて少し驚きつつも恭しく頷いた。
「そうでしたか。セルフィリア殿下のご紹介であれば心配ございません。どうぞこちらへ」
奥へ案内されそうになったグランだったが、ふとアルメイダからもらったメダルのことを思い出す。
彼は収納魔法からそれを取り出すと、店員に向かって声をかけた。
「これがありますが、何かに使えますか?」
そのメダルを見た瞬間、店員は目を剥いて驚愕した。
「しょ、少々お待ちください!」
店員は血相を変え、慌てた様子でカウンターの奥の部屋へと駆け込んでいく。
少し経つと、その奥から店主であるアルメイダ本人が姿を現した。
アルメイダはグランの目の前までやって来ると、親しげに口を開く。
「よく来てくれたな。セルフィリア様も、お久しぶりでございます」
「アルメイダ、久しぶりね。グラン、アルメイダと知り合いだったの?」
「それは後で話すよ」
驚くセルフィリアをなだめると、アルメイダが促した。
「二人とも、こっちで話そう」
アルメイダは従業員専用の扉を開き、二人を店の奥へと案内する。
移動中もセルフィリアはずっとグランの腕に絡みついており、アルメイダは歩きながら後ろを振り返った。
「殿下、彼とはどのような関係で?」
「私の未来の旦那よ」
「だから、違うだろ!」
息の合った二人のやり取りを見て、アルメイダは半分からかうように笑う。
「セルフィリア殿下は、お目が高いですな」
そして建物の一番奥にある部屋に到着すると、アルメイダは中へ入るように促した。
そこは少し豪華な造りの家具が並べられた、前世で言うところのVIP席のような特別な空間だった。
二人は豪華なソファに腰を下ろし、アルメイダと向かい合う。
グランが落ち着いた様子で口を開いた。
「今日は下見に来たんだ。来週の休みに、みんなと来ようと思っているんだ」
セルフィリアが目を丸くして尋ねる。
「みんなって、Sクラスのみんな?」
グランが頷くと、アルメイダが即答した。
「わかった、ならそのつもりで段取りをしておこう」
グランはセルフィリアには先に説明しておこうと思い、視線を向けた。
「アルメイダ、セルフィリアには俺とアルメイダの関係を話しておこうと思う」
「私も、そのほうがいいと思う」
アルメイダの許可を得て、グランはセルフィリアへと向き直る。
「セルフィリア、俺とディアの王国建国祭で、ディアの兄に渡す剣を見てもらったと聞いたよな?」
「ええ、聞いたわ。まさか、その剣が……?」
「そう、その剣はアルメイダが作ったんだ」
その事実に、セルフィリアは驚きの声を上げた。
「よく買えたわね。アルメイダが直接作ったものなら、普通なら家一軒建つような代物よ」
するとアルメイダが、グランを遮るように割り込んだ。
「ここからは私が話そう」
アルメイダは背筋を伸ばし、セルフィリアに真っ直ぐに向き合った。
「セルフィリア様、私は彼と師弟関係を結んでおります」
その告白に、セルフィリアは目を点にしてアルメイダを凝視する。
「あら、グランを弟子にしたの?」
「いえ、私が彼の弟子となりました」
それを聞いた瞬間、セルフィリアはジト目でグランを睨みつけた。
「ちょっと! 帝国の神聖鍛冶師を弟子入りさせるなんて、何考えてるのよ!」
グランは頭をかきながら苦笑する。
「いや、まあちょっと成り行きで……」
アルメイダがさらに追い打ちをかけるように言った。
「セルフィリア様、魔導大会で見せた漆黒の魔剣、師匠が直しましたね?」
セルフィリアはその言葉を聞き、深くため息をついた。
「なるほど、そういうことね」
「ええ、そういうことです。何の運命か王国建国祭で出会いましてね。私は魔導大会を見ていましたから。それに、セルフィリア様の剣もきれいに直っていたのもしっています」
グランが補足する。
「リンク・ウェポンを見せてほしいと言われてな。最初は断ったのだが、帝国の利になるようなことはしないと言ってたし、純粋に職人として知りたかったのだろうと思ってな。ディアのリンク・ウェポンを見せたんだ」
セルフィリアは腕を組んで納得したように頷く。
「アルメイダは高レベルの鑑定持ちよ。さすがにバレたでしょ」
アルメイダは当時を思い出しながら、苦い笑みを浮かべた。
「そうです。そしていろいろ調べた結果、私には到底作れないものとわかりました」
「……アルメイダでも無理なの?」
「はい、そもそも使われている素材が伝説級です。仮に揃ったとしても、今度は帝国中の最高峰の技術者たちを集めなければ、姿かたちを作れません。それをクリアしても宝石の魔石化。あれはどうあがいても不可能です。あの魔法技術はこの先も無理でしょう」
「そうなんだ」
「なので、作れないことが分かったことでスッキリしました。そして今は、師匠から素材を買い取って武器や防具を作っています」
グランがさりげなくフォローを入れる。
「素材はちゃんと適正値段で買い取っているから大丈夫だ」
セルフィリアは感心したように頷き、ふと思い出したように尋ねた。
「なるほどね。でもグラン、技術とかは教えるの?」
「それについては今日の下見のついでに話そうと思っていたんだ」
その言葉を聞き、アルメイダは目を輝かせて立ち上がった。
「師匠! そうなのか! もうちょっと時間がかかると思ったけど、ずいぶん早いな!」
「アルメイダは信用できるし、これからのことを考えたら少しは師匠らしいことしないと」
セルフィリアは不思議そうに小首をかしげる。
「グランはいったい何を教えるつもりなの?」
「それを考えていたんだが、ちょうど今日セルフィリアがいるしな。漆黒の魔剣を直した技術を教えようと思ってな」
それを聞いたアルメイダは、衝撃のあまり言葉を失った。
「な、それを教えてくれるのか! 気持ちはすごく嬉しいが、それはかなりの秘匿技術なんじゃないのか?」
グランは淡々と返す。
「技術はそうだけど、再現できるのはアルメイダしか無理だしな。だから問題ないと思った」
その言葉に、アルメイダは深く感動したのか、グランの手を両手で強く握り、深々と頭を下げた。
「私、アルメイダの名に誓う。この技術を必ず秘匿し、帝国の利になるようなことはしないと」
「ああ、アルメイダなら信用できるよ」
その後、アルメイダは自身専用の鍛冶場へとグランたちを案内し、早速技術の教えを乞うた。
もちろん、グランは脳内でアンサートーカーと対話しながら技術を提供していく。
アンサートーカーの最適解をそのまま伝えているだけとはいえ、さすがは帝国の神聖鍛冶師であり、アルメイダはすぐに要領を得て技術を会得していった。
「師匠。たしかにこれは、他の者では到底再現できんな。この技術を途絶えさせるのは惜しいが、古代にはこれよりもっとすごい技術があったと聞くし、仕方ないな」
グランはアルメイダの言葉を聞いて、あっさりと答えた。
「アルメイダがいつか誰かに技術を継承する時、心から信頼できると思った相手になら教えてもいいぞ」
そう言うと、アルメイダはまたしても深々と頭を下げた。
「師匠、心から感謝するぞ」
そのやり取りを見ていたセルフィリアも、グランの凄さをまるで自分のことのように誇らしげに自慢していた。
そして、用事を終えたグランはセルフィリアと共に鍛冶屋を後にした。
時刻はすでにお昼を過ぎており、グランがご飯でも食べようかと提案すると、セルフィリアも素直に頷く。
「そうね、お腹すいたわね」
「どこかいいところはないか?」
グランが尋ねると、セルフィリアはしばらく考え込み、やがて何かを思い出したように顔を輝かせた。
「あ! カレーにしましょう! グラン、前ちょっと気になるって言ってたでしょ!」
その言葉を聞いた瞬間、グランの胃袋は完全にカレーを求める状態になってしまった。
「いいな! じゃあそこに行こう。今日は俺がおごるよ」
「じゃあ、お言葉に甘えるわ!」
そうして二人は帝国にある唯一のカレー屋に入り、グランが普段作るものとはまた違う、スパイスの効いた美味しいカレーに舌鼓を打った。
その後はセルフィリアの案内で皇都の観光名所を回ったのだが、彼女はすれ違う知り合いや道行く民たちに、グランのことをずっと「未来の旦那さん!」と紹介して回っていた。
グランは照れくささと気まずさの中で、「いくらなんでも外堀を埋めすぎだろ……」と内心で一人ツッコミを入れるのだった。




