第178話:羽ばたく翼
始業式から数日経ち、ガーターベルトとストッキングが、学園の女子生徒の標準装備になるくらい大流行してしまった今日この頃。
グランは残りの学園生活をどう過ごすか、まだ決め切れていなかった。
嬉しいことに、みんなは自分についてくると言ってくれている。
しかし、学園長が言っていたように、領地に戻ってこれからのことを勉強するのもよし、一足先に社会に出てインターンとして過ごすのもよしであり、それはみんなの将来に関わる大事な話だ。
グラン自身、学園生活が終わった後に自分が何をしているのか、全く想像ができていなかった。
前世で読んだ物語や小説は『めでたしめでたし』で終わるが、現実はそうではなく、その後もずっと人生が続いていくのだ。
例えば誰か一人を選んだら、物語ならそこでハッピーエンドで終わるかもしれないが、現実はそこから色々とある。
むしろ、社会に出てからが始まりであり、本当の人生の本番なのだ。
軽々しくみんなの将来に向けた貴重な時間を、自分の都合だけで振り回すことはできない。
だからこそ、今日改めてみんなでしっかりと話し合おうと決めていた。
教室に入ると、いつものメンバーが笑顔で挨拶をして迎えてくれる。
始業式からもう一週間以上が経っており、みんなグランがどう決断するのかを待っている状態だ。
グランは教壇の前に立ち、みんなに聞こえるように口を開いた。
「みんな、今日もう一度、これからのことを全員で話し合いたい」
そう言うと、みんなは「わかった」と素直に返事をする。
グランはその返事を聞き、放課後に何を話すか頭の中でまとめていた。
Sクラスの日常は、トレースとクローディア以外はほぼ自習だ。
だが、みんなは復習も兼ねて真面目に授業を聞き、二人が分からないところがあれば親切に教えてあげたりしていた。
二人も、みんなが優しく教えてくれることに深く感謝していた。
そして放課後は、いつも通り『蒼白銀の翼』の演習場で鍛錬をする。
しかし、演習場は連日凄まじい数の見学者であふれ返っていた。
みんな修練会に入りたそうにしていたが、学園長から今年は新規募集をしないと発表されたため、皆はものすごく残念がり、一部の生徒に至っては「入れないなら学園に入学した意味がない」と言い出す始末だった。
しかし、そういう意見を言う者たちはこぞって貴族至上主義の思想が強い者たちであり、学園長は「やはり王女や四聖華との伝手を作ろうとして、入ろうとしている者ばかりだ」と、その浅ましい考えを正しく見抜いていたのである。
そして放課後、グランは教室に残った全員と話し合いの場を設けた。
「みんな、残ってくれてありがとう」
「まあ、お前待ちのところもあったしな。こっちは気にしないぞ」
グランがそう言うと、マルクが笑って返し、他のみんなも同意するように頷く。
グランはそれを聞いて、みんなに向けて真っ直ぐに語りかけた。
「この最後の一年を何をしようか、ずっと考えていた。みんなは俺についてくると言ってくれたし、俺はそれが素直に嬉しかった」
グランは一息おいて話を続ける。
「だが、学生最後の年、学園長が言ったように、領地に戻ってこれからの勉強をするのもよし、社会に一足先に出てインターンをするのもよしと言っていた。そう、学園生活最後の年は、これから社会に出るための準備期間だ。俺は、俺の決めた都合だけでみんなの貴重な時間を奪いたくないと思ってしまったんだ。だから、みんなの様々な意見を聞かせてほしい」
グランのその誠実な言葉に、皆は真剣な表情で考え始めた。
しかし、そこでセルフィリアが声をあげる。
「ねえグラン。もし決められないんだったらさ……帝国に短期留学に来ない?」
グランはそれを聞き、セルフィリアに尋ねる。
「急にどうしたんだ? なぜそう思ったのか教えてくれないか?」
「実はさ、あの特待クラスの子たちが気になるのよ。グランが言うには、あと三人いるんでしょ? 保護できないかなと思って」
(なるほど、そこはいつかどうにかしようと思っていた)
そう、現状なかなか帝国に行く機会はない。
前はシルヴィアの『幻零』によって無理に連れて行かれたが、本来ならば国境を超える時は正式な手続きが必要だ。
特待クラスの保護だけなら、グランがゲートを駆使して連れ去ればいい。
だが万が一にもバレた場合は、そこから亜人の情報が漏れる可能性があった。
『幻零』たちはまだ、帝国中に散らばった関係者や資料を調べている最中だ。
シルヴィアも手紙で逐一報告してくれているが、まだまだ先は長い。
それでも先に、残りの特待クラスの保護だけはしておきたかった。
「じゃあ、俺が短期留学したいと言えばすぐにできるのか?」
グランが聞くと、セルフィリアは事情を説明する。
「実は帝国の学園長から何度か打診があったのよ。どうにか短期でも連れてくることはできないか? って。私は、グランが帝国に行っちゃったら、さすがに王国の王家や四侯爵を刺激することになるからね。だから難しいってずっと断ってたの」
グランがオリヴィアに聞くと、彼女は冷静に答えた。
「たしかに、表ではそこまで通達していませんが、いい気はしないでしょう。王国の最強世代の覇者をわざわざ帝国に送る必要なんてありませんもの」
グランが「まあそうだろうな」と納得すると、セルフィリアは慌てて言う。
「わたしは言ってみただけだから、気にしないで」
しかしグランは『特待クラスの保護』という言葉が引っかかっており、力強く宣言した。
「よし、じゃあ帝国に短期留学する」
「「「決断が早すぎだろ!」」」
みんなは即座に突っ込んだ。
「みんなも一緒に行こう」
グランはそう提案すると、教室の喧騒がぴたりと止まった。
たしかに、帝国の学園は気にはなる。実力主義でずっとやってきた国だ。
おそらく基礎の出来が全然違うだろう。
みんなはこの二年間でグランに影響されたのか、強さに対してはとても貪欲になっていた。
「確かに帝国を見てみるのも今後の為になるわね。お父様に一度聞いてみるわ」
「そういえば、一年の時の親善試合で聖女候補だった方と会えるのならいいわね」
ルヴィリスは行く気満々であり、エルスメリアも嬉しそうに言う。
「グラン様が行くところは、私も行くところです」
「帝国の剣士たちと鍛錬するのも悪くない」
ソフィアも目を輝かせてそう言うと、ディアドラは好戦的に話して笑みを浮かべる。
そしてオリヴィアも頷いた。
「私はもともと帝国に留学していましたので、また行くのもいいでしょう」
「帝国はみんな強いと聞くし、いいと思うわ!」
「みんな行くなら俺たちも行きたいな」
ベアトリクスも賛同し、マルクたちも乗り気になる。
「皆さんが帝国に行っている間に、僕たちは卒業課程を終えて追いつけるように頑張ります」
「トレースの言う通りです。先輩方とはしばらく会えませんが、そこは私たちの努力次第です。気にせず行ってください」
トレースはそう意気込んで言うと、クローディアも先輩たちの背中を押す。
「じゃあ明日、俺が学園長とバルトス教官に言ってみる。すぐには決まらないだろうから時間はかかるが、みんな待っていてくれ」
グランは皆の意見を聞いて答えると、セルフィリアが話す。
「学園長の許可が出たら、すぐに帝国の学園長に手紙を送るわ」
「じゃあみんな、今日はこれで解散だな。明日学園長と話したら、放課後の演習場でまた詳細を話すよ」
そして次の日。
「話があります」
グランは学園長とバルトス教官にそう伝える。
二人はグランが話す内容がまるで想像できなかった。
だが、以前からグランの秘密について「いつか話してくれる」と思っていたため、ついにその件だろうと察していた。
グランもいい機会だと考え、自身が『女神の遣い』であるという形で事情を話そうと決めていた。
そして学園長室で、グランは二人と対面して話し始める。
「学園長、バルトス教官。遅くなりましたが、俺の話をします」
そう言うと、二人は少し緊張した面持ちになった。
なんせ王家と四侯爵家が絡んでいる人物の秘密を共有するということは、それだけ責任が重いからだ。
「俺はこの世界に召喚された、女神の遣いです。来るべき災厄に備え、聖域で鍛錬をしていました」
それを聞いた学園長とバルトス教官は目を見開き驚愕する。
「聖域だと……」
「あそこはつい最近まで、禁足地だったはずだ。そんなところで鍛錬していたとは……」
四侯爵が聖域第4層を踏破したことにより、聖域はまだ禁足地ではあるが、今までより少しだけ規制が緩くなっていた。
そしてグランは続ける。
「そして、女神に人間社会を知ってもらうためこの学園に入学しました」
「そういうことだったのか……」
「なら、今までの君の規格外の強さも説明がつくな。なるほど」
グランはこの説明で初めは納得してもらえないと思っていた。
しかし目の前の二人は合点がいったのか、すんなり納得してくれていた。
学園長とバルトス教官はむしろ、今までの活躍を考えれば、それくらいの秘密でないと納得ができなかったのだ。
学園長はグランが口にした『災厄』という言葉を重く受け止める。
「災厄か……学園として協力できることがあれば全力で協力しよう」
グランにそう言って学園長は来る日に備えて約束をしてくれた。
「今まで以上に訓練課程を厳しくしなければな」
バルトス教官もそう言って気を引き締めた。
そこでグランは、本題である帝国への短期留学の話を切り出す。
学園長はそれを聞いて最初は難色を示していたが、そこでバルトス教官が学園長に助言する。
「グランたちが帝国に行き、そこでも実力を示せば、王国学園の威信は高まります。これを機に来年からは交換留学という形で帝国の生徒を迎えることができれば、我が校にも実力主義の思想が広まるかもしれません」
「確かにそうだな……」
学園長はその意見を採用し、三年生のSクラスの短期留学を正式に許可した。
「ありがとうございます」
「我ら王国学園の威信を存分に示して来い」
グランが頭を下げると、学園長も力強く送り出した。
そしてグランが部屋を去った後、学園長とバルトス教官は互いに深く一息つく。
「まさか、女神様の御使いだったとは……」
学園長が呟くと、バルトス教官も冷や汗をかきながら震える声で言う。
「うちの息子は入学式の時、グランに難癖を付けて喧嘩を売っていましたよ……神罰が下るのでは……」
「そこは大丈夫じゃろ」
学園長は苦笑いして宥めた。
「しかし災厄か……あれほどの者が言うのだ。とてつもない何かが起こるかもしれん。早急に学園全体の実力を底上げせねばいかんな。バルトス教官、明日緊急会議を開き、カリキュラムの見直しをするぞ」
「承知いたしました」
バルトス教官は学園長の言葉に力強く頷いた。
そしてグランは演習場に行き、鍛錬していたみんなを集める。
無事に学園長の許可が下りたことを伝えると、セルフィリアがすぐに行動を起こした。
「じゃあ、さっそく手紙を早馬で届けるように手配するわ」
彼女はそう言って、すぐさま帝国へ向けて手紙を送った。
そして一週間後、帝国の学園長がわざわざ王国学園に足を運び、学園長同士で直接会談を行った。
その結果、ちょうど一学期が終わるまでの期間、Sクラスは短期留学として帝国学園に行くことが正式に決まったのである。




