第177話:学園最後の年と定期報告会
ルヴィリスとの既成事実寸前のひと時を過ごしたことにより、グランの固い貞操観念には確実にひびが入っていた。
そして今年は三年生、いよいよ学園生活最後の年である。
来年には一人を選ばなければいけない。
グランは迫りくる決断の時から今は目を逸らし、始業式に参加するのであった。
今年のSクラスの発表だが、三年生の『蒼白銀の翼』のメンバーに加え、二年生のトレースとクローディアが編入することになった。
学年は違うが、生徒数の関係上、一緒に授業を受けることになるという。
この事実によって、学園内では『蒼白銀の翼』に入ることがSクラスに上がる近道だということが完全に認知された。
始業式が終わり、生徒たちは慣れ親しんだSクラスの教室に集まる。
そしてしばらく経つと学園長とバルトス教官が入ってきて、新しい生徒を紹介するという形式的な挨拶が始まった。
「二人とも中へ」
学園長が声をかけると、トレースとクローディアが少し緊張した面持ちで入ってきた。
クラスのみんなは「ついに来たな」という歓迎ムードで彼らを迎え入れ、二人も先輩たちと一緒に授業が受けられることに深く感激していた。
そこで学園長が本題を切り出す。
「さて、諸君。正直なところ、三年生のSクラスはカリキュラム的にすべて終わっている。これ以上、君たちに教える授業はない」
するとマルクが驚いたように尋ねた。
「それって例えば、ずっと学園に来なくても卒業できるということですか?」
学園長は静かに頷く。
「もうその認識で間違いない。ただ、終業式や魔導大会、修練会対抗戦などの重要な催しはその都度出欠を取るが、いかんせん君たちに勝てる者はもういないだろう。エキシビションをするかどうかも今は保留中だ」
グランも確認するように問いかける。
「なら、これから俺たちは自由ということですか?」
バルトス教官がそれに答えた。
「そうだ、お前たちは何をやっても自由だ。これを機に社会に出てインターンをするのもよし、各々が鍛錬をするのもよし、領地に戻って卒業後のために勉強するのもよし、すべて自由だ」
さらに学園長が続ける。
「『蒼白銀の翼』の新規募集も、今年はやめようと思っている。トレースやクローディアの姿を見た生徒たちは、恐らく全員が応募するだろう。だが、それでは一極集中になるだけだ。学園全体の実力を底上げするためにも、色々と考えていかねばならん」
グランは「確かにそうだな」と納得した。
自身の『魔力操作の極意』は、今のところグランでなければ直接伝授できないからだ。
それに、他の者が教えられるような簡易版の鍛錬方法もまだ確立されていない。
今の一年生が仮に『蒼白銀の翼』に入ってグランが極意を教えたとしても、彼が卒業してしまえばそこで途絶えて終わりになってしまう。
それはトレースやクローディアが卒業する時でも同じことだと思い、グランは学園長の意見を全面的に肯定した。
学園長は続ける。
「心情的には、君たちは学園の象徴として学園にいてほしい。ただ、この1年は社会に出る前の最後の学生生活だ。君たちがどう過ごすのかも興味深いし邪魔もしたくない。だから無理強いはしない」
グランは学園長に答えた。
「みんなと相談して決めようと思います」
バルトス教官も豪快に笑って言う。
「就職のあっせんならいつでも来てくれ。まあ、お前たちが行きたいと言えば、向こうは無条件で手放しで喜んで内定をくれるがな!」
そしてホームルームは終わり、トレースとクローディアも含めて教室で今後の話をする。
グランがみんなに向かって尋ねた。
「みんなはどうするんだ?」
するとルヴィリスが真っ先に声を上げる。
「私はグランについて行くわ」
それを皮切りに、エルスメリア、ディアドラ、ソフィア、オリヴィア、セルフィリアも一斉に同意した。
「「「私たちもついて行くわ!」」」
マルクたちもそれに続く。
「ここまでずっとお前についてきたんだ。なら最後までついて行きたい。」
ベアトリクスも笑顔を見せながら話す。
「何するにしても、グランと一緒が一番いいからね」
トレースとクローディアも気合を入れる。
「先輩たちにすぐ合流できるよう、私たちも頑張ります」
トレースとクローディアはまだ必須の座学のカリキュラムが残っており、それが終われば晴れて自由ということになっていた。
ただ、後で聞いた話だが、二人は座学の成績もトップクラスらしい。
Sクラスは授業内容も特別だから、学園長に言えばすぐに単位が取れるように授業を組んでくれるだろう。
グランはみんなの意見を聞いて頷いた。
「明日まで考えておくよ。今日は修練会の鍛錬は休みにしよう」
「休みにするのか。じゃあ俺たちは王都で気晴らしに遊んでくるわ」
マルクとレキシ、カロンとニーナは先に教室を出て、王都へと繰り出していった。
トレースも立ち上がる。
「それなら私は一度、王都の実家の商店に戻ります。皆様、明日からよろしくお願いします」
トレースもそう挨拶をし、教室から出て行った。
グランはまだ残っているみんなに尋ねた。
「みんなはどうするんだ?」
「私たちもしばらくしたら帰るわ」
「じゃあ俺は先に帰る。みんな、今年もよろしくな!」
グランはそう言って荷物をまとめ、学生寮へと帰っていった。
グランが去ってからしばらくすると、ルヴィリスが口を開く。
「うん、校舎から出たわね。じゃあ始めましょうか」
魔眼でグランの動向を確認すると、彼女たちは手際よく机を移動させ、会議室のようなレイアウトを作り上げる。
さらにしばらくすると、レインがSクラスの教室にやって来た。
メンバーが揃ったことを確認すると、エルスメリアが防音仕様の強力な結界を張り、教室に誰も入れないようにする。
そして黒板に、ルヴィリスがチョークで大きく文字を書いた。
『グランを堕とす会』
「では、始めましょう」
それは、グランを狙う女たちによる定期的な情報交換の場であった。
「では始めに、今回新たにこの会に加入する者の紹介よ」
ルヴィリスがそう言うと、ベアトリクス、クローディア、レインが立ち上がり、それぞれ一言ずつ挨拶をする。
まずベアトリクスが口を開いた。
「ごめん、みんな。婚約破棄になったからフリーになっちゃった。グランのことはずっと好きだったの。もうこの気持ちは抑えられない。だからみんな、お願いします」
するとルヴィリスは微笑みながら優しく答える。
「大丈夫よ、あなたの気持ちはわかるから一緒に頑張りましょう」
みんなも歓迎の拍手をして彼女を迎え入れる。
ベアトリクスはそれを聞いて感激するが、ソフィアがすかさず声をかけた。
「あとでグラン様との逢瀬の内容を話してもらうけど、大丈夫?」
ベアトリクスは恥ずかしがりながらも頷く。
「みんながやったことを報告しあうとは聞いていたけど、本当だったんだ。わかった、私もあったことは言うし情報はきちんと共有するよ」
次にクローディアが挨拶をした。
「バレンタインデーの時は恩人への気持ちのほうが強いと言いましたが、やっぱり抑えることはできませんでした。あんなに人間ができていて、優しくて強くて頼りになる人、王国中いえ、大陸中探してもいません。私が一番出会いが遅いし浅いですが、それでも気持ちは皆さんと一緒です。よろしくお願いします」
その言葉に、みんなから再び温かい歓迎の拍手が送られる。
最後にレインが静かに挨拶をした。
「お嬢様を助けてもらい、そして私を使用人ではなく一人の女として扱ってくれました。お嬢様の幸せを願っていますので、お嬢様と結ばれた暁には私もお情けをいただきたいと存じます」
その言葉を聞いて、エルスメリアが力強く言う。
「レイン、この会は身分や立場など関係ないわ。みんなが協力し合ってグラン君を文字通り堕とす会よ、遠慮しちゃだめよ」
レインはそれを聞いて恭しく一礼する。
「かしこまりました。鍵開けなど斥候は得意です。困った時があれば私にお任せを」
するとディアドラが嬉しそうに言った。
「バレンタインデーのあの時は本当に助かったな」
みなもその活躍を肯定し、レインを大きな拍手で迎え入れる。
そしてルヴィリスが全体を見渡してまとめた。
「これでこの会も九人の大所帯となったわね。みんなはライバルであり同志、正々堂々としましょう」
ルヴィリスの言葉に、みなは真剣な表情で頷く。
「それじゃあ、定期報告を始めましょうか」
その言葉を合図に、この場にはいないグランにとって地獄の情報共有会が幕を開けた。
そして、各々が王国建国祭であった出来事を包み隠さず報告していく。
デートの順番通り、まずはルヴィリスが報告すると、新しく入った三人はその品のあるデートをうらやましそうに聞いていた。
次にソフィアの番になり、彼女は恥ずかしげもなく衝撃の事実を語り出す。
「初めはモーテルに入ろうとしたのだけれど、断られました。だから王都のグラン様の工房で既成事実を作ろうとしたのだけれど、寸前で睡眠魔法を使われて失敗に終わってしまいました」
それを聞いたベアトリクスとクローディアはひどくびっくりする。
すると、エルスメリアが二人に優しく教えた。
「こうやってみんなと情報を共有して、自分たちも真似させてもらうのよ」
ベアトリクスとクローディアは、この会が思った以上に肉食であることに戦慄した。
そしてディアドラの番になったが、彼女は兄の剣を一緒に探して無事に見つけたことだけを話す。
神聖鍛冶師アルメイダの存在についてはグランが自ら話すだろうと思っており、『グランを堕とす会』に必要のない報告はしないでおこうと判断したからだ。
そして次はエルスメリアの番である。
彼女はランジェリーショップでグランをゆっくりと誘惑していき、アンサートーカーの力を借りて、王都の屋敷の自分の部屋で寸前まで事に及びかけたことを語った。
しかし、グランの思い出話を聞いたことで、自分の今までしていたことが急に恥ずかしくなって途中でやめてしまったのだという。
ただ、グランが一番興奮すると言ったあのガーターベルトとストッキング、そして扇情的な下着の詳細については包み隠さず全員に教えた。
その結果、この会議の後に全員でその店へ行き、同じものを全員分そろえようという話でまとまった。
そして次はベアトリクスの番だった。
ベアトリクスはみんなの前で話すのは少し恥ずかしかったが、あの時のグランの優しさを思い出しながら、自身の婚約破棄の理由なども正直に打ち明ける。
そして最後に、ファーストキスをした時の話をした。
みんなはベアトリクスの初々しい様子が可愛らしかったのか、微笑みながらその話を聞いていた。
しかし、そこで『高貴なる血族』の話が出ると、直接的ではないにしろアシュクロフト家が絡んでいることに、クローディアがひどく申し訳なさそうに口を挟む。
「ベアトリクス先輩、本当に申し訳ございません」
ベアトリクスはクローディア自身には関係がないことをわかっているため、優しくフォローした。
「謝ることはないよ。ただ、この件についてはまた別の時にみんなでちゃんと話したいな」
その言葉に、他のメンバーも真剣な表情で静かに頷いた。
続いてレインが、一緒に植物を買って庭に植えた時の話をする。
すると、ディアドラが反応した。
「あの中央にあったインセクトイーターか? なかなか可愛くてセンスがいいな」
ルヴィリスたちもそれを肯定して褒めるが、ベアトリクスにはみんなの感覚がよく分からなかった。
(どっちかと言えば、ちょっと怖いイメージなんだけど……)
そしてクローディアの話になり、先輩と後輩という青春の代名詞のような甘い恋のやり取りを聞いて、みんなの胸は暖かくなった。
そして最後に、セルフィリアとオリヴィアの番になった。
二人は帝国第一皇女であるシルヴィアの話は伏せようと前もって打ち合わせていた。
まずはセルフィリアが、少し大事な話があってグランが夜更けに王城へ来たことと、そのまま一緒に朝まで寝た話をする。
その際、彼を賊の侵入だと思い込み「初めてはグランと!」と叫んでしまったことを、顔を真っ赤にしながらも嬉しそうに語った。
それを聞いたみんなも、「もちろん純潔はグランに捧げたいから、賊じゃなくて本当に良かった」と深く共感する。
続くオリヴィアも、次の日に自分の部屋にグランが泊まった時のことを話し始める。
「他国に嫁ぐと聞いた時どう思ったか」と尋ねた際、「俺の女に手を出すなって思った」と彼に言われたことを報告すると、全員から「キャーッ!」と黄色い歓声が上がった。
こうして全員の報告が済むと、ベアトリクスとクローディアは『みんなはもうそこまで進んでいるんだ』と衝撃を受ける。
そして逆に、『自分たちもそこまで過激にアピールしていいんだ』と、とんでもない解釈をし始めていた。
二人は順当に、『グランを堕とす会』の肉食な空気に毒されていっていた。
そして会議が終わり、皆でランジェリーショップに行くこととなった。
彼女たちが揃って店に入ると、店の店員や来客は皆一斉に驚愕して固まった。
なぜなら、この国の高位貴族の令嬢たちが勢ぞろいしていたからである。
彼女たちはすぐにVIPルームへと案内された。
以前エルスメリアが来店した時に対応した店員と、その店長が直接応対にあたる。
そして皆が、あのグランが一番興奮したと言っていたガーターベルト、ガーターストッキング、そして黒色の扇情的な下着をこぞって買っていった。
次の日、グランが登校して教室に入ると、女子たちのスカートから見事なまでにガーターベルトがチラ見えしていた。
グランはすぐに(情報共有されたな)と気づき、呆れ果てる。
しかもみんな、わざと見せるように足を組み直したり、そばを通る時に見せつけてきたりするのだ。
あろうことかクローディアやベアトリクスまでそれを身に着けており、グランは『グランを堕とす会』の入会者がさらに増えた事実に頭を抱えた。
さらに後日、四聖華や王女と皇女が同じ下着セットを買ったという噂が瞬く間に広まり、あの下着セットが飛ぶように売れ始めた。
結果として、学園の女子生徒たちの間でそれが大流行してしまったのだ。
グランは連日、目のやり場に困り果てて頭を抱える日々が続くのであった。




