第175話:忍び足の夜
シリアスが続いたので、息抜きの話です
シルヴィアを見送った後、グランとオリヴィアとセルフィリアはしばらくお茶を飲んで雑談していた。
特にオリヴィアは二年生の修了式から、久しぶりにグランと会ったことが嬉しくて、ずっとくっついていた。
セルフィリアもその気持ちをわかっていたので、今回は譲る気持ちで一緒に逢瀬を楽しんでいた。
そして夜も更ける頃、グランがさすがに帰ると言うと、セルフィリアが引き留めた。
「まだ春休みは終わってないでしょ? 泊まっていきなさいよ」
オリヴィアもそれに便乗して、グランに提案する。
「今日は私の部屋で一緒に寝ましょう」
「それはまずいだろう」
グランが難色を示すと、オリヴィアは上目遣いで見つめてくる。
「セルフィリアはよくて、私はだめなのですか?」
「あの時は、たまたまそうなっただけだ。それに、たとえそうしようとしても、ここから出てオリヴィアの部屋に行く道中で絶対に警備の騎士に見つかって、俺は晒し首になるぞ」
「大丈夫です。私が何とかします」
そう主張するグランに対し、オリヴィアは全く話を聞こうとしない。
セルフィリアもグランに近づき、耳打ちする。
「ああなったオリヴィアは、止めても無駄よ。例えば、今からグランがゲートで帰ろうとしたら、そのまま一緒に学生寮に押し掛けるわよ」
グランはそれを聞いて呆れてしまうが、学生寮に突撃されるほうが面倒だと思い直した。
「……わかった」
グランが折れると、オリヴィアはとても喜んだ。
「早速部屋に戻りましょう!」
「いやいや、このまま外に出たら俺は確実に見つかるぞ」
すると、アンサートーカーが皆に聞こえるように話し始めた。
『私がスキャンして指示を出すので、二人は隠れながら移動すれば部屋にたどり着けます』
セルフィリアは以前にアンサートーカーと話していたので何ともなかったが、オリヴィアはその声を聞いてすぐ辺りを見回し警戒した。
『オリヴィア様、私はアンサートーカーです』
そう名乗られると、オリヴィアもあの聖域での出来事を思い出したのか、安堵して声をかける。
「お久しぶりですわ。あなたが指示してくれるなら安心ね」
『お任せください』
グランはまたアンサートーカーが勝手に話しかけたことに内心で抗議するが、確かにここで一番頼りになるのはこいつだと思ったため、それ以上は何も言わなかった。
最近、この相棒がだんだんと遠慮がなくなってきている気がする。
そしていざ部屋に向かおうとした時、セルフィリアがグランを呼び止めた。
「グラン待って、おやすみのチューをしてほしいな」
(まじかよ……)
グランが内心で戸惑っていると、アンサートーカーが勝手に言い出す。
『濃厚なほうがいいですか?』
セルフィリアはそれを聞いて元気に答えた。
「もちろん!」
そして両手を広げ、目を瞑ってグランを待つ。
グランもまあここまでされて恥をかかせるわけにはいかないと思い、注文通りに濃厚な口づけをした。
しばらく口づけをして唇を離すと、セルフィリアは目をトロンとさせて名残惜しそうにグランを見つめる。
しかしすぐに気を取り直し、笑顔を見せた。
「今日はいい夢見れそうよ。じゃあオリヴィア、楽しんでね」
そう言って二人を見送る。
グランとオリヴィアはセルフィリアに見送られながら、こっそりと部屋の外に出た。
すると、アンサートーカーがグランとオリヴィアにだけ聞こえるように魔力を使って声を飛ばしてきた。
『ではマスター、ヴィジョンを使ってください』
グランは言われた通りに魔法『ヴィジョン』を展開する。
すると、前世のゲームでいうミニマップのようなものが空中に映し出された。
オリヴィアはそれを見て目を丸くする。
「これは……王城の見取り図ですか?」
『はい、城内をスキャンしました』
「あなたがいたら、難攻不落と言われる要塞や城もすべて丸裸ね」
しかしグランは、そのヴィジョンの映像を見て呆れたように話す。
「……この敵を示す点と、その視界を表す扇状の光はまさか……」
アンサートーカーは自慢げに答えた。
『マスターの前世にあったステルスゲームの画面を参考にしました。わかりやすいでしょう?』
「お前、これ色々と怒られるぞ」
『マスターにだけは言われたくありません』
バカなやり取りをしつつも、オリヴィアと一緒に見つからずに無事部屋にたどり着く、いわゆる『バーチャ○ミッション』が開始された。
ゆっくり、そして慎重に音を立てず城内の廊下を歩いていく。
セルフィリアの部屋の前に警備の騎士がいなくて本当に助かったとグランは思う。
普通、来賓客の部屋の前には警備がいるものだが、セルフィリアはあえて警備をつけなかったのだ。
道中でオリヴィアに理由を聞くと、オリヴィアは苦笑いをしながら答えた。
「あの子が逆に邪魔だと言ってきかなかったの。敵の気配がわかりづらくなると言ってね」
「確かに、俺が部屋に行った時、セルフィリアはすぐに起き上がって剣を振ってきたな」
「ええ、聞いたわ。……初めてはグランがいいって言ったこともね」
オリヴィアは微笑みながらそう言った。
グランは(そんなところまで言わなくていいだろう……)とセルフィリアに呆れる。
しかし、オリヴィアはグランの袖をつまみ、顔を赤らめながら大胆なことを告げた。
「私も……初めてはあなたがいいわ」
グランは、あの聖域で自身の正体を話した時から、皆が遠慮なしに過激なスキンシップをしてくるようになったと感じている。
(このままじゃ、確実に食われるな……)
グランは内心でそう思いながら、一人冷や汗を流していた。
アンサートーカーの指示とヴィジョンのミニマップのおかげで、二人は順調にオリヴィアの部屋へと近づいていく。
しかし、そこで予期せぬ事態が発生した。
前方と後方の両方から、巡回の騎士たちが歩いて近づいてきたのだ。
グランは焦りまくる。
「おい! このままだと見つかっちまうぞ!」
オリヴィアも挟み撃ちにされたことを悟り、ひどく慌てた。
「どどど、どうしましょう、グラン! 今すぐ小さくなるのよ!」
「そんな魔法ねえよ!」
絶体絶命の状況下で、アンサートーカーは冷静に演算処理をして答えを導き出す。
『マスター、あれに変装してください』
(あれって……まさか!)
『時間がありません!』
グランは「南無三!」と心の中で叫び、以前アルメイダを迎えに行った時に使った魔法で女装し、念のために服装もメイド服へと変えた。
オリヴィアはその完成度の高い姿を見て度肝を抜かれたのか、「か、かわいい!」と叫んで抱き着いてきた。
「オリヴィア! 今はまずいって!」
「かわいい! かわいい!」
オリヴィアは何がツボったのか、メイド姿になったグランの顔に自身の頬を擦り付けまくる。
すると、そこへ騎士たちが近づいてきた。
「これはオリヴィア様。夜分遅くにご苦労様です」
オリヴィアは騎士たちの声を聞くやすぐに王族モードに切り替わり、彼らに労いの言葉をかける。
「夜分ご苦労様」
騎士の一人が、オリヴィアの傍らに控えるメイド姿のグランを見て声をかけた。
「こちらの者は見慣れないメイドですが……?」
オリヴィアはとっさに言い訳をでっち上げる。
「私が個人的に雇った者です。詳しくは言えませんが、暗部の者だということだけ伝えておきます」
騎士たちは『暗部』という言葉に緊張し、すぐさま頭を下げた。
「これは失礼いたしました!」
「話が早くて助かります」
オリヴィアが王族らしい優雅な微笑みを向けると、騎士たちはその美しい姿に見惚れてしまう。
そしてオリヴィアは言葉を続けた。
「私は今から寝室に戻ります。護衛はこの子がいるので大丈夫です」
「暗部の者なら安心して任せられますね。しっかり護衛を頼んだぞ」
騎士たちにそう声をかけられると、グランは無言のままこくりと頷いた。
そして、騎士たちは再び巡回ルートへと戻っていった。
「危なかった……」
グランは安堵して一息つく。
『さあ、行きましょう』
「これならもう、堂々と歩けるわね」
オリヴィアは楽しそうに言い、先ほどのコソコソした移動とは打って変わって、グランを連れて堂々と自分の部屋へと向かっていった。
部屋の前に到着すると、オリヴィアは部屋の前にいた護衛の騎士たちに声をかけた。
「今日はこの子がいるから大丈夫です」
しかし、護衛の騎士たちは女装したグランを見て少し怪しむ。
オリヴィアは先ほども使った言い訳で、個人的に雇った暗部の子だと説明した。
「お気持ちは分かりますが、これも仕事ですので」
騎士たちはそう言うと、グランのボディチェックを念入りに調べ始めた。
グランは魔法で女の体になっていたため男とはバレなかったが、同性の男たちに体をまさぐられてすごく不快な気分だった。
しかし、さすがは王族直属の護衛騎士たちであり、やましい感じのセクハラまがいの触り方は一切せず、淡々と仕事をこなしていく。
「……大丈夫ですね」
調べ終わった騎士がそう告げると、オリヴィアは彼らを労う。
「ありがとう。あなたたちも今夜は休んでいいわよ」
「ありがたきお言葉です」
騎士たちは深く頭を下げ、オリヴィアの部屋の前から離れていった。
グランは同性からの取り調べで精神を削られまくっており、少し疲れていた。
しかしオリヴィアは、これで二人きりで好き放題できると喜んでおり、グランはこれからオリヴィアの猛攻に耐えなければいけないことにまだ気づいていなかった。
部屋に入ると、グランはすぐさま変装魔法を解く。
そこは豪華絢爛な部屋で、前世のテレビで紹介されたような高級ホテルのスイートなんか目じゃなかった。
しかし、グランはふと疑問に思う。
「そういえば、初めて王城に来た時は、オリヴィアの部屋はここじゃなかったよな?」
「あの時は、私が魔力核欠乏症だということが公になってはいけないので、秘密裏に部屋を移していたのです」
「なるほどな」
グランが納得していると、不意にオリヴィアが抱き着いてきた。
「おいおい……」
「私が今こうして生きているのは、あなたのおかげよ」
オリヴィアはそう言って、グランに情熱的な口づけをしてくる。
グランは為すがままに受け入れ、二人はしばらくキスをし合った。
そして少し経つと、オリヴィアは満足したのか微笑む。
「さあ、寝ましょう」
そう言って、彼女はクローゼットへと向かった。
グランはバレンタインデーの時の出来事を思い出し、オリヴィアから視線を外して後ろを向く。
背後からごそごそと衣服の擦れる音が響いており、着替えているのがわかる。
グランはこのシチュエーションから、さっきシルヴィアが急に脱ぎだして全裸になったことを思い出してしまい、下腹部に血液が溜まっていくような感覚に襲われた。
アンサートーカーはそれを見て、脳内でグランをおちょくる。
『準備万端ですね。今日こそ卒業したいですね』
(お前、本当にいい加減にしろよ……)
グランは前かがみになりながらも、脳内で抗議する。
そんなやり取りをしていると、オリヴィアが声をかけてきた。
「グラン、着替え終わったわ」
グランはその声を聞いて振り向こうとするが、以前あのバレンタインデーの時にものすごい下着とネグリジェを着ていたことを思い出し、オリヴィアを見ようとしない。
オリヴィアはグランに近づき、不満げに言う。
「もう、なにをしているのです? 早くベッドに行きましょう」
オリヴィアはグランの腕を掴むと、強引にベッドへと向かった。
グランは後ろ歩きで引っ張られながらベッドに連れて行かれ、足を取られると、そのまま勢いよく仰向けに倒れ込む。
そして間髪入れずに、オリヴィアがグランの上に跨ってきた。
グランはオリヴィアの姿を見て絶句する。
バレンタインデーの時とほぼ同じ、過激な格好だったからだ。
グランはすぐに視線を逸らし、ギュッと目を閉じた。
「オリヴィア! だから、だめだって!」
「何がダメなのですか?」
オリヴィアは分かっているはずなのに、わざとらしくきょとんと首を傾げる。
「分かっててやってるだろう!」
「もちろんです」
グランはオリヴィアを撥ね退けようとするが、全く力が入らない。
(お前! またステータス調整をしているだろ! やめろ!)
グランが脳内で文句を言うが、アンサートーカーは悪びれもせずに答える。
『おそらくこれが、春休み最後のチャンスになりそうです。マスターの初めての相手は、オリヴィア様で決まりですね』
グランはエルスメリアの時のように思い出話で泣かせて精神的に成長させ、この場を回避できないかと考えたが、オリヴィアの場合、それが成功するかどうかわからない。
たぶん失敗するし、それどころかこの王女の性格を考えたら逆に燃え上がって、骨の髄までしゃぶりつくされるだろう。
オリヴィアは王族という体裁があるから優雅なイメージがあるが、あのバレンタインデーの時にわかった通り、かなり情熱的で肉食なのだ。
グランは二度目の絶体絶命のピンチに遭遇し、自身の頭をフル回転させてこの場を乗り切ろうと必死に思考を巡らせていた。




