第171話:ミスチョイス
グランは監禁された部屋でよほど暇を持て余したのか、アンサートーカーと脳内で気楽な雑談をしていた。
『やっぱり私としては、マスターにはハーレムを築いて人生を謳歌してほしいですね』
(俺も前世でハーレム物の小説を読んでいたけど、あれは他人事として見るから面白いんだ。いざ自分がその立場になったら絶対に大変なことになるってことは、前世の時点でもよく分かっていたぞ)
『まったく。せっかく異世界に転生して、女神様からハーレムのお膳立てもしてもらっているのですから、もっと欲望のままに好き勝手したらいいんですよ』
(それはあくまで創作の中での話だ。だが、ここはそうじゃない。異世界だろうがなんだろうが、皆ここで懸命に生きている。俺の勝手な欲望で、その人たちの人生を弄ぶような真似はしない)
『マスターは本当に頑固なんですから』
呆れたようにおちょくるアンサートーカーだったが、二人が軽口を叩き合っていると、ふいにその声のトーンが変わった。
『……誰かがこちらへ来ます。スキャンを開始します』
少し間を置きアンサートーカーが言葉を続ける。
『マスター、先ほどの三人が戻ってきます』
アンサートーカーの報告を受けたグランはかなりリラックスした体勢だったため、慌てて部屋の隅へと移動して座り込んだ。
やがて扉の鍵が開く音がして、三人の監視者たちが入室してくる。
鑑定持ちの女は部屋の隅でうずくまるグランを見て、馬鹿にするように鼻で笑った。
「あらあら、すっかり萎縮しちゃって。王国最強世代の覇者ってのも大したことないわね」
もう一人の女もそれに同調する。
「本当に、セルフィリア様がこんな奴に敗れたのがいまだに信じられん」
そして男がグランに近づくと、思いっきり蹴り上げてきた。
(痛くないが、痛がるふりをしないとバレるからめんどくさいな……)
グランは内心でそうぼやきながらも、迫真の演技をする。
「ぐはっ!」
グランはわざとらしく床を転げ回った。
『マスター、今の演技は75点です』
(お前、今はやめろ!)
アンサートーカーのふざけた採点に脳内でツッコミを入れていると、男が冷たい声で見下ろしてきた。
「今からお前はやんごとなきお方と会う。くれぐれも逆らおうとか逃げようとか思うなよ」
男はそう脅しをかけ、グランの腕に手枷をはめた。
『これは魔力を封印する魔道具ですね』
(用意周到だな)
『しかし、この程度の魔道具では、マスターが魔力を注入すればいつぞやのフィーバー魔導水晶事件のようにオーバーロードして砕け散りますよ』
(分かった)
相棒からの報告に安心したグランは、大人しく三人に引きずられていく。
そして、ひときわ豪華な装いの扉の前に到着すると、男が「連れてきました」と声をかけた。
「入れ」
中から女の声が聞こえる。
『スキャン完了。グロリアス帝国第一皇女、シルヴィア・グロリアスです』
(いきなり親玉か)
グランは内心でそう思いながらも、三人に引きずられるようにして部屋の中へと通された。
前に引っ張られたグランは、そこで背後から蹴りを入れられ、わざとらしくその場で転げ回る。
そして顔を上げると、そこには氷のような冷たい眼をした帝国の第一皇女が、執務机をはさんで豪華な椅子に足を組みながらふてぶてしく座っていた。
連れてきた三人は、彼女のそばに控えて待機する。
するとシルヴィアは強引に床に座らせられたグランに近づき、悪びれもせずに微笑みかけた。
「初めまして、セルフィリアの姉のシルヴィアよ。ごめんね、怖かったでしょう?でも、こうでもしないとあなたには直接話を聞けないからね」
グランは内心でめんどくさそうにしながらも、必死な様子を演技する。
「な、セルフィリアのお姉さま!なぜこんなことをするのです!」
シルヴィアはそんなグランの態度を冷めた目で見下ろしながら、自分の席へと戻って座った。
そして、静かに口を開く。
「質問は一度しかしない。答えなければ、答えるまでそこの三人がお前の体に聞くことになるわ」
(痛がる演技、めんどくさいんだよな……)
「な、何を聞くんです?」
グランがそう聞き返した瞬間、男がグランの顔を容赦なく殴りつけた。
「喋るな。お前は聞かれたことにだけ答えればいい」
「そういうわけだから、無駄口はやめてね」
シルヴィアは座り直すと、冷酷な声で本題を切り出した。
「ヴェルシュタット公爵が親善試合で持ち込んでいた改造兵士の研究資料と魔道具、それに装置を全部出しなさい」
(そう来たか)
『これは……すべてバレていますね』
(まあ、あの時にトドメを刺さなかったから仕方がないが、まさかここまで迅速に動くとはな)
しかし、グランはあえてとぼけてみせる。
「ヴェルシュタット公爵?改造兵士?研究資料?……一体何の話ですか?」
そう答えるや否や、今度は女が思いっきりグランに蹴りを食らわしてきた。
「ぐはっ!」
グランは大げさに痛がって床に伏せる。
シルヴィアは痛がるふりをしているグランに近づくと、その体を冷酷に踏みつけた。
(このアマ……絶対許さん)
『なんとまあ、情けない姿なのでしょう。記録しておきますね』
脳内でアンサートーカーが煽ってくる中、シルヴィアはグランを踏みつけながら声をかける。
「私は最初に言ったはずよ、答えなければ体に聞くと。……もう一度聞くわ。研究資料を出しなさい」
(出したくないが、これじゃあ、話が一向に進まないな)
そう判断したグランは、何の役にも立たない研究資料と、壊れて修復不可能な魔道具と装置を収納魔法から取り出した。
「これで満足だろ!さっさと家に帰してくれ!」
シルヴィアはそれを鑑定持ちの女に鑑定させた。
「壊れていますが、間違いありません」
女の報告を聞いて満足したのか、シルヴィアはグランから足を退ける。
そして、グランを座らせるように三人に指示を出した。
グランが乱雑に椅子へと座らされると、シルヴィアも席に戻り、事の真相を語り始める。
「あの親善試合の時、私は初め、特待クラスを組織したヴェルシュタット公爵に皇位簒奪の恐れがあるから、それを見極めてお父様――皇帝陛下に進言するつもりだったのよ」
彼女はそこで言葉を区切り、目を細める。
「でも、あれを見て気が変わったわ。帝国の特待クラスの戦闘力は本当に素晴らしかった。しかし、それでも王国の学園代表には勝てなかったわね。そして調べるために特待クラスに接触しようとしたら、生徒が先に帰ったと聞き慌てて部隊に追いかけさせた。」
シルヴィアは言葉を続ける。
「しかし追いついた時には、そこにいた研究員は皆殺しにされ、特待クラスの生徒は行方不明、そして変装して王国に入国していた公爵が四肢を切断され、虫の息で倒れていたの」
(やっぱり、ヴェルシュタット公爵が喋ったのか)
グランが冷静に状況を分析していると、シルヴィアが言葉を続ける。
「そのヴェルシュタット公爵は一命を取り留めたわ。しかし、すさまじい錯乱状態で、まともに話ができる状態ではなかった。だから秘密裏に薬物投与などで無理やり精神を安定させ、情報を引き出したのよ」
彼女の眼には、狂気にも似た欲望が宿っていた。
「魔物と人間が融合した新人種……素晴らしい響きだわ。それにあの親善試合でもまだ全力ではなかったと聞く。あの戦闘力は、ぜひ私の部隊にもほしいと思った。でも、研究資料などが軒並みなくなっていたのよね。まるで、誰かが奪い取ったみたいに」
シルヴィアはそう言って、グランを鋭く睨みつけた。
シルヴィアは冷酷な視線を向けたまま言葉を続ける。
「あれは誰がやった?お前が持っているということは、お前か?だが、どうやってやったのだ?」
グランはそれを聞き、おそらくすべてバレているのだろうと思いつつも、適当に話をでっち上げることにした。
「帝国の特待クラスに興味があったから、隠れてついて行っただけです!すると彼らが野営をし始めたから、慌てて近くに隠れたんです。そうしたら、そこに見たこともない魔物たちが現れてみんなを襲い始めて、俺は怖くなってずっと隠れていたんです。そして魔物が去った後に野営地に行くと、人がみんな死んでいました。俺はそれでも帝国の学園代表の強さの秘密を知りたかったので、慌ててそこにあった資料や魔道具を適当に持って帰ったのです。本当です!」
(嘘だけどな)
『マスター、適当すぎますよ』
アンサートーカーが脳内でツッコミを入れる中、シルヴィアはその話を聞いて鼻で笑った。
「くだらない嘘をつくな」
シルヴィアが顎で指示を出すと、待機していた三人が再びグランへ激しい暴行を加え始める。
グランはめんどくさそうに痛がる演技を続けた。
そしてシルヴィアは、無抵抗なグランを見下ろしながら言葉を続ける。
「お前がやったことはわかっている。どうやったかはこの際どうでもいいわ。ただ、この事実を知っている奴がいるということが、いささか問題になるのよ。……だから、もうお前に用はない」
そして三人に殴る蹴るの暴行を受けているグランをごみを見ているかの目で言い放つ。
「セルフィリアも、こんな奴にうつつを抜かすとはな。あれは男を見る目がまったくないようだ。この程度の先見眼なら脅威にはならないが、成人すれば適当に私の息のかかった者を婚約者にして、邪魔になれば消してしまおう」
グランはそれを聞いた瞬間、痛がるふりをやめた。
そして、グランは無表情のまま平然と起き上がる。
三人はその予想外の行動に驚愕し、今度は本気で殴りかかってくるが、グランは一切痛がるそぶりを見せない。
そしてグランが自身を拘束している手枷に魔力をほんの少しだけ注入すると、すさまじい光と共に手枷が粉々に砕け散った。
「なっ……!?」
三人が驚愕の声を上げるが、その時すでにグランは建物を覆いつくす強固な隔離結界を張っていた。
三人はすぐさま体勢を立て直してグランに向けて殺意のある攻撃を仕掛けてくる。
しかし、グランが軽く腕を振り抜いただけで、三人は吹き飛び壁に激しく打ち付けられ、そのままぐったりと気を失った。
あまりにも一瞬の出来事に、シルヴィアは言葉を失い唖然としていた。




