第172話:虎尾春氷
残虐描写があります。苦手な方はご注意を
先ほどまで暴行を加えられ、恐怖でうずくまっていたとは思えない男が、殺意を隠さず自分をにらみつけ近づいてくる。
しかしシルヴィアはすぐに我に返り、胸の谷間から魔道具を取り出して床に向けて強く叩きつけた。
しかし、転移ゲートは発動しない。
グランは冷酷な声で言い放つ。
「ヴェルシュタット公爵から聞いていないのか?そんなガラクタ、俺には無意味だということを」
シルヴィアは転移ゲートが開かないことに焦り始めた。
「な、なぜ……!?」
そう言いながら彼女は最後の一つの魔道具を取り出し、同じように床に叩きつけるが、やはり何も反応はしない。
シルヴィアは予想外の事態に沈黙した。
しかしそこで、気絶していた三人の監視者たちが起き上がる。
「貴様……!」
「シルヴィア様!」
三人は素早く身を翻し、シルヴィアを守るように彼女の前に立った。
グランは彼らを一向に気にする様子もなく、シルヴィアに向けてゆっくりと歩み始める。
最前列にいた男が鋭利なダガーを手に持ち、グランに斬りかかってきた。
しかしグランはそれを右手の指だけで掴み取り、そのまま『ソードブレイク』であっさりとへし折ってしまう。
ダガーを折られた事に男は驚愕したが、すぐに醜悪な笑みを浮かべて叫んだ。
「バカめ!その刀身には致死量の毒が塗ってある!」
「そうか」
グランは冷たくそう返すと男へ瞬時に手を伸ばし、その口元を力強く握りしめ、そのまま男の口の中へと強引に右手の指を突っ込んだ。
「もがっ……!」
くぐもった声を上げると同時に、男の口からは泡と血が混じったものが激しく噴き出した。
そして男は目から血を流し、白目を剥いて激しく痙攣しながら倒れ込むと、そのままあっけなく絶命した。
その異常な光景を見た残りの隠密の二人の女は、焦ったように小声で言い合いを始める。
「あなた、さっきの鑑定の情報と明らかに違うじゃない!」
「今も鑑定をしているけれど、結果はさっきと変わらないわ!」
それを聞いたグランは、あることを思い出し脳内で相棒に話しかけた。
(ああ、そういえばステータスの偽装魔法をしたままだったな)
『偽装魔法を解除しますか?』
(ああ、冥土の土産に見せてやろう)
『了解しました。偽装魔法を解除します』
アンサートーカーが偽装を解除した瞬間、鑑定をしていた女は持っていた武器をカランと落とし、腰を抜かしてその場に座り込んだ。
「……完全鑑定不能……隠蔽魔法も魔道具の痕跡もない……じゃあ、ステータス値が高すぎるってこと!?」
グランが鑑定持ちの女にゆっくりと近づくと、女は極度の恐怖に顔を引き攣らせて後ずさりをする。
しかしグランは女の腕を掴み、無理やり強引に立ち上がらせた。
「いやぁぁっ!助けて!」
女は半狂乱になって暴れるが、グランは冷酷な声で彼女に問いかける。
「どうだ?俺の本当のステータスを鑑定した感想は」
女は必死に暴れ回ってグランを攻撃するが、グランは痛痒すら感じない。
そしてグランは女の首と腕を掴むと、そのまま無造作に引きちぎった。
「ぎゃあああああっ!」
凄惨な断末魔が部屋にこだまし、引きちぎられた女の体は痙攣しながら大量の血を噴き出して絶命した。
残り一人となったもう一人の隠密の女は、必死にシルヴィアを守ろうと立ち塞がる。
しかし、先ほどの二人の末路を見た女は、もはや自分が勝てる見込みなどないと完全に悟っていた。
彼女は仲間を呼ぼうと、腰に下げた小鞄から一つの魔道具を取り出す。
アンサートーカーが即座にそれをスキャンし、報告を上げた。
『あれは前世でいう救難信号のような魔道具ですね。おそらく増援が来ます。どうしますか?』
(どうせ全員皆殺しにするんだ、使わせよう)
グランはそう判断し、女が魔道具を使う一瞬だけ、部屋の外に張っていた結界を解いてすぐに張り直した。
すると部屋中の至る所から、次々と転移ゲートが開いていく。
そしてゲートの中から、幻零のかなりの数の手練れたちが姿を現し、あっという間に部屋を埋め尽くした。
(……せまッ)
グランは心の中で密かにそうツッコミを入れる。
ゲートから出てきた隠密部隊は、床に転がる二人の無残な死体を見て驚愕した。
「まさか、このような……」
「シルヴィア様の危機です!全員、死守してください!」
生き残っていた女が悲痛な声で叫ぶと、隠密の一人が背後からグランの首を狙って躍り出た。
しかしグランは振り向きざまに腕に魔力の刃を形成して振り抜き、すれ違いざまにその隠密をバラバラに斬り裂いた。
それを見ていた他の隠密たちは、戦慄して声を上げる。
「バカな!全く見えなかったぞ……!」
「これで全員か?」
グランが女に尋ねるが、女は恐怖で答えることができない。
「早く全員呼べよ」
グランが冷酷に挑発すると、背後からシルヴィアが口を開いた。
「あなた、いい加減にしなさい」
(この絶望的な状況で、よくそんな強気な言葉が出るな)
グランは彼女の傲慢さに呆れつつも、逆に感心する。
しかしシルヴィアは、自身の精鋭部隊の増援が来たことで再び気が大きくなったのか、堂々とした態度で言葉を続けた。
「あなたの強さはよく分かったわ。ここは穏便に済ませましょう。殺した三人の命は、この際問わない。でも、この人数に勝てるつもり?それよりもあなた、私のところに来なさい。幻零の長として雇ってあげるわ」
『まだ自分の立場を全く分かっていないようですね』
アンサートーカーの呆れた声を脳内で聞きながら、グランはまあ少しは話を聞いてやろうと黙って続きを待つ。
「私はいずれこの帝国、いや、大陸のすべてを支配する者よ。今はまだ帝国の第一皇女止まりだけど、いずれは帝国の覇者となり、そして皇帝となる。その覇道を往くために、あなたがいれば盤石となるわ。私と共に来なさい」
「お前の無駄話は、もう聞き飽きた」
グランは冷たく言い放つと、軽く腕を振り払った。
その瞬間、目に見えない無数の斬撃が走り、部屋を埋め尽くしていた隠密たちを一瞬で斬り伏せ、バラバラに解体する。
隠密たちは自分たちが斬られたことに全く気付かぬまま、次々と血を噴き出して倒れ伏した。
「ひぃっ……!」
あまりにも一方的で残虐な光景に、シルヴィアはついに腰を抜かした。
極度の恐怖で顔中から涙や鼻水が噴き出し、ついには淑女にあるまじきことに失禁までしてしまう。
グランはそのまま這いずるシルヴィアに近づくと、彼女の首を掴み上げて顔を近づけ、低い声ですごんだ。
「お前、さっきなんて言った?」
シルヴィアは恐怖のあまり声も出せず、ただガチガチと歯を鳴らして震えるばかりだ。
「質問しているのはこっちだ」
グランが容赦なく顔を引っ叩く。
「ぎゃっ!」
シルヴィアは汚い声で悲鳴を上げた。
「喋りすぎて、自分が何を言ったか覚えていないか?お前、セルフィリアを殺そうとしたな。……絶対に許さない。生きていることを後悔しろ」
シルヴィアは「セルフィリア」という言葉を聞いて、ようやく自分の命綱になり得る存在を思い出したように叫ぶ。
「ま、待って!私を殺せば、妹のセルフィリアが悲しむわ!」
「そんな心配はしなくていい。お前はここで死んで終わる。それだけだ」
グランは冷酷にそう宣告すると、鋭い腕の振りでシルヴィアの四肢を一瞬にして切断した。
「ぎゃあああああああッ!!」
シルヴィアは激痛に顔を歪め、絶叫して泣き叫ぶ。
「助けて!お願い、助けてぇっ!」
「お前が殺してきた政敵や、罪もない子供たちも、そうやって助けを乞うたはずだ。……お前は、その人たちを助けたのか?」
その冷たい問いかけに、シルヴィアの顔が絶望に染まる。
「やるなら、やられる覚悟を身につけるんだな。今までお前のせいで犠牲になった者たちの痛みを、その身で思い知れ」
グランはそう吐き捨てると、シルヴィアの美しい髪の毛を乱暴に掴み、力任せに引きちぎった。
ブチブチブチッという嫌な音を立てて彼女の髪は無残にちぎれ、抜け落ちてしまう。
そしてグランは、見下ろしながら最後の問いを投げかけた。
「あの研究を知っている者は、他にいるのか」
「こ、公爵と……私だけです……」
「嘘をつくな」
「ほ、本当ですっ!」
(真偽判定は?)
グランが脳内でアンサートーカーに確認する。
『どうやら本当のようです』
「……ふむ。どうやら本当のようだな」
グランはそう呟くと、四肢を失ったシルヴィアを彼女が先ほどまで座っていた豪華な椅子へと乱雑に放り投げ、そこに回復魔法をかけた。
シルヴィアは四肢が欠損したままの状態で出血だけが止まり、身動き一つ取れない状態となる。
脱出用の転移魔道具ももう持っておらず、ただ回復魔法で命だけを繋ぎ止められた彼女は、「自分にはまだ生きるチャンスがあるのだ」と錯覚し、大人しく成り行きを待つことにした。
シルヴィアの正面にあるソファに座ったグランは、冷酷な声で話を始めた。
「俺の質問に答えろ。余計な言葉はいらない。分かったな?」
シルヴィアは小刻みに震えながらこくこくと頷き、グランの次の言葉を待つ。
「ヴェルシュタット公爵はどこだ?」
それを聞いたシルヴィアは、怯えた声で素早く答える。
「わ、私の所有する建物の地下に監禁しています!」
「場所は?」
「帝国領の南東に位置するところです」
グランは壁に貼ってあった帝国全土が載った地図を剥がし、シルヴィアの目の前へと突きつけた。
「どこだ?」
「て、手がないので指を差せません!」
シルヴィアがそう叫ぶや否や、グランは彼女の肩に冷たく手を乗せた。
そしてグランは回復魔法をかけ、シルヴィアの右腕を再生させた。
シルヴィアはその予想外の行動に驚愕する。
「これで指を差せるだろ。どこだ?」
「こ、ここです……」
グランは彼女が指を差した地図の場所を見て、脳内でアンサートーカーに確認を取った。
(ここか?)
『ここから少し離れていますね。ゲートを使えばすぐですが』
(なら、さっさと行こうか)
『隔離結界は張ったままのほうがいいので、建物から出てゲートを使うことをお勧めします』
(分かった)
グランが脳内でそう返事をすると、彼は再生したばかりのシルヴィアの右腕を無造作に再度切断した。
「ぎゃあああああッ!」
シルヴィアは激痛に再び絶叫し、悲鳴を上げる。
「もう必要ないだろ?」
そう冷たく言い放ち、再び回復魔法をかけて出血だけを止めるグランに、シルヴィアは心底恐怖してボロボロと涙を流した。
「大人しく待ってろ。そうすれば、もしかしたら四肢が戻るかもな」
グランはそう言い残し、部屋から出て行った。
一人になったシルヴィアは、部屋中に転がっている自身の私設隠密部隊『幻零』の死体を見て改めて恐怖し、自身がとんでもない相手を敵に回してしまったのだと後悔し始める。
先ほど、セルフィリアに男を見る目がないと言ったが、とんだ間違いだった。
見る目がなかったのは、自分の方だった。
政治家として数々の謀略と誅殺を行い、この国の頂点に届くところまで来たというのに、まさか自分がこんなところでつまずくとは、夢にも思っていなかった。
それにセルフィリアの名前を出して命乞いをしても、あの男は平然と自分を攻撃してきた。
その容赦のない決断力に、シルヴィアは自分が助かる見込みが限りなくゼロに近いと悟っていた。
今はただ、全く身動きが取れないことに絶望しながら、死体まみれの部屋で扉をぼーっと見つめることしかできなかった。
自分が絶対に踏んではいけない虎の尾を踏んだこと、そして今まさに春先の薄氷に立たされていることに深く後悔をしていた。




