第170話:接触
グランは学生寮に戻ると、脳内でアンサートーカーと相談を始めた。
(アンサートーカー、これからどうすればいいと思う?)
『すべてはマスターの意志です。私はそれに対し、全力でサポートするだけです』
(お前、都合のいい時だけそういうことを言うなよ)
グランが呆れたようにツッコミを入れると、アンサートーカーは悪びれもせずにおちょくってくる。
『そうです。私は、自分が一番楽しめるようにサポートするのです』
グランはそれがアンサートーカーなりの気休めなのだと受け取り、少し冷静さを取り戻した。
そして、静かに決断を下す。
(よし、奴らに接触しよう)
『承知しました。監視者はずっと学園の近辺で待機していますね』
(なら学園から出て、外へおびき出すぞ)
グランはそう決めると、学園寮を出て王都の街へと繰り出した。
『尾行は三人。あの時と一緒の者たちのようです』
(よし、分かった。ここから全力で王都の外へ出るぞ)
グランは急に準備運動をし始め、全速力で走り出した。
もちろん、ステータスは普段通りに抑えたままである。
そして、あっという間に尾行者たちを突き放した。
尾行していた者たちは、見失うまいと慌てて全速力で追いかけてくる。
王都の門前まで到着したグランは、門の詰め所で外に出るための手続きを素早く済ませた。
その間に追いついてきた尾行者たちも、同じように急いで外出の手続きを始めている。
手続きを終えたグランは王都の外へ出ると、そのまま平然と歩き出した。
後から手続きを終えた尾行者たちは、遠目にグランの姿を発見して安堵したのか、再び一定の距離を保ってついてきている。
『しっかりついてきていますね。これからどうするんですか?』
(とりあえず、どこか人目のつかないところまで行く。できれば、魔物とかがいる場所のほうがいいな)
『それなら、ちょうどいい場所があります。ここから二キロほどのところに、あまり人の来ない王都郊外のダンジョンがあります』
(じゃあ、そこに行こう)
グランは目的地であるそのダンジョンに向けて、また準備運動をして、軽めのペースで走り出した。
自分が外で鍛錬をしているのだと思わせるように、わざとそうしているのだ。
尾行している者たちは、グランに合わせて時折走っては歩くのを繰り返し、必死に一定の距離を保っている。
(これで、奴らに余計な体力を使わせることができるな)
『マスターもなかなか意地が悪いですね』
(まあ、これに関してはそうしておいたほうがいいだろう)
グランの嫌がらせのようなペース配分にすっかり調子を狂わされた尾行者たちは、彼に対して少し怒りのようなものを覚え始めていた。
しかし、自分たちは第一皇女直属の隠密部隊であり、私情を挟んで任務を遂行するなどありえない。
高ぶった感情を即座に沈み込ませて冷徹な思考へと戻り、再びグランを追いかける。
そして目的のダンジョンに到着したグランは、入り口の受付で金を支払い、内部へと潜っていった。
しかし、グランはそこで大事なことを思い出した。
(勢いよくダンジョンに入ったけど、アイツらが入ってこなかったら意味がないじゃないか)
『そうですね。……いや、マスター、どうやら奴らも入ってきたみたいですよ』
(なら、このままダンジョンを潜っていこう)
事前に受付で情報を聞いていたグランは、脳内でアンサートーカーへと語りかける。
(ここは全五階層と浅く、ダンジョン報酬もあまり高価なものはない、初心者が慣れたころに挑むような難易度のダンジョンだ。俺が春休みに実戦経験を積むための鍛錬をしているのだと、奴らに思わせることができるだろう)
そうしてグランは自身のステータスを初心者に毛の生えた程度に偽装し、ダンジョンを攻略していく。
遅れてついてくる監視者たちは、現れる魔物を相手に何の苦労も見せず、淡々と倒して進んでいた。
グランはそれに気付かないふりをして、どんどん先へと進んでいく。
そして、あっという間に最深部へと到着した。
グランはアンサートーカーに状況を確認する。
(あいつら、来ているか?)
『はい。ここからは見えない位置に潜んでいます』
(じゃあ、そのままボス部屋に行こうか)
グランがそう念話で返し、ボス部屋に向けて歩き出そうとした時だった。
「君、ちょっと待ってくれないか?」
グランが振り向くと、なんと背後から音もなく、あの監視者たちが直接声をかけてきたのだ。
グランは予想外の接触に少し驚いたものの、表面上はあくまでも一般の学生らしく、大げさにびっくりしたように反応してみせる。
「びっくりした……。あの、何の用ですか?」
グランは学生らしく、少し不安そうな様子を演技した。
監視者の一人である男が、グランへと話しかける。
「さっきから君の戦いを見ていたのだが、率直に言って、とてもじゃないが一人でダンジョンボスに立ち向かえるような強さではない。よければ、我々と一緒にボス部屋へ行かないか?」
グランは突然の提案に戸惑い、悩んでいるふりをして脳内でアンサートーカーと相談する。
『どうしますか?』
(向こうから接触してきたのは予想外だな。……あえて乗ろうか?)
『そうですね……私の予想だと、ボス部屋という隔離された空間で、何らかのアクションを起こすと思われます』
(俺もそう思っていた。よし、あえて乗ってやろう)
グランは学生らしく振る舞うように意識して、彼らへとおずおずと問いかけた。
「あの……あなた方は、一体誰なのですか?」
すると、監視者である男が優しげな笑みを浮かべて答える。
「俺たちはBランクの冒険者だ。たまたまここに潜っていたら君を見つけてね。一人でダンジョンを踏破する勇気は褒めるが、いかんせん実力が伴っていないようだから声をかけたんだ」
グランはそれに対し、あえて考え込むふりをする。
そして少し間を開けてから、申し訳なさそうに頭を下げた。
「たしかに、手を焼く場面もありました。……では、お言葉に甘えさせていただきます」
男はグランの返事に安堵したのか、それぞれの役割を紹介していく。
「俺は前衛職で、この二人は魔法職だ。君は前に出ず、俺たちの攻撃の合間に魔法を放って、あくまで補助に徹してくれ」
その言葉の裏で、アンサートーカーがすかさず報告を上げる。
『完全に嘘ですね。三人とも高レベルの暗殺者です。帝国最強の隠密部隊と言われるだけあってステータスも高いです。スキルも充実していますね。特に女の一人は高レベルの鑑定を持っていますが、マスターの偽装魔法は看破できていないようです』
(わかった。警戒はお前に任せる)
グランは念話で相棒に指示を出すと、男に向かって「よろしくお願いします」と頭を下げ、四人でボス部屋へと足を踏み入れた。
ダンジョンボスは、巨大なスライムだった。
前衛職の男が素早く前に出て、ボスのヘイトを稼ぐ。
そして後ろに控える女二人は詠唱を始め、ファイアランスで攻撃を開始した。
グランも言われた通りに、彼らの攻撃の合間を縫ってファイアボールなどの初級魔法で援護する。
しかし、グランが少し回り込もうとして動くと、すぐ後ろに女二人がぴったりとくっついてくる。
まるで、三人で常にグランを囲い込むように、決して陣形を崩さないようにしているようだった。
(なるほど)
グランは状況を理解し、あえて戦闘に慣れていないように見せかけて左右へ揺さぶりをかけてみる。
だが、二人は寸分の狂いもなく距離を保ち、ぴったりと後ろについてきた。
そしてしばらく攻撃を与え続けると、巨大なスライムはぺたんと溶け始め、戦利品を落として光の粒子となって消滅した。
グランはわざと、ボスを倒したことで完全に気を抜いたふりをする。
男が戦利品を確認しようと前に出たため、グランもその後をついて行こうとした瞬間だった。
後ろにいた女の一人が音もなく背後へ接近し、急にグランの顔へ布を覆いかぶせてきたのだ。
『マスター、麻痺と眠りの効果を持つ薬品が塗られています。ただ、マスターは全状態異常無効スキルを持っているので効果はありません。どうしますか?』
(効いたふりをしよう。状態異常のステータスの偽装を頼む)
グランはわざとぐったりと体の力を抜き、地面に受け身も取らずに倒れ込んだ。
(……ちょっと痛い)
男が振り向き、女に指示を出す。
「鑑定を」
もう一人の鑑定持ちの女がスキルを使い、頷いた。
「大丈夫、ちゃんと状態異常になっているわ」
「うまくいったな。王国世代最強の覇者だというから警戒はしていたが、所詮は学生のおままごとだな」
男が鼻で笑うが、鑑定持ちの女は訝しげに眉をひそめる。
「しかし、このステータスでセルフィリア様の魔剣を折ったのでしょう?にわかには信じられないわね」
薬を嗅がせた女も同意する。
「ああ。私の調合した薬品に、少しの間だが抵抗していた。普通の奴なら嗅いだ瞬間にぶっ倒れる代物だ。おそらく、ステータス値以外に何らかの特殊能力があると思う。鑑定にはそれらしいものは出ていないのか?」
「私はあの神聖鍛冶師アルメイダと、同等の鑑定スキルを持つのよ。私の目から隠し通すことなどできないわ」
鑑定持ちの女の自信満々な言葉に、男は話を切り上げる。
「さて、それじゃあ準備しようか」
男は収納魔法から、一体の人形を取り出した。
それは、対象の姿形だけを精巧にコピーする特殊な魔道具だ。
グランにそれを密着させると、人形はみるみるうちに大きくなり、やがてグランと全く同じ姿へと変化した。
そして先ほどの女が人形に魔法をかけると、グランに化けた人形はすっと立ち上がり、自然な足取りで歩き始める。
「よし、成功だな。戻るぞ」
男はそう言うと、寝たふりをして倒れているグランを大きな袋に詰め込んだ。
そして、彼らはボス部屋の奥にあるダンジョンの転送装置を使い、地上へと戻る。
受付での手続きはグランの人形が行い、これでグラン本人がダンジョンから無事に出たという記録が残された。
彼らはしばらく歩き、周囲に人がいないことを確認すると、街道から外れて深い森の中へと入っていく。
そして完全に誰の目もないことを確認し、グランに化けていた人形の魔法を解いて、魔道具を元の姿に戻した。
「相変わらず、この魔道具は魔力を食うわね」
女がため息をつくと、男が答える。
「任務には必要なことだ。まあ、単なる暗殺ならボス部屋で殺してスライムに食わせれば終わりだったがな。……生け捕りで連れてこいとのご命令だ。それじゃあみんな、転移魔道具を使う。準備はいいか?」
「いつでもいいわよ」
鑑定持ちの女が軽く返事をすると、男は「じゃあ行くぞ」と言い、ある魔道具を取り出した。
それは、かつてヴェルシュタット公爵が逃亡に使おうとしていたのと同じ転移魔道具だ。
男がそれを地面に叩きつけると、空間が歪んで転移ゲートが開く。
三人と、袋に担がれているグランは、そのゲートを潜り抜けた。
(どこに連れて行くつもりだ……?)
袋の中でずっと話を聞いていたグランは、警戒を強める。
そしてゲートを潜り抜けた瞬間、周囲の空気感から明らかにどこかの室内に到着したことを感じ取った。
グランはすかさずアンサートーカーに周辺をスキャンさせる。
『マスター……ここは、帝国です』
(あの魔道具は、長距離の国境越えの転移もできるのか)
『あれはかなり貴重な魔道具のようです。数も限られているのでしょう』
(それを使い潰せる部隊か。なかなか装備も潤沢なようだな)
グランは袋の中で目を閉じたまま、密かにそう分析する。
グランはそのまま袋に入れられ、男に担がれて運ばれていく。
やがてガチャリと扉が開く音がして、グランは部屋の中へと乱暴に放り投げられた。
(痛っ!こいつ……後で絶対に同じ目に遭わせてやる)
グランは心の中でそんな悪態をつきながらも、まだ寝たふりを続けるためにあえて動かないようにしていた。
そして袋を取られると、先ほどダンジョンで顔に布を被せてきた女が、再び同じように布を被せてくる。
『マスター、どうやら気付け薬のようです』
そうアンサートーカーに言われたグランはパチッと目を開け、周囲の状況を見てあたふたしているふりをした。
「目覚めたか。お前はこれから、やんごとなきお方に会うことになる。抵抗するつもりなら今ここで殺す。返事は?」
(『答えはノーだ!』と言って、ここで皆殺しにしてやろうか?)
グランが脳内で冗談を言うと、アンサートーカーが呆れたように返す。
『どうするんです?』
(まあ、冗談はここまでにしよう)
グランは内心で苦笑しつつ、あえて状況が呑み込めていないふりをして逆らった。
「一体何なんだ、あんたらは!」
そう叫ぶと、男は間髪入れずにグランの腹へと強烈な蹴りを入れた。
(痛くも痒くもないが……ここは効いたふりをしておくか)
グランは腹を押さえてうずくまり、「ゲホッ!ゲホッ!」とわざとらしくむせて相手の反応を窺う。
「いいか、二度目はない。抵抗せずについて来い」
「……分かりました」
悔しそうに演技して従うグランに、アンサートーカーが感心したように声をかける。
『マスター、なかなか演技が堂に入っていますね』
(ちょっと楽しくなってきたな)
完全に余裕のグランだったが、その様子を見た三人は、グランが恐怖で大人しくなったと思い込み、不遜な態度でさらに彼を殴り始めた。
(無抵抗の人間を寄ってたかって殴るのかよ、嘘だろ……?)
内心で呆れ果てながらも、グランはダメージが効いているふりをしないといけないため、わざとらしく痛がってみせた。
しばらく一方的な暴行が続き、グランが完全にうずくまると、三人はようやく手を止めた。
「よし。これでこいつは恐怖で抵抗することもできなくなっただろう。しばらくは、このまま放っておこう」
三人はうずくまったグランを放置して部屋から出ると、外からガチャリと鍵をかけた。
(行ったか?)
『行きましたが、少しお待ちを……スキャン完了。部屋の中に監視の類はありませんが、扉には物理的な鍵と魔法障壁が展開されています』
(まあ、今は出ないで大人しく待っておこう。それよりも、可能な限りの広域スキャンを頼む)
『了解しました』
アンサートーカーが即座に広域スキャンを開始し、やがて結果を報告してきた。
『マスター、ここは帝国内にある、第一皇女が所有する地図に載っていない建物のようです。それも、どうやら「幻零」の本拠地そのもののようですね』
(いきなり敵の本拠地か。一体、俺に何をするつもりなんだ?)
グランは誰もいなくなった部屋で、静かに思考を巡らせるのだった。




