第168話:迫りくる影と黒の決断
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ご了承ください。
王国建国祭の余韻を台無しにされたグランだったが、一晩経ったことで少し冷静さを取り戻していた。
ヴェルシュタット公爵のとどめを邪魔した、あの隠密部隊、いや、第一皇女の目的をまずは知る必要があった。
だが、相手は相当の手練れだ。
こちらが相手から情報を引き出したということがバレたら、警戒して尻尾を隠してしまうかもしれない。
グランは自室にいながらも、警戒を怠らずアンサートーカーと念話で会話をする。
(この部屋に、監視はついているか?)
グランの問いに、アンサートーカーは即座にスキャンを実行した。
『この部屋に、前世にあったような監視装置などはありません』
(それならよかったが、念のために引き続き念話で話そう)
『それがいいでしょうね』
二人はそうして慎重に作戦を練り始めた。
しばらくの間、さまざまな案を検討する中で、アンサートーカーがグランへ一つの提案を出す。
『マスター、先に隠密をどうこうするよりも、第一皇女の身内である、セルフィリア様に直接話を聞いたほうが早いのでは?』
(確かに、そうだな……。今、セルフィリアはどこにいるんだ?)
『確認します。……今日の彼女は、使節団として一日中王都から出ているようですね。ただ、日帰りのようです』
(それなら、今日はおとなしくして、夜を待とうか)
するとアンサートーカーは、からかうようなトーンで念話を送ってきた。
『夜這いですか? セルフィリア様は大変喜びそうですが』
(バカなことを言うな!)
『この王国建国祭で、マスターはついに卒業すると思っていたのですが、なかなかうまくいきませんね』
相棒からの容赦ない煽りに、グランは脳内で全力の叫びを返す。
(お前、エルスメリアの時に勝手に俺のステータスを調整したこと、マジで恨んでるからな!)
そんなやり取りを経て、グランは今日一日大人しく寮内で過ごすことに決め、夜になるまでひたすら魔力操作の鍛錬をして時間をつぶした。
そして夜になり、グランは守衛に「あさって戻ります」と伝えて外出をする。
学園寮は春休み中は出入りが自由となっているため、簡単な声掛けだけで問題ないのだ。
そしてグランが学園寮の敷地から外へ出ると、アンサートーカーがすぐに反応を示した。
『マスター、尾行されています』
(数は?)
『三人です』
(三人か……戦闘能力はどうだ?)
『かなりの強さですね。まあ、マスターが本気を出せば一瞬で終わりますが』
(どこで誰が見ているか分からないし、今は泳がせておこう)
グランはあえて気づかない振りをして、夜の王都へと歩き出す。
(尾行はどうだ?)
『まだついてきますね。距離も三人とも別々の場所から一定以上は近づかないようにしています』
(ちょっと遊ぶか?)
『いいかもしれませんね』
グランは突然歩みをぴたりと止め、尾行者が潜んでいる場所へ視線を向けた。
『尾行がかなりびっくりしていますね。バレたのかと思って焦っていそうです』
脳内で実況するアンサートーカーの言葉に、グランは少し面白くなってきたのか、そのまま何事もなかったように歩き出す。
そして歓楽街に出ると、急に路地裏へと走り込んだ。
尾行していた者たちは皆一斉に、見失わないように慌てて追いかけてくるが、グランはすぐに大通りへと戻り、平然とした態度で歩き始めた。
『マスター、遊びすぎです』
(いや、これであいつらは見失わないために、今より近づくしかなくなったな)
『なるほど、そういう狙いでしたか』
相棒の感心する声を脳内で聞きながら、グランは夜ご飯を食べようと近くの平民向けの食堂へと入っていった。
適当な定食を頼み、席に着いて料理が来るのを待つ。
すると、三人組が店に入ってきて、グランのすぐ近くのテーブルへと座った。
通常、監視を行う者はターゲットから離れた席に座るのが定石だが、グランはわざとそこしか空き席がない繁盛店を選び、相手を近づけて特徴を掴もうとしていた。
すぐさまアンサートーカーにスキャンを実行させる。
『男が一人と、女が二人ですね。マスター、これからどうするんですか?』
(こいつらの目的がよく分からないからな。ただ、こうしてずっと監視されているようだと、セルフィリアに会いに行くのは無理だな。このまま会いに行ったら、こいつらの正体を知っていると思われる)
やがて定食が運ばれてくると、グランはそれを綺麗に食べ進めた。
その美味しそうな食べっぷりが気に入ったのか、食堂の女店主はおまけでデザートまでサービスしてくれた。
しかし、近くに座った三人は飲み物しか頼んでいなかった。
それを見た女店主が、三人組へと声をかける。
「お客さん、今は書き入れ時なんだ。それしか頼まないなら、さっさと飲んで出ていってくれねえか」
言われた三人はすぐに飲み物を飲み干し、会計を済ませて店から出て行った。
女店主は不満そうにつぶやき、グランへと笑顔を向ける。
「まったく、席に着けばいいってもんじゃないんだよ。お兄さんはそろそろお会計かい? あんたの食べっぷりは見ていて気持ちよかったよ。また来てくれよな!」
「おいしかったです。ごちそうさまでした」
グランは会計を済ませて店外へ出たが、あの三人組の姿はどこにも見当たらなかった。
(どこへ行った?)
グランが問いかけると、アンサートーカーがすぐに広域スキャンを開始した。
『マスター、店の裏にいます。どうやら、こちらが店から出てくるのを待っていたみたいですね』
(本当に熱心だな。それにしても目的が分からん。脅すなり攫うなり、さっさと行動を起こしてくれたら分かりやすくていいんだがな)
『こちらから罠を張って釣りますか?』
(まだセルフィリアとちゃんと話せていないからな。やっぱり相手は身内だから、何をするにしても先に話はしておいたほうがいいだろう)
そう判断したグランは、尾行を巻かないまま王城の近くへと向かった。
すると、ちょうどそこには王都外から帰ってきた帝国使節団の姿があり、その中にセルフィリアの姿も確認できた。
セルフィリアが王城へ戻ってきたことを確認したグランは、これでいつでも会えるなと考え、いったん学園寮へと引き返すことにした。
「ちょっと用事がなくなったので、やっぱり戻ってきました」
守衛に適当な言い訳を伝えて寮内へと入り、グランは夜が更けるのを静かに待つ。
そして夜が更けた頃、グランはアンサートーカーへと声をかけた。
(ゲートを開く。隠密性を高めるためにも、素のステータスに戻すぞ)
『了解しました。ついでに、周囲へ偽装魔法も展開します』
(相変わらず、気が利くな)
グランはそう言って、素のステータスに戻り圧倒的な威圧感と覇気を身に纏うと、学園寮の自室から直接ゲートを開いた。
『転移の座標は、セルフィリア様の部屋でいいのですか?』
(ああ、頼む。いくらなんでも女性の寝室へ無断で侵入するのは気が引けるがな……。だが、今はそうも言っていられない)
そう答えると、グランは静かにゲートをくぐった。
そして、王城内にあるセルフィリアの部屋へと瞬時に到着する。
グランは、ベッドで眠っているセルフィリアへと足音を殺して近づいていった。
しかし次の瞬間、セルフィリアがパッと目を開け、即座にリンク・ウェポンを展開する。
彼女は夜間に忍び込んだ賊の侵入だと思い、全く手加減をせずに斬り伏せようと剣を振り下ろしてきた。
グランはそれを自身のソードブレイクで受け止め、セルフィリアの体をそのままベッドへと押し倒す。
セルフィリアは部屋が暗がりなせいか相手の顔を確認できず、必死に声を出して抵抗した。
「……やだっ!初めてはグランって決めてるの!お願いやめて!」
全力で暴れる彼女へ、グランは慌てて名乗る。
「セルフィリア、落ち着け。俺だ」
その声を聞いてセルフィリアは暴れるのをやめ、暗闇に目が慣れてきたのかグランの顔を確認すると、安心しきったように体から力を抜いた。
そして、先ほど自分が叫んだ言葉を思い出したのか、顔を真っ赤にしてすぐさま布団にくるまってしまう。
「……もう! びっくりしちゃうじゃない! それに、こんな夜更けに淑女の寝室へ忍び込むなんてどういうことよ!」
照れ隠しにそう抗議したセルフィリアだったが、彼女の勢いはそこでは終わらなかった。
「……でも、さっき言ったこと、『初めてはグラン』って言ったのは本当のことよ。もしかして、私に夜這いに来てくれたの?」
布団から顔を半分出し、上目遣いでそう聞いてくる。
「いや、そうじゃないんだ。驚かせてすまん」
グランが謝ると、セルフィリアも少しからかうような口調で返した。
「まあ、そうよね。あなたにそんな大胆な度胸と勇気があるなら、とっくに全員を襲っているわね」
するとすかさず、アンサートーカーがセルフィリアにも聞こえる念話の音声で会話に割り込んできた。
『そうですね。マスターはどれだけ周りがお膳立てしても、頑なに学園を卒業してからと決めていますからね』
「ん?誰、今のは?あ、もしかしてアンサートーカー?」
『はい、そうです』
「久しぶりね! 元気にしてた?」
しばらくの和やかな挨拶を終え、グランはここへ来た理由と現状の状況を説明することにした。
「実は今、セルフィリアの姉である帝国第一皇女から、俺に監視がつけられているんだ」
それを聞いたセルフィリアは、「あちゃー」と頭を抱えるような表情を浮かべて語り始める。
「あの親善試合の後に、私たち王国の学園代表は姉さんから呼び出されてね。『あのグランという男の正体を話せ』ってしつこく言われたのよ。もちろん私は、『未来の夫よ』って答えたけど、姉さんは全く信用していなかったし、私も本当のことは話すつもりはなかったけどね」
「親善試合の時の俺の記憶は、あの場にいた全員から消したはずだ。……いや、ヴェルシュタット公爵か」
グランが推測を口にすると、セルフィリアも深く頷いた。
「公爵を恐らく捕らえているはずだから、そこから情報が漏れたのでしょう。帝国の特待クラスの生徒たちも行方不明扱いだしね。ただ、表向きではもともと特待クラスの生徒は学園内でも姿を見せなかったから、数が減っていることすら周囲には分からない状況だと思うけれど」
状況を整理した上で、グランは単刀直入に自身の覚悟を伝えた。
「セルフィリア、彼女は君のお姉さんだから、一応先に話を通しておこうと思ってここに来た。君の姉さんが俺に害をもたらす存在だと判断したら、俺は容赦なく攻撃する。……それでもいいか?」
するとセルフィリアは、全く迷うことなく即答した。
「当然よ。徹底的にやっていいわよ」
あまりのあっさりとした返答にグランはびっくりしてしまい、てっきり『身内だからやめて』と止められると思っていたと正直に告げる。
「私はあの時、姉さんに『グランに手を出すのは絶対にやめたほうがいい』と強く忠告したわ。オリヴィアも、『彼は王家と四侯爵家の庇護下にもある』と釘を刺したけれど……姉さんは政治の生き物よ。他人のそんな忠告を素直に聞くわけがないと思っていたけれど、本当に手を出してくるとはね」
セルフィリアの真剣な瞳が、グランを見つめた。
「グラン、これは姉さんが自分で蒔いた種なんだから、私に遠慮する必要なんて一切ないわよ。それに姉さんは、皇族だろうが関係ない実力主義の帝国の中で、謀略と誅殺によって今の地位までのし上がったのよ。だから、政治家としての側面が非常に強いわ。自分こそが絶対的に正しいと信じて疑わない、傲慢な面もあるの。だからこそグラン、姉さんに一度、痛い目を見せてあげてほしいの」
「……本当にいいのか?」
「姉さんの権力闘争のせいで死んだ人間もたくさんいるわ。ただ『政治的に邪魔だから』という理由だけで殺された人もいるし、その連座で無実の子供まで一緒に死なせたことだってあるの。私は帝国の政治にはあまり興味がないけれど、姉さんが人として許されないことをしたとも思っているわ。だからグラン、私のこの気持ちもあなたに託すわ」
「ああ。セルフィリアの気持ちは、確かに受け取った」
しっかりと頷いたグランは、これ以上夜更けに部屋に留まるのは悪いと思い、席を立とうとした。
「じゃあ、セルフィリア。夜分に邪魔したな」
しかし次の瞬間、セルフィリアがグランの手をぐっと掴んで引き留める。
「ちょっと、待ってよ。せっかく私に会いに来たんだし、もうちょっと一緒にいてよ……」
彼女は少し寂しそうな、甘えるような声で言った。
「この数日間、あなたにずっと会えなかっただけで、すごく寂しかったんだから。……たまには、これくらいいいでしょ?」
「……仕方がないな」
そう苦笑したグランは、セルフィリアに手を取られるがまま導かれ、彼女のベッドで一緒に横になることにした。
すると、隣に寝転んだセルフィリアがふと尋ねてくる。
「そういえば、そのすさまじい魔力、今はステータスを元に戻しているの?」
「ああ。ここへゲートを開くために、隠密性を極限まで上げる必要があったからな」
「じゃあ……今のあなたは『本気』の状態なのね?」
セルフィリアがニヤリと悪戯っぽく笑ったかと思うと、急にグランの体の上へと飛び乗り、押し倒してきた。
「さあ、夜の格闘をしましょう!」
彼女はやる気満々でグランへと襲いかかってくる。
「バカ! それはなしだろ!」
「ぐぬぬっ……! なにこれ、力が強すぎるわよ……!」
組み敷こうと少し頑張ったセルフィリアだったが、グランの素のステータスによる圧倒的な力の前にあえなく諦め、隣へと寝転び直した。
「もう、いじわる……じゃあ、せめて抱きしめて一緒に寝てよ」
少し頬を膨らませて要求してくる彼女に、グランはしぶしぶ自身の腕を差し出す。
セルフィリアはニコニコと嬉しそうな笑顔を浮かべながら、その腕枕を存分に堪能し、グランの体へぴったりと抱きついて何度もキスをする。
そして十分満足し、眠気も襲ってきたのか目を閉じた。
グランも今夜はこのまま寝ようと覚悟を決め、彼女の温もりに包まれながら静かに一晩を過ごした。




