第166話:翠嵐の懐刀と庭園の騎士
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ベアトリクスから婚約破棄の真相を聞き、彼女と甘いひと時を過ごしたグランだったが、貴族至上主義の集会という存在がどうしても頭から離れずにいた。
『ファリオン聖王国が滅び、ファリス王国が建国されましたが、当時の聖王アレクシアを筆頭とした重鎮たちが軒並み排除されただけで、地方の貴族や歴史のある家系には、依然として貴族至上主義の思想が色強く残っていたようです』
アンサートーカーが、脳内でその歴史的背景を語る。
「なるほどな。だが、勇者たちはそこを徹底的に排除したんだろ?」
グランが疑問を口にすると、相棒はさらに説明を続けた。
『勇者たちが存命だった頃は鳴りを潜めていましたが、彼らが表舞台から去ると、じわじわとその思想が広がり始めていたようです。ただ、現国王やオリヴィア様はその思想には染まっていないようですね。もちろん、四侯爵家も同様です』
「そうなのか……」
グランは相棒の言葉に頷きつつ、クローディアの実家であるアシュクロフト伯爵家のことを思い出す。
「そういえば、アシュクロフト伯爵家は貴族至上主義の代表的な家だと聞いたが?」
『調べた結果、その伯爵家もあの集会に積極的に関わっているようですよ。ちなみに、集会の名は「高貴なる血族」とのことです』
「選民主義は度が過ぎると、無用な争いを起こすだけだ。このまま何事もなく収まればいいがな……」
そんな物騒な会話を脳内で交わしていると、現実のグランへ声をかける者がいた。
「グラン様」
声の主は、今日一緒に王国建国祭を楽しむ予定のレインだった。
普段は学園にいる時でもなぜか常にメイド服を着ている彼女だが、今日は少しおしゃれをしており、可愛らしい私服を着て髪も下ろしていた。
「その格好、とても似合ってるよ。今日のレインは本当におしゃれで美人だね」
グランが素直に褒めると、レインは少し頬を染めてお礼を言う。
「ありがとうございます、グラン様」
「じゃあ、行こうか」
グランが歩き出そうとすると、レインは「はい」と微笑み、ごく自然な動作でグランの腕に絡みついて密着してきた。
「おいおい、ちょっとくっつきすぎじゃないのか?」
さすがに照れたグランがたしなめるが、レインは全く平気な顔を崩さない。
「何も問題ありませんよ? 今日はグラン様との逢引きなのですから」
彼女はそう言って悪戯っぽく微笑むと、さらに力を込めてグランの腕へ密着してくるのだった。
気を取り直したグランは、隣を歩くレインへと尋ねた。
「そういえば、どこか行きたいところとかないのか?」
そう言われたレインは少し考えていたが、露店に国外の植物などが売られている区画があることを思い出し、グランへと提案する。
「じゃあ、そこに行こうか」
二人は食べ物や飲み物を買って食べ歩きをしながら、目的の区画へと向かっていった。
そして到着したその場所では色とりどりの花が咲き乱れ、珍しい植物や種などが数多く売られていた。
レインは目を輝かせながら、店先を一つ一つ熱心に見ていく。
グランは本当に植物が好きなんだなと思いながら、楽しそうな彼女の後ろについていった。
そして、レインがあるコーナーの前で足を止める。
グランは何だろうと思ってその店をのぞき込むと、なんとそこは食虫植物を専門に取り扱っている店だった。
しかも、今レインが見つめている鉢植えの植物は、明らかに見た目の特徴があれだった。
(おい、あれ……完全にモ〇ボ〇じゃねえか!)
グランが脳内で叫ぶと、アンサートーカーがすぐに解説を始める。
『正式名称はインセクトイーター。名は体を表す、そのままですね。魔物の一種ですが人を襲うことはなく、丹精込めて育てると人の言うことを聞くようですよ』
だが、グランは前世のゲームのイメージが強すぎるため、あの臭い息でとんでもない状態異常をまき散らされてパーティが全滅した記憶がよみがえってしまい、ただただ警戒を強めていた。
そんな馬鹿なことをグランが考えていると、レインが振り返って声をかけてくる。
「この子、かわいくないですか?」
グランは我が耳を疑った。
一体これのどこに可愛い要素があるのかと、喉まで出かけたツッコミを全力で飲み込む。
しかし、ここでそんなことを言えばレインを悲しませてしまうと思い、グランは慎重に言葉を選びながら答えた。
「レインがかわいいと思うなら……いいんじゃないか?」
「やっぱり、そう思いますよね! すみません、この子をください!」
グランの言葉を聞いたレインは嬉しそうに微笑むと、すぐさま店主を呼んで会計を済ませようとする。
「レイン、待って! それはどこに植えるつもりなの!?」
グランが慌てて止めに入ると、レインは不思議そうな顔をして当たり前のように答えた。
「もちろん、学園の庭園に植えます!」
あの見事で美しい庭園に、明らかに似つかわしくないモ〇ボ〇を植えると聞いて、グランは全力で止めようとするものの引き止める言葉が浮かばない。
それもそうだ、あそこはもはや彼女の聖域であり、部外者が口を出す権利などないのだ。
露店主とやり取りをしてその食虫植物を受け取り、満面の笑みを浮かべているレインの姿を見て、グランはもうそれ以上何も言えなくなってしまった。
植物の魔物を両手で抱え、満足げに歩くレイン。
道行く人がぎょっとした目で見つめていたが、グランは彼女が変な目で見られているのが少し我慢できなかった。
グランはさすがに、レインへと声をかける。
「荷物にもなるし、俺が持つよ」
「よろしいのですか?」
「女性に重いものを持たせるわけにはいかないだろう」
そう言って、グランはひょいっと代わりに袋を持った。
「このまま学園に行って植えようか」
グランの提案に、レインはぱっと明るい笑顔を向けた。
「グラン様、ありがとうございます」
二人はそのまま、その足で学園へと向かうことにした。
そして学園の庭園に到着すると、グランは袋を渡して尋ねる。
「どこに植えるんだ?」
「バランスを考えたら、ここです」
レインはそう言って、なんと庭園のど真ん中に植え始めた。
グランは、せっかくのこの美しく素晴らしい庭園で、モ〇ボ〇が主役になるなんて嘘だろ、と少し引き気味に見守っていた。
そして植え終わると、インセクトイーターは土の状態がいいのか嬉しそうに揺れる。
端から見たら、前世で見たダンシングフラワーのような奇妙な動き方だった。
「今日から、ここがあなたの家よ。害虫などは遠慮なく食べていいからね」
レインはとてもうれしそうにそう言い聞かせ、水をあげる。
インセクトイーターは口を大きく上に向け、じょうろから流れてくる水をごくごくとまるで人間のように飲み干していた。
その姿はまさしくパッ〇ンフ〇ワーのようだった。
(こええよ……)
『見た目は完全に魔物ですね』
アンサートーカーも、その意見には深く賛成していた。
「どんどん、大きくなってね」
しかしレインは、そんなとんでもない言葉を投げかけている。
そしてグランに振り向くと、満面の笑みで聞いてきた。
「どうです? かわいいでしょ?」
「……そうだね」
グランは顔を引きつらせながら、どうにか返事を返す。
「さあ、グラン様も水をあげてください」
そう言って、レインからじょうろを渡された。
グランは断るわけにもいかず、水を汲んでインセクトイーターの前に立ち、恐る恐る水をやる。
するとインセクトイーターは、先ほどレインがあげた時よりもさらに豪快に水をがぶがぶと飲み始めた。
「あら、グラン様のことがお気に召したようですね」
その様子を見て、グランは脳内で相棒へと問いかける。
(おい、明らかに俺の時のほうが狂喜乱舞しているぞ。どういうことだ?)
『どうやら水にマスターの魔力がすこし混ざっていたのか、活力がみなぎっているようです。レイン様もそうですが、マスターのこともご主人様だと思っているようですよ』
そうアンサートーカーが解説していると、水をやり終わったインセクトイーターは、明らかに先ほどより少し大きくなっていた。
目の錯覚かと思ったが、レインも微笑みながら指摘する。
「あらあら、グラン様のあげた水ですぐに大きくなってしまいましたね」
(これ、俺があげ続けたらやばいんじゃないのか?)
『恐らく一日一回のペースであげると、半年後にはこの庭園を埋め尽くすくらいの大きさになります』
相棒からそんな恐ろしい試算を聞かされ、グランは慌ててレインへと伝えた。
「俺が水をあげると大きくなりすぎるみたいだから、あげないほうがよさそうだ」
「大丈夫です。その時は剪定して調整しますので」
その容赦ない言葉を聞いたインセクトイーターは、まるで言葉が分かるかのようにびくっと体を震わせる。
グランはそんなインセクトイーターへ向けて、優しく声をかけた。
「お前はこの庭園を守る、いわゆる騎士だ。だから普段は静かに佇み、いざという時に力を発揮すればいい」
その言葉に、インセクトイーターはまるで大きくうなずくかのように前後に動き出していた。
そして学園から王都に戻り、引き続きグランとレインは祭りを楽しむ。
すると、向こうから見知った顔が近づいてくるのが分かった。
ヴァーミリオン侯爵夫妻だ。
侯爵夫妻もグランを見つけるや否や、笑顔で手を振ってくる。
グランとレインは少し小走りして駆け寄り、二人に挨拶をした。
すると、ヴァーミリオン侯爵夫人はグランを見てとんでもないことを言い出す。
「あなた、レインにまで粉をかけて、相変わらずやんちゃしてるわね」
続いて、ヴァーミリオン侯爵がグランへと言った。
「グラン殿、娘のエルスメリアではいけないのか?」
グランは慌てて釈明する。
「いえ、今日はレインと遊びに行く約束だったので……」
グランがそう答えたが、当のレインは侯爵夫妻に向かってとんでもないことを言い出す。
「お嬢様が無事グラン様と結ばれた暁には、わたくしにもお情けをいただきたいと存じます」
「おい! なんてことを言うんだ!」
グランは隣で慌てふためくが、ヴァーミリオン侯爵は笑いながら言った。
「そうだな、当然娘と結ばれたら、娘のものはグラン殿のものになるからな」
侯爵夫人も、面白そうに言葉を重ねる。
「そうね、旦那がするのは許さないけど、レインは私たちの子みたいなものだし、あなたなら少しは許してあげるわ」
グランはとても困った顔になったが、二人は冗談だと言って笑い合った。
そして、祭りを楽しむのは自由であり、そこに主従はないと言って、侯爵夫妻はレインへ優しく微笑みかける。
「ありがとうございます」
レインもその温かい言葉に感謝を述べ、深く礼をした。
「じゃあ、私たちも行きましょう」
夫人がそう促すと、侯爵もグランへと別れの挨拶をする。
「ではグラン殿、また会おう」
侯爵夫妻はそう言って、二人と別れてその場を離れていった。
侯爵夫妻を見送った後、グランは隣のレインへと言った。
「レイン、いくら冗談だとしてもシャレにならないぞ」
しかし、レインはグランの目を真っ直ぐに見て告げる。
「私はグラン様のこと、ずっと前からお慕えしていますよ……」
その思いがけない言葉を聞いて、グランは驚いた。
「レイン、そうだったのか……。どうして?」
グランがそう尋ねると、レインはどこか得意げに話し始める。
「もちろん、お嬢様を救っていただいたことがきっかけではありますが……国王陛下に呼ばれた際も私を庇ってくださったり、年末の時も聖域に誘ってくださったりと、私を使用人としてではなく、ちゃんと一人の女性として見てくださっていますからね」
グランはそれを聞いて少し照れるが、レインはさらに言葉を続けた。
「でも、お嬢様には幸せになってほしいという気持ちのほうが大きいのです。なので先ほども言った通り、お嬢様と結ばれれば、もれなく私がついてくるということになります。お得でしょ?」
そう悪びれもなく言ってのける彼女に、グランは思わず頭を抱えた。
レインにここまでハッキリと好意を示されたのは、これが初めてだったからだ。
しかも、「主人のエルスメリアを選べばもれなくついてくる」という先ほどの言葉も、どうやら本気で言っているようだった。
グランは照れ隠しにごまかすように、「じゃあ、その時は頼むよ」と言って話を切り上げようとする。
しかし、レインは満面の笑みで言い放った。
「言質をいただきました。私は今、とても幸せです」
グランはしまったと思ったが、時すでに遅しだった。
それからのレインはもう遠慮がなくなったのか、さらにぴったりと体をくっつけて王都を歩き回り、二人は時間いっぱいまで祭りを楽しんだのだった。
そして別れ際、レインは微笑みながら言葉を残す。
「キスはまだ早いですが、これからもこうして逢瀬を楽しんでいきたいと思います」
彼女はそう言って、満足そうに去っていった。
グランはレインがここまで積極的になるとは全く思っておらず、また一つ修羅場が増えてしまったと頭を抱えるのだった。
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前書きにも記載した通り、活動報告にて今後の更新についてのお知らせがございます。
そして本日7/31の20:00の投稿後、8/1以降の投稿は1日1話20:00に投稿となります。
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