第14話:欠けた花弁
学園初日、午前中の授業はグランにとって苦行以外の何物でもなかった。
教科書に書かれている「現代魔法学」の内容は、彼が聖域で練り上げた真理に比べれば、あまりに稚拙で退屈だったからだ。
だが、今の彼の頭を占めているのは授業の内容ではなく、先ほど見かけた三人の姿――そして、そこにいなかった「エルスメリア」のことだった。
(……エルスメリア。あのおっとりしてた子が……なぜいないんだ?)
昼休み。賑わう食堂の隅で、グランは安物の定食を突きながら耳を澄ませていた。
隣のテーブルでは、情報通を気取る貴族グループが、声を潜めて『四聖華』の噂話に花を咲かせている。
「……やはりエルスメリア様は、本日も欠席か。いつもあんなに四人仲睦まじく登校されていたというのに」
「確か中等部三年になったばかりの時だったな。急に『魔力核欠乏症』を患い、休学されたのは。……もう一年になるか。余命もあと一年足らずという噂だぞ」
「今は王都にあるヴァーミリオン侯爵邸で養生されているらしい。ルヴィリス様たちは、放課後になればほぼ毎日お見舞いに行かれているそうだ。……実に見上げた絆だが、あまりに悲劇的だ」
グランの箸が止まる。魔力核欠乏症。体内の魔力を生成・保持する『核』が急速に摩耗し、やがては生命力そのものを食いつぶす不治の病。
(……おい、アンサートーカー。これ、俺が教えた鍛錬のせいじゃないだろうな? 当時、あいつらに教えられることを詰め込んだつもりだったが、あの子たちの幼い体に負担をかけすぎたんじゃ……)
グランの脳裏に、かつて懸命に結界を張り、自分たちを守ろうとしていたエルスメリアの健気な姿が浮かぶ。
三百年の眠りから覚めたグランにとって、彼女たちを助け、『凪の里』でカレーを食べ、別れを告げた日からもう五年も経っている。
たった一日の縁。
ただ、あの日、自分を強さの象徴として師事をお願いしてきた今十五歳の少女が、もうすぐ命を落とそうとしている。
『否定。マスターの懸念は論理的ではありません。魔力核欠乏症の主因は先天的な資質、あるいは外部からの極端な魔力干渉による変質です。マスターが教えた基礎はむしろ魔力を安定させるものであり、摩耗を加速させる可能性は極めて低いと推測されます』
(……本当か?)
『肯定。ただし、現状の情報では推測の域を出ません。病状の詳細、および発症時期の正確なデータが必要です。解析には対象の直接的な魔力波形のスキャンが推奨されます』
『スキャン』と言われても、相手は名門侯爵家の令嬢だ。平民クラスの学生がそう簡単に近づけるはずもない。
(毎日見舞いに行ってるってことは、屋敷の警備も相当厳重なんだろうな)
『当然です。侯爵邸には幾重もの防衛魔術が施されており、さらには三人の聖華が私的に多重結界を張っている可能性もあります。マスター、現在の身分で忍び込めば、貴族令嬢の寝所に侵入した不審者として、退学どころか『打ち首』確定ですが、よろしいですか?』
(よくねぇよ。……死んでゲームオーバー(物理)は後味が悪すぎる。せっかくの隠居計画が、処刑台の露と消えるのは御免だ)
グランはこめかみを指先で叩き、思考を巡らせる。
もしアンサートーカーの言う通り、教えが原因でないのだとしたら、別の『何か』がエルスメリアの体を蝕んでいることになる。
それを特定し、治療できる可能性があるのは、聖域で万象の魔術を極めた自分だけかもしれない。
『マスター。現状、正規の手段で接触する方法を模索すべきです。幸い、ここはメルティアス魔導学園。成績優秀者や特待生には、稀に上位貴族への紹介や、特別行事を通じた面会権が与えられます』
(……正規の手段、か。つまり、目立たず辞めるはずが、もっと目立って成績を上げなきゃならないってことか?)
『その通りです。皮肉なものですね、マスター。隠れたいのに、暴れなければ救えない。……どうしますか?』
グランは残りのパンを口に放り込み、勢いよく席を立った。
(……いや、それだと間に合わない可能性があるし確実性もない。今はどうにかして会えるように考えよう。波風起こさずに静かに治療できればそれでいい。最終手段で、四聖華に正体を明かせば話くらいは聞いてくれるだろう)
茶色に染めた髪を乱暴にかき上げ、グランは食堂を後にする。
退学RTAは、一時中断だ。
エルスメリアの命を救うため、そして自分が運命を捻じ曲げた責任を取るため。
グランの学園生活は、当初の予定を大きく逸脱し、命の灯が消えかかっている弟子を救うべく考えを巡らせるのであった。




