第13話:四聖華
あれから学園長を説得し、特待生枠と魔道水晶の件を有耶無耶にさせるため、普通の平民クラスとして何とか交渉してしぶしぶ承諾させ、入学が決まった翌日。
学園は朝から異様な熱気に包まれていた。
校舎へと続く大通りには、普段は傲慢な振る舞いを見せる貴族子弟たちが、まるで神事でも待つかのように整列し、落ち着かない様子で遠くを見つめている。
(おい、アンサートーカー。今日は何か祭りでもあるのか? 昨日のパチンコ演出の続きなら勘弁だぞ)
『マスター。お忘れですか。今日はこの世代の最高峰、人類の象徴といわれる『四聖華』が高等部に初登校する日です。彼女たちは全学生にとっての憧れの象徴。高等部で初めて雲の上の存在にお目にかかれる記念すべき聖日も同義でしょう』
(……あいつら、確かに看板みたいだと思ってたけど、そんな神様みたいな扱いなんだな。というか、昨日の入学手続きの時にはいなかっただろ?)
『肯定します。昨日の混乱を考えれば、彼女たちが一般の受付に並ぶはずもありません。おそらく学園長が配慮して別口で済ませたのでしょう。彼女たちが姿を現せば、昨日のパチンコ演出どころではないパニックが起きますからね』
(……まあ、そうだろうな。あいつらが並んでたら、別の意味で手続きが進まないだろうしな、……おい、それならあの演出も、その場にいて見られてたら一発アウトだったぞ!)
グランが溜息をつきながら、人混みの最後尾で壁に寄りかかっていると、地響きのような歓声が上がった。
「来たぞ! 四聖華だ!」
「ルヴィリス様! こちらを向いてください!」
「ディアドラ様、なんて美しい……!」
「キャー! ソフィア様ー! その豚を見るような目で踏んでくださーい!」
黄色い声援と、あからさまな媚びを含んだ賞賛、そして一部性癖がぶっ壊れた欲望丸出しの言葉が飛び交う中、白亜の馬車から三人の女性が降り立った。
先頭を歩くのは、燃えるような紅蓮の長髪をなびかせた美女、ルヴィリスだ。
幼少期のころと比べても、貴族として、そしてリーダーとしての高潔な意志は健在だが、今はそれに加え、幼少期では想像できなかった鋭い覇気を全身から放っている。
「……五月蝿いですね。下がりなさい」
ルヴィリスが冷徹な一言を放った瞬間、熱狂していた学生たちの空気が一瞬で氷結した。
彼女は自分にお近づきになろうと高価な花束を差し出した上位貴族の子弟を一瞥だにせず、言い放つ。
「私たちがここへ来たのは、強さを極めるため。媚を売るだけの無能な者に割く時間など一秒もありません。……不愉快です。失せなさい」
その炎のように苛烈な言葉に、周囲は静まり返る。
震え上がる貴族を尻目に、彼女は一切の慈悲を見せず歩を進める。
その冷徹なリーダーシップは、かつての面影を跡形もなく消し去っていた。
ルヴィリスの斜め後ろには、透き通るような白髪の女性、ディアドラが控えていた。
幼少期から剣を習い、聖域でも立ち向かう勇気は元からあったが、今の彼女が纏うのは、近寄る者すべてを切り裂くような、凄まじいまでの覇気だ。
彼女がただ歩くだけで、周囲の空間が切り裂かれるような緊張感が走り、武道を嗜む生徒たちはその覇気に耐えられず、その場に膝を突き、呼吸を乱している。
かつて剣を嗜んでいた少女は、今や次期『剣聖』として武の頂にふさわしい立ち振る舞いを見せていた。
そして最後尾を歩くのは、青い髪をショートカットにし、常に眠たげな顔をしているソフィアだ。
彼女は終始無言を貫き、その瞳には一切の感情を宿していない。
沈黙がこれほどまでに重い武器になるとは、当時のグランは想像もしていなかった。
彼女の無機質な視線が群衆を通り過ぎるたび、誰もが心臓を冷たい手で掴まれたような錯覚に陥る。
(……怖すぎ笑えない。)
壁際でその様子を見ていたグランは、内心で激しく動揺していた。
ほんのわずかな期間ではあったが、助け出した時の幼子らしい恐怖に満ちた顔。
「凪の里」に連れて行ってカレーを食べた時の、驚きと嬉しさがあふれた顔。
そしてソフィアを筆頭に「強くなりたい」と願った、確固たる信念が宿ったあの時の顔。
面影こそ残っているものの、放たれる魂の波動は、あまりにも過酷な5年という歳月を物語っていた。
(あの気弱でおとなしそうだったソフィアが、絶対零度のプレッシャーを放ってるとか……。ルヴィリスも、あんなに苛烈なことをするような子じゃなかったはずだぞ。一体、何があったんだ?)
グランは驚愕と共に、胸の奥がチクリと痛むのを感じた。
彼女たちは「人類の希望」という偶像に祭り上げられ、自らの人間らしさを削り取って、孤独な戦いを続けてきたのだろうか。
その重圧が、彼女たちをここまで変えてしまったのだろうか。
しかし、そこでグランはある違和感に気づく。
(……待て。アンサートーカー。一人足りないぞ。四聖華ってのは四人組だったはずだ。ルヴィリス、ディアドラ、ソフィア……。あとの一人はどうした?)
本来ならそこにいるはずの、おっとりとしていて、しかし誰よりも芯が強く、みんなを守るために命を懸けて結界を張っていた、心優しい少女——。
『肯定します。第4の聖華、エルスメリアの姿が確認できません。現時点での簡易スキャン、および周囲の会話ログからも、彼女に関する情報は拾えません。……何か、平穏ではない事情があるようですね』
(エルスメリア……。一体どこへ行ったんだ?)
三人の冷徹な姿と、そこにあるべきはずの、欠けた一人の存在。
再会を喜ぶどころか、グランの心には得体の知れない不安と、やり場のない憤りが広がっていった。
彼女たちと別れた5年の間に何があったのか、今はまだ知る由もない。
その時。不意に、ルヴィリスが足を止めた。
彼女の鋭い視線が、群衆の後方——壁際に佇む、一人の平民の少年に向けられる。
「ルヴィ……?」
ソフィア——ソフィが怪訝そうに小声で呼びかけるが、ルヴィリスは無言でグランのいる方向を凝視している。
(あ、やべ、こっち見てるぞ。気づかれたか!?)
グランは心臓の鼓動が跳ね上がるのを感じた。
入学する前、この国では黒髪がかなり珍しいことを知ったため、今は少しくすんだ茶色に染めており、姿だけではわからないはずだ。
そして念には念を入れ、偽装魔法でステータスもいじくり倒している。
5年前、共に過ごした時間は短く、名前も名乗っていなかったのが幸いしたのか、正体までは気づかれていないはずだった。
「……いえ。何でもありません。行きましょう、ソフィ、ディア」
数秒の沈黙の後、ルヴィリスは再び前を向いた。
だがその横顔には、先ほどまでの冷徹な仮面をわずかに揺らすような、迷いの色が浮かんでいた。
グランは深く息を吐き、帽子を深く被り直す。
(……退学RTAなんて言ってる場合じゃないかもしれないな、これは)
変わり果てた弟子たちと、欠けた一人。
グランの物語は、彼が望んでいた「隠居生活」とは真逆の方向へと、加速を始めていた。




