第12話:入学手続き
学園の受付ホールには、高等部への進学手続きを行う内部進学の貴族と、外部からの中途入学を狙う者たちによる凄まじい行列ができていた。
装飾過多な馬車で乗り付けた貴族たちが、中等部時代からの取り巻きを引き連れ、己の魔力と権威を競い合うように並ぶ中、グランは退屈そうに順番を待っていた。
彼が肩にかけているのは、見た目こそ普通の使い込まれた革鞄だが、その実、聖域に棲まう魔獣の皮を加工して収納魔法を付与した逸品だ。
その価値を知る者がいれば、王族ですら二度見する代物だが、今のグランにとってはただの「頑丈な荷物入れ」でしかない。
『マスター。現在の待ち時間は約3時間と推測されます。退学RTAにおいて、この『待ち時間』はタイムロス以外の何物でもありません。何かイベントを誘発しますか?』
(いいや、郷に入れば郷に従えだ。波風を立てずに並ぶのが大人の……)
その時。グランの思考を遮るように、香水の匂いを撒き散らしながら一人の少年が列を割り込んできた。
後ろには、いかにも「強面です」と言わんばかりの私兵を二人連れている。
「どけ。下賎な平民が私の前に並ぶなど、メルティアス様の石像が泣くというものだ」
少年は鼻を鳴らし、グランの前にどかっと割り込んだ。
周囲の平民たちは関わりを恐れて目を逸らすが、グランは内心で「あいつが泣くわけないだろ、むしろちゃんと並べと言って爆発魔法をぶっ放すぞ」と毒づいた。
だが、グランにとってこれは「待ちに待ったチャンス」でしかなかった。
「おい、坊っちゃん。ここは並ぶ場所だぞ。マナーも守れないなら、家でおままごとでもしてろ」
ホールに静寂が走った。割り込んだ貴族の少年——バルトス家の次男は、耳を疑ったように振り返る。
「……今、私に向かって言ったのか? この泥臭い平民が!」
「泥臭いのはお互い様だろ。早く後ろに並べ。それとも、貴族様は一貫校の教育を受けても『並ぶ』という概念が理解できないのか?」
グランの煽りに、バルトスの顔が沸騰したように真っ赤に染まる。
それを見たお付きの私兵が、主人の面目を保つべく、威嚇のために腰の剣を抜いた。
「控えよ! バルトス様を侮辱することは死に値する! 汚らわしい口を閉じろ!」
私兵がグランの肩口を狙って剣を振り下ろす。
周囲から悲鳴が上がる中、グランは内心でガッツポーズを決めていた。
(よし! 暴力沙汰だ! これで入学拒否、最速で聖域にリターンだぜ!)
だが、体は勝手に反応した。
転生後の修羅道で完全に染み付いた「迎撃」の反射速度が、グランの「退学したい心」を無情にも裏切る。
グランは無造作に左手を伸ばすと、振り下ろされた剣を人差し指と中指の間でピタリと挟み込んだ。
——バキンッ!
澄んだ音と共に、私兵の剣が真っ二つに折れる。
かつて聖域の第8層で、あの「深淵の騎士」相手に使用した技『ソードブレイク』。
数多の死線を潜り抜け、指二本で鉄を紙屑のように断つまでになった修行の成果が、こんなところで発揮されてしまった。
「あ……?」
砕け散った破片が床に転がり、私兵は柄だけを持って呆然と立ち尽くす。
そこへ、騒ぎを聞きつけた衛兵たちが一斉に走り込んできた。
「そこまでだ! 神聖なる学園で剣を抜くとは何事か!」
(よっしゃ! 衛兵来た! 俺が悪者でいいぞ、さあ早く連れて行け!)
グランが自ら手を差し出し、捕縛を待っていたその時。
重厚な声がホールに響き渡った。
「待ちなさい。……一部始終は見ていましたよ」
人混みを割って現れたのは、長い白髭を蓄え、知性の塊のような眼光を放つ老人だった。
彼を見た瞬間、貴族の少年も衛兵も直立不動になる。
「学園長……!」
「バルトス殿。非は明らかに貴殿にある。平民への暴行未遂、および列の乱し。衛兵、彼らを別室へ。……そして、君」
学園長がグランに向き直る。グランは「ちっ、学園長かよ」と内心で舌打ちした。
「君の今の身のこなし、見事だった。剣を砕いたのは魔力操作によるものか? 面白い。君のような平民がいるとは。不問に処す。……さあ、入学手続きを続けなさい」
「……あ、はい」
計画失敗。グランは溜息をつきながら、学園長に促されるまま受付デスクへと座らされた。
「次は魔法適性の計測です。この水晶に手を置いて、全力で魔力を流してください」
受付の職員がいかにも高価そうな魔導水晶を差し出す。グランは考えた。
(……正攻法がダメなら、備品損壊だ。こいつに魔力をぶち込んでオーバーロードさせてぶっ壊して、『危険人物』として追放されてやる)
『マスター。推奨します。魔力出力を限界まで解放してください。この程度の水晶なら0.1秒で霧散します。どうせなら派手な演出も突っ込んで有終の美を飾りましょう』
(演出は任せた。よし、いくぞ。あばよ、メルティアス魔導学園!)
グランは右手を水晶に添え、体内の魔力プールから、ほんの「すこし」だけ、濃縮された魔力を叩き込んだ。
その瞬間——。
受付ホール内の全ての明かりが、かき消えるほどの眩い光が溢れ出した。
ただの光ではない。例えるならパチンコの最高ランクの大当たり演出を10倍濃縮したような、狂乱の輝き。
キュインキュインキュイン! という、鼓膜を劈くような高音の魔力摩擦音が鳴り響き、水晶からは七色のオーラが螺旋状に吹き上がる。
完全にアンサートーカーが俺の記憶から引っ張り出した脳汁溢れる演出だ。
(『フィイイイイイーバアアアアアアー!!』)
グランとアンサートーカーは、超大当たりを確信したパチンカスのように、心の中で盛大に叫んだ。
「な、なんだ!? 虹色の光だと!?」 「オーラが龍の形をしているぞ!?」
光は天井を突き抜け、王都の空にまで届く勢いだ。
虹色のオーラが受付ホールを埋め尽くし、あまりの神々しさに、並んでいた一部の貴族たちが「おお、神よ……」と膝をついて祈り始める始末。
一方、神界。
モニター越しにその光景を見ていたアリスティアは、あまりの暴挙と規格外の出力に白目を剥いた。
『……あのバカ! やりすぎなのよぉぉぉ!』
女神は泡を吹いて、そのまま神殿の床にひっくり返った。
光が収まり視界が戻ると、そこには粉々に割れた水晶の残骸が散らばっていた。
グランは「退学確定」を意気揚々と思い込み、わざとらしく水晶のかけらを手に取った。
「壊してしまったので弁償します。とても高いものですよね? 一生かけて弁償します。では、さようなら」
これ以上余計なことが起きる前に、足早に出口へ向かうグラン。
だが、出口付近に到着すると、さっきの学園長が腕を組みながら立ちはだかった。
「……どこへ行こうというのかね?」
グランは一刻も早く学園を脱出したかったので、学園長に噓泣き混じりの残念そうな声を絞り出した。
「学園の備品を壊してしまったのです。平民では弁償するのに時間がかかります。働いて返さないといけないので、一刻も早く就職先を見つけて必ず弁償します。それでは、失礼します……!」
これで見事、不合格&追放——そんなグランの淡い期待は、学園長の次の一言で粉々に砕け散った。
「感心だ。その責任感、そして何よりその膨大な魔力。あの水晶をオーバーロードさせるなど、メルティアス様の伝説にある逸話以来の快挙だ。弁償など必要ない。むしろ、我が校が君のような逸材を逃すことこそ、魔導学の損失だ」
「……は?」
「特待生として入学を許可する。平民枠ではあるが、君には『期待の新人』として相応しい席を用意しよう」
数時間後。
グランの手元には、なぜか金縁の派手な学生証が握らされていた。
学園の外では、すでに噂が尾ひれをつけて広がっている。
「剣を素手で砕き、虹色の光を放った平民が現れた」と。
(……アンサートーカー。これ、どういう状況だ?)
『マスター。完全に裏目に出ました。退学RTAどころか、全校生徒注目の『期待の超新星』として、強制的に入学イベントが進行中です』
(……絶対あの演出のせいだろ!なんてことをしてくれたんだ!お前わかっててやっただろう!)
『あれ、私なんかやっちゃいました?……ゲラゲラ、これで退学の難易度が『地獄』に跳ね上がりましたね』
(このボケがあああああ!)
15歳の少年の姿をした、精神年齢アラフォーの平穏な日々は、また一歩、遠のいていくのであった。




