第11話:ファリス王国立メルティアス魔導学園
聖域から王都に転移し、数キロ歩いたところで、グランは足を止めた。
視界の先に広がるのは、かつて「聖王国ファリオン」の王都と呼ばれた場所だ。
グランは王都自体をオリジナル魔法「ヴィジョン」でしか見たことがなかったが、その変貌ぶりを目の当たりにして少し驚いていた。
(……意外と発展しているもんだな。まあ、あれから300年も経っているもんな)
かつての荘厳だがどこか古臭かった石造りの城壁は健在だが、その随所には、魔力を帯びた特殊な結晶を組み込んだ灯火台が一定の間隔で配置されている。
グランが眠りにつく前は、夜の守りと言えば兵士が松明を掲げて回るものだった。
それが今や、一度魔力を充填すれば数日間は消えない「魔導灯」へと置き換わっている。
『マスター。現在のこの国の正式名称は『ファリス王国』。勇者パーティーが魔王を討伐した後、聖王国国王アレクシアとその重鎮たちを打破し、周辺国と協力し合い、民主的な要素を取り入れた『王国』として再編されました。以前ほどの教会の影響力はなく、貴族や平民の身分の差も多少マシになっています』
(ファリス、ねぇ。……名前を一部変えただけで、中身は勇者たちが理想を求めた王国か。まあ、あの宗教塗れの聖王国よりは風通しが良さそうだがな)
グランは街道を歩きながら、周囲の様子を観察する。
通りには魔石を用いた街灯が立ち並び、夕暮れを待たずとも淡い光を湛えている。
行き交う馬車の中には、車輪の軸受けに摩擦を軽減する魔法付与が施された「高級馬車」も混じっており、300年前には存在しなかった、ちょっとした「技術の工夫」が、のどかな風景の中に馴染んでいた。
ふと、道端の露店から漂う香りに足が止まった。
そこでは魔石の熱を利用した簡易的な調理器具が使われ、火加減を安定させながら肉が焼かれている。
かつては火を起こすだけでも一苦労だった平民の生活に、魔法が「便利な道具」として浸透している。
グランはその効率の良さに理解を示しつつも、どこか複雑な心境だった。
(かつては貴族が独占していた魔法が平民に浸透し、便利に使えるようになったのはいいことだ。だが、便利になればなるほど、人間は楽な方に行ってしまうからな。手間暇かけて完成した技術がいずれは消えていく、よくある技術喪失だ。……まあ、理から半分以上はみ出ている俺が言うことでもないがな)
グランはふと思い脳内で会話を続ける。
(ところでアンサートーカー。この国を作った連中……勇者パーティーのその後の情報を。特にメルティアスとかいう奴だ)
『了解しました。検索実行。……該当あり。300年前の勇者と魔王の戦いで、勇者パーティーの一員で魔法使いです。かつては冒険者であり、実力は相当上位の魔法使いでしたが、聖王国と教会の圧力でギルドから勇者パーティーに参加する指名依頼を出されたため、魔王討伐に参加したようです。姿形は髪は紫のショートカット。フード付きのローブに短パン、タイツという活動的な出で立ちで、非常に気の強い性格と記録されています。現在は『魔導の祖』として神格化されていますね)
(ああ、あのちょっと気が強そうな女か! たしか、俺が創造魔法と蘇生魔法を駆使しているときに怖いくらいガン見していたのを思い出したわ。あいつもあのアホ女神に物語を盛り上げるために、無理やり運命を捻じ曲げられて戦わされてたんだろうな……。勇者一味も、俺と同じ『アリスティアの無茶振りに応えさせられた被害者』なんだろうよ)
そんなことを考えているうちに、街の中心部に王城に匹敵する面積を占めて鎮座している、巨大な建築物群が見えてきた。
<ファリス王国立メルティアス魔導学園>
正門に掲げられた巨大な石碑には、そう刻まれている。
学園を囲む広大な敷地には、複数の時計塔、広い石畳の訓練場、そして最新の錬金釜を備えた研究棟が並び、国中の、あるいは近隣諸国からも優秀な魔導師の卵が集まる最高学府としての威容を誇っている。
広場の中央には、杖を掲げて不敵に笑うメルティアスの銅像が立っていた。
勇者たちがこの学園を作った当初の理念は、「身分を問わず、魔法の才能ある者すべてに門戸を開く」という高潔なものだった。
しかし、彼女たちが表舞台から去って300年。学園を歩く生徒たちを見れば、その理念が形骸化しているのは一目瞭然だった。
この学園は初等部から高等部までの「一貫校」であり、高位貴族の子弟の多くは幼少期からここに籍を置いている。
だが、進学の節目ごとに改めて厳格な「入学手続き」が義務付けられており、内部進学組であってもその都度、魔力測定や適性審査を受けなければならない。
歩廊を我が物顔で歩くのは、手続きのために集まった、豪奢な刺繍を施した最高級のシルクのローブを纏う貴族の子弟たち。
一方で、今年外部から入学する平民出身の生徒は、有力者の推薦状を握りしめ、貴族たちの顔色を窺いながら肩を狭めて歩いている。
結局のところ、ファリオンがファリスに名を変えても、そこに根付いた貴族社会という歪な構造は、300年の月日の中で学園を飲み込んでしまったらしい。
(誰にでも門戸を開く、か。……看板に偽りありだな。あの紫髪の女が見たら、怒って爆発魔法でも起こしそうな現状だぜ)
『肯定します。現在の学園は実力主義を謳いながらも、実態は貴族主義が蔓延り、平民をいたぶるようなものが多いようです、マスターが前世で忌み嫌っていた『古い組織』そのものです。特権階級による既得権益の保護が優先されています、学園長はまともなようですが、貴族主義の思想を抑えきれてないようです』
(最高じゃないか。そんな腐った組織、退学になる理由なんていくらでも見つかる。むしろ、真面目に通う方が難しそうだ)
グランはどこか清々しい笑みを浮かべた。
女神から無理やり渡されたのは、平民としての推薦状だ。
この「家柄こそが正義」と信じて疑わない空間で、身分の低い平民がやりたい放題やれば、退学処分への道はそう遠くないはずだ。
(……いいか、アンサートーカー。俺たちがやるべきことはただ一つだ。この英雄(被害者仲間)が作った立派なゴミ溜めで、とっとと『使えない問題児』という烙印を押されることだ。四聖華にはなるべく正体がバレないように、盛大にやらかしてやろうぜ)
『了解しました、マスター。現在、最短で退学を勝ち取るための『戦略的無能ムーブ』を策定中。まずは入学手続きにおける、傲慢な貴族との接触、および受付担当者への『不誠実な対応』をシミュレートします』
(ああ。彼女たち四聖華は今やこの学園の看板なんだろ? 俺みたいな無能が関わって、変な噂が立っても可哀想だからな。……よし。まずは入学手続きだ。平穏を取り戻すための戦いを始めるとしよう)
15歳の少年の姿をしたグランは、社畜時代に培った「あえて無能なふりをする」処世術を思い出しながら、重厚な学園の門をくぐった。
その背中には、かつての社畜が抱いていた「定時退社(早期退学)」への情熱が、静かに、だが熱く燃え上がっていた。
門をくぐった瞬間、学園内に漂う濃厚な魔素がグランの肌を刺した。
明らかに龍脈がある。
300年前、メルティアスたちがこの地を見つけて選んだのだろうか。
だが、その魔素の循環はどこか滞り、澱んでいるようにグランには感じられた。
まるで、この場所の腐敗を映し出しているかのように。
(……いやな雰囲気だ。やっぱり俺には、聖域の澄んだ空気の方がお似合いだよ)
グランは冷めた独り言をこぼし、受付と書かれた重厚な扉に向かって歩き出した。




