第164話:エメラルド・ウェポン
四日目、グランは待ち合わせ場所にいた。
昨日はまさか神聖鍛冶師が弟子入りするとは思わなかったが、ディアドラが兄グリフィスへのプレゼントとして、とても素晴らしい剣を渡せると満面の笑みを見せたことに、グランは素直に喜んでいた。
そして王国建国祭も半ばとなり、今日は誰が来るのかと思っていると、自分を呼ぶ声が聞こえてくる。
「グラン君!」
振り向くと、黒の服を着たエルスメリアがこちらに向かって手を振りながら走ってきた。
しかし着ている服が少しピッチピチなのか、いろいろなところが弾んでおり、グランは目のやり場に困ってしまう。
エルスメリアは会うなりグランの腕を取っていつも通り胸を押し付け、強引に引っ張っていった。
「じゃあ、行きましょう!」
グランは慌てて彼女へと尋ねる。
「どこか行きたいところでもあるのか?」
「はい!」
エルスメリアが元気よく答えるので、ソフィアの件もあったためグランは警戒をしていたが、やがて彼女はある店の前で足を止めて指を差した。
「ここです!」
グランはどこだろうと思いながら尋ねるが、エルスメリアは笑顔ではぐらかす。
「内緒です!」
エルスメリアはそう言って腕を引っ張り、強引に店の中へと入ろうとする。
グランはその力に負け、そのまま一緒に中へと入っていった。
すると、そこは女性の下着を専門に売っている、前世で言うランジェリーショップだった。
グランは慌ててエルスメリアに忠告する。
「ここ、男は入ったらダメだろ!」
「そんなことないですよ?」
エルスメリアは首をかしげながら、不思議そうに答える。
「いやいや! どう考えても男禁制だろ!」
グランがそう突っ込んでいると、奥から女性の店員らしき人が歩いてきた。
「お待ちしておりました、ヴァーミリオン侯爵令嬢様。そちらの方が伴侶の方ですね」
グランは慌てて否定しようとしたが、エルスメリアが間髪入れずに即答する。
「はい! そうです!」
「ちょっと!」
グランがエルスメリアを止める間もなく、女性の店員が挨拶を始めた。
「この度はわたくし共の店をご指定いただきありがとうございます。わたくしはこの店の店長を任されている者です。それではさっそくこちらへ、お見繕いしましょう」
そう言ってグランとエルスメリアは個室に連れていかれ、グランは個室にある大きなソファに座らされ、エルスメリアは店長といろいろ話し合った後、いくつか下着を持って試着室へと入っていく。
グランは嫌な予感しかしなかった。
それに個室に移動するときに周りの女性客たちが明らかに自分を見てひそひそと話をしていたため、凄まじく居心地の悪さを感じていた。
個室に連れていかれたことで、エルスメリアが暴走するのではとグランは思ったが、店員もいるのでそんな無茶はしないだろうと思い直し、少し警戒を解いていた。
ただ、試着室からはガサゴソと明らかに服を脱いでいる音が聞こえてくる。
グランは脳内でアンサートーカーへ話しかけた。
(これ、絶対下着姿で出てくるよな……)
『この店に入った時点でマスターの負けです。ご卒業おめでとうございます』
相棒の無情な一言に、グランは緊張する。
ただ、店員がいるのだから無茶なことはしないだろうと、彼はまだどこかで信じていた。
そして、ガチャッと試着室の扉が開く。
「どう、グラン君?」
エルスメリアはポーズをとって、グランに見せびらかしてきた。
しかしグランは一目見た瞬間に視線を外し、横を向いて彼女を決して見ないようにした。
「素晴らしいです! お嬢様の抜群のプロポーションを引き出しています!」
店員はエルスメリアに向かって、そう言って絶賛する。
しかし、一瞬だけ視界に入ったその格好は、どう考えても明らかにおかしかったとグランは心の中で叫んだ。
(いやいや! 大事なところに全部スリットの穴が空いてたぞ! 下着の意味が全くなかったぞ!)
『初手王手くらいの勢いでしたね。次は飛車角取りで詰みですね』
アンサートーカーは脳内で、完全におちょくってくる。
不可抗力でエルスメリアの大事なところを全て見てしまったグランは、完全に前かがみになっていた。
アンサートーカーはそれに気づき、エルスメリアへ魔力で念話を飛ばして「マスターのマスターが絶好調です」と伝えようとするが、寸前でグランに止められる。
(お前! まじでやめろ!)
『もういいじゃないですか。受け入れてエルスメリア様と契りを結びましょう』
(バカ野郎! 俺はまだそういうのは早いとずっと言ってるだろ!)
脳内で相棒とやり取りをしているグランをよそに、エルスメリアは一人で考えていた。
(フフッ。グラン君、完全に見たわね。これで私の体を意識してくれるわね。まだ焦らず、じわじわ攻めていくわよ)
彼女は完全にグランを食うつもりでいた。
「次の下着に着替えるね」
エルスメリアがそう言って試着室に戻ったことで、グランはやっと前を見ることができた。
すると、そこへ店長が話しかけてくる。
「グラン様は幸せ者ですね。麗しきご令嬢様が殿方のためにあそこまで下着を吟味して選び、夜の営みに励もうとするのですから」
グランはそう言われて頭を抱えた。
これはもう既成事実どころではない、食われるのは秒読みだと悟る。
とりあえずエルスメリアが満足するまで鋼の精神で耐え、その後はうやむやにしてやり過ごそうと決心した。
そう思っていると、またしても試着室の扉が開く。
今度は、白のレースにフリルがついたデザインのものだった。
グランは一瞬見ただけでまた横に顔を向けて視線をそらすが、エルスメリアは彼へと近づいてくる。
そして彼女は彼の手を取り、自身の腰をつかませるようにグランの手を導いていった。
グランはその感触を無理やり味わわされてしまい、そのまま固まってしまう。
「グラン君、これもかわいいでしょ?」
エルスメリアはそう言いながら、そのまま向かい合うようにグランの上に座り、乗っかってきた。
グランは薄い布越しに感じるエルスメリアの下半身に歯を食いしばりながら耐え、目をつぶって答える。
「とってもかわいいね……」
その言葉に満足したのか、エルスメリアは微笑んだ。
「次に着替えてくるね」
彼女がそう言って試着室へ戻っていくと、グランはソファでまたしても前かがみで座り込み、しばらく呆然としていた。
そしてまたしばらく経つと、試着室のドアが開いた。
エルスメリアはガーターベルトとガーターストッキングを身につけ、黒のとても扇情的な下着をつけて出てきた。
グランは視線を外し、脳内で叫ぶ。
(過去一やばい、あれは耐えられない……!)
エルスメリアはグランに近づくと、もう遠慮なしにソファへ座っている彼の上にまたがる。
「どうかな?」
そう聞かれ、グランの理性は限界を迎えていたのか、今までで一番興奮すると正直に答えてしまった。
その瞬間、エルスメリアはグランの頭を抱き込み、自身の胸へと埋めてくる。
グランには、もう抵抗する元気も残っていなかったが、ある一部だけはとても元気だった。
エルスメリアはそれを知ってか知らずか、さらに体を密着させてくる。
「とてもお似合いです!」
店員はお構いなしに、絶賛の声を上げて褒めちぎる。
さすがに皆がいる前では、エルスメリアもそれ以上はしてこなかったが、その後もいろいろな下着をつけてはグランに密着するなどして、完全に彼をその気にさせていた。
時間が経ち、度重なるエルスメリアの精神的攻撃により、グランはソファで完全にぐったりしていた。
そして肝心のエルスメリアは、早々にお会計を済ませる。
「全部、ください!」
彼女はそう言ってぐったりしているグランの腕を取ると、笑顔で店から出た。
「では、王国建国祭を楽しみましょう!」
エルスメリアが腕を絡ませて胸を当てながら歩くため、グランの理性はもう爆発寸前だった。
アンサートーカーは、グランがだんだんとエルスメリアに欲情していく様を黙って見守っており、ここぞというタイミングでエルスメリアに念話を飛ばしてアシストする準備を整えていた。
そしてここが好機とばかりに、タイミングを見計らってエルスメリアへ念話を飛ばす。
『エルスメリア様』
急に脳内へ響き渡った機械質な声に、エルスメリアはびっくりして辺りを見回す。
『私はアンサートーカーです』
「あら、お久しぶりね」
エルスメリアは落ち着きを取り戻し、声を出して返答した。
(おい! お前、何をしてるんだ!)
グランは脳内で叫んで相棒を止めようとするが、アンサートーカーは彼へトドメを刺す言葉を言い放つ。
『今マスターに迫れば、確実に既成事実を作れますよ』
その悪魔のささやきにエルスメリアは大興奮し、鼻息を荒くして既成事実を作るための場所を探し始めた。
『エルスメリア様のご自宅が、ここから一番近いと思います』
アンサートーカーがそう入れ知恵をすると、エルスメリアはさっそくグランの腕を引っ張り、ヴァーミリオン侯爵邸へと強引に連れて行こうと早足で向かっていこうとする。
グランは抵抗しようとするが、なぜか全く力が入らない。
(な、なんで力負けしてるんだ……?)
アンサートーカーが、こっそりとグランのステータスを著しく低下させていたのだ。
『愛の力は無限大ですね』
(お前! まさかステータスを調整してるだろ! 元に戻せ!)
『まさか。私はマスターのためを思ってしているのですよ』
(嘘つけ! 自分が面白がって楽しもうとしているだけだろ!)
すると今度は、脳内に女神アリスティアの声まで響き渡った。
『グラン! やっとその気になったのね! 本当に楽しみだわ! 永久保存しないといけないわね!』
楽しそうに煽ってくるアリスティアの言葉に、グランは味方が誰もいないことを悟り深く絶望する。
しかし、そこでまさに救世主が現れた。
カロンとニーナが、前から歩いてきていたのだ。
エルスメリアは二人に気づくと、笑顔で挨拶をする。
「カロン君、ニーナさん、こんにちは」
声をかけられたカロンとニーナは、挨拶を返した。
「こんにちは、エルスメリア様。……今日はグランとデートですか?」
「黒のワンピース、とてもお似合いです!」
先ほどから既成事実を作れると興奮しているエルスメリアは、そのまま二人へと爆弾発言を落とす。
「今から家に行って、グラン君と愛を紡ぎあうの!」
その言葉にびっくりしたカロンとニーナは、グランを見て納得したように声をかけた。
「そうか、お前ついに決めたんだな。祝福するよ」
「グラン君、エルスメリア様を大事にしてね!」
勝手に祝福し始めた二人に、グランは必死に助けを求める。
「違う! 無理やり連れていかれそうになってるんだ! 助けてくれ!」
しかし、カロンとニーナは面倒事に巻き込まれたくないため、適当に挨拶を済ませて逃げるように二人と別れていった。
その背中を見送りながら、グランは完全に絶望する。
グランはエルスメリアの鍛え上げられた力に負け、ついにヴァーミリオン侯爵邸に到着して中へと連れていかれる。
そしてそのまま、あの奇跡の手術をした部屋へと通された。
グランはステータス値も元に戻らず、このまま自分は初めてを無理やり奪われるのだと深く落ち込む。
「着替えてくるね」
エルスメリアはグランをベッドに寝かせるとそう言い残し、隣の部屋へと入っていった。
グランはその隙を狙って外に出ようと部屋の扉を開けようとするが、扉はびくともしない。
『結界魔法が張られていますね』
アンサートーカーが、その無慈悲な真実を伝える。
グランはそれを聞いて最後の賭けに出ようと決め、大人しくベッドで待った。
やがて、エルスメリアが部屋に戻ってくる。
彼女は先ほどグランが一番興奮すると言った、黒の扇情的な下着にガーターベルトとガーターストッキングを身につけた格好で部屋に入ってきた。
そして寝ているグランの上に覆いかぶさり、彼を抱きしめる。
「ついに、この時が来たのですね!」
喜び勇むエルスメリアに対し、グランは静かに口を開いた。
「……エル、本当に元気になってよかった。初めて会った時から五年、俺が学園に行ったら四聖華は三人で君がいなかったことに、初めは驚愕と戸惑いがあったよ」
グランが急に思い出話をし始めたため、エルスメリアは不思議そうに耳を傾ける。
「後で聞いたら君は不治の病である魔力核欠乏症にかかり、余命いくばくもないと知って、俺は心底心配したんだ」
エルスメリアはその時を思い出したのか、黙ってグランの言葉を聞いている。
「俺なら絶対治せると思っていたが、平民が侯爵令嬢に会うことなんて不可能だった。だが、運命の出会いか君のメイドのレインに会い、そして君が好きな枯れかけていた白百合を俺の手で蘇らせた」
エルスメリアは、この前の誕生日にグランからもらった、枯れない白百合を王都の屋敷にも何輪か持ってきており、それを飾った花瓶へと目をやった。
「その白百合が奇跡を呼び、俺をこの場所に連れて行ってくれて、そして君と再会できた」
エルスメリアはグランの話を聞いて少し下を向く。
「グラン君……」
「そしてまさにこの部屋で君を助けるために手術をして、君は見事完治した。それから俺の渡したトレーニングメニューを死に物狂いでやり、あの魔導大会で完全に復活した。」
その過酷な鍛錬を思い出したのか、エルスメリアは少し涙ぐむ。
「そこから聖域の凪の里に来て一緒に鍛錬したり、誕生日会で俺は君にぴったりのリンク・ウェポンを渡した。そしていろいろな思い出を作ったが、最後に、俺の正体を話したときも、君は俺を気持ち悪がらずに俺を抱きしめた」
その言葉を聞きながら、エルスメリアは完全に泣き始めていた。
「そして今こうやって共にいる。俺は君が元気に生きていることがとても嬉しいよ」
そう言って、グランは自身の言葉を終えたのだった。
グランが言葉を終えると、エルスメリアは途端に泣きじゃくり始めた。
「ご、ごめんなさい! グラン君! 私はあなたの気持ちを考えず、無理矢理襲うようなことをして! あなたは私の命の恩人なのに、こんなひどいことをして!」
エルスメリアはそう言って、大声で泣きじゃくる。
グランはそんな彼女をそのまま優しく抱きしめ、頭をなでた。
「エル、君の気持ちは嬉しいよ。でもまだ早いんだ。だから、もうちょっとだけ待ってくれ」
エルスメリアもその言葉に、うん、うんと泣きながら同意する。
「今日はこのまま寝よう」
グランはそう言ってエルスメリアをそっとどかせ、隣に寝かせた。
そして自身の腕を出してエルスメリアの頭を乗せ、髪を梳きながら「おやすみ」と言ってキスをする。
「おやすみなさい、グラン君……」
エルスメリアは泣き疲れたのかそのまま目をつむり、やがて静かな寝息が聞こえてきた。
(うおおおおおおおおおお! 俺はやったぞおおおおおおおおおお!)
グランは心の中で、全力で勝利の雄叫びを上げる。
しかし、アンサートーカーとアリスティアからは、脳内でずっとブーイングが送られていた。
『マスター! ここまでお膳立てしても逃れるのですか!』
『グラン! いい加減にしなさいよ! さっさとやってしまいなさいよ!』
(うるさい! 俺は何度も言うが、学園を卒業するまでは卒業しないんだよ!)
グランは脳内でそう叫び返し、安堵と緊張の糸が切れたのか少し壊れ始めた。
無事(?)に自身の貞操を守り切ったグランは、精神的に疲れたのかそのままエルスメリアと一緒のベッドで眠りについた。
そして数時間が経った後、グランが目覚めるとエルスメリアはすでに起きていた。
だが、エルスメリアは起きたグランの顔を見るなり、ぷいっと顔を後ろに向けてしまう。
グランはそのまま「おはよう」と声をかけるが、彼女は小さな声で返事をした。
「……おはようございます」
しかし、こちらには一向に顔を向けようとしない。
「どうしたんだ?」
グランが尋ねると、エルスメリアはぼそぼそと話し始めた。
「今までしてきたことが、急に恥ずかしくなってしまいました。グラン君のことが好きだという自分の気持ちだけで、グラン君自身の気持ちを全く考えていなかったことに、私はとても顔向けできません……」
そう言った彼女は少ししゃくり始めており、途端に泣き出してしまった。
グランはそのまま、エルスメリアを後ろから優しく抱きしめる。
「エル、そんなに気にしないでいい。ただ、まだ早いだけだ。だからそんなに自分を責めるな」
そう言って強引にエルスメリアの体に手を入れ、こちらへと振り向かせた。
グランは改めて彼女の凄まじい格好を目にし、思わず本音を漏らす。
「この格好は……やっぱりやばいな」
「……この格好が、好きなの?」
エルスメリアが不安そうに尋ねると、グランははっきりと答えた。
「未成年じゃなかったら、とっくに襲ってる」
その言葉にエルスメリアは少し元気が出たのか、お礼を言って抱きついてくる。
「ありがとう、グラン君」
しばらくそのまま密着していちゃいちゃと過ごしていると、そろそろ帰らないといけない時間になった。
エルスメリアは私服に着替え、屋敷からグランを見送るために部屋を出ると、ちょうどヴァーミリオン侯爵夫人と鉢合わせしてしまう。
「あらあら、ついに結ばれたのね」
夫人にそう茶化されたが、エルスメリアは真っ直ぐに宣言した。
「お母様、私はグラン君に選ばれるように、もっと淑女としての嗜みを身につけたいと思います」
夫人はエルスメリアのその言葉に少し驚いたようだったが、全てを悟ったのか彼女の頭を優しく撫でた。
「頑張りなさい」
そして、今度はグランへ向かって微笑みかける。
「あなた、うちの子を少女から女にしてあげたわね」
「ち、違います! まだ何もしていません!」
グランは慌てて弁明するが、夫人は優しく微笑む。
「大丈夫、わかっているわよ」
そして夫人とその場で別れ、屋敷の入り口へと向かう。
エルスメリアは申し訳なさそうに、グランへ言葉をかけた。
「今日は、本当にごめんなさい」
しかし、グランはそのままエルスメリアに近づくと、彼女に濃厚な口づけをした。
「また学園で会おう」
「……はい!」
グランの言葉にエルスメリアは満面の笑顔になり、元気に返事をして手を振りながら別れを告げる。
グランは思いのほかエルスメリアが精神的に成長してくれて本当に助かったと思いながら、学園の寮へと戻るのだった。




