第161話:波乱の王国建国祭
次の日、グランはおなじみの場所で待っていると、自分を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると、黒の服を着たソフィアがこちらに向かって走ってくる。
「グラン様! お待たせしました!」
ソフィアは少し息を切らしており、髪も少し乱れていた。
グランは自然と彼女の髪を触り、手櫛で直していく。
ソフィアはそれを気持ちよさそうに受け入れた。
「ソフィは黒も似合うね、かわいいよ」
「グラン様に合わせました! ありがとうございます」
ソフィアはとても嬉しそうにはにかむ。
「じゃあ、行こうか」
グランがそう言うと、ソフィアは自然と腕に絡みつき、体を密着させて歩き始めた。
「去年は食べ歩きだったけど、今年はどうしたいんだ?」
グランが尋ねると、ソフィアは元気に答える。
「特に考えていませんが、寄りたいところはあります!」
「じゃあ早速そこに行くか?」
そうグランが返すと、ソフィアは顔を赤らめて嬉しそうに答えた。
「まだお昼前ですけど、大丈夫です!」
そしてしばらく屋台で串焼きやジュースなどを買ってぶらぶらと歩いていると、ソフィアが手を引く。
「こちらです!」
そしてしばらく歩いていると、明らかに歓楽街へと出てしまった。
グランは少し不安になるが、ソフィアは構わずずんずんと進んでいく。
そして、ある建物の前で足を止めた。
「ここです!」
グランは建物の看板を確認する。
休憩 10:00~18:00 10,000G
宿泊 18:00~翌9:00 15,000G
アンサートーカーは脳内で爆笑した。
『マスター! いきなりモーテルとかさすがですね! これは逃げられませんよ!』
相棒がそう煽り散らかしてくる。
グランはソフィアに向かってたしなめた。
「さすがにダメだろ」
「一線を越えなければいいのですよね?」
「確かにそうだが、ここに俺たちが入るところを見られたら言い逃れが何もできなくなるぞ」
グランがそう説得しても、ソフィアは引き下がらない。
「もちろん大丈夫です!」
「なにも大丈夫じゃない!」
「お願いです、グラン様……」
ソフィアは涙目で訴えてくる。
しかし、グランはここで甘やかすと駄目だと思い、断固として拒否した。
すると、ソフィアは目の光がなくなり、グランを見る目が完全に病んでいる人のそれになっていた。
「グランサマ、オネガイシマス」
グランはその変貌にビビり散らかし、少し折れそうになる。
しかし、そこは大人の対応で何とかしようと思い、別の案を提案した。
「ここはさすがにダメだけど、一緒にいるだけなら俺の工房に行こう」
そう言うと、ソフィアの目に光が戻る。
「むぅ、仕方がないですね」
ソフィアは納得し、グランの案に従った。
『もう少しで死ぬところでしたね』
アンサートーカーは相変わらずおちょくってくるが、グランはまじでシャレにならないと冷や汗をかいていた。
王国建国祭そっちのけで、グランとソフィアは王都にあるグランの工房に向かっていた。
途中、工房で飲食をするため、屋台でいくつか食べ物と飲み物を買い込む。
それを持って工房に向かっていると、不意にソフィアがはにかみながら言った。
「まるで夫婦みたいですね」
その言葉を聞き、グランは(確かに……)と心の中で思う。
しかし、先ほどのソフィアの変貌ぶりを思い出し、グランはまだ安心できずにいた。
そして工房に到着して中に入ると、ソフィアはまっすぐグランの寝室へと向かっていく。
グランは慌てて彼女を止めた。
「こらこら、人の家を勝手に探索しない」
たしなめるグランに対し、ソフィアはとんでもないことを言い出す。
「もうすぐ私の家にもなるのです」
「まだ誰のものでもないよ」
「ルヴィは泊まったのに……」
ソフィアにそう呟かれ、グランは思わず叫んだ。
「なんでそれを知っているんだ!」
「『グランを堕とす会』の掟で、グラン様に関することは逐一共有するルールがあるのです」
グランはそういえばそんな会があったなと思い出し、頭を抱える。
ソフィアは言葉を続けた。
「なので誰かが一歩リードしたら、全員が歩みを揃えるようにしているのです」
「それ、もし誰か一人が既成事実を作ったら、全員が作ることになるの?」
グランが恐る恐る尋ねると、ソフィアは元気に答える。
「もちろんです!」
(そこ、元気いらないから……)
グランは心の中で突っ込むが、すかさずアンサートーカーが脳内でおちょくってきた。
『皆さん、とてもいい心がけですね』
グランは気を取り直してソフィアに提案した。
「とりあえず少しお腹もすいたし、買ってきたものを食べよう」
そう言って、屋台で買ってきた食べ物や飲み物をテーブルに並べる。
それを分け合いながら一緒に食べ始めた。
それぞれ食べ物の感想を言い合ったり、お互いのものを交換して食べたりと、二人はまったりとした時間を過ごしていく。
そしてしばらく時間が経つと、不意にソフィアが呟いた。
「なんだか眠たくなってきました……」
「まあ結構歩いたし、満腹になったからな。どうする? 今日はもう帰ろうか?」
グランがそう尋ねると、ソフィアは首を横に振る。
「いえ、少し仮眠させてください」
グランはしぶしぶ、前世で住んでいた部屋を再現した寝室へとソフィアを案内した。
すると、ソフィアは物珍しそうにあたりを見回す。
「確かにルヴィが言っていたとおりですね。王都の貴族の家でも見ない間取りですが、洗練されていてとても平民とは思えない作りです。家具の機能美も充実ですね」
そう言いながら、ソフィアは無造作に部屋の引き出しを開け始めた。
「おいおい、なんで勝手に引き出しを開け……」
ソフィアが開けた場所は、よりによってグランの下着がしまってある引き出しだった。
ソフィアは動きを止めて固まるが、その目は一直線にグランの下着を見つめている。
グランは引き出しを閉めようと手を伸ばすが、ソフィアは引き出しを持ったまま頑なに動かそうとしない。
「ちょっと! 開けっ放しはさすがに恥ずかしい!」
「グラン様、あそこに何かついてます」
ソフィアが指差した方向をグランが見ても、そこには何もない。
「何もないぞ」
そう言ってソフィアに視線を戻すと、引き出しの中には明らかに下着が一枚分収まっていたはずの隙間が空いており、グランはジト目で彼女を見つめた。
「こらこら、下着盗っただろ? 返しなさい」
あくまで冷静に諭すグランだったが、ソフィアは何食わぬ顔で答える。
「盗ってません。気のせいではないですか? グラン様」
グランはたまらず頭を抱えた。
『ソフィア様は盗ってませんよ。マスター、女性を疑うのはやめたほうがいいです』
アンサートーカーが明らかに楽しそうに脳内でそう語りかけてくる。
(お前、今の状況で「盗ってない」は通用しないぞ!)
グランは脳内で相棒に向かって強く突っ込みを入れる。
すると、ソフィアはグランに向かってお願いをした。
「汗をかいているので、このまま寝るのはいけないと思います。汗を流したいです」
その言葉を聞き、グランは彼女をしぶしぶお風呂場へと案内する。
すると、ソフィアがとんでもないことを提案してきた。
「グラン様も一緒に入りましょう」
「ダメに決まっているだろう。ソフィアが終わった後で俺も入るから」
「むぅ……わかりました」
ソフィアがそう答えたのを聞き届け、グランはその場から離れた。
しばらく経つと、ソフィアがお風呂上がりでタオル一枚の姿のまま部屋に入ってくる。
「ソフィ! なんて格好をしているんだ!」
「グラン様は私の裸を見ているので、気にしませんよね?」
ソフィアは悪びれもせず、堂々とそう言ってのけた。
「確かに胸まで見たけど、全部は見てない!」
「じゃあ、今から見せますね」
ソフィアがそう言ってタオルを取ろうとしたため、グランは全力でタオルを押さえつけた。
「いいから! 収納魔法にしまってある服に早く着替えなさい!」
「……わかりました」
ソフィアがしぶしぶ返事をしたのを確認し、グランはその間にお風呂へと向かった。
「俺は風呂に入ってくる」
そう言って風呂場に向かい、自分も汗を流すことにした。
そして部屋へ戻ると、ソフィアがグランのベッドで布団をかぶって寝転んでいた。
「グラン様、こちらへどうぞ」
グランは仕方なくベッドに入るが、しかし何か強い違和感を覚える。
(え?)
不思議に思って布団をめくると、なんとソフィアは下着しか着ていなかった。
「ソフィ! なにしてんの!」
「どうせ仮眠なので、服は着ないです」
ソフィアはそう言い出すと、間髪入れずにグランへと抱きついてくる。
『ソフィア様、技あり!』
アンサートーカーがすかさず脳内でおちょくってきた。
(馬鹿野郎!)
グランは脳内で相棒に怒鳴るが、ソフィアはがっちりとホールドして彼を離そうとしない。
そして、彼女はそのままグランに濃厚な口づけをしてきた。
ソフィアの愛情表現は止まらず、しかも今回は本気で一線を越えようとしてくる。
グランは必死に抵抗するが、ソフィアも負けじと彼の欲情を刺激するようなスキンシップを重ねてきた。
グランは何とかソフィアを押さえつけ、真剣に訴える。
「ソフィ、何度も言うが俺は卒業するまでは、絶対に手を出さないようにしているんだ。君の気持ちは嬉しいけど、そこは守ってくれ」
そう伝えると、ソフィアはまたしても目のハイライトを消してしまった。
「グランサマァァァァ、ワタシヲォォォォォ、ウケイレテクダサイィイィィィ……」
ソフィアから、まるで負のオーラが出ているような錯覚を覚える。
グランは前世からホラー系全般が苦手なため、その恐ろしいオーラに今にも負けそうになっていた。
いつもなら頼りになるプレイボーイモードを発動しようとするが、ホラー系相手には全く通用しない。
万事休すかと思ったその時、ソフィアが突然動きを止めて固まった。
そして目のハイライトが戻り、一点を見つめて嬉しそうに微笑む。
「グラン様、体は正直ですね。ではこのまま最後まで……」
グランはその一瞬の隙を突き、ソフィアに向けて睡眠魔法をかけた。
「むぅ、グラン様、それは反則です……」
ソフィアはそう呟き、パタンと眠りにつく。
「危なかった……」
グランが安堵の息を吐くと、アンサートーカーが脳内で盛大に舌打ちをしてきた。
『もう少しでしたのに……』
(お前! いい加減にしろよ!)
グランは間髪入れずに相棒へと文句を言う。
その後しばらく経つと、先ほどのソフィアとの激しい攻防のせいでグランもどっと疲れが出たのか猛烈な眠気に襲われ、彼もそのまま眠りについた。
少し時間が経ち、グランは目を覚ました。
隣では、ソフィアがまだぐっすりと寝ている。
これからやばくなったら、また睡眠魔法を使おうとグランが思っていると、アンサートーカーから脳内で釘を刺された。
『マスター、それは禁じ手ですよ』
(俺が不利すぎるだろ!)
『いやいや、前から言っているじゃないですか。とりあえず何も考えずに突っ込んで、そこから考えたらいいんですよ』
(お前、絶対後で揉めるのを楽しもうとしているだろう)
『当然です』
(この野郎……)
アンサートーカーが悪びれもせずそう答えるので、グランは心の中で悪態をつく。
時間を確認すると、夕方も暮れ、すでに夜に差し掛かろうとしていた。
ぐっすり寝ているソフィアの睡眠魔法を解除すると、彼女はぱっと目を覚ます。
そしてグランの顔を見ると、はにかみながら挨拶をしてきた。
「おはようございます」
「おはよう。まあ、まだおはようという時間じゃないからな。それじゃあ、今日は帰ろうか」
「嫌です、泊まります」
「明日のデートに間に合わないから駄目だ」
「じゃあ、お願いを聞いてください」
「……とりあえず言ってみろ」
グランが身構える中、ソフィアが口にしたのは意外な内容だった。
「グラン様のご飯が食べたいです」
何かとんでもないお願い事でもされるのかと思ったが、案外普通のお願いだったのでグランは了承した。
収納魔法に入れてあった食材を使い、簡単な炒め物とスープとサラダを用意して食卓に並べる。
手伝ってくれたソフィアと一緒に、二人はご飯を食べ始めた。
「とてもおいしいです……こうやって、まったりするのもいいですね」
「そうだな……」
食後、王都の噴水広場までソフィアと一緒に歩くが、その間も彼女はずっと腕に絡みつき、体を密着させて歩いてきた。
そして噴水広場に到着すると、ソフィアはグランに向かって宣言する。
「今日こそ既成事実を作るつもりでしたが、残念です。ですが、グラン様が私に欲情したという事実があるので、まだまだチャンスはあります!」
グランは頭を抱えて訴えた。
「ソフィ、もう少し自重してくれ……」
「ダメです!」
ソフィアはそう言ってグランに口づけをすると、笑顔で別れを告げた。
「それではまた、学園でお会いしましょう、グラン様!」
彼女の後ろ姿を見送りながら、グランは「今日が一番やばかった」と息を吐き、明日に備えて学園の寮に戻ることにした。
しかし、道中でふとあることに気がつく。
(あ、ソフィから下着を取り戻していない……)
ソフィアは戦利品を手に入れた。




