第160話:王国建国祭と過去の遺産
ケーキバイキングの会場で衝撃の事実を聞いた皆が、一斉に驚きの声を上げる。
特にグランはかなり焦っていた。
バレンタインデーに、ベアトリクスから気持ちのこもったチョコをもらっていたからだ。
まさかそれが原因で婚約破棄になったのではと思ってしまい、グランは慎重にベアトリクスへと尋ねる。
「ベアトリクス、まさか俺のせいなのか?」
その言葉を聞いたベアトリクスは首を振った。
「ううん、グランは全く関係ないの。ちょっといろいろあってね……」
まるでその時のことを思い出しているのか、ベアトリクスの目が涙ぐんでいる。
いつも天真爛漫で明るく、まっすぐなムードメーカーの彼女が、ここまで深刻に落ち込んでいる姿を見て、みんなは胸が張り裂けそうな気持ちになる。
四聖華や王女と皇女、クローディアとレインは一斉にベアトリクスに寄り添い、落ち着かせるように背中を撫でて彼女を元気づけるのだった。
しばらくして落ち着きを取り戻したベアトリクスは、皆に向かって頭を下げた。
「ごめん! 雰囲気悪くしちゃったね。グラン、さっきのは忘れて!」
誰が見ても明らかに無理をしている様子で、彼女は明るく振る舞っていた。
グランはそんなベアトリクスに向かって告げる。
「王国建国祭、一緒に行こう」
「ううん、気を使わなくていいよ……」
「いや、先に誘ったのはベアトリクスだろ?」
「うっ……」
そう言い返されると、ベアトリクスは言葉に詰まってしまう。
「そもそも、なんで俺を誘ったんだ?」
グランが尋ねると、ベアトリクスは途端に顔を赤くした。
しかし、そこでルヴィリスがグランに助け船を出した。
「グラン、それ以上は聞かないであげなさい。乙女心を理解しなさいよ」
彼女は呆れたようにそう言ってグランをたしなめる。
エルスメリアも微笑んで続けた。
「今年は五人が別々にデートね」
ソフィアも楽しそうに提案する。
「去年と一緒で、誰が来るかは当日まで内緒ですね」
「待ち合わせは去年と同じ場所だな」
ディアドラがそう確認すると、グランも頷いた。
「分かった。ベアトリクス、あとはみんなと話してくれ」
グランはそう言って、その場の解散を告げる。
そして帰り際、レインがグランに声をかけてきた。
「王国建国祭、あと二日空いていますよね?」
「まあ、そうだな」
「では、私ともお願いします」
グランはまあいいかと思い、彼女の誘いを承諾した。
「楽しみにしています!」
レインはとても嬉しそうな笑顔を見せた。
続いてクローディアもグランに頼み込んでくる。
「……グラン先輩、私も……お願いしていいですか?」
ここでクローディアだけ断るのはあり得ないだろうと思い、グランは彼女の誘いも承諾した。
断られると思っていたのか、クローディアは少しびっくりしていたが、その返事を聞いて笑顔を咲かせる。
「当日は楽しみにしています!」
そして数日後、修了式も終わり、学園は春休みに入った。
修了式の放課後、Sクラスの教室で雑談をしていると、オリヴィアから話しかけられる。
「三年生の始業式までは、もう会えないわね」
去年はオリヴィアの誕生日会に呼ばれたグランだったが、今年は違うようだった。
「本当は今年もあなたを呼びたかったのだけど、去年平民を呼んだのがあまり良くなかったみたいで……王太子を含めた貴族たちから猛反対されてしまったの」
オリヴィアが心底残念そうにしているので、グランは優しく提案する。
「じゃあ、落ち着いたら二人でお祝いしよう」
「本当? とても楽しみにしてるわ!」
オリヴィアは顔を輝かせ、嬉しそうに答えた。
続いて、セルフィリアもグランに声をかける。
「私も春休みは来賓としていろいろ予定が詰まっちゃったから、グランと会うのは三年生になってからかな」
「セルフィリアは留学生だけど、帝国には帰らなくていいのか?」
グランが不思議そうに尋ねると、セルフィリアは笑って理由を語った。
「本当は一年だけの予定だったのだけどね。親善試合で今年も王国が勝ったでしょ? しかも女神様のおかげで、あの時の記憶があいまいなのか、帝国側は『完敗した』ということになってるのよね。だから、引き続き王国の強さの秘密を学んで来いってことになったのよ」
そう言い終わると、彼女は嬉しそうにグランの腕に絡みついた。
「だから、また一年一緒ね」
セルフィリアはそう言って、そのままグランの頬にキスをする。
それを見た四聖華と王女がすかさず声を上げた。
「ちょっと!何してるの!」
「もうあの協定はないのよ? どんどんやっていかないとね」
セルフィリアは皆を挑発するように笑う。
それを聞いた他のヒロインたちも同じようにグランへと群がってきてしまい、その場はまったく収拾がつかなくなってしまった。
グランはみんなを落ち着かせると、建国祭での再会を約束し、オリヴィアとセルフィリアにも別れの挨拶をして教室を出た。
そして数日が経ち、王国建国祭の当日がやってくる。
グランはもうおなじみとなった、噴水のある広場で待っていた。
脳内でアンサートーカーと話をする。
(去年はソフィアからだったな。今年も同じかな?)
『私の勝手な想像ですが、おそらく何かで順番を決めているんだと思います。それこそくじ引きとか、何かのゲームなどで』
(まあ、確かにそれが一番公平だな)
グランが心の中で納得していると、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
そこには赤い髪を揺らせながら、少し小走りしている私服姿のルヴィリスの姿があった。
グランは手を軽く上げ、その声に応えて近づいていく。
そしてルヴィリスと向かい合うと、その服装を褒めた。
「今日は黒色なんだな。ルヴィは何を着ても似合うな」
「ありがとう。今日はグランに合わせて黒にしたの」
ルヴィリスは嬉しそうにそう言って、自然と腕を絡めてくる。
グランも自然と彼女に寄り添いながら尋ねた。
「今年はどうするんだ?」
「去年は私に合わせてくれたから、今年はグランに合わせるわ」
「去年はひたすら食べ歩きだったな」
「じゃあ、そうしましょう」
そうして二人は屋台を巡りながら、一緒に食べ歩きを楽しむことにした。
しばらく屋台を回っていると、後ろから肩を叩かれ、振り向くとそこにはマルクとレキシがいた。
「よう! グラン! 奇遇だな。ルヴィリス様もこんにちは。今日はデートですか?」
マルクが茶化すようにそう聞くと、レキシも笑顔で挨拶をする。
「ルヴィリス様、とても素敵な服ですね。とてもよく似合っています」
「ありがとう、レキシ。二人もデートね」
ルヴィリスが微笑んで返すと、グランも答えた。
「今日はルヴィリスとデートだ」
「また四聖華様たちとデートかよ」
マルクが再び茶化してくるが、グランは予定を正確に伝える。
「いや、今年は四聖華とベアトリクスとレインとクローディアだ」
そのメンバーを聞いた途端、マルクとレキシはぎょっとした顔を見せた。
「おいおい! ベアトリクスさんは婚約者がいただろ! やばいぞ!」
「グラン君、いくらなんでも不貞はだめよ」
二人の反応に、グランとルヴィリスは顔を見合わせ、ルヴィリスが小さく頷く。
グランは真剣な口調で切り出した。
「これは内緒にしてほしいんだけど」
その真剣さを感じ取り、マルクとレキシも真顔になる。
「ベアトリクスには知らないふりをしてほしいんだけど……彼女、婚約破棄になったみたいなんだ」
それを聞いたマルクたちは、とても驚いた表情を浮かべた。
「え! あの惚気まくってたベアトリクスさんが!」
すかさずルヴィリスが補足するように伝える。
「私たちにも理由はわからないけど、そういうことなの。まあ、ちょっと気を遣わせちゃうかもしれないけれど、ごめんね」
「いえ、教えていただいてありがとうございます。もし知らずに婚約者さんの話題をしていたら、すごく気まずい感じになっていました」
レキシが胸を撫で下ろすように言うと、マルクも深く頷いた。
「まあ、グラン。お前ならベアトリクスさんも気兼ねなく話せるだろうし、あとは任せたぜ」
そう言って、マルクとレキシはその場を後にし、解散となった。
マルクたちと別れた後、グランとルヴィリスはひたすら屋台を回って美味しそうな串焼きなどを買って食べ、小物の露店を巡っていった。
すると、ルヴィリスがある店の前で立ち止まる。
「どうした? 何かいいものでもあったのか?」
「この指輪……どこかで見たことがあるのよね」
ルヴィリスは小声でそう呟いた。
グランは店主に尋ねる。
「この指輪って何ですか?」
「これは旧聖王国時代の逸品で、かなりの値打ちがあるものだ」
グランは感心したような声を出しつつ、脳内でアンサートーカーにスキャンを命じる。
スキャンを終えたアンサートーカーが報告した。
『これは確かに旧聖王国時代のものです。そして、今でいう大魔導師メルティアスが身に着けていたものですね』
(え、それってすごい価値があるんじゃないの?)
『価値をどこで測るかです。歴史的な価値なら確かにありますが、宝石などの資産的な価値はほとんどありません。どちらかといえば、博物館で生前に身に着けていたものとして飾るような類のものでしょう』
アンサートーカーはさらに続ける。
『ただ、鑑定レベルが足りなかったのか、おそらくこの店主はこの指輪の詳細を知らないようです。この店主もどこかから買ったのでしょう。』
ルヴィリスがあまりにもその指輪を気にするため、グランは仕方なしに店主に告げる。
「これ、下さい」
「おいおい、ガキが買えるものじゃないぞ」
「いくらですか?」
「五十万だ」
グランは収納魔法からお金を取り出し、即金で支払った。
店主はグランのことをどこぞの価値も知らないカモだと思ったのか、他の商品も勧めてくる。
「いや、これだけでいい」
グランはそう言ってルヴィリスの手を取り、店から離れた。
「グラン、どうして買ったの?」
グランはアンサートーカーによる指輪のスキャン結果を伝える。
それを聞いたルヴィリスは、納得したように声を上げた。
「やっとわかったわ! 聖域のヴィジョンでメルティアス様を見たとき、彼女が着けていたんだわ」
その言葉に、グランもアンサートーカーもルヴィリスの鋭い観察眼に驚愕する。
グランが素直にその観察眼を褒めると、ルヴィリスはどや顔を浮かべて微笑んだ。
二人はこの指輪を王都の博物館に寄贈しようと決め、その足で博物館へと向かう。
侯爵令嬢の立場を使って館長に面会したルヴィリスは、指輪を見せて鑑定を依頼した。
グラン一人だけでは相手にされなかったかもしれないが、さすがは侯爵令嬢である。
館長はすぐに腕のいい鑑定士を連れてきて鑑定させ、間違いなくメルティアスが生前に身に着けていたものだと確認が取れた。
「歴史的発見です!」
結果を聞いた館長は興奮し、ルヴィリスに向かって深く頭を下げた。
「ここならちゃんと保管してくれるだろう」
グランがそう言うと、ルヴィリスは館長に申し出る。
「これは博物館に寄贈します」
館長は腰が折れるのではないかと思うくらい、何度も頭を下げて感謝していた。
その後、グランとルヴィリスは再び街をぶらぶらと巡り、建国祭の雰囲気を心ゆくまで楽しむ。
そして噴水前での別れ際、ルヴィリスはグランに向かって宣言した。
「グラン、最後の一年は私も手加減しないわよ」
そう言って、彼女は周りの目も憚らずグランに口づけをし、二人は別れたのだった。




