第159話:繰り返す白日と衝撃
卒業式から数日後、またしてもこの日がやってきた。
去年とは違い、グランは三年生や一年生からもたくさんのお菓子やチョコをもらっていた。
三年生には卒業式前にすでに渡してあるため、今回は一年生と『蒼白銀の翼』の女性陣、そしてレインにお返しをしなければならなかった。
前日に作っておいた一口サイズのお菓子が数個入った袋を収納魔法にしまい、グランは寮を出て学園へと向かう。
学園内では、思いが実って新たなカップルができる場面や、恋が実らずに泣いている女子生徒など、悲喜こもごもな様々な光景が見られた。
グランは同年代の仲間たちには放課後の演習場で渡そうと考えており、まずは昼休みに下級生の教室へと向かっていった。
しかし、グランが下級生の教室が並ぶ廊下に姿を現すと、下級生の生徒たちが一斉にざわつき、騒ぎ始めてしまった。
グランは少し疑問を抱き、アンサートーカーへと脳内で問いかける。
(なんでこんなに騒がれてるんだ?)
すると、アンサートーカーがため息をつきながら念話で返してきた。
『マスター、もうちょっとご自身の学園での立場を理解したほうがいいですよ』
(いや、そこまで騒ぐようなことか?)
グランが反論すると、アンサートーカーは呆れたように理由を一つずつ挙げ始めた。
『まず王国最強世代と言われた学年の覇者で学園で、もはや敵なしと言われ、大人の世界でも名を馳せる修練会「蒼白銀の翼」の主将で筆頭です。そして学園選抜で帝国学園最強と言われた第二皇女セルフィリア様を文字通り粉砕しました。』
アンサートーカーはさらに言葉を続ける。
『さらには四侯爵の令嬢である四聖華の想い人で、王女と皇女とも懇意にしています。最後に、強さをひけらかさず謙虚で面倒見も良く、礼儀正しく相手をリスペクトしつつも、理不尽には容赦しない。本当にどこかのラノベの主人公じゃないんですかというくらい条件が揃ってますよ。これで騒がれないほうがおかしいでしょ』
相棒に半分おちょくるように言われるが、グランはその言葉に少し照れてしまう。
『なに照れてるんですか、アラフォーのおっさんが。自重してください』
(急に現実に戻すなよ、お前……)
下級生たちの黄色い声援を背景に、グランはバレンタインデーにお菓子やチョコをくれた生徒たちへ、一人ずつ感謝とお断りの言葉を添えてお返しを渡していった。
その誠実な対応に、下級生の女子たちは平民や貴族といった身分に関係なく、グランに対してより一層の憧れを抱くことになった。
下級生の男子生徒たちはグランのことを敵視していたが、一部の者はあれほど誠実な対応も珍しいと逆に感心し、自分たちもそうありたいと素直に感化されていた。
そして、グランはあの交流パーティーで一緒に踊った下級生の少女がいる教室の前へと向かった。
近くにいた女子生徒に彼女を呼んでほしいと頼むと、その生徒は頬を染め、少し照れくさそうに教室の中へと呼びに行った。
やがて教室から姿を現した少女は、グランの顔を見るなりはにかみ、嬉しそうな声で話しかけてきた。
「グラン先輩、こんにちは。先輩がここに来られるなんて珍しいですね」
「今日はホワイトデーだろ?そのお返しを持ってきたんだ」
グランがそう告げると、少女はあからさまに嬉しそうな表情を浮かべる。
「グラン先輩、返事はわかっているからいらないと言ったのに、本当にすごく誠実ですね」
「さすがに無視するのはいけないと思うし、真剣な気持ちにはちゃんと応えないとな」
グランがそう答えると、そのやり取りを近くでうかがっていた女子生徒たちが一斉に黄色い声を上げて騒ぎ出した。
顔を確認すると、彼女たちはあの交流パーティーの時に少女に連れ添ってグランのところへ来ていた生徒たちだった。
どうやら彼女の仲の良い友達なのだろう。
グランは少し場所を変えようかと言い、少女の手を引いて屋上へと向かった。
突然のことに下級生の少女はびっくりしていたが、まるで今だけの幸せを感じるかのように手を握り返した。
そして、グランに手を引かれて屋上に到着すると、なんとそこには四聖華と王女と皇女が揃っていた。
(え?なんでみんなここにいるの?)
グランは内心で驚きつつも、この手をつないでいる状態を見られた皆の反応はやばいのではないかと思い始める。
だが、ここで自分が焦って態度を変えたら、目の前の少女がかわいそうだ。
グランはここであえて大人の余裕を見せ、堂々とエスコートしながら皆がいる前で話をしようとする。
しかし、すでに四聖華や王女たちの存在に気づいていた下級生の少女が、グランに気を遣って声をかけてきた。
「グラン先輩、あの……今は少しまずいのでは?」
グランは彼女の目をまっすぐに見つめて言い切る。
「今は君との時間だ。周りは関係ない」
その言葉がとても嬉しかったのか、少女は両手で口元を押さえ、少しだけ涙ぐむ。
しかし、グランとその少女をよそに、四聖華と王女と皇女は内心でグランにブチ切れ寸前だった。
(グラン!どこにもいないと思ったら、年下の子に鼻の下を伸ばして何をしているの!)
ルヴィリスは完全にグランが浮気していると思い込んでいる。
(グラン君、もしかして私の体よりも、あの子みたいに華奢な子が好きなの?)
エルスメリアは完全に誤解を深めていた。
(ダレアノコ?ワタシノグランサマニナレナレシイワ)
ソフィアの精神状態は、もう完全に病んでいる。
(グラン殿、もしかしてああいう奥ゆかしい子がいいのか?)
ディアドラは、自分が積極的すぎたのではないかと少し後悔し始めていた。
(あの子は確か子爵家の子ね、あとで調べておきましょう)
オリヴィアは完全に私心で権力を振るおうとしている。
(ふーん、グランがあそこまでするなんて、あの泥棒猫のどこがよかったのかしら)
セルフィリアは、明らかに殺気を放っていた。
しかしグランはそんな六人の心境を露知らず、そのまま少女に話しかける。
「君の気持ちは嬉しかったよ。手紙には俺のいいところをこれでもかと書いてくれて、自分でも気づかないところがあってすごく参考になった。ありがとう」
それを聞くや否や、四聖華と王女と皇女からは怒髪天を衝く怒りと嫉妬が溢れ出る。
しかし、グランは気づかない。
「ただ俺には大切な人たちがいる。だから君の気持ちには応えられない。でも気持ちはしっかりと受け取った。ありがとう」
それを聞いた下級生の少女は、笑顔で返した。
「グラン先輩、返事は初めからわかっていました。でも、こうやってちゃんと返事をくれたことが何より嬉しいです」
少女は続ける。
「グラン先輩は今や、皆がときめく殿方として学園中の女子からすごい人気なんですよ。だから私のような一端の後輩に、ここまで誠実にしてくれるなんて夢にも思っていませんでした。こちらこそありがとうございます」
そう言って少女は礼をする。
グランはその純真でまっすぐな心に感謝し、お菓子を渡した。
「今食べてもいいですか?」
「ああ、いいよ」
少女は包みを開け、お菓子を口にする。
「おいしい......グラン先輩、料理もできるのですね」
そう言いながら、少女は「はい、どうぞ」と手渡しでお菓子を差し出した。
グランは何も考えず、そのまま口で受け取って食べる。
あまりのことに少女はびっくりしたが、すぐに顔を綻ばせた。
「一生の思い出がまた増えました。ありがとうございました」
そう言い残し、少女は晴れやかな表情で屋上を去っていった。
グランはその後ろ姿を見送り、そして四聖華と王女と皇女に向き直った。
「みんな、こんなところで何してるんだ?」
グランが平気な顔でそう聞いた態度が引き金となったのか、六人は猛烈に近寄り、彼を逃がさないように囲い込む。
そして、ルヴィリスが叫んだ。
「この浮気者!誰よあの子!」
「覚えてないのか?去年の魔導大会のあとの交流会で踊った子だ」
そうグランが答えると、思い出した様子のエルスメリアがとんでもないことを口にする。
「あの時だけではなかったのですか?私たちに隠れて逢瀬を楽しむなんて」
「いや、今日はホワイトデーだろ?今年はたくさんもらったから全員にお返ししてたんだよ」
グランは呆れながら説明を続ける。
「あの子からももらったから、お返しとお断りの返事を言っただけだ」
「どう考えてもあの子は特別扱いしていますよね?グラン様、私も特別扱いしてください」
すかさずソフィアがそう言い出すと、今度はディアドラが問いかけた。
「そういえば、私たちにはお返しはないのか?」
「もちろんあるよ。今日の蒼白銀の翼の鍛錬が終わったあとに渡そうと思っていたんだ」
グランは六人の顔を見渡して提案する。
「去年と同じで、今年も今日は早めに鍛錬を終わらせて、みんなで王都にでも行こうと思ってたんだ」
その言葉を聞くと、六人は先ほどまでの怒りを少しだけ鎮めた。
オリヴィアが期待を込めた微笑みを向ける。
「では、今年はグランから、それはもう素晴らしいお返しがもらえるのですね」
「まあ、去年はロールケーキだったけど今年は違うからな」
「グラン、もちろん私にもあるわよね?」
セルフィリアが念を押すように尋ねると、グランは笑みを浮かべて返した。
「全員分あるから心配するな」
そう言って、グランはなんとかその場を収めた。
そして放課後、グランは先にレインへお返しを渡そうと、あの庭園へと向かった。
すると、そこではレインが花の世話をしていた。
グランが声をかけると、レインは振り向いて笑顔で迎えてくれる。
「レイン、ホワイトデーのお返しだ」
そう言って、グランは他の者たちのものとは違う、少し豪勢なお菓子を渡した。
レインはそれを受け取ると、嬉しそうな笑顔を見せる。
「ありがとうございます」
「そういえばレイン、この後は時間あるのか?」
グランが尋ねると、レインは首を傾げた。
「特に用事はございません」
「『蒼白銀の翼』の鍛錬を早めに切り上げて、今日はみんなで王都に行こうと思ってるんだ。どうだ、一緒に行かないか?」
「私は『蒼白銀の翼』のメンバーではないですけど、よろしいのですか?」
そう言ってレインは少し遠慮がちにしていたが、グランは構わず誘った。
「エルもいるし、バレンタインデーの時は一緒にいただろ?別にいいと思うよ」
せっかくグランが誘ってくれていることが素直に嬉しく、レインはその言葉に甘えることとした。
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
「じゃあ、どこで待ち合わせしようか?」
グランが尋ねると、レインは答える。
「これが終わったらもう時間は空いていますので、私が演習場に向かいます」
「わかった。じゃあ待ってるよ」
そう約束を交わし、二人はその場で解散した。
その後、演習場に着いたグランは皆に声をかける。
「今日の鍛錬は早めに切り上げて、みんなで王都に行こう」
すると、マルクから返事が返ってきた。
「今日はホワイトデーだからな!俺たちは二人で過ごすぜ」
カロンも同意して誘いを断る。
「俺たちもだ」
レキシは微笑んで感謝を伝えた。
「グラン君、鍛錬の時間を短くしてくれてありがとう」
ニーナも感謝の言葉を重ねる。
「去年は休みだったけど今年はどうなるのかなと思ってたから、ありがとうね」
「それなら前もって休みにすればよかったな」
グランがそう言うと、マルクは笑って答える。
「気にすんな。もともと明日は学園が休みだから、明日にしようと思っていたところだ」
カロンはグランをからかうように言った。
「グラン、お前はみんなにお返しするんだろ?大変だな、モテる男は」
そうして演習場での鍛錬を終え、グランはレキシとニーナにお返しを渡す。
そして、マルクたち四人は先に王都へ出かけて行った。
その後、残りのメンバーは着替えを済ませ、学園の前で待ち合わせをする。
校門前ではすでに、四聖華と王女と皇女、ベアトリクスとクローディア、そしてレインが待っていた。
ちなみにトレースは、今日は実家のホワイトデー商戦の手伝いをしなければならないと言って欠席だった。
「グラン先輩、来年はぜひうちの商品でお返ししてください」
彼は帰り際にそう言って、ちゃっかり営業をかけていた。
王都にみんなで向かっていると、道行く人たちがこちらをじろじろと見てくる。
男一人に女九人のハーレム状態であり、しかも全員が美女揃いだとなれば、誰もが一度は振り返って見るだろう。
グランは初めは気づいていなかったが、道行く人たちはまず王女や皇女を見て驚愕し、さらに四聖華を見て驚愕していた。
そのあとにベアトリクスやクローディア、レインを見る。
そして最後にグランを見ると、皆が舌打ちをしたような顔で彼を睨みつけてきた。
今日がホワイトデーということもあり、周りの男どもからの嫉妬の視線が痛いほど突き刺さる。
グランもさすがに居心地が悪くなったのか、少し皆と距離を開けようとした。
すると、すかさずエルスメリアとソフィアが両脇から腕を組んでくる。
それをたまたま見ていた周りの者たちは、皆一斉にグランへと殺気を飛ばした。
グランはさっさと指定の場所に行こうと思い、歩みを早める。
そして、王都にある自分の工房へと到着した。
「ここだよ」
グランがそう言って扉を開けると、そこは前世のケーキバイキングのような催しになっていた。
事前に空間魔法を使い、隔離された空間で大量の仕込みをしていたのだ。
皆は見たこともない前世の珍しいケーキの数々に目を輝かせる。
「今年のお返しはみんなが好きなものを食べられるように用意した。みんなバレンタインデーはありがとう。今日は好きなだけ食べてくれ」
皆は目を輝かせ、それぞれ好きなケーキを自由にとっていく。
ベアトリクスやクローディア、レインも各々が食べたいものを好きなだけとっていた。
そして用意されたテーブルに集まり、みんなでケーキの感想を言い合いながら美味しそうに食べていた。
時間が経ち、皆もお腹いっぱいで満足し、雑談をしていた。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
グランがそう言うと、ルヴィリスが彼に話しかけた。
「今年の王国建国祭は、もちろん私と付き合ってくれるよね?」
それを皮切りに、ほかの四聖華であるエルスメリア、ソフィア、ディアドラも次々と追随して誘ってくる。
「わかったよ」
グランが承諾すると、王女と皇女は四人を羨ましそうに見ていた。
オリヴィアは自身の誕生日会が近いため、市井に出て建国祭を楽しむことが物理的に不可能だった。
セルフィリアも建国祭の間は来賓としての予定がぎっしりと詰まっており、こちらも物理的に遊びに行くことは不可能だったのだ。
少し落ち込んでいる二人を見て、グランは申し訳なく思って声をかける。
「二人はまた別の形でなにかしよう」
その言葉を聞くと、二人は花が開いたようにぱっと笑顔になり、とても嬉しそうにしていた。
しかし、ここで思わぬ伏兵が現れる。
「グラン、私とも付き合ってよ!」
ベアトリクスがそう言い出すと、グランは呆れてたしなめた。
「おいおい、君には婚約者がいるだろ。ダメに決まってる」
「そこをなんとか、一生のお願い!」
「ベアトリクス、君の気持ちはとても嬉しいが、相手の婚約者のことを考えたら俺はとてもじゃないがそういう気分になれない」
グランにそう言われ、ベアトリクスは少し顔を伏せる。
しかし、何かを決心したのか、顔をぱっと上げてグランの目を真っ直ぐに見つめた。
「……ずっと黙ってたけど、婚約破棄になったの……」
「「「ええええええええ!!!」」」
その告白を聞いたグランをはじめとする皆の、一斉に驚きの声がケーキバイキング会場に響き渡った。




