第158話:嵐の後の日常
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親善試合後の騒がしい休み期間が終わり、ついに学園の登校日がやってきた。
卒業式を間近に控えた王国学園は、どこか浮き足立ったような、いつも通りの穏やかな喧噪に包まれていた。
聖域でこの世界の秘密とグランの正体を知った『蒼白銀の翼』のメンバーたちは、これまでとは少し違う視点で世界を見つめるようになり、以前にも増して勉学と鍛錬に励んでいた。
その輪の中心には、当然のようにグラン・グラニアスの姿があった。
当初、グランはすべてを打ち明けた後、皆の前から姿を消す予定だった。
しかし、聖域での話し合いの中でその計画はあっさりと見破られ、全力で反対されることとなった。
逃げ道を失ったグランは、苦し紛れに言い訳を口にする。
「こんな状態で学園に行っても、みんな俺のことを化け物扱いするだろうし、平穏な学園生活なんて無理だろ」
すると、そこでまたしてもアンサートーカーが皆に聞こえるように余計な提案をしたのだ。
『女神様にお願いして、親善試合の時のマスターの咆哮や帝国の生徒たちの異形化に関する記憶を、全員から消してもらえば何の問題もありませんよ』
名案だとばかりに皆はその意見に大賛成したが、グランは顔をしかめて反対した。
「いや、記憶の整合性が取れなくなると周りが混乱して危険だろ」
いかにもらしい理屈を並べたが、本音を言えば、女神アリスティアに対する『大きな貸し』を、こんなところで消費せず切り札として残しておきたかったのだ。
だが、その時――空間が歪み、女神アリスティアがまたしても勝手に皆の前に顕現した。
「汝には、まだ我のためにやってもらわなければならないことがある。この件は我に任せよ」
女神はそう厳かに言い放ち、なんと本当にあの親善試合での異常な出来事の記憶だけを綺麗さっぱり消し去ってしまったのだ。
『これで貸しはチャラね!』
嬉々としたアリスティアの念話がグランの脳内に響いた。
切り札として残しておきたかったグランの思惑は、このポンコツ女神の行動によって見事に崩れ去ってしまった。
しかも、なぜか『蒼白銀の翼』のメンバーたちと、保護された帝国の生徒たちだけの記憶は消されずに残されていた。
女神は神々しい威厳を纏いながら理由を並べていた。
「この者たちは、汝が心から信頼する絆だからだ」
だが、グランには分かっていた。
明らかに自分が秘密を共有されて困り、みんなに振り回される姿を見て楽しむためである。
『おいくそ女神、覚えてろよ』
グランが本気のトーンで念話を飛ばすと、これ以上おちょくると本当に痛い目を見ると察したのか、アリスティアはそれっぽい威厳のある捨て台詞だけを残してそそくさと神世界へ帰っていった。
こうして姿を消す理由が完全に潰されたグランは、渋々といった態度で学園に戻ることになったのだが、実は内心で、皆と別れずに済んだことにひっそりと安堵していた。
もちろん、そんな隠し事が相棒に通じるはずもない。
『マスター、口では嫌がりながらも、みんなと一緒の学園生活に戻れて内心めちゃくちゃホッとしてますね』
アンサートーカーに容赦なく本音を暴露され、グランは真っ赤になって両手で顔を覆った。
その姿を見たみんなは、生暖かい目でグランを見つめていたのだった。
ちなみに、あの聖域での告白の後、簡易宿泊施設へ連行されて一斉に襲われかけたが、寸前のところで全員を押さえつけ、なんとか既成事実の作成という難を逃れていた。
だが、精神年齢や中身がおっさんという正体がバレても、嫌われるどころか、むしろ「成人男性なら問題ない」と、倫理的なタガが完全に外れた。
「俺は確かに精神年齢は成人男性だ。だが君たちは違うだろ?」
『皆さん、マスターの元居た世界では16歳から結婚できます。大丈夫です』
「お前!余計なこと言うな!それにここはそうじゃないだろ!」
アンサートーカーのその言葉を聞いた四聖華と王女と皇女はニヤリと笑い、「じゃあ問題ないわね!」といい、隙あらば遠慮なく今までとは違い、過激なスキンシップを仕掛けてくるようになり、以前と状況はあまり変わっていなかった。
むしろある意味悪化した。
一方、その頃の『凪の里』では、保護された七人の帝国の生徒たちが穏やかな新たな生活を送っていた。
彼女たちに人間らしい豊かな生活を身につけさせるため、里の自動人形たちが総出で、食事や礼儀作法、衣類の着替えに至るまで、そして人間の言葉を一からすべて丁寧に教え込んでいた。
過酷な実験と洗脳から解放された彼女たちは、ほぼ毎日放課後にグランが転移魔法で様子を見にやって来ると、まるで飼い主を見つけた小動物のように嬉しそうに駆け寄り、体にすり寄って甘えるようになっていた。
ある日、グランがあまりにも帝国の生徒たちにかまうので、様子見に同行した四聖華たちがその光景を目撃し、目が笑っていない真剣な表情で問い詰めてきたことがあった。
「……グランは、ああいうペットみたいな娘が好みなの?」
グランは背筋に冷たいものを感じながら、急いで弁明した。
「いや、あれは恋愛とかじゃなくて、純粋に小動物的なもう一つの癒し系だろ」
そう答えたところ、なぜかその日一日中、四聖華たちがグランに対してペットのごとく過剰に甘え尽くしてくるという事態に発展した。
グランの周囲は今日も賑やかで、どこか温かい日常が続いていた。
三年生の卒業式までの残り日数が、いよいよあと三日と迫ったある日のことだった。
グランはバレンタインデーのお返しを用意し、三年生の教室があるフロアへと向かっていた。
本来のホワイトデーの時期には、すでに三年生たちは卒業して学園にいないからだ。
誰からもらったのか、グランは事前にしっかりと記録をつけていた。
アンサートーカーのサポートで相手の顔と名前を確実に一致させながら、一人ひとりに丁寧なお礼の言葉を伝えていく。
そして、感謝の気持ちを込めて自分で焼いた一口サイズの手作りお菓子を配って回った。
お返しを受け取った上級生のお姉さま方は、自分たちが振られているにもかかわらず、どこかほっこりとした表情を浮かべていた。
礼儀正しくお返しを配る可愛らしい後輩の男子の姿に、どうやら母性を大いに刺激され、すっかり癒されていたようである。
そうして順調にお返しを配り終えたグランは、学年選抜のメンバーでもあった、あの三年生の伯爵令嬢の教室へと向かった。
すると、ちょうど廊下を歩いていた彼女の姿を運良く見つけることができた。
グランが他の生徒たちと同じように、お礼と丁寧なお断りの言葉を添えてお菓子を渡そうとした、その時だった。
「ちょっと来て」
彼女に手首をすっと引かれ、グランはそのまま学園の屋上へと連れていかれてしまったのだ。
幸いなことに、屋上には他の生徒の姿は誰一人としていなかった。
心地よい風が吹き抜ける広い空間に、今はグランとその伯爵令嬢の二人きりだった。
「グラン君、じゃあ返事を聞かせてくれるかな?」
彼女は年上のお姉さんらしく、どこか大人の余裕を感じさせる微笑みを浮かべて言葉をかけてくる。
おそらく、彼女は初めから自分が振られるという結果を悟っているのだろう。
お返しを渡す前の時点から、彼女の佇まいにはそんな穏やかな気配が漂っていた。
グランはごまかしたりせず、彼女の瞳をまっすぐに見つめて口を開いた。
「先輩の手紙、ちゃんと読みました。俺に好意を抱いてくれているのは、素直にすごく嬉しかったです」
一呼吸置き、グランは真剣な表情で言葉を続ける。
「でも、俺には心から大切に思っている人たちがいます。だから、先輩の気持ちには応えられません。それでも、気持ちを伝えてくれて本当にありがとうございました」
その誠実な言葉を聞いた彼女は、傷ついたそぶりを一切見せず、グランをまっすぐに見つめて優しくにっこりと微笑んだ。
「ふふふ、初めからわかっていたわよ。四聖華様に王女様、それに皇女様なんでしょ? 私に勝てる見込みなんて最初から微塵もないわ」
そして、どこか晴れやかな表情で言葉を紡ぐ。
「でもね、どうしてもあなたに私の気持ちだけは伝えたかったのよ。こうしてちゃんと向き合ってお返事をしてくれて、こちらこそありがとうね」
潔く笑う彼女の姿に、グランの胸の中には少し申し訳ないという気持ちが芽生えてしまった。
しかし、彼のそんな微細な表情の変化を見抜いた令嬢は、優しくも凛とした声でグランを諭した。
「そんな申し訳ないなんて顔をしちゃだめよ。あなたがそんな態度をとったら、あなたの大切な人たちの純粋な気持ちはどうなってしまうの?」
さらに彼女は、一歩だけグランへと近づく。
「あなたは私の気持ちから逃げずに、ちゃんと誠実に断りを入れてくれたわ。私にとっては、もうそれだけで十分すぎるくらいよ」
その温かくも筋の通った言葉に、グランは救われたように深く頷いた。
「……そうですね。ありがとうございます、先輩」
完全にきれいな形で話がつき、これで別れるのかと思った、その瞬間だった。
ふわりと甘い香りが漂い、伯爵令嬢のお姉さんが不意にグランの腕の中に飛び込み、そのままぎゅっと抱きついてきたのだ。
「これくらいの最後のわがままは、許してくれるでしょう?」
耳元でそう囁きながら、彼女はしばらくの間、その大人の色気があふれ出る柔らかく魅惑的な体をグランにぴったりと密着させてきた。
(ぐはっ!エルとはまた違う包容力!これはかなりまずい!)
あまりの刺激の強さに、グランは男としての理性を総動員して耐え忍ぶ。
やがて気が済んだのか、令嬢はゆっくりとグランの体から離れた。
「ふふふ、かわいい後輩を十分堪能させてもらったわ。じゃあグラン君、あなたのこれからの幸せを心から願っているわね」
彼女は満足そうに微笑み、どこか悪戯っぽいウィンクを残して、颯爽と屋上から出て行った。
一人残されたグランは、大きく息を吐き出して天を仰ぐ。
精神年齢だけで言えば彼女は自分よりもはるか年下の少女なのだが、今しがた当てつけられた圧倒的な大人の包容力と色気を感じ取り、グランは久しぶりに一人の男としてひっそりと悶々としてしまうのだった。
そして三日後、三年生たちは卒業式を迎え、皆それぞれの道へと旅立っていった。
式の後片付けをしていたグランは、ふと背後から声を掛けられた。
親善試合の時の三年生の学年代表たちだった。
彼らは一人ずつ、短い間だったが一緒に鍛錬できて本当にためになったと、グランに感謝の言葉を伝えていく。
『獅子の盾』の主将が、力強い眼差しでグランに語りかけた。
「来年は君たちが一番上の学年だ。君たちがこの学園の象徴となるが、何の心配もないな」
続いて、『白光の杖』の主将も穏やかな笑みを浮かべる。
「君たちが学園の目指す目標として立ちはだかれば、自ずと実力主義が広まるだろう」
先輩たちの温かい期待の言葉に、グランは深く頷いた。
すると、あの伯爵令嬢がグランの前へと歩み寄ってきた。
「グラン君、あなたはいつまでもそのままでいてね」
彼女はそう囁くと、またしてもグランを優しく抱きしめたのだ。
突然の抱擁に、周りにいた三年生たちはぎょっとした顔を見せた。
だが、彼女がすぐに体を離したため、大きな騒ぎになることはなかった。
またしても大人の色気に当てられ、グランはしばらくその場に呆けて立ち尽くしていた。
『マスター、やっぱり年上が好きなんですか?』
脳内で、アンサートーカーがここぞとばかりにおちょくってくる。
『熟女趣味とか、侯爵夫人たちも危ないですね』
(違うわ!)
相棒のからかいに、グランは脳内で全力のツッコミを返した。
そうして、三年生たちは無事に学園を卒業していった。
先輩たちの言葉を胸に刻みながら、グランは自分たちが次で最終年の三年生になるという現実に引き戻される。
いずれは誰かを選ばないといけないのか。
今後の未来を想像し、グランは少しだけ憂鬱な気持ちになるのだった。
前書きにも記載した通り、この作品が注目度ランキングに連日100位以内に入ることができました。
投稿当初は、清書のみですがAI利用作品のため、そこまで伸びないと思っておりました。
しかし、この作品を読んでいただいた皆様のおかげで、ランクインすることができました。
この物語はまだまだ続きますので、これからもよろしくお願いいたします。
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